スタンドの村   作:野々村あこう

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お面の少女

お面をかぶった少女が酒場に到着したとき、美鈴はちょうど勘定を済ませ店を出ようとしていた。

 

少女は慌てて店から出てきた美鈴にぶつかり、偶然を装いメモを落としてその場から逃げた。

 

「ちょ、落としたわよ!」

 

美鈴が引きとめようとしたにも関わらず、少女は駆け足で夜の闇に消えていった。

なんだったのだろうと思いながら美鈴はそっと落ちた紙切れを拾い上げて開いた。

 

それは手書きの地図だった。この村を図式したもので、村の北の方にある山に印が入れられている。

『ここで待つ』

そこにはただ一つだけ文字が書かれていた。

しかしその紙切れを握っている美鈴は冷や汗が止まらなかった。

自分には力がない。戦う能力も持たない。襲われでもしたら死ぬだろう。だから部下を募らなければならない。それでも身内に後ろから撃たれる可能性だってある。

だから誰が赤の王なのか知られないように行動したつもりであった。

 

しかし、このメモから察するに、美鈴の正体はバレている。

誰に知れているのか、どれだけの人数なのか分からないが、確実にバレている。

 

さっきのお面を付けた女の子はおこずかいを与えられてメモを届けただけなのか、それとも敵勢力の一味なのか、もしかしたら青の王の手下かもしれない。もしかしたら青の王に美鈴のことがバレたのかもしれない。

もしかしたら先ほどイカ墨パスタを注文したアカネグサのような男か、殺意に満ちた少年のどちらかが裏切ったのかもしれない。

 

美鈴は素性がバレないように行動していたが、筒抜けだったのかもしれない。

 

 

そう思うと恐怖が体を支配した。

助けを呼びたい。地図の場所には行きたくない。

だが、仲間が裏切った可能性もある。助けを呼ぶには難しすぎる状況だった。

しばらく行動してから命が狙われることは想定していたが、まさかこんなに早く赤の王だとバレるなんて思ってもみなかった。

 

いや、もしかしたら赤の王だから読んだわけではないのかもしれない。

美人さんだったから雑誌の取材にとか。そんなことで山に呼び出したり少女を使ったりするだろうか。

 

美鈴の頭は今にも爆発しそうなほどだった。

もしかしたら命を狙っているのではなく交渉なのかもしれない。指輪を渡せば命は助けてやるとか、仲間になろうとか。

そんな甘いやつこの世の中にいるはずもない。

しかし、行かざるを得なかった。

美鈴は重たい足をそっと山に向けた。

 

体が震えるのが分かり、小さく自分にヤジを飛ばして。

 

 

 

その頃、通称アカネグサの男、青葉悠(アオバユウ)は適当に村中を歩き回っていた。

「まったく…こんなにただっ広い村からどうやって青の王を探せと」

ため息を付きながら呆然と人が集まれそうな場所から細い路地までを縫い歩き、そして偶然例の広場へ差し掛かった時だった。

 

「ブシャァァッァァァァァァ!!!」

 

遠くから濁った機械音のような叫び声が聞こえ、広場一面に紫色の煙が散乱したのだ。

青葉は慌てて自身の呼吸管を塞ぎその場から離れた。

 

「な、なんなんだ。今のは。スタンドでしょうか」

 

煙が消えたのを確認してから、青葉は恐る恐る広場へ足を踏み入れた。

そこには二人の男と一人の女が、紫色の細身なスタンドに見守られた形で眠りについている光景があった。

 

「これはいったい……」

 

彼はその場で唖然と立ち尽くし、何があったのかと一人頭を捻った。

 

ちょうど青葉悠が煙見て口をハンカチで抑えていた頃、美鈴は山の頂上にいた。

山にはしっかりと林道があり、誰でも登れるように道は舗装されている。更に、年寄りや子供でも頂上に行きやすくするためか、簡易的なロープウェーが敷かれていた。標高もけして高いわけではなく、頂上付近に住む人もいるほどだった。

 

美鈴は自前のバイクで登りきると、大声で誰とも知らない呼び出し人に自分がやって来た事を告げた。

 

「要件はなんだ!」

 

美鈴が最後にそう叫んだとき、ガサガサと草むらが揺れ、例のお面をかぶった女の子が森の奥へ走っていったのが見えた。

 

「あ、さっきの。ま、待って!」

 

彼女は慌てて少女を追いかけ森の中に足を踏み入れた。

お気に入りの靴が少し泥で汚れたが、今は気にしている暇などなかった。美鈴はただ必死に少女を追いかける。

しかし、少女もなかなかに早く、そしてあまりにも複雑な地形であったため、追いつくことができない。

 

しかし少女は美鈴を待つ気などさらさらない様子で森の中を駆け抜けていく。美鈴はその背中を追いかけるので精一杯だった。しかし少女は一切立ち止まろうともせず、美鈴を振り返って見ようともしなかった。

 

「ま、待ってよ!」

 

美鈴がたまらずそう叫ぶと同時に、地面が大きく揺れ、世界が逆さまになった。

彼女は、落ちるような引っ張られるような奇妙な感覚を味わい、慌てて目を瞑った。

重力が真逆になり、血が体を遡っていく感覚があった。

美鈴が恐る恐る目を開くと、お面を被った少女が宙吊りになった彼女の前で腰に手を当てた体制で立っていた。

 

美鈴は瞬時に理解した。

 

自分を呼び出したのはほかの誰でもないこの少女自身で、自分はまんまと罠にハマり猪などを捉える足輪に引っかかり逆さまの体制で木に垂れ下がっているのだと。

 

 

美鈴はなんとか心臓を落ち着かせ、普段運動をしないがために押し寄せた疲労感を押さえつけ、出来るだけ威厳を保った声で少女を睨めつけた。

 

「あなた、私をこんなところに呼び出してなんのつもりなの?」

 

しかし少女は何も答えず、ただゆっくりとお面を外すだけだった。

 

「え……ミシェルちゃん?」

 

そこには、この指輪争奪戦が始まる少し前に出会った少女の顔があった。

 

「なんで、こんなところに。もしかして」

 

美鈴の頭は嫌な想像でいっぱいだった。全身の毛穴から溢れ出てきそうなほどの悲しみと衝撃が彼女を襲う。

 

「ギャングなの?ミシェルちゃん」

 

しかしやはり、ミシェルは何も答えず、美鈴に向かって逆に問を投げかけた。

 

「お姉ちゃん、どうして仲間さんを連れてこなかったの?」

 

質問の意味が理解できなかった。

しかし、ミシェルは続けた。

 

「お姉ちゃん、自分が弱いこと知ってるんでしょう?どうして仲間を呼ばなかったの?どうして仲間に自分の姿を見せなかったの?どうして?」

 

ミシェルの顔は真剣そのものだった。美鈴は言葉を失い、ただ目の前で自分を睨みつける少女の言葉を聞き受けるしかなかった。

 

「知ってるよ。お姉ちゃん、怖いんでしょ?仲間に裏切られたり自分の事を誰かに知られるのが。でも、これで分かったんじゃないかな?お姉ちゃんはせっかく作った仲間を信用することもできず、自分を守ってくれる人もいない。今みたいにお姉ちゃんの正体が赤の王だとバレた時、ただ恐怖するしかないって。お姉ちゃん、本当はひっそりと影で生きて、普通に青春を謳歌したかったんでしょ?お姉ちゃんが伝統を守ろうとしてるのはいつも通りの生活を望んだからでしょ?」

 

ミシェルはなぜか美鈴を攻めるようにまくし立てた。

しかし、最後の問い掛けに、美鈴の口は自然と開いた。

 

「違うよ…」

 

「何が違うの」

 

「私は青春とかどうでもいいの。いつも通りの生活じゃなくてもいいの。私は命が狙われると覚悟して、世界が変わってしまうことも覚悟して、伝統を守りたいの。敵を蹴散らし先手を打ち、村人だけは平和にするような、そんなボスになりたいの。確かに私は弱い。人が怖い。裏切られるのが怖い。でもね、ミシェルちゃん。私はこの村のためなら死んでもいい覚悟は出来てるの」

 

そう言うと、美鈴は銃の形をしたスタンドを取り出した。

 

「あなたが私の命を狙っているなら、躊躇なく私は引き金を引くわ。私は、酷い人間だから」

 

それを見て、ミシェルは困ったような顔をした。

 

「お姉ちゃんって、弱くって優しいね。そしてとっても臆病。」

 

美鈴は少女が何を感じたのか理解できず、重力に従い銃を握る腕を下げた。

 

「本当に酷い人なら、転んだ少女の傷の手当てなんかしないよ。本当に酷い人なら、銃を撃ちながら追いかけるよ。本当に酷い人なら、私の返事も待たずに引き金を引いてるよ。お姉ちゃん、安心して?私はお姉ちゃんの味方だよ。亡くなったボスの愛したこの村を守り、伝統を貫きたい。でもね、お姉ちゃん。そのためには信頼関係が必要なの。」

 

ミシェルは美鈴の目を見て、続けた。

 

「今、青の王は二人の仲間を従えたわ。3人ともお互いを信頼している。壁なんてない。本当の戦いの時、背中をあずけられる仲間ってとても大事よ。お姉ちゃん、あなたは怖がってせっかくの仲間との交流を怠った。このままじゃ、きっと負けるわ」

 

「でも、素性がバレたら私は殺される。戦えない」

 

「大丈夫よ。私がついている。お姉ちゃん、自信を持って。叶えたい夢があるなら、守りたいものがあるなら、人はそれに向けて成長が必要なの。そして、お姉ちゃんならきっとできる。」

 

「もしかして、それを言うために呼び出したの?」

 

美鈴が一番悩んでいたことを、少女はただ応援した。

殺されたくないと願った美鈴に、仲間との信頼を少女は教えようとした。

 

美鈴の問いかけに、少女ははにかんだ様子でただ微笑み、そしてロープを切ってあげた。

美鈴は一言ありがとうと言い、その場に座り込んでしばらく考えた。

 

今後どうすべきか、仲間を信頼すべきか、青の王と、争うことなく指輪を揃えることはできないだろうか。

 

考えることの苦手な彼女は、その日初めて、人生で一番頭を回転させた。

それはテストのように答えが決まっているわけではなく、今後の彼女を形作るような大きな謎だった。

 

それを見てミシェルは隣に座り、小さく囁いた。

 

「お姉ちゃんは分かりやすいから。怖がりで弱くって、そして淋しがり屋で。ちょっと羨ましいよ」

 

その言葉が何を示すのか、美鈴にはわからない。しかし、ミシェルが寂しさをこらえているのは感じ取れた。

 

美鈴は小さく、仲間に会うことを決めたと宣言し、そっと端末を手にとった。

 

 

その時だった。

美鈴の端末が空気を引き裂くように振動し、青葉からのメールを届けた。

 

慌てて美鈴はメールを開き、ミシェルはそれを覗き込んだ。

 

「誰からのメールなの?」

 

「名前はわからないわ」

 

「そんな肝心なことも聞いてなかったの?」

 

ミシェルは呆れ顔をしたが、美鈴の端末に映った文字を見て表情から色がなくなった。

 

『青の王を発見。交戦中。広場にて』

 

そこには短くその文字だけが添えられていた。

美鈴の体から血の気が引くのがわかった。

 

赤と青との争いが始まったのだ。一度始まった争いは、止めるのが難しい。

血を流すことなく指輪を得ることは、恐らくできないだろう。

 

こうなれば先手必勝だ。

美鈴は覚悟を決めて立ち上がった。

 




ミシェル:14歳の少女。
ロストワンという名の黄色いハムスターのようなスタンドを持っている。
素性なども不明だが、発言や行動から、ギャングの一員であることは確か。
深い闇を抱えているようで、時々寂しそうな表情を見せる。

美鈴の、組織に対する深い愛を見て、協力することに決めた。
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