加速世界から戻ると、時間は五分と経っていなかった。目の前ではすぐ君がこちらの方を見てきょとんとした顔をしている。
「あれーおかしいな、時間が五分も経っちゃってる。そんなことより時間だよ時間、待たすの悪いから早いとこお会計すませちゃおう」
すぐ君は立ち上がろうとするも左手を見ると固まった。私も見るとそこには手を握るというよりは掴むといった方が適切な私のてがあった。すぐさま手を放すと顔が赤くなっているのが自分でもわかる――恥ずかしい。
「あー、そういえばその待ち合わせの人ってどこにいるの?」
窓の外を眺めながらすぐ君は尋ねる。正直私も顔を見られるのは恥ずかしのでたすかる。本当はもう師匠とは会っており待ち合わせなど向こうの時間で三日ほど前に終わってしまっているのだがどう説明したらいいのか。あれほど怒気を孕んだ師匠を見るのは初めてだ確かに親である私の親なのだからおばあちゃんで間違いはないのだが女性にそれはあんまりである。スグルさんは思ったことをすぐ口に出すので注意してほしい。
「いえ……あの、用事が出来たみたいで今日は都合が悪くなった……そうです」
嘘をついてしまうことになるがこの場合仕方がない。すぐ君が表に出てきているのに加速世界でスグルさんに代わるというのは予想外だった。私もお兄ちゃんのニューロリンカーを使いダイブしているが、お兄ちゃんのニューロリンカーがそばにある間はブレインバーストの記憶を覚えている。しかし、すぐ君はまったく覚えている様子がない。このことはスグルさんとあとで相談しようと心にとどめておく。
「あら、先ほどはどうもリッチさん」
ニコッと微笑んだ師匠がそこにはいた。
◇◇◇◆
突然視界がブラックアウトしたかと思うと時間が少し進んでいた。立ちくらみでも起こしたのだろうか……綸ちゃんと待ち合わせの人について話していると、黒いロングヘアの女性が話しかけてきた。
「あら、先ほどはどうもりっちさん」
りっちさんというのは誰のことだろうか、僕の名前は由良傑で綸ちゃんの名前は日下部綸でリッチとは関係ないように思われる。
「あのすいません、人違いでは――」
「――師匠、ちょっとこっちに来て下さい」
僕の言葉を遮りながら綸ちゃんがすばやく立ち上がり、女性を奥まで連れて行きお辞儀をするとついたての後ろに隠れてしまった。なにやら後ろで話し合いをしている。先ほど急いでコーヒーを飲んでしまったのでカップの中は空であり、はっきり言って手持無沙汰だ。
(気になるなー何の話をしてるんだろう)
綸ちゃんが奥にいったということはあの人は綸ちゃんの知り合いで僕には聞かせたくない話だということだろう。カップをいじくりながら窓の外を通り過ぎる人を眺めていると
「……お待たせしました」
戻ってきた綸ちゃんは少々疲れており、女の人はそんな彼女を楽しそうな目でみている。
「初めまして、由良傑さん私は倉崎楓子《くらさきふうこ》《スグルさん》とはあったことがあるんですけど……」
なるほど彼女はスグルの知り合いか、日記にも書かれていない相手なので僕にも内緒にしておきたい相手らしい……確かにスグル好みの胸の大きな女性だ。
「よろしく、倉崎さん――ええとごめんね、スグルじゃなくて」
一応相手の好感度をはかっておく。
「いえ大丈夫です。由良さんともお話しておきたかったので」
なんていい人なんだろう初対面の僕に対してこの気遣いだが、顔は少し残念そうに微笑んでいる。喜べスグル相手はお前に会えなくて残念そうだぞ。
「……あの今日紹介したい人……楓子さんなんです」
おずおずと綸ちゃんが話に加わった。
「すみません、今日は急用が出来てしまい急いでこっちに来たんですけど……」
頭を下げながら謝罪する倉崎さん。店内の人がチラチラとこちらをみている。
「いいよいいよ、そんなに申し訳なさそうな顔しないでほら座って座って」
席に誘導し綸ちゃんと一緒に僕と向かい合わせにすわってもらう。膝をかがませる時にウウィーンと奇妙なモーター音が鳴る。どこから聞こえてくるのか、きょろきょろあたりを見回す。
「ごめんなさいこの音私の義足です」
不思議そうな僕に倉崎さんが答える。
最近の医療技術は発達しており、ニューロリンカーと接続し、脳からの信号を直接義足に伝えることで日常生活に支障がないように動くことができる。だがそれでも足がないというハンディキャップは必ず存在する。
気まずい空気になったので口を閉ざす。この沈黙がさらに気まずい空気を作り出すという更なる悪循環。
「……えっえーと、それで倉崎さんが綸ちゃんに水をかけられたお客さん?」
とっさに出てきたのは綸ちゃんと倉崎さんの出会いのことだった。天気の話じゃなかっただけましだと思いたい。
「楓子でいいですよ、あの時は驚きましたね。定期健診の待ち時間カフェテリアでお茶を飲んでいたら急に足に水をかけられて」
懐かしそうに話している楓子さん。その横の綸ちゃんは顔を真っ赤にしてうつむいてしまっている。自分の失敗談を語られるのが恥ずかしいのだろう。
「すごい勢いで頭を下げるんですよごめんなさい、ごめんなさいって。なんだかこっちがいじめてるみたいになっちゃって」
「あー綸ちゃん昔からドジだったからなー」
子供のころはよく転んで泣いていた。それを輪太が笑わせようとして輪太が余計な怪我をしていた。今となっては過去の出来事だ。
「でも話しているうちにすっごく好きになってしまって今では師匠なんてよばれてるんですよ」
師匠というのがどこから来たのかわからないが、喫茶店でのおしゃべりはこの後もしばらく続いた。
いやー難しかった。このままいくと主人公とダスク・テイカーとの戦いに参加できないような……お気に入り登録ありがとうございました。