五河士道には、チートな彼女が"いた" (旧題:デート・ア・マニアックス) 作:エター
目が覚める。
相変わらず、最悪の目覚めだった。
あの日から、俺の目覚めが良かったことは殆どない。
今日は四月十日、月曜日。
春休みが明け、今日から学校に行こうというその日。
俺は、眠い目をこすりながら考えた。
とりあえず、俺の上で情熱的にサンバのリズムを刻む妹をどうにかしよう。
「琴里」
「お、なんだおにーちゃん」
朝っぱらから自分の兄を笑顔で踏みつけているこの少女は、俺の妹である五河琴里、中学生だ。
というか、なんかこう踏みつけていることに対する後ろ暗さはないのだろうか。いつも、こうやってバカやって俺を元気づけようとしてくれているのはありがたいが、もうちょっと考えて欲しい。
ついでに言えば、俺の位置からだとパンツ丸見えだ。もう中学生なんだから、もう少し慎みを持って欲しい。
「もう起きるから、降りてくれないか」
琴里は俺の言葉に大きくうなずくと、勢いよく俺の腹の上から飛び降りた。
瞬間、物理学の作用反作用の法則に従い、俺の腹が衝撃に襲われる。
いつもならともかく、寝起きである俺にその一撃は大きく響いた。マジで痛い。
「………」
「あ、ええっと………おにーちゃん?もう朝だよーって、えっと」
「………」
「………」
静まり返る俺の部屋。
「ぅぅぅぅぅっ、がーっ!」
「ギャーっ!」
俺が怒っているかのような顔をして叫べば、琴里は涙目で逃げていった。
相変わらずバカワイイ妹の様子に、思わず笑みがこぼれる。本当に自慢の妹である。
さて、部屋に立つと身体を伸ばし大きく深呼吸。寝惚けを飛ばす。
いつものように、部屋の机の片隅のプラスチックケースに仕舞った二つのヘアピン、半年前に死んでしまった恋人の遺品に手を合わせ、それからケータイのメールを確認した後、着替えて部屋を出る。
今日から両親は出張でいないため、家の家事は俺一人でやる必要があるので、朝から忙しい。
階段を降り、リビングへと出る。
すると、リビングにはフローリングの上で震えながら涙目で正座をする琴里の姿があった。
「琴里、どうしたんだ」
「そ、その、さっきあんなことしちゃったから、えっと、その………」
どうやら、彼女なりに反省を示しているらしい。潔いというかなんというか。
「琴里」
「お、おにーちゃん」
俺は、学校に行くためにリビングの隅に準備してあった琴里の鞄を、正座している琴梨の膝の上に置く。
「ぎゃーーっ!」
「朝飯準備するから、そのまま待っててくれ」
「おにーちゃんの鬼、悪魔、アイザック・ウェストコット!!」
誰だよアイザックって。
しょうがないので、せめてもの慈悲にリモコンを渡してやる。
琴里は、『違う、そうじゃない』とでも言いたげな顔をしたが、俺は何も見なかったかのようにスルーした。
大手企業に務める両親が、今日のように家を空けることは、そう珍しいことではない。
そのため、基本的に食事はいつも俺が作っていた。正直に言えば、母よりも台所に立つ回数は多い。
冷蔵庫ある卵とベーコンを取り出していると、背後のテレビからニュースキャスターの声が聞こえてきた。
『―――今日未明、天宮市近郊の―――』
聞こえてきた内容に、思わず身体が固まる。
そのニュースの内容は、すぐさま俺の頭の中にあった情報と合致した。
―――空間震
今朝確認したメールの中にそのことが書かれていた。
その事に思い当たった瞬間、胸の底からドス黒い感情が湧き出してくる。
あの白いローブを纏ったアイツの姿が、仮面越しに響くアイツの声が、頭の中で反響し俺の感情を沸き立たせる。
落ち着け、今は琴里の前だ。平常心を保て、琴里にこんな顔を見せてはいけない。
ゆっくりと呼吸をし、心を落ち着かせる。なんとか顔に出さない程度までは、心を落ち着かせなければならない。家族に心配をかけるわけにはいかない。
ベーコンが焼け、スクランブルエッグができたところで、琴里の分をご飯お味噌汁、サラダと一緒にお盆に載せ、リビングへと運ぶ。
琴里の分をテーブルの上に並べた後、琴里の膝の上から鞄を退かしてやる。もうそろそろお仕置きはいいだろう。
「ほら、もう動いていいぞ」
「ふにゅぅぅぅ」
鞄を退けると、琴里はまるで軟体生物のように崩れ落ちた。
足が痺れたのだろうか、なかなか動き出さない琴里を尻目に、自分の分の朝食をテーブルに並べる。
並べ終えても相変わらず琴里は倒れていたので、流石に一人で食べようとは思えず、回復するまで話をすることにした。
「琴里、今日ってそっちも始業式だよな」
「そ、そうだよー」
「ということは、今日は給食無いよな。琴里は、お昼何食べたい?」
うー、と唸ると琴里は勢いよく立ち上がり、勢いそのままに答えた。
「デラックスキッズプレート!」
デラックスキッズプレート、それは近所のファミリーレストランが出している、お子様ランチのことである。
中学生にもなってお子様ランチとは如何な物かと思ったが、まあ琴里だししょうがないかと思い直した。
「わかったよ、なら久しぶりにお昼は外食にするか」
「おー!流石愛しのおにーちゃん!太っ腹だな!!」
「じゃあ、えっと先に中学の方が終わると思うから、学校終わったら先にファミレスに行っててくれ」
「絶対だぞ!絶対だからな!地震雷火事親父が来ても、空間震が起こっても、ファミレスが爆破されても絶対だぞ!」
「いや、流石に爆破されたら無理だろ」
「いいから、絶対だぞー!」
「はいはいわかったわかった、絶対だ絶対」
「おー!」
相変わらず、騒がしくも愛おしい妹である。
◇
八時を少し過ぎた頃、ようやく高校にたどり着く。
廊下に張り出されたクラス表から自分の名前を確認してから、自身の教室へと向かった。
「二年四組………二年四組………ここか」
ドアを潜り教室を見渡す。
少し来るのが遅かったためか、もう結構な人数が教室にはいた。
知り合いがいないかあたりを見渡すが、それらしい姿はない。
と、その時後ろから声をかけられた。
「―――士道」
この学校で俺のことを名前で呼ぶ人物は一人しかいない。
半年前までは二人だったのだが………
「ああ、おはよう折紙」
振り返りながら答える。
案の定、そこにはよく知っている細身の少女の姿があった。
彼女の名前は鳶一折紙。見かけの儚さに反して、陸上自衛隊対精霊部隊所属の凄腕魔術師だったりする
「もしかして、今年は同じクラスか?」
「ええ、席も隣」
「そっか、それは良かった」
「私も、そう思う」
なかなか会話がつながらず、会話が止まってしまう。
ただ、この会話の
最も、この
「そういえば、今朝は大丈夫だったのか」
朝。空間震があったことを思い出す。
もし、奏だけでなく折紙まで何かあれば、俺は―――
「問題ない。今回は〈ハーミット〉だった」
「そうか、良かった。なら怪我はなさそうだな」
〈ハーミット〉、確か攻撃してこない精霊だったはず、なら大した怪我はないだろう。
「心配してくれたの」
「そりゃあ当たり前だろ、折紙が危険な目に遭っているなら心配するに決まってる」
「そう」
なぜかその場でジャンプする折紙。どうしたんだろうか
と、その時チャイムが鳴った。
「そろそろ席に着くか」
「ええ」
黒板に張り出された席に着く。席は折紙が窓際の席で、俺はその右隣。
暫く待っていると、教室の前の扉が開き優しそうな雰囲気の、小柄でサイズの合っていなさそうな眼鏡をかけた女性が入ってきた。
「あ、たまちゃんセンセーだー」
「っしゃあ!!たまちゃん来た!!」
「これで今年は安泰だな」
女性の名前は、岡峰珠恵。その馴染みやすさからか、この学校の生徒達からはたまちゃんの名で親しまれている。ついでに独身。
ちなみに、俺はこの人に逆ナンされたことがある。俺に学校の友人が少ない理由の一つがそれだ。
「はい、皆さんおはよぉございます。今日からこのクラスの担任を務めさせていただく岡峰珠恵です」
間延びした声を響かせるたまちゃんに、教室は何故か色めき立った。
ふと、そんなとき、なんとなく何処かから視線のようなものを感じた。
折紙の物ではない、彼女はよくこちらを見ていることがあるが、この視線は彼女の物とは明らかに違っていた。
あたりを見渡す。
少なくとも俺の目には、こちらを見る人間は折紙しか見つけられなかった。
「―――気のせい、か?」
なんとなく、嫌な予感がした。
その後、体育館で始業式をしたりなんだりとしていくうちに時間がたち、気がつけばお昼近い時間となっていた。
「それじゃあ皆さん。気を付けて帰ってくださいね」
そんなとき―――
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