五河士道には、チートな彼女が"いた" (旧題:デート・ア・マニアックス)   作:エター

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三章 ラタトスク機関

「―――そんなものは、ない」

 

その吸い込まれそうなほどに深い闇が、彼女の奥で揺れ動いた。

 

そのとき、初めて彼女と目が合う。

それと同時に、彼女はそのあまりにも深い絶望を更に深くしながら、金属のこすれ合うような音を僅かにたてる。

 

その小さな音に、俺は意識を現実へと呼び戻した。

 

―――彼女は、精霊だ。

 

 

現実へと戻った意識は、彼女がこちらへと手に持った剣を振り上げていることを認識する。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ」

 

慌てて制止の声を上げる。

 

「………なんだ?」

「何しようとしてるんだ………?」

 

「それは勿論、早めにお前を殺しておこうと」

 

当然のごとく、声色を一切変えることなく言いきるその姿に、あまりの痛々しさに、思わず目を覆いたくなった。

この時の俺は、憎んでいるはずの精霊に、恨んでいるはずの精霊に、何一つ負の感情を抱くことができなかった。其程までに、彼女の姿はあまりにも見ていられなかったのだ。

 

「………お前は、何で言わないんだ」

「―――なに?」

「何でそんなにつらそうなのに、何か言ったりしないんだ」

 

まるで、それは、それは―――

 

刹那、背筋が凍りつき、反射的に目の前の彼女を突き飛ばす。

 

その直後、彼と彼女が立っていた場所に、上空から数多のミサイルが襲いかかる。

 

俺はその爆風に吹き飛ばされ、そこで意識を失った。

 

 

 

      ◇

 

 

「―――ねえ、士道」

 

キッチンで料理をしていると、リビングの片隅でテレビを見つめる彼女から声をかけられた。

たったそれだけで、これが夢だと、この彼女との一時が俺の抱いた夢幻(ゆめまぼろし)でしかないのだと気付いた。俺は、彼女を家に招いたことなどなかったのだから。

 

「なんだ、奏」

 

けれども、俺はその幻に返事を返していた。

幻でしかないとわかっていても、俺はその声に返事をせずにはいられなかった。

 

彼女との話に集中するために、手を止めカウンター越しに彼女の後ろ姿を見つめる。

 

「私が死んでから、どれくらい経った?」

 

思わず、息が詰まる。

幻であるとは言え、いや幻であるからこそ、こんなことをよりにもよって本人に言わせている自分が嫌になった。

 

「―――半年、半年だ」

「そっかぁ、もう随分経ったね」

 

………

間が開く。

静まりかえったリビングには、テレビから流れるアイドルの歌声だけが響いていた。

 

「―――ねえ、士道」

「なんだ、奏」

 

暫くして、問いかけられた奏からの声に、返事を返す。

 

「―――士道は、精霊が憎い?」

「ああ、憎いさ」

 

頭でその言葉を認識すると同時に、考える間もなく、俺は彼女の問いに答えていた。

憎くないなんてあり得ない。いったいどこに、それ以外の感情を抱く余地があるというのだろうか。

 

「そう」

 

僅かにそうつぶやいた彼女は、身体をひねって此方に向き直り、ソファーの向こうから此方を見つめてくる。

 

「―――私は、士道にそんな顔、して欲しくないかな」

 

そう奏に言われ、カウンターに置かれた鏡を見れば、

 

 

 

そこには、顔を激情に歪めた男が映し出されていた。

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

「………最悪の気分だ」

 

目が覚める。

あんな夢を見るなんて、最悪の気分だった。

 

周囲を見渡す。

まるで保健室のように白いカーテンで囲まれたベッドの上で、俺は寝かされていた。

ただ、ここが保健室でなかった。天井には、配管や配線がむき出しのまま取り付けられていたからだ。うちの学校の保健室の天井は、こんな風ではなかったはずだ。

 

そのとき、白のカーテンが金具のこすれ合う音とともに開かれる。

 

「………ああ、目が覚めたのか」

 

カーテンの向こうから、軍服らしき服を纏った、非常に不健康そうな見知らぬ女性が姿を現した。

 

「………だれ、ですか」

 

明らかに普通の人間ではない。一瞬、ASTの関係者かと思ったが、彼女の纏った軍服はASTの制服とは異なるものだった。

 

というか、仮にも自衛隊であるASTにこんな不健康そうな人間がいるとは考えにくかった。

 

「ここで解析官をやっている、村雨令音だ。いま、医務官は席を外していてね。代わりに君の看護をしていたところだ。

………ああ、安心するといい。免許を持ってこそいないが、看護程度なら問題なくこなせる」

 

………一瞬、目の前の彼女を嘘つき呼ばわりしそうになった。

少なくとも、免許を持っているいないに関わらず、明らかに今の自分よりも不健康そうな彼女が問題なく看護をできると聞いて、信じられる人は少ないはずだ。

 

肩や首、足腰を動かし、身体が無事か確認する。

………どうやら問題なさそうだ。

 

「いえ、とくに身体は問題なさそうですし、看護は大丈夫です。

―――ところで、ここはいったい………」

 

「………ああ、ここは医務室だ。すまないが、君は気絶していたようなので、勝手に運ばせて貰った」

「医務室?………あ、」

 

気絶する寸前のことを思い出す。

そうだ、俺はあのとき飛んできたミサイルの爆風で………

 

何とか頭を動かし、気絶する前の記憶を少しずつ思い出してゆく。

 

そんなとき、先程の彼女に声をかけられた。

 

「身体が大丈夫なら、着いてきてくれないか。君に紹介したい人がいる。………ここがどこなのか、さっきの少女は何なのか、気になることはいろいろあるだろう。

私は余り説明が得意では無くてね。詳しい話ができる人を紹介しよう。彼女から話を聞くといい」

 

そう言って、彼女はふらふらと出入り口と思しき方へと歩いて行った。

………大丈夫なんだろうか。

 

とにかく、ついて行けばわかるだろう。

靴を履いて、彼女を追って出入り口をくぐった。

 

部屋の外は、機械的な廊下が広がっていた。

 

まるでそれは、SFの世界の宇宙戦艦の内部のようで、驚き固まってしまった。

 

しかし、そうしている間にも彼女は先へと進んでいってしまう。

慌てて後を追いかけた。

 

そして、歩き始めてしばらくしたころ

 

「………ここだ」

 

彼女は通路の突き当たりにあった扉の前で、その歩みを止めた。

彼女がその扉に取り付けられた電子パネルを操作すると、軽快な音を鳴らし滑るように扉が開く。

 

「………さ、入りたまえ」

 

中へと入ってゆく彼女の後を、俺は追いかけた。

 

 

扉の向こう側、そこには驚きの光景が広がっていた。

 

なんというか、そこは秘密結社の秘密基地のような場所だった。

 

正面には巨大なモニター。その両端からこちらへと、並ぶように複雑なコンソールが設置され、今もそれを操作する人達が見られた。

部屋の中は全体的に薄暗く、それがモニターの光を際立たせ、不気味な雰囲気を強くしている。

 

「ここは、いったい」

 

「初めまして、五河士道君」

 

その時、横から声をかけられる。

その声の元へと振り向けば、そこには折紙の家にあった女性向けの官能小説にでも出てきそうな、日本人離れした風貌の、長身の男の姿があった。

 

「初めまして。私は、ここの副司令官をしております、神無月 恭平と申します。以後お見知りおきを」

「は、はあ」

 

思わず、いつもの癖で返事を返してしまう。

って、そうじゃない。

 

「あの、えっと、神無月さん。

 ここはいったい何処なんですか」

 

おそらく、先ほどの彼女が告げた説明をしてくれる人とは彼のことなのだろう。いったいここは何処なのか、先ずはそれを知りたい。

 

「あれ、村雨解析官から説明はなかったのですか。

 なら、説明は私にされるより、司令にお聞きになった方が良いでしょう。

 

―――司令、村雨解析官が戻りました」

 

彼は、俺にそう告げると俺の潜ってきた入口のやや上の方を見ながらそう告げる。

 

俺もつられてそこを見れば、そこには俺のよく知る人物の姿があった。

 

「―――思ったより早かったわね」

 

いつもと異なり、大きな黒いリボンで作られたツインテール。ドングリのような丸っこい瞳。そして口にくわえられたチュッパチャプス。

 

「―――琴、里」

 

呆然と、思わず口からこぼれ出す驚嘆の呟き

 

「―――歓迎するわ、士道。ようこそ、〈ラタトスク〉へ」

 

いつもとは異なる格好、口調、目つき、態度。見慣れた彼女この違いは、数多くあった。それこそ、彼女でなければ姿形の似た別人だと思い込んでしまうほどに。

 

けれども、そこにいたのは、間違いなく己の妹だった。俺はそう、確信できた。

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