ふと気づくと見渡す限りに広がる草原の中、私はぽつんと立っていた。見上げれば清々しいほどの晴天が広がっている。
いい日ですわ。こういう日は楽様と花柄のシートでも広げて、お弁当でも頂きたいですわね。
楽様とあーんしあうのを想像しつつ、自然とるんるん気分になってきた私は草原を鼻歌交じりで颯爽と歩く。
上機嫌になると私はよく昔のことを思い出す。
一人ぼっちで病気がちの私にらっくんが楽しい話をずっとずっとしてくれたこと。溢れんばかりの笑顔で、私の心が軽くなったこと。
あの優しさに私がどれだけ救われたことか。
あの素敵な思い出があるだけで私はこうして生きていられる。
大げさだってきっと楽様は笑うかもしれないけど。
でも私にとって楽様は私の世界であり、全てだ。
だから私は楽様をお慕いしてますし、欲を言うなら楽様にも愛されたい。
楽様のことを考えていたら、前方に見慣れた影が見えた。あの後ろ姿は、私が愛してやまない想い人。
自然と笑みがこぼれて、楽様の元へ駆け寄ろうとする。
「らくさーー」
声をかけようとしたときに私は言葉が詰まる光景にであった。であってしまった。
楽様に向かい合うようにして、可愛い女の子が立っていた。どこかで見たことがあるけれど、名前が思い出せない。それは第三者が入り込めないような雰囲気でありーー二人だけの空間。
まるで私だけがはじき出されたような。
私は瞬間に悟り、気付いてしまう。
私は楽様の次の言葉を聞いてはいけない。
本能的に危険を察知して、耳をふさぎ、目を閉じようとする。
だけど、遅かった。
「俺はーーのことが好きだ」
それは告白だった。
鮮明なほどにまで聞こえたその声は、私を奈落の底に突き落とすには充分だった。
私は選ばれなかった。
私以外の人を楽様は好いている。
その純然たる事実。
向かい合った女の子は泣いた笑顔でうんと答えると、楽様と抱き合った。
そこからの光景は走馬燈のように早く流れていく。楽様とその女の子は私から早く去っていく。
まるで最初から私などいないもののように。私は風景の一部とでも言うかのように。
気付くときれいな草原や青空は消えていて、あたり一面に暗闇が広がっている。
正直、覚悟はしていた。
恋愛が必ずしも成就しないこと、気持ちが必ず伝わることがないことも。
私は楽様がもし私以外の人を好きになった場合は、笑顔で見届けるようにしようときめていた。
愛する人の幸せが私の幸せなのだから。
「愛する人の幸せが私のしあ…わ…せ」
言い聞かすように、事実を受け止めるように考えたことを口に出してみる。最後の方は声がかすれて、言葉が出なかった。
「あ、ああ」
こらえきれない思いが嗚咽となり、やがて頬に一筋の涙がこぼれた。そしてダムが崩壊するように溢れ出した。
「あ、ああああっ!!!!」
私の病気なんてへっちゃらだと思えるほどに恋の病はあまりにも残酷に胸を灼く。
心がかきむしられるような痛みとこぼれた激情が私の胸を焼く。
苦しい、胸が苦しい。
上手く息が吸えない。
足下がふらつき、その場に仰向けに倒れ込んだ私は、助けを求めるように、
「らく、さま」
消えゆく意識の中。
気持ちが離れてもなお、私は愛する人の名前を呼んだ。
「万里花」
目を覚ますと、ダブルベッドの上。隣にいる楽様が心配そうに私の顔を覗いてくる。
「やけにうなされていたみたいだけど、どうしたんだ? 具合悪いなら夜間病院行くか?」
「何でもありませんわ、ご心配なさらなくて結構ですよ」
声が震えるのを抑えつつも、楽様は敏感に察知したのか、携帯を取り出した。きっと私のかかりつけの病院に連絡しようとしているのだろう。
「いや、病院行こう。大事になってからじゃ、遅いし」
「違うんですの、本当に体はなんともありませんの」
「じゃあ、なんでだ」
「な、なんでもありませんわ」
「マリーって嘘つくと目が泳ぐよな」
「わかりましたわよ!話しますわよ!」
しらを通そうとする私でしたが、楽様の方が一枚上手だったようですわね。
私は夢で見た内容を一部始終包み隠さず教えました。
楽様が違う女の子に告白していたこと。
楽様がその女の子と抱き合っていたこと。
そして、私から離れていってしまったこと。
「そう、だったのか」
終始、真面目な顔つきで聞いていた楽様。愛が重い女と思われてないか万里花は心配です。最後の方は夢の内容を思い出して肩が震えて泣きそうになったけれど、なんとか話し終えました。
「楽様、夜中に起こしてすみまーー」
「万里花」
頭を下げる私に微笑みながら、両手を肩におき私のあだ名を呼ぶ楽様。
そして、私をギュッと力強く抱きしめました。
「えっ!? ら、らっくん!? 急にどうしたと!?」
動揺を隠せない私は頭が真っ白になる。さっきまでの憂鬱が何とやら。私の体温が急上昇する。あまりにも急で思考ができなくなる。胸板が厚くなったらっくんに男性を感じてしまう。
そして楽様は昔と変わらない素敵な笑顔で告げました。
「俺は万里花が大好きだ」
「!!」
「だから離れたりしない。ずっと一緒だ」
「らっ、くん」
胸が弾けんばかりにどくんどくんと脈をうつ。大好きな人に抱きしめられている。幸せだ。なんて、私は幸せ者なんだろう。そして、楽様は語り出した。
「万里花はさ、ずっと俺のこと好きでいてくれたよな。俺から何の反応もなくても想ってくれてた。それって普通じゃできないことだとおもう」
優しく紡ぎ出される言葉をきくたびに、
「だから愛してくれた分、万里花のこと、いっぱい愛したいんだ」
楽様の温かい想いが胸を満たしていく。
「焦ると博多弁になるところとか、以外に照れ屋なところとか、物事に一生懸命なところとか、尽くしてくれるところとかいつも明るく元気なところとか、笑顔がとても可愛いところとか全部ーー大好きだ」
「だから、ずっと一緒だ。万里花」
「らっく、ん。らっくんんー!
ばりすいとーよ! うちの方が百万倍、いや一億倍好きたい!!」
「なんだよそれ、子供っぽいな」
頭を優しくなでる楽様に私はついに泣き出してしまった。そんな私をみた楽様もつられて、楽しそうに泣いていた。
やっぱり、私は楽様が大好きだ。
ずっとずっと。それは変わることのない不変の愛だ。
夢の悲しい涙とは違う、
すごく、嬉しい涙が頬をつたった。
「少しは落ち着いたか?」
「はい、落ち着きましたわ」
「そうか、ならよかった」
「ねぇ、らっくん」
「なんだ、マリー?」
「今夜は手をつないで、ねませんか?」
「い、いいけど、なんか照れるな」
「お願いですわ」
「マリーにそんなにお願いされたらな。別にいいぞ。じゃあ、お休み」
「お休みなさい、楽様」
大好きな人の手を握りながら、私は眠りについた。
はずだったのだけれど。
「ね、ねれませんでしたわ。楽様の男っぽい手に興奮して」
「ええっ!!」