Selector Neptuned WIXOSS   作:-Y-

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1.その夏雪は現実

 小湊るう子はよく悪夢を見る。"何か"に追われる夢。"何か"が景色を壊す夢。

 壊れる景色は、家のベランダから見えるビル。それに長い長い棒が刺さるということに、何故か強烈な"負"のイメージを感じていた。

 そんな夢はある冬の日を境に、見なくなった。身の回りに起きていた"とある事件"に終止符が打たれたそれから後は。

 

 ……普通の日常を取り戻したはずだった。事件の前から変わったことと言えば、るう子に友達が出来たこと。

 友達を必要としていないるう子だったが、今の生活は悪くないどころか、心に確かな安らぎが染み渡っていた。

 そんなるう子にも、一つの不安――悩みがあった。"事件"をきっかけに知り合った友人の中に、今は会えない人物がいる。それが"今は"……なのか、"これからも"……なのか。今はそれを知る人物はいない。

 るう子は口には出さないものの、それを秘めたる願いにしていた。いつか会えますように――と。

 

 ずっと続く平穏な日常――夏のとある日。るう子は悪夢の代わりに不思議な夢を見た。

 最初に見えた景色は、"雪景色"。夢の中は暑くも寒くもなかったが、見える背景は生い茂る緑……ぎりぎりと光る太陽。

 夏に降る雪――そんなものあるはずがない。それが自覚できたからこそ、るう子はこれが夢だとはっきり理解した。

 目を細めると、遠くにぼんやりと大きな屋敷が見える。るう子は無意識に、夏雪の中その屋敷を目指した――。

 

 

 

 

***

 

Selector Neptuned WIXOSS

1話-その夏雪は現実-

 

***

 

 

「るう子!? やっぱりるう子も来た!」

 

 るう子が屋敷に入るなり、友人である紅林遊月が駆け寄ってきた。

 夢にしては見えるもの、触れるものがとても鮮明で、目の前にいる遊月はありのままの遊月で。るう子はこれがとても夢のようには感じられなくなっていた。

 

「遊月? どうしてこんな……というか、ここはどこ? 夢、なんだよね……?」

 

 現実感のない状況。しかしるう子の意識ははっきりとしているし、至って冷静であった。

 

「わからない。あたしも最初はそう思ってた……けど――ほら」

 

 口で説明するよりもあっちを見てみな、と言わんばかりに遊月は後ろを振り返り指を指した。

 その先には複数の人物がいた。それも、るう子の知る人物が多くを占めていた。

 

 るう子の存在に気づくと駆け寄ってきた少女は植村一衣。大人しそうな外見ながらも内に秘めた精神は強く、人情に厚い。

 屋敷の中を冷静に観察しているのは、ふたせ文緒。"事件"を参考に執筆した小説が出版され、小説家となった少女。

 その隣でもじもじとうだつが上がらない様子の小さな少女は、ちより。るう子と出会った当初は明るい少女だったが、"事件"により内行的な性格になってしまっている。

 壁にもたれ掛かり自らの頬を手で押さえ、いらいらした様子で自らの爪を噛んでいるのは蒼井晶。とある雑誌の読者モデルだが、"事件"の最中、顔に大きな傷を負ってしまった少女。

 すぐ近くに立つ、落ち着き払った黒髪長身の少女は浦添伊緒奈。晶と同じく読者モデルであり、"事件"の際は現在とは異なる二つの意識が身体に宿っていたことがある一般常識から大きく外れた環境を知る少女。

 少し離れた位置、一人で椅子に座り虚空を眺める少女は水嶋清衣。この少女についてはるう子はよく知らない。ただ、"事件"の最中に出会ったとある人物に、雰囲気が似ているとるう子は感じた。

 

 屋敷にいる人間はこれで全て。るう子を入れて8人となった。

 

「みんな最初は夢だと思ったって。それってさ、あたしらからしたら夢の住人である人が、あたしらを夢の住人だと思ったってことでしょ。それって妙じゃない? ……まあ、"夢だから"って言われたら、おしまいだけどさ」と遊月が言った。

 

 遊月の言っていることはもっともだ、とるう子は思った。今この瞬間にも、るう子には確かな自我がある。それは他人も恐らく同じ。だとすればこれは個人が見ている夢というよりは、"事件"の時と同じように、ここは夢ではない不思議な場所で、不思議なことが起ころうとしているのでは――と考える方がむしろ自然だ。

 既に終わっていることだが、もしもこの状況が"事件"関連の出来事だとしたら。冗談ではすまない"何か"が起きる可能性が高い。

 他の少女たちもそれは分かっているのだろう。各々の態度は違えど、来るべき"何か"を待ち、そして警戒しているようだった。

 

「あ、あなたは……お久しぶり」

 

 伊緒奈がるう子に気づくと歩み寄り、柔らかな笑みをこぼした。

 

「あ、はい……お久しぶりです伊緒奈さん。モデル、続けているんですね」

 

 "伊緒奈"の姿をした者とは、これまで何度も会話をしたことがあるるう子だったが、今目の前にいる伊緒奈――本物の伊緒奈とはあまり会話をしたことがない。

 事件を通じて少し話したことがある程度だ。背の高さとその落ち着いた物腰から、まるで離れた年上のようだとるう子は感じていた。

 

「ええ、蒼井さんと一緒にね。ほら、蒼井さんもこっちに来ましょう?」

 

 伊緒奈が手招きすると晶はちっと舌打ちしながらとぼとぼと歩み寄った。

 晶が顔を隠す腕をだらんと下げると、顔に走った大きな裂傷がるう子の目に焼きついた。

 

「晶さん……それ……」

 

 そう、この裂傷は事件によって付いたモノ。るう子が事件の終止符を打ったとはいえ、全ての人間が幸せに、元通りになったわけではなかったのだ。

 モデル業の際は化粧で隠すことが出来るが、それは恒久的な処置ではない。

 

「るう子……。これは、この傷は……三分の一はテメーに付けられたようなモンだ……。だからッ――」

 

「やめなさい、蒼井さん。落ち着いて」

 

 顔を伏せ、ぶつぶつと呟く晶の声色は自然に高ぶり、今にもるう子に手が出そうな雰囲気だった。

 しかし伊緒奈が静止すると、晶はまたもちっと舌打ちすると目線を外し、いらだちを隠さないまま爪を噛む。

 

「ごめんなさい。傷のことには触れないであげて、ね?」

 

 伊緒奈がるう子に耳打ちする。晶は内面的にも外見的にも、傷は癒されていないようだった。

 

「しっかし……あの晶が言うこと聞くなんて。一体どうなってんの」

 

 晶に聞こえないよう、遊月が呟く。

 

「今の伊緒奈さん、面倒見の好いお姉さんみたいだからじゃないかな。ほら、あれ見て」

 

 一衣が指差した先。伊緒奈がるう子たちの元を離れたかと思えば、一人孤独にただ座っているだけの清衣の元へと向かったのだ。

 

「ねえ、あなたは一人? お友達は?」

 

「ここに私の知り合いはいません」

 

 清衣はいつもクラスメイトにしてみせるように、つっけんどんに接する。

 

「そっか……心細いよね。ここ、どこなんだろうね」

 

「……別に、無理して話しかけてくれなくていいです。そういうの、いらないですから」

 

「無理なんてしてないよ。私も心細いだけ。――私は浦添伊緒奈。あなたは?」

 

「……水嶋清衣」

 

 伊緒奈は暗い雰囲気を纏う清衣に対して、真摯になって接していた。

 柔らかな物腰に清衣も、つい名乗ることで返事をしてしまっていた。

 

「知らない場所に知らない人ばかりだと、不安だよね」

 

「……別に、知らない人ばかりってわけでもないです」

 

 清衣はさらっと言ってのけた後、しまった、という表情をした。

 わざわざ自分に話しかけるほどのおせっかいが、この言葉を逃すわけがない。そう思ったからだ。

 

「え? そうなの? 誰と知り合いなの? あの子? それともあの子かな」

 

 知り合いがいれば一緒に居ればいい――そう思った一心で伊緒奈は少女達を見やるも、清衣は反応しない。

 

「蒼井さんなら知ってるかな? 彼女、何かと目立つから……」

 

 伊緒奈が晶を話題にしたとき、清衣の表情が僅かに、ぴくりと変わった。伊緒奈はそれを見逃さなかった。

 

「あ、やっぱり知ってるんだ。じゃあ向こうに行きましょう。一人でいるよりずっといいわ」

 

 そう言うと伊緒奈は半ば無理やり清衣の手を引き、るう子たちの元へ連れてくる。

 その気になれば振り払うことができたが、清衣はどうにもこの伊緒奈という少女の気遣いを足蹴にはできなかったらしい。

 

「……あ? なんだこいつ」

 

 伊緒奈とは反対に、清衣の姿を見るなり睨みつけ、攻撃的な姿勢を見せる晶。

 

「彼女、水嶋さん。一人らしいの……そんな目くじらたてないであげて」

 

 晶は伊緒奈には大きな態度を取れないのか、睨むことをやめいぶかしげに清衣の姿を遠巻きに見る。

 

「……おまえ、どっかで……?」

 

 会ったか?

 

 晶がそう口を開きかけた時、ついに状況は変わる。

 ゴー……っという鈍い機械音が館に響く。少女達はその音の主……頭上に視線をこらす。

 するとタイル上になっていた天井の一部が駆動し、空いた穴から巨大なモニタが姿を現した。ほどなくしてそれは映像を映し出す。

 

「こんにちは、"セレクター"」

 

 変声機にかけたような声が、館に響き渡る。モニタにはうっすらと人影が映し出されているのだが、それがどんな人間なのかまでは分からない。

 少女達は"セレクター"という言葉に強く反応した。それぞれ思うところはあったが、最初に感じた感想はみな同じ。"やはり"という感情

 

「君たちをここに招いたのは私。名を"ワダツミ"という。以後お見知りおきを」

 

 ワダツミと名乗るモニタの人影が語る。画面は暗すぎてそれが少女なのか大人なのか、まるで判別することができなかった。

 

「そしてこっちは相棒……ルリグの"タマ"だ」

 

「(タマだって!?)」

 

 ワダツミの言葉に最も強く反応したのはもちろん、るう子だった。

 事件を終えてから会いたかった人物の一人。るう子と心を通わせる白の少女、それがタマだ。

 

「はい、私がタマです。よろしく……セレクターの皆さん?」

 

 そうしてモニタに映し出された少女。それは容姿こそるう子の知るタマと同じものだったが、口調がまるで違っていた。

 トレードマークである髪型もツインテールではなく、ポニーテールだった。

 

 この子は、違う。るう子は直感的にそう理解した。

 

「ああ、これだと誤解を生んでしまいそうですよマスター。……ええ、そうですね。では本名のほうを、こほん」

 

 モニタの向こうで、ワダツミとタマと名乗る少女がなにやら会話を行っている。

 二、三度やりとりを行うとタマがるう子たちの方へ向き直る。

 

「私は"トヨタマヒメ"と言います。タマというのは愛称のようなものでして……あ、そうそう」

 

 やはり違った――。

 会いたいタマに酷似した存在。それを目の前にしてるう子は落胆するが、トヨタマヒメの言葉がタマを知る人物を驚かせた。

 

 

「皆さんの知ってるタマ――タマヨリヒメは、私の妹です。ええ、私がお姉ちゃんなわけなのです、はいっ」

 

 タマとはまた少し違う、でも無邪気にトヨタマヒメは笑った。どこか誇らしげに。

 

 そしてるう子は思った。この少女ならば、タマの行方を知っているのではないだろうか。そうでないにしてもこれは重要な手がかりになる――と。

 

 そして少女達は感じていた。これは新たなる"戦いの始まり"であろうということを。

 

 そしてその引き金は、今まさに引かれようとしているであろうということを。 

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