「…ん…?私は、一体…」
私は肌寒さで目を覚ました。しかし一体なぜこんなところで寝ているのかいまいち分からなかった。
「…記憶が飛ぶほど飲んだかな…うーむ」
考えても答えは出てきそうにないのでとりあえず立ち上がる事にした。
「よいしょ…いっつつ…腰痛…ぶつけたのかな」
立ち上がり深呼吸をし、状況を整理する。確か私は仲間たちに追加の酒を持ってくるように頼まれたはずだった。
「…あ、そうだ!たしかあの男を追いかけて…」
やっと思い出せた。あの男を捕まえようとしてここまで来たのだった。
「あ、アイツは…!どこだ…」
辺りに人の気配はなく、かわりに自分が瓢箪を持っていることに気づく。おそらくあの男が私が眠っている間に持たせたのだろう。としたら中身は多分酒だ。
「…やっぱり、負けたのか…高々人間一人に」
思い返してみてもこちらが手を抜いたなんてことはなかった。
「下手に手柄を立てようなんて考えるんじゃなかったなぁ」
今の私を仲間が見たらどう思うだろう。きっと自分の実力を過信し過ぎて連携ができず、それでいて手柄を独り占めしようとして返り討ちにあった『馬鹿』に見えることだろう。
「はぁー、アイツでもできたから私もできると思ったんだけどなー」
そうつぶやき空を見上げる。そこには月がうっすらと登っていた。
「夕暮れの月見酒ってのもいいかもな」
今日は一人で月見酒と洒落込むことにした。
俺達は今、森の中をひたすらに歩いていた。それはもう時間の感覚なんて薄れる程。
「ねぇ夕霧ー、いつになったらこの森から出られるのかなー?」
桜花がわざとらしく、それに笑顔で聞いてきた。
「もうすぐ…!もうすぐ出れるから」
何故こんな事になったのかというと、それは今からかなり前に遡る。
「夕霧、次はどこに向かうのさ」
「そうだな…向こうだ!」
あの天狗が居た場所から歩いて数分、水も補給した俺達は山から離れ草原をぶらついていた。
「向こうねぇ…まあ村に着けば別にどうだっていいけどさ、時間が時間だから寄り道はなしだよ?」
「分かってるって、そんなことくらい」
そこから歩いて体感30分、『それ』は俺たちの目の前に現れた。
「これは…森だな」
「ねぇ、聞いておくけどさ」
「よし、行くぞ!」
「こらぁ!」
森へ入ろうとした時、突如桜花に脇腹を殴られた。
「ぐぅ…痛てぇな、何すんだ」
「何すんだじゃなくてねぇ、さっき言ったこと忘れたの?」
「寄り道すんなってやつ?ああ、あれな」
「そうだよ!もうすぐで日も沈みそうなんだから!」
「寄り道しないと言ったな、あれは嘘だ」
「あんたってやつは…」
桜花がプルプルと肩を震わせる。やっぱりこういう時、女ってもんは冒険心や好奇心が無いもんだなとつねづね思う。俺が変なだけかも知れんが。
「大丈夫!どう見たって普通の森だよ、すぐに抜けられる!」
「いやどう見たってでかくて人の言葉話す白い犬や威厳漂う大きな鹿とか出てきそうなんだけど」
「そんなの出てきたら俺が退治してやるよ、だから、な?」
「…しょうがないな…」
かくして俺達はこの森に入ることになったのだ…
そして現在、俺は今にでも襲いかかって来そうな河童を連れて何処とも知れぬ行軍を続けている。
「…よし、池谷!」
「なんだい?言っとくけど今更謝ってもその頭は落とすからね」
どうやら俺の首がチョンパされるのは決定事項らしい。
「物騒なこと言うなよな…ってか、そろそろここらで野宿…」
しようぜ、と言いかけた時、俺のみぞおちに桜花の見事な正拳突きが決まった。
「ぐふぅ…!」
「どうしてこうアンタはいつもいつも面倒なことを!なーにがこの森はすぐに抜けられるー、だ!この無計画能天気ヘタレ駄目人間!」
どうやらよほど桜花は野宿が気に食わないらしい。それもそうか、これでも一応女の子なんだからな。
「桜花、それについては謝る」
そう言ったら先程の罵声が止んだ。兎に角ここは誠意の見せ所だ。
「この件も、天狗の件も、全部俺の無計画性が引き起こした事だ。いまさら謝ってもどうにもならないが、これだけは言わせて欲しい」
桜花に向き直り深々と頭を下げる。
「本当に、すまない…!」
「そ、そんな…あ、アンタがこれに懲りてこれからはきちんとしてくれればいいから、ね?だから顔を上げてよ…」
促されるがままに顔を上げると、桜花がとても申し訳無さそうにしていた。
「桜花、俺は…」
「は、はいはい!もう野宿の準備しよ?私は火をおこす準備するから、夕霧は燃えそうなもの持ってきて!」
そう言って桜花は火をおこす準備を始めた。
「じゃ、燃えそうなもの取ってくるよ」
「うん、いってらっしゃい!」
「んしょっと、こんくらいかな」
薪を集める手を止め、空を見上げる。
「なかなかに月が綺麗だな…にしても」
空を見上げながらさっきのことを思い出す。
「アイツって、ああいうのに弱いんだなぁ…ふふ、これからはどんな事をしても取り敢えず謝るか~」
俺は薪を抱え桜花のいるところへ戻ることにした。
腹ごしらえも終わり、現在は2人で並んで座り、月を見ていた。
「ねぇ、夕霧?月ってさ、どんなとこだと思う?」
ぼんやりと眺めていたら唐突に桜花が聞いていた。
「月ねぇ…兎が餅でも搗いてるとか」
「なるほど、面白い考えだね…」
いや、俺の考えは今の時代では割と普通だと思うが。
「そうだ桜花、寒いし酒でも飲もうぜ」
俺は自分の荷物袋から戦利品の酒を取り出した。
「それはいい考えだね」
桜花はそう言うと自分のリュックから盃を二つ取り出した。
「ところでさ、桜花はどの位飲める?」
「わたし?うーん…そんじょそこらの人間よりは飲めると思うよ」
そう言っているうちに二つの盃に酒を注ぐ。
「じゃ、はじめるか、月見酒」
「風流だねぇ…」
「…1つ聞きたいんだけどさ」
「どうした?急に改まって」
しばらく無言で酒を飲んでいたら桜花が突然切り出した。
「あの天狗、どうしてとどめを刺さなかったの?」
「あー、あいつの事か…」
ぼんやりとした頭で考える。あいつを殺さなかった理由は一つしかった。
「だってあいつ、悪い奴に見えなかったからな」
「そ、それだけの理由…」
横を見ると桜花が絶句していた。そんなに驚く事だろうか?誰だって死ぬのは嫌だろうに。
「そんなに変な事か?」
「絶対変だよ、だって…」
「だって?」
「…」
「まあいいよ、とにかくさ、俺はあんまり殺しはしたくないんだよ」
「…少し優しすぎるんじゃない?今時妖怪退治って言ったら見逃したりはしないと思うけど」
「別にいーだろー、それが俺のやり方だ」
器の中の酒を飲み干し、また暫く考える。やっぱり妖怪といえども殺す事はあまり良くなく感じた。
「おっ、もう酒終わりか」
「えー、もう無いのー?」
不満げな桜花の前で酒が入っていた容器を逆さにする。
「ほら、一滴も垂れない」
「まだ飲み足りないよ、全く」
「まあまあそう言いなさんな。もう寝ないと明日寝坊しちまうだろ?」
そう言って桜花に毛布の代わりの布を渡す。
「うう、布団が恋しいよ…」
「同感だ…」
「アンタのせいだからね」
「すいません…」
布にくるまり空を見上げる。相変わらず星が綺麗に瞬いていた。そう言えば転生する前はこんなに沢山の星は見れなかった気がする。
「夕霧」
「何だどうした」
桜花を見ると申し訳無さそうに俯きながら呟いた。
「あのさ、隣で寝ても、いい?」
「どうして急に」
困るということは無いが酔に任せて変な事をしてしまうという事もなきにしもあらずなのでできるだけそう言う事は避けたかった。
「いやぁ、ちょっと寒くてさ…ははは」
確かに今の季節は寒い、このまま放置して体調を崩されたらたまったもんじゃない。
「そういう事なら別にいいぜ」
だから俺は、隣に寝てやることにした。
「うん、ありがと」
「どーいたしましてー」
しばらく火を見ていると桜花の肩が俺の肩に触れるようにして座った。
「うん、あったかいよ」
「せやな」
あくまでも体調を崩されたら面倒だからくっついてるだけだと自分に言い聞かせることに集中する事にした。