………なんとなく目を開けると真っ白な所にいた。ひさしぶりで驚いたがすぐに状況は理解できた。
「寝ちまったのか」
「ええ、そうですよ」
後ろから聞きなれない声が聞こえたの振り返る。そこにいたのはニヤニヤと笑みを浮かばしている若者だった。
「あんた誰?」
「あんたとは酷いなあんたとは」
若者は表情を崩さずに続けた。
「いやね、僕は君の新しい案内人ってところかな」
「新しい?前の人は?」
「あの人は別の部署に移動になりました」
部署とかあるのか。
「それよりも、僕の新任祝いとしていいものをプレゼントしてあげるよー」
「いいもの?」
彼を見るといつの間にか俺の魔術本があった。
「あっ、それ俺の」
「知ってるよ、それでプレゼントってのはねー」
彼は得意げにパラパラページをめくるとこちらに突き出した。
「データの更新でーす」
「更新?」
「そう!この何も書いてなかったページに魔術を追加してあげたよ」
そこには確にこれまでなかった『人形』
の文字があった。
「あ、ありがとうございます」
「じゃあ長話はこれくらいにして、そろそろ起きたら?」
そうだ、魔術の特訓の事を忘れていた。
「そうですね、それじゃあこの辺で」
「んっ…寝ちまったよ…」
どうやら婆さん達は寝たようだ。聴こえるのは桜花の寝息だけだった。
「よし、それじゃあ」
怠さの残る体に鞭をうち立ち上がる。
「行きますかね」
足元に注意して裏口から外に出た。
流石にここで練習するのは色々とまずいと思い、少し離れた場所にある森まで移動することにした。
「ここら辺なら目立たないかな」
森をしばらく歩くとひらけた場所に出た。いい具合に月明かりで照らされているので魔術本も読む事ができるというベストポイントだ。
「そういえば新しい項目が追加されたんだっけ」
新項目とやらが気になったので人形と書かれた項目を見てみる。
「うーん、想像してたけどやっぱりたくさん素材が必要なのか…しかも錬金術も齧らないといけないとか…」
正直言って今の自分には到底不可能な事が書いてあった。
「よし、これは後回しだな」
今は投影を実用レベルまで上げることが最優先だ。こんな複雑なものはあと50年たったらやろう。
深呼吸をして心を落ち着ける。そして、愛用の剣を思い浮かべる。
「くぅっ……」
痺れるような痛みを感じ思わず声を漏らす。
「投影開始…」
右腕の魔術回路が発光する。そして弾けるような音と共に一本の剣が現れた。
「っしゃあ!成功だ…!」
その場で素振りをしてみる。
「重さは変わらないかな。それより問題は中身だ。」
硬度を確かめる為に近くの岩に叩きつけた。
「うっ…手が痺れる、だけど刃溢れしただけか」
改めて剣をまじまじと見る。実を言うと武器の投影はこれが初めてなので気分が高陽していたりする。
「さて、問題はここからか」
魔術本に目を落とす。そこには投影の例外について載っていた。
「なになに、『投影で精製したものは手元を離れると消えてしまうが中には精製した物が消えない物があり、それを自在に作り出すことができるのが投影の例外である』…なるほど」
ひとまず例外が生み出せたかを確認するため剣を地面に置く。すると音もなく消えてしまった。
「だよな」
もともと希薄だったからまあ当たり前っちゃ当たり前の結果だが、苦労して作り上げた物が無くなるのは結構来るモノがある。
「…練習あるのみか」
気分を入れ替え、再び集中を始めた。
1時間ほど特訓を続けたが結局例外クラスの物は出来上がらなかった。しかし特訓の甲斐あってか投影はほぼ成功するようになった。
「ふぅ…今日はこれくらいにして帰るかな」
帰ったら水浴びしないとな…まだまだ寒い季節だけど汗がすごいことになってやがる…
「風邪ひく…はよ帰ろ」
家は確かこっちだったよな…とにかく歩けば着くだろう。
「あら?こんな夜中に人間が出歩いているなんて」
帰路に着こうと思った時、不意に後ろから声が声が掛けられた。
「ひょっとして道に迷ったとか?」
「あんた…もしかして妖怪か?」
まあこの時間に出歩いているのは妖怪ぐらいなのでこの質問は無意味だと思ったが念のため問いかけてみた。
「私は道に迷ってるのか聴いてるんだけど…まあいいわ、確に私は妖怪よ」
相手が答えているうちに振り返る。そこには立っていたのは少女だった。その見た目はと言うと、ナイトキャップを被り紫を基調としたドレスの様なものをきて、挙句の果てには傘を持っているという変わった格好だった。
「妖怪さんが何の用?俺は早く帰りたいんだが」
「あら、妖怪を前にしているのに怯えたりしないのね。」
「結構見てるからな、もう慣れたさ」
この妖怪…妖力自体は大したことないが…何処か薄気味悪さを感じる。
「なあ、あんたどこから湧いて出てきたんだ?」
「あなたの後ろからって言ったら信じる?」
そう、一体どこから来たのか。それだけが気掛かりだった。
「できれば種明かしをしてもらいたいな」
「別にいいわよ、教えてもできるものじゃないし」
そう言うと妖怪は手を振りおろしたかと思ったら、何処からともなくひとが入れるくらいの亀裂のようなものが空間に走り、口を開けた。
「私はね、境界を操ることができるの」
「境界を?」
「そう、そしてこれを私はスキマと呼んでいるわ」
そういいながら妖怪得意げに開いた亀裂を指さした。
「境界って事はここは別のどこかに通じてるって訳か」
「そうよ。何だったら家まで送って上げましょうか?」
「…取って食ったりしないよな」
「するわけ無いじゃない。家はどうせここから近い人里でしょ?」
「ああ、そこまでよろしく頼む」
「ふふふ、わかったわ。じゃあついてきて」
妖怪に導かれるがままにスキマの中に入った。
スキマの中をしばらく歩くとやがて出口が見えてきた。はっきり言ってスキマの中にはあまり長居はしたくない。
「スゲェ本当に着いた」
「これで信じて貰えたかしら?」
「おいおい、俺は最初から信じてたぞ?」
「ふふ、どうだか」
さて、後は井戸まで行って水浴びするだけだ。正直この変わった妖怪とはあまり関わりたくない。
「あらもう行くの?」
「眠いからな」
「じゃあ最後に…あなた、名前は?」
名前?一体コイツは何を考えているんだ。
「夕霧」
「そう、夕霧…あ、私の名前は八雲紫、覚えておいてね」
「わかった覚えとくよ」
「そう、よかった。それじゃあ、またどこかで 」
それだけ言い残し妖怪…紫はどこかへ行ってしまった。
布団にもぐってからもあの八雲紫とか言う妖怪の事が頭から離れなかった。
「境界を操るってどれだけ操れるんだろ…」
退治しておくべきだったかなぁ…などと思ってももう意味が無いのでさっさと寝ることにした。
「おーい朝だぞー、もう起きたらどうだー」
「んぁ…」
体が揺すられる感覚で目が覚めた。どうやら桜花が揺すっているらしい。
「なんだぁ…まだ眠いんだけど?」
「もう朝ご飯の用意が出来たらしいから、早く起きろよー」
ああ、朝ご飯までご馳走してもらえるなんて少し申し訳ない気持ちになる。にしても朝から大声を上げるこいつはそういうことを考えてなさそうだ。
「…お前は何も考えてなさそうでいいな」
「それ凄く失礼じゃない?」
「さあ話はこれくらいにして飯だ」
「ぐぬぬ…」
「一晩泊めていただきありがとうございました」
そう別れの言葉を告げると俺達はその家を後にした。
「それで、これからどこへ向かうのさ」
人里を離れてしばらくして桜花が訪ねてきた。
「そうだな…よし、あの山に向かう」
指をさした先にはそこそこ大きな山があった。
「あそこ、結構遠くない?だいたいなんで山なのさ」
「それは…そこに山があるからさ(キリッ」
「…」
ないわ~。と言いたげな目をしている桜花を無視して俺は足を進めた。