きっと、そんなことを望んでいるわけではない。
ただひたむきに笑って、
生きてさえいれば。
彼女は今もどこか雲の彼方で、
微笑んでくれるだろう。
睦月にはそんなことが、
痛いほど理解できていても、
承服しかねていた。
駆逐艦だけで解決すべき問題。
長門が出した答えは、
駆逐艦娘4人のみの編成のもと行う、
近海の哨戒任務であった。
旗艦:吹雪,睦月,夕立,島風
各人に与えられる簡易式電探。
睦月は、積極的に敵深海棲艦を沈める任務ではないため、
不服そうな顔をするが、それを長門が見抜いて注意する。
「簡単な任務と侮るな。
油断すれば鎮守府が燃える可能性だってある」
索敵を怠った結果どうなるかは、
歴史が証明している。
気を引き締めた4人は、哨戒任務に向かう。
鎮守府近海。
日はまだ高く、見通しもいい。
単縦陣で進む駆逐艦娘一行。
「睦月ちゃん速いね。
燃料切れ起こさない?」
旗艦を差し置いて先行する島風は、
自分のことを棚に上げて、睦月を心配した。
「大丈夫だと思う」
それに答えた吹雪の表情は硬い。
殿を務める夕立は、
吹雪の声色だけで察した。
「睦月ちゃん。帰ったら甘いもの食べよう。
間宮さんの新作かき氷、私も食べたいっぽい」
「う、うん。そうだね」
睦月はといえば、
心の奥底を見せない、
微妙なハニカミ顔をみせた。
初めて出会った時の笑顔と随分違う。
振り返った吹雪は心配になった。
「電探に異常はないよー。
でもこの電探、役に立つのかな―?
連装砲ちゃんの方が良さげだけど」
「折角の装備だからハズレってことはないよ」
「島風ちゃん結果を求めるの速いっぽい」
電探によれば、敵はまだ近くにいない。
目視でも敵影は見えない。
音は波と、艤装の排水音だけ。
そもそも、哨戒任務は戦闘があったとしても、
散発的なものが多い。
敵も馬鹿ではなく、鎮守府近海は危険だと知っている。
偵察に来た深海棲艦を撃沈したという報告は聞くが、
いずれも小型の駆逐艦で、
隊を組んでいることも殆どない。
大丈夫。この任務は何もない。
睦月が危険に晒されることなどない。
そう強く思う吹雪だが、
先ほどからジリジリと心がざわめいている。
その原因が何なのかわからない上に、
時化も敵もいない今、不安だけが膨らんでいく。
「吹雪ちゃんかんがえごと?」
呑気に夕立が訊ねたが、
吹雪は微妙な笑顔で曖昧な返事を返した。
何事もないまま、20分が過ぎた。
周囲を見れば、陸と、小さく鎮守府が見える。
電探に反応あり。
「敵、一時と四時の方角に、
それぞれ一隻ずつ確認!」
電探の情報は全員共有しているが、
吹雪は声に出して伝えた。
戦闘開始を皆に強く印象付けるためだ。
「どうするっぽい?」
「速く指示出してよ吹雪ちゃん!」
「……」
殺意が感じられる瞳を宿した睦月。
吹雪は旗艦として指示を出した。
「一時の方角に睦月ちゃん。
四時の方角に島風ちゃんと夕立ちゃん。
私はここで待機します」
指示を聞いた全員が驚くが、
睦月は頷いて、誰よりも速く出撃した。
「睦月ちゃん1人にしてだいじょうぶっぽい?」
「大丈夫じゃないよ。
だから2人はなるべく早く倒して、
睦月ちゃんのサポートへ」
敵の目的が散発的な偵察か、
それとも何か別の目的があるのか。
囮2隻に意識を逸らしている間に、
本隊が来るかもしれない。
せめて一隻であればよかったものを。
吹雪は歯噛みする。
「いってきまーす!」
「連装砲ちゃんもね!」
残った吹雪は電探と通信に意識を集中した。
通信で鎮守府へ伝達。
念入りに敵のいないことを確認し、
吹雪は睦月の元へと向かった。
睦月は視野が狭くなっている。
仇討ちのこと。
自分がもっと強くならなければならないこと。
そしてその気持以前に、
このところ睡眠をとっていなかった。
視界に現れたのは、
海に浮かぶ深海棲艦の駆逐艦。
単眼のようなレンズが睦月を捉えている。
その駆逐艦は、これまで見たこともない、
赤い、オーラのようなものをまとっていた。
それがなんなのかなど、
睦月には関係なかった。
よしんばここで戦艦と会敵しても、
彼女は勇猛果敢に挑んだことだろう。
自分の身など顧みずに。
「敵艦捕捉、戦闘に突入!」
吹雪に無線で伝えてからすぐさま距離を取りつつ砲撃。
敵駆逐艦も負けじと砲撃をする。
敵の砲門は口内の一門のみ。
回りこむことも、弾着地点予測も容易で、
魚雷にさえ気をつければ負けることはない。
「えぇい!!」
気合をこめても威力は変わらないが、
睦月は叫ばずにはいられなかった。
片時も敵から目を離さず、
しつこく砲撃を繰り出す。
命中率は悪くない。
撃ち込んだ量は、駆逐艦を撃沈しうるダメージ量だ。
ところが赤いオーラの駆逐艦は、
それだけのダメージを受けてもまだ航行している。
弾着目立つ側面がいきなり正面に回頭する。
睦月は向けられた砲門の軌道から逃れるため、
慌てて右へ回避した。
相手は撃たず、
睦月の回避方向に全速力で突撃する。
「ぐっ、……ぅ!」
衝撃が体全体に伝わるほどの体当たり。
人間であれば即死だが、
艦娘である睦月は中破で堪える。
グパァ…と開かれた口から、
睦月の腹に砲弾が直撃した。
「あがっ!?」
大破。
装甲も兼ねる服がボロボロになり、
体そのものへのダメージを通してしまう。
息苦しさと、すすだらけの腹。
0距離だ。
「ぅあああああ!!」
魚雷を発射する。
自滅覚悟の一撃を相手は察知し、口を閉ざして反転。
一気に距離を取る。
魚雷は相手の機動を捉えきれずにあさっての方向に進んでいった。
「はぁ……は…ひゅーっ……ひゅーっ」
沈む。
睦月はそう思った。
如月の仇を取ることもなく、
正体不明の駆逐艦に負けて、
誰にも気付かれることなく……。
沈んでしまう。
途方も無い恐怖が睦月に襲いかかるが、
それを振り払って、血走った目を敵に向けた。
許せない敵だ。
決して許してはいけない。
自分の大切な人を沈めた敵を。
海の底に沈めなければいけない。
怒りと憎しみが、自分の恐怖を怖気づかせる。
負けることはない。
「そうだ……如月ちゃん……を……」
魚雷は数少ない。
撃っても回避されるだろう。
この駆逐艦は、
今まで見たどれよりも、抜きん出て強い。
「如月ちゃんを……」
きっと仲間と連携しなければ勝てないだろう。
「返してえええええええええええええ!!!!」
睦月は1人で突撃した。
敵の砲門は開いている。
ギリギリで躱す算段だ。
発射する直前を勘で察知し、
一撃は避けた。
続く2射も、体当たりに警戒しつつ大きく回りこんで、
敵の側面に砲門を向ける。
「うううう!!」
獣の唸り声のような、
悲痛な叫び声を上げながら砲撃。
砲撃、砲撃、砲撃!
手応えはある。
黒煙が舞い上がりすぎて視界が取れない。
もしも生きているのであれば、
沈むであろう。
睦月は砲門を構える。
煙の奥から笑い声が聞こえた。
けたたましい、
金属の鳴り響くような、
こすりあわせたかのような、
悪寒が走るほどの金切り声。
何故それを笑い声と捉えたのか、
睦月にもわからない。
不気味で不愉快な雑音。
押さえつけていた恐怖が、
その声で一気に身を引き縛る。
「ひっ…」
逃げようとした。
しかし、航行が出来なかった。
大破していたのに無茶をしたのが祟ったのだ。
「う、動いて……」
黒煙が晴れようとしている。
赤いオーラは消えていた。
代わりに、黄色く光っている。
それが何を意味するのかなど知らなかったが、
とにかく敵はまだ生きていることだけは、
睦月にもわかっていた。
「あ…」
砲門が、こちらをむいている。
無慈悲な一撃が叩き込まれる……前に、
「睦月ちゃん!!!」
駆けつけた吹雪が放っていた魚雷が、
敵駆逐艦側面に叩きこまれた。
悲鳴にも似たつんざく金属音をあげる。
「沈めぇえ!」
追い打ちの魚雷、
行動範囲を制限する砲撃。
冷静に吹雪は対処して、
敵を睦月から引き剥がした。
「お待たせっポーイ!」
「遅くてごめーん!!」
逃げてばかりの駆逐艦をようやく撃破した、
夕立と島風が合流。
駆逐艦は吹雪を恨めしげに見たような素振りを見せて、
直ぐ様転身、海域を離脱していった。
「何あれ?! はっやーい! 待てー!」
「島風ちゃんストップ! 追い討ちは厳禁!」
完全勝利ではないが、
敵の目的がなんであれ、
鎮守府防衛は出来た。
睦月を起こして担ぎ、
夕立と一緒に連れて行く吹雪。
睦月は気絶していた。
長らくおまたせいたしました。
私の思い描く4話、
もう一話だけ続きます。