赤く焼けた空が黒煙を垂らしている。
敵の根城を焼き払い、
戦力をことごとく駆逐し、
残骸か死体か、生物か否かもわからない、
深海棲艦の群れが、
海面に停止している。
弓が破砕し、空手の赤城の目の前には、
一隻の空母が中破している。
どちらももう、艦載機を飛ばすことは出来ない。
「……」
声にならないうめき声を上げる敵空母。
赤城は憎悪を込めた瞳で睨みつけていた。
敵空母の左目が射抜かれている。
青い血のようなものが滴り落ちている。
怒りに燃える眼光を放っている。
「逃げるのね……でも、次は……。
次は逃さないわ……命に代えても、
貴女をどこまでも追いかけて……沈める」
残された一本の矢を矢筒から取り出す。
矢はボロボロで、艦載機一つ出来るか否か。
弓がないので、赤城はぐっと力を込めて、
狙いを定めて投げつけた。
弓を介さなければただのボーキサイトだ。
ボーキサイトの塊は、
敵空母ヲ級の足を深々と貫いた。
「死なないでしょう……その程度じゃ……」
敵空母はわなわなと怒りに、
痛みに震えながらも退却を開始した。
赤城の率いる艦隊は、
敵空母に辿り着く前に中破や大破をしていて、
まともに戦える艦は残っていない。
それは吹雪が訪れる少し前の、
大規模作戦の終局であった。
鎮守府から遠く離れた場所にある島。
地図で見ればカタカナの『ウ』の字に似ていることから、
『ウ島』と呼ばれている。
先日、哨戒任務を行っていた駆逐艦や軽巡洋艦が、
この辺りに深海棲艦が集結し、
なにやら行っているという知らせが舞い込んでくる。
「どう思う、陸奥」
狭い作戦室に集まったのは、
秘書艦である長門。
その姉妹艦の陸奥。
情報の記録や収集などが任務の、大淀。
以上3名。
全員、神妙な面持ちで、
テーブルに広げられた海図を眺めていた。
「目視にて確認した情報によれば、
敵駆逐艦は数十隻。
軽巡以上も十隻以上。
しかしこれは目視の段階ですので、
実際の戦力は不明です」
大淀は精査された情報を元に、
海図に小さな赤い旗を建てた。
「目視できたのはこの湾部のみ。
裏側にもいるかどうかは不明です。
ただ……」
大淀は手に、模型にも見える偵察機を取り出す。
その中にいた妖精という存在が、
何かを紙に書いて大淀に渡した。
「神通の偵察機は優秀で、
ウ島中心部にある入江。
ここに、これがあるのを発見しました」
まるで一枚の写真のようにくっきりとわかる絵。
岩肌が多い島には深海棲艦がいて、
何か大きなモノを作っている。
何を作っているのか?
長門は息をのむ。
「建造か……」
「ええ。おそらくは、空母以上の存在。
戦艦でしょう……」
「ただの戦艦じゃないでしょうね。
こんな砲塔、見たことないもの」
右肩に備えられた一門の砲塔。
長距離射程を見込める上に、
口径も大きく、当たれば駆逐艦では大破以上もあり得る。
「我々艦娘と違って、
相手はこうやってイチから存在を作れる。
しかも、資源を潤沢に持てばこのような大規模建造も……」
「どうするの長門?
提督に進言はした?」
「……提督は、作戦を提示している」
持っていた紙を広げて、
長門は中身を確認する。
「艦隊を3つ編成し、
1つは陽動。もう1つはこれを挟撃。
……最後は2つの艦隊が暴れている間に、
ウ島内部の大型戦艦を叩く」
「つまり、3つ目が本命なのね。
赤城とか加賀とか入れるのは当然として、
私も行こうかしら?」
「いや、陸奥は鎮守府の守りを頼みたい。
……大淀、陽動と挟撃の部隊編成は任せる」
待ってましたとばかりに、
大淀は胸を叩く。
「お任せ下さい!
長門さんも、本命の艦隊を決めて下さいね」
大淀が帰ると、作戦室には2人だけになった。
陸奥は長門に質問をぶつける。
「……こんな大変なときも、提督は留守なの?」
「ああ。最近は内陸に用事が多い。
大方、上層部と揉めているか何かだろうさ」
最低限の方針などについては長門は把握していて、
提督本人からの指示も定期的にある。
それゆえ、鎮守府の機能が停止するということは殆ど無い。
第一囮部隊
旗艦:神通
僚艦:川内,那珂,如月,睦月,吹雪
第二強襲部隊
旗艦:高雄
僚艦:愛宕,鈴谷,熊野,島風,夕立
第三本隊
旗艦:金剛
僚艦:比叡,榛名,霧島,赤城,加賀
食堂に貼りだされた辞令を見て、
吹雪は身を竦ませた。
囮ということは真っ先に会敵する役目だ。
しくじれば全ての作戦が崩れてしまう。
自分に出来るのかと不安になったが、
その背中を那珂が押した。
「ダイジョーブだよ吹雪ちゃん!
なんたって神通ちゃんの訓練受けているんでしょう?
続けたら私みたいに、トップアイドルになれるよ☆」
「トップアイドルはいいです……」
鎮守府全戦力を投じたわけではない。
全て出払えば、鎮守府を守る艦娘がいなくなってしまうからだ。
長門は全体の指揮をするべく鎮守府に残り、
陸奥はその補佐と不測の事態に備えて待機。
「あら、凄いわね。囮だって睦月ちゃん」
「何で嬉しそうなの如月ちゃん……。
私は吹雪ちゃんと同じで不安だよ」
「覚悟完了おっそーい!」
「きっと敵が多くて楽しいっぽい」
遠足の日程が決まったようなはしゃぎ方をするのは、
当然異質である。
事実、他の艦娘は、出撃しなくてよかったという顔を、
する者が多い。
「作戦は追って知らせる。
ウ島攻略作戦は、2日後の早朝。
客員、戦闘準備や、
気構えなどをするように」
張り出した長門が全員に通達し終えると、
艦娘はそれぞれの場所へと帰っていった。
残ったのは、吹雪、如月、睦月、夕立、島風。
いつも一緒に行動することの多い五人だったが、
先日の演習以降、更に密に行動することが多くなった。
「別部隊だけど頑張ろうね!
でも敵を倒す速さなら負けないんだから!」
「敵なんてポイポイしちゃうっぽい!」
「……どうしよう、不安だよ……沈みたくない、
沈みたくない……」
陽気な島風と夕立とは対照的に、
睦月は不安に身を強ばらせている。
彼女は戦闘経験が吹雪よりもあるが、
睦月型の艤装は戦力としてやや不安がある。
沈みたくないのは自分も、
自分のせいで沈むかもしれない誰かを、
案じての台詞だった。
「ほーら、そんなにガチガチに固くならないの」
やんわりと睦月を抱き寄せたのは、
姉妹艦の如月である。
「初戦闘みたいな初々しさも可愛いけど、
やっぱり睦月ちゃんは笑ったほうが可愛いわよ。
ほら笑顔笑顔」
「そうだよ睦月ちゃん!
何かあっても守るから、私!
……守れればだけど」
「余計不安になるっぽい~」
「根性ないなあ吹雪ちゃん」
「うう、そんなに言わなくても……」
如月のぬくもりを感じたからか、
仲間の声に後押しされたからか、
睦月は少しだけ持ち直した。
「ありがとう皆……私、頑張るからね!
よーっし、皆で間宮さんのパフェ食べよう!」
「行く! 絶対に行きたい! レッツぽ~い!」
「夕立ちゃん駆けっこ!?
フライングなんて認めないんだからぁ!」
駆ける睦月に夕立、島風。
あっという間にいつもどおりになったことで、
吹雪は少し戸惑った。
「不思議そうな顔しているわね吹雪ちゃん」
察して如月は笑顔で解説をする。
「ここに来たときね、睦月ちゃん、
殆ど戦えなかったの。
泣いてばっかりで。
……でもね、私がぎゅーって抱きしめると、
泣き止んで眠っちゃうの。
まるで子供みたいでしょ?」
「如月ちゃんも年変わらないじゃん……」
「子供同士だから抱き合っちゃ駄目なの?」
「いやそういうことじゃなくて」
如月は吹雪に急接近して、耳元に囁いた。
「落ち込んだ時は、
誰かのぬくもりがほしいのよ。
自分一人だと冷えきっちゃって、
きっと死んじゃうわ。
兎みたいにね」
その台詞が妙に心に響き、
吹雪は如月の顔を見た。
やはり彼女も緊張した面持ちで、
「睦月ちゃんは絶対に沈ませないわ」
そう言い残して如月は間宮の店に向かった。
吹雪は、作戦開始までの間、
ただひたすら座学を積み、
少しでも生きるすべを探ったのであった。