テキトーさん家冒険録   作:rairaibou(風)

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一人目

 テキトーさんは適当です。やることなすこと適当です。

 どのくらいテキトーかというと、誰もテキトーさんのことを知らないのです。

 勿論姿形は見えますよ、村の外れの一軒家がテキトーさんの家で何匹かのポケモンと共に暮らしています。

 問題なのは、誰もテキトーさんの正体を知らないことです。テキトーさんがこの村にやってきたのは一年前、だけどまだ誰もテキトーさんの本名なんて知らないし、年齢すら分かりません。

 ややこしいことに、テキトーさんは老けたお兄さんにも、年相応のオジサンにも、若々しいおじいさんにも見えるのです。着ている服の種類もいつも違うし、食べるものやお店で買っていく物も違う。本当にふらふらとテキトーなんです。

 時折、さまざまな種類の人たちがテキトーさんの家を訪れます。一体何をしに? テキトーさんはテキトーにはぐらかします。それもまたテキトーさんがテキトーであるとみんなが思う種なのです。

 テキトーさんはテキトーなことをよく言うのです。けして嘘をついているわけじゃありません。ただただ、テキトーなのです。だからそれで誰かが損をするわけでもないし。得をするわけでもない。

 じゃぁテキトーさんは村人から煙たがられているのでしょうか? いいえそんな事はありません。テキトーさんは村人ともテキトーに交友を深めています。

 例えば、子供に一人で回覧板を持たせていっても支障はないだろう。程度には信用されています。だけど、その回覧板を絶対に次の人に回してくれる。とは思われていません。まわす事もあればまわさない事もある。テキトー、テキトー。

 だから回覧板を持っていった人はテキトーさんが読み終わるまで待っておくのです。その間、テキトーさんは彼らに紅茶を振舞います。この紅茶ばっかりはテキトーさん家のポケモンが入れてくれるのでいつでも間違いなく美味しいのです。

 時たま、何時間もテキトーさん家に行ったままの人が居ます。村人も最初の方は不安がっていましたが、何をされたのかと彼らに聞いても顔を真っ赤にして「お喋りしていただけだ」と言うだけなので、時がたつにつれ大した事じゃないように思ってきました。

 

 

 テキトーさん家の呼び鈴が音を立てました。

 この呼び鈴も上手いことできていて、鳴ったり鳴らなかったりします。

「はいはい、どなたですか?」

 テキトーさんが扉を開けると赤毛が揺れました、比較的近くの家の男の子、コリーが回覧板を胸に抱えています。傍らには小さめのポチエナがちょこんと座っています。

「あ、えっと、か、回」

 コリーはテキトーさん家に来るのは初めてだったので緊張していたのでしょう。つっかえながら何とか言葉をつなごうとしました。

「やぁやぁ、回覧板だね。さぁさぁ入ってくれ、美味しい紅茶もあるし、牛乳もあるよ。牛乳はもう全部飲んだかもしれないけど。あぁそうだ、おやつにケーキもある、クッキーかもしれないけど」

 コリーは顔をパッとさせてひょこひょこ中に入ります。テキトーさん家の紅茶は美味しいと噂になっている事を知っていたのです。

 テキトーさんはコリーから回覧板を受け取るとさらっと読んで靴箱の上にヒョイと投げおきます。これを覚えていたら次に回し、忘れたら回さないと言うことです。今日はコリーがいるので大丈夫でしょう。

 ポチエナは自分はどうすれば良いのかと体をうずうずさせています。

「このポチエナ君は君の家で飼っているのかい?」

 テキトーさんがコリーに聞きました。

 コリーはハッと我に帰ってポチエナを胸に抱えます。

 そして少し考えた後に、目を伏せながら言いました。

「友達です。入れちゃ駄目ですか?」

 テキトーさんは笑って答えます。

「いや結構結構、幸いアレルギーは持っていないんだ、検査をしたことはないけどね」

 

 テキトーさん家は物が溢れ返っていました。

 でも別に汚いわけじゃありません、きちんと整理整頓されているように見えます。見えるだけですが。

 キッチンに人型で緑色のポケモンが立っています。そのポケモンはポットにお湯を注いでいるところでした。何時も紅茶を入れていたのはこのポケモンなのでしょう。

「君の家では、おやつはいつ食べるんだい?」

 テキトーさんはキッチンからケーキの乗ったお皿を持ってきて、机の上におきました。

 コリーはそれを見て少し考えましたが、素直に答えました。

「ええと、三時です」

 壁にかけてある時計は二時を指していました。それを見てテキトーさんはケーキをキッチンに戻します。

「なるほど、なるほど。私は何時でも食べるよ。だが今日は君に合わせよう。さぁ、紅茶も出来上がったようだ」

 緑色のポケモンがトレーを持ってきました、「サーナイトと言うんだよ、たぶんね」と、テキトーさんがテキトーにそのポケモンを紹介しました。トレーにはカップが三つと金属で出来た深めのお皿が乗っています。

「ちょうど、新鮮な牛乳があったんだよ。君の友達の口に合えば良いのだけれども」

 床に置かれたお皿にポチエナが顔を突っ込みます。

「あ、ありがとうございます」

「いいの、いいの。おやつという物は一人で食べるとどうしようもない。かと言って人をいっぱい呼ぶと余り食べることが出来ないし、そう言うのが難しい」

 サーナイトはすべてのカップを机に置くと自らも席に着きます。

 コリーはテキトーさんが一口飲んだのを見てからカップを傾けました。甘すぎず、渋すぎず、ほのかな香りが鼻に抜けます。

「物がすごくいっぱい」

 壁や戸棚に溢れかえるものを見てコリーが言いました。

 テキトーさんは感慨深そうに

「思い出の品ばっかりだよ」

 と言って、紅茶を一口。

「大半は良くわからないガラクタだけどね」

 コリーは意味が分からず首を傾げました。難しく考える必要なんかなくて、テキトーさんがただただテキトーなだけです。

「おやつまで時間があるし、暇つぶしでもしようか」

 そういってテキトーさんは席から立ち上がり、壁にかけてある銀色のペンダントを机の上におきました。

 コリーはそれを見ます。お世辞にもカッコいいとはいえないごろっとした銀色の塊で大きさはコリーの手のひらに収まるくらい、鎖も不恰好です。

「持ってみなさい」

 コリーは言われるままにペンダントを持ってみました。見た目より重くて落としてしまいそうになりました。

「それは、何だと思う?」

 席に着きながらテキトーさんが問います。

 コリーはそれを上げ下げしながら考えて。

「銀?」

 と、答えます。

 テキトーさんは手を振りながら「駄目、駄目」と言って。

「それじゃぁ暇つぶしにならないよ。考えてみなよ、これが銀なら、すぐに答えが出てしまう。村に時々来る商人さんにお金を払えばすぐに手に入ってしまう。それじゃぁ駄目」

 頭ごなしに否定されてコリーは少しむっとします。

「じゃぁこれは何なんですか」

 テキトーさんは首を振ります。

「違う、違う、正解を出すんじゃないんだよ。考えるんだ。構築するんだ」

「考える?」

「そう、そう、そりゃぁこのペンダントそのものはつまらない物かもしれない。だけど、それは関係ないことなんだよ」

 コリーはだんだんテキトーさんが頭のおかしな人に思えてきます。

「はぁ? 何言ってるの?」

 言ってしまった後に言葉遣いが汚くなってしまったことに気づきましたがテキトーさんは気にしません。テキトーだから。

「簡単に言ってしまえば、妄想。妄想を広げるんだよ。例えば君、えーっと最近売れてる絵本にあるじゃないか。あの、あれだよ、ドレスを着た臭いペラップが鐘の真似をする話」

 コリーは似た話は知っていましたが、めんどくさいので訂正はしませんでした。

 本当は、ドレスを着たチラーミィが仲間たちと協力して鐘を鳴らそうとする話です。

「例えばあれ、あれの中に君が登場したらどうする? ポケモン達に協力してやるかい?」

 突発的な質問でしたが、コリーは考えます。でも答えはすぐに出ました。子供は素直でいいですね。

「協力する」

「そうだろう、そうだろう、そう言うことなんだよ。物語を作るんだ」

 ここでやっとコリーはテキトーさんの言いたいことが少しだけ分かりました。

 テキトーさんはカップを揺らしながら続けます。

「物語の中なのだから私たちの好きなようにできる。例えば物語の中なら海の中に潜っても死なない。ものすごくバトルが強くなれる。でも物語を書くには常識を捨てなくちゃぁいけない、でも決して常識をすべて捨ててはいけない。だから難しい、難しい」

 テキトーさんは空になったカップをサーナイトの前に置きます。サーナイトがポットを傾ける間にも話を続けます。

「脳味噌の普段は使っていないところを使うんだ、君は右利きかい? 左利きかい?」

 コリーはテキトーさんの演説に目を白黒させながら「左」と答えます。

「ならこの家にいる間は右手でカップを持ちなさい」

 言われるままにカップを持つ手を入れ替えます。ちょっと頭が冴えた気が。

 テキトーさんは並々と注がれたカップに口をつけ、ほっと一息ついて。

「暇をつぶすためにはまず疑問を構築する。六番を頼むよ」

 テキトーさんが言い終わる前にサーナイトが立ち上がり、別の部屋に消えます。

 テキトーさんも席を立ち、床に乱雑に置かれている物の中から空の真っ白な封筒を拾い上げ、分解して一枚の紙にしました。

 ちょうどその時、サーナイトも本と万年筆とインクを抱えて戻ってきました。

 分厚いその本は『ポケモン図解その六』と言う題名です。

 席に着いたテキトーさんは紅茶を一口飲んで図鑑を捲ります。

 ちょうどコリーの紅茶もなくなりましたがサーナイトが気を使って注いでくれました。

 その一杯でポットの中身が無くなったのか、サーナイトはポットを持ってキッチンへと消えました。

「これだ、これだ、このポケモンを知ってるかい?」

 テキトーさんが広げた図鑑を机の真ん中に置きます。

 そのページには銀色のゴロゴロとした塊がいくつも連なったポケモンの絵が描いてあって。名前の欄には『ハガネール』と書いてあります。

「知らない、始めて見た」

 ハガネールは珍しいポケモンなので仕方のないことです。それにこんなポケモンがゴロゴロと存在している場所に人は住みません。

「こいつは鋼タイプと言って、体が鉄で出来ているんだよ」

 そうしてペンダントの鎖を持って塊を吊り上げ。

「こいつはこのポケモンの一部なんだ」

 勿論コリーは信じられません。いかにも疑いの目を向けます。

「うそだぁ」

「そう、確かに本当じゃないかもしれない。だけど、二つの疑問が生まれるだろう。何でペンダントになったんだ? 何でそれを私が持っているんだ?」

 言いくるめられている気がしてコリーは返事をしません。

「この疑問を私たち二人で解決するんだ、一つの物語にしてね。どうだい、良い暇つぶしになりそうだろう?」

「僕、そんな事出来ません」

 物語を作るなんてコリーはした事ありませんし、コリーのお父さんやお母さんだってしていません。

「簡単、簡単さ、こうだったら良いのに、ああだったら良いのに、と言うのを想像して喋れば良いんだ。絵本の中に入ってこうしたい、ああしたい、と言うのと同じさ。纏めるのは任せてよ、こう見えても字を書くスピードには自信あるんだよ」

 コリーはすっかり黙ってしまいました。やった事無い事をするのだから当然です。

 紅茶はすっかり冷えてしまい、時間がゆっくりに感じます。

 足元をポチエナがうろつきます。時々体を脛にこすり付けても来ます。

 その時、不意にひらめいたようにコリーが口を開きました。

「グラエナ」

 テキトーさんは相槌を打ち、万年筆を走らせます。どちらの行為もそれほどテキトーではありません。

「グラエナと一緒にトレーナーが旅をしてて。一人じゃなくて二人で――」

 

 

 

 

 

「すごい」

 コレルが見上げて言いました。

「あぁ、すげぇ」

 横に居たハットリも見上げて言いました。

 

 

 

 

『護りの咆哮』

 

 

 

 コレルとハットリは二人で旅をしています。

 コレルの方はまだ少年で、サラサラの赤毛はよく風と踊ります。

 ハットリの方は……まぁよくわからない男ですが人が悪いわけではなく、コレルに信用されています。

 コレルの横には何時もグラエナがついていました、だけれどもコレルはグラエナをボールに入れるわけではなく、理由を聞かれると『友達だから』と答えます。いくつかのボールを持っているハットリはその度に『思想家みたいだな』と笑いながら苦言を呈すのがお決まりでした。

 二人と一匹と何匹かはこれまで様々な国や村を回って、様々な経験をしていました。

 それは緊張の連続でもあり、少し疲れてしまった彼らはどこか何の変哲もない所で休養を取ろうと、山々に囲まれた盆地にある村を訪ねました。勿論それまでの体験を村人に言い聞かせることで食事や寝る場所を提供してもらうことも考えています。

 だけれども、村に入ってから少しして、二人は驚いてしまいました。

 その村自体は、何の変哲もない村なのです。

 これといった産業も無く、特別な慣習があるわけでもなく、何かが取れるわけでもない。

 だけれども、その村には大きな、大きな特徴があります。

「すごい」

 コレルが見上げて言いました。

「あぁ、すげぇ」

 横に居たハットリも見上げて言います。

 ハットリとは逆にコレルの横に居るグラエナもそれを見上げながらへっへっと舌を出します。

 村の中心、大きな広場のそのまた中心にそれはありました。

 それは銅像のように全く動きません。だけれどもよく耳を澄ませば息遣いが聞こえてきます。

 それは銅像のように全く動きません、だけれどもその周りには大人の背丈ほどの囲いが作られています。

 それは銅像のように全く動きません、だけれどもそれはどう見たってポケモン、ハガネールというポケモンなのです。

 小型のアーボがそうするように、ハガネールもとぐろを巻いて眠っていました。否、少し狭そうな気もします。

「すごい傷だね」

 コレルがハガネールの体を指差して言いました。確かにハガネールの体は傷だらけで図鑑で見るような綺麗な鋼色ではありません。

「これだけの大きさだ、いろいろと苦労があるんだろうよ」

 ハットリは親指と人差し指を広げてハガネールの大きさを測ります。

「体を伸ばしたと仮定して、大体十メートルくれぇか? にしても不思議だ」

 ハットリは囲いの一部を掴み、揺らします。

 囲いは丸太を組み合わせただけの簡素なもので、紐は緩々、土への突き刺さり方も不完全。少し屈めば潜ることができそうですし、両手を使ってゆすれば簡単に壊れそうです。

「こんなもん、寝返りでぶっ壊せるだろ」

「誰かが飼っているのかも知れないよ?」

「それはないだろ、だってこの村はお前」

 ハットリが最後まで言う前に、広場の一部に作られている簡易的な集会所から頭のてっぺんが禿げ上がった初老の男性が顔を出しました、いかにも底意地が悪そうで、人を嫌っていそうな顔をしています。彼はこの村の村長で、コレルとハットリをここまで案内した人物でもあります。

「君達、そんな物見てないで早くこっちに来なさい」

 それだけ言って村長はサッと集会場の中に姿を消します。

 コレルとハットリは顔を見合わせました。

 そしてどちらかが言います。

「物、だって」

 

 

 

 

 集会所の中には来客用に幾つかのベットがあり、村に居る間はそれらを自由に使っていいと言われました。二人は一先ず安心。

 そして皆が席に付き、出された何の変哲もないお茶をすすっている時、

「あー、そのポケモンを出来れば、その、ボールに入れることは出来んのかね?」

 コレルの向かいに座った村長がコレルの横に座っているグラエナに目をやりながら言いました。

「それは出来ません、僕はこの子の所有者ではないんです」

 村長は苦い顔をして返します。

「申し訳ないんだが、先程も言ったようにこの村の住人は殆どの人間がポケモンが苦手なのだ。私も例外では無く」

「ンな訳無いでしょう。村のど真ん中にハガネール囲っといて、あれは正直俺でもこわいっすよ」

 コレルが返す前に、出された何の変哲もないクッキーを無遠慮に掴みながらハットリが言いました。

 村長はめんどくさそうに「アレは例外です」とぼやきます。

「いや、正確には例外でもない、この村の人間でアレを好いてる者なんていやしませんよ」

「何でそんなにポケモンを嫌うんです?」

 少し不機嫌そうにコレルが言います。『グラエナと仲良し』の彼にとって村長の言葉はあまりよく聞こえないのです。

 村長は少し慌てた様に「勘違いしないで頂きたい」と否定します。

「嫌いではない、苦手なのです。いや、怖いといった方が正しいかもしれません」

 少し視線を落として、

「外から来た貴方達なら分かるだろうが、この村は山に囲まれていて、いざと言う時の逃げ道が少ないのです。しかも山の中には野生のポケモンが多く生息していて、時折村に下りてくる」

「引っ越せばいいだろ、引っ越せば」

 ぶっきらぼうにハットリが提案します。

 村長は声を荒げてそれに答えます。

「貴方達と違って私達はそう簡単に故郷を捨てられないのです」

 ハットリはいかにもつまらなそうに「へぇ、そんなもんですか」と返すと、あとはクッキーに夢中になります。別に美味しいわけじゃないんですけどね。

 そんな相棒を横目に、

「それと、ハガネールと何の関係が?」

 村長は気を入れ替えるように頭を振って、

「アレが一吠えすると山から下りてきたポケモン達は一目散に山に帰るんです。日が落ちる頃に絶対に吠えますから貴方たちも聞いてみればいい、それはもう、恐ろしい」

 ありえる話だろうなとコレルは思いました。あの大きさにあの傷です。吠える姿も圧巻なのでしょう。

 でもコレルには引っかかる所があります。

「何であのハガネールは大人しくあそこに居るんですか? それに吠えてポケモンを逃がすなんて、まるで貴方たちを守っているみたいだ」

「みたい、では無く。本当に私達を守っているんですよ、アレは。先代の者がアレに良くしていたんです。だから感謝しているんでしょう。もっとも、先代はとっくの昔に無くなりましたがね」

 コレルの批判的な目に気づいたのか村長はすぐに続けます。

「勿論我々だって良くしていますよ。ちゃんと食うもんはやるし、糞尿の世話もしています。最近は病気がちなのか弱っていることが多いので医者を呼ぶこともあります」

「病気っておめぇ」

 クッキーを食べつくしたハットリはぬるくなったお茶を飲み干して続けようとしましたが、少し考えて、やっぱりやめました。

 コレルがハットリを見ます。

 ハットリもまたコレルを見ます。

 いつの間にかハットリからクッキーを貰ったグラエナは一つあくびをして舌で鼻をぺろりと舐めました。

 いぶかしむ村長を尻目に二人は恐らく同じことを思っています。

『病気っておめぇ、そりゃただ単に寿命だろ』

 と。

 

 

 翌日の昼を過ぎる頃になると、村の子供達が集会所に沢山集まってきました。彼らのお話を聞きたくてしょうがないのです。

 綺麗なドレスを着たチラーミィのお話や、武者修行をしているライチュウのお話。子供達はコレルとハットリのお話に夢中になりました。

 コレルの側から離れないグラエナにも興味津々です。この村の子供達にとってポケモンは怖いモノなのですから。

 一人の子供がコレルに質問します。

「お兄ちゃんは、そのポケモンが怖くないの?」

 コレルは笑って返します。

「少しも怖くないよ、僕とグラエナは仲良しだからね。君達も、仲良しの子は怖くないだろう?」

 子供達がざわつきます。ポケモンと人間が仲良し、という事態を上手く飲み込めないのです。ハットリは「でたでた」と笑いました。

 誰かが問います。

「ポケモンと、仲良くなれるの?」

「なれるさ」

 また別の声で

「どうやって?」

 コレルはグラエナの頭を撫でて

「君達が仲良くなるのとそう変わらない、相手を知ろうとすればいい」

 指で頭を掻いてやると、グラエナは嬉しそうに目を瞑りました。

 腰をかがめてその手をグラエナの背中へと持ていって今度は背中を撫でます。

「例えばグラエナは撫でられるのが好き。すべてのグラエナがそうじゃないよ、この子は撫でられるのが好き」

 今度は女の子の声、

「どうしてわかったの?」

 コレルは顔だけその方に向けて、大真面目な顔で言います。

「お話をしたからだよ」

 ハットリがクスクスと笑いました。

 子供達は凄く驚いて、ポケモンの言葉が分かるの、と殆ど声を重ねながら言います。

 コレルは笑いながら首を横に振って、

「いいや、残念だけど、ポケモンの言葉は分からない。分かったらどんなに素敵だろうと思うけどね」

 子供達は少しがっかりした様子。

 コレルはでもねと続けます。

「似たようなことは誰でも出来るんだよ」

 その言葉に子供達は再び目を輝かせます。彼らにはコレルが何だか凄い人に見えるのです。

「例えばお父さんやお母さんと話す時、君達は表情や仕草を見ると思うんだ。お母さんは喜んでいる。お父さんは怒っている。お姉ちゃんはウキウキしている。その時お母さんは、私は喜んでいるとは言わないよね。お父さんも、私は怒っているとは言わない。お姉ちゃんも、私はウキウキしてるなんて言わない。言葉が通じないからお話ができないと言うことじゃないんだ」

 子供達は一様に首をひねりました、分かるような、分からないような。

 コレルはグラエナに前に出るように言いました。グラエナは言うとおり少し前に出ます。

「試しにグラエナを撫でてみれば分かるよ、頭を撫でたらどんな顔をするかな? 背中は? お腹は? 尻尾はどうだろう?」

 子供達は皆一歩引きました。コレルがどう言おうと、怖いもんは怖い。舌を出して息をするときに見える尖った歯が、余計に恐怖心を駆り立てます。

 コレルはそれに気づいて「グラエナ」と少しはっきりと言いました。グラエナはハッとして口を閉じます。その様子は、少し可愛いです。

 子供達はざわつきました、怖いけど、触りたくもある。でももし噛まれたらどうしよう、でもお兄ちゃんには噛まないよ。

 やがて、一人の男の子がざわつきから一歩抜け出しました。コレルと同じく赤毛の子で体はそこまで大きくなく、大人しそうです。

 コレルは何も言わず、優しく彼を見守ります。

 赤毛の子は恐る恐る、小さな手を震わせながらグラエナの頭に置きました。温かく、息遣いにあわせて上下に動きます。

 置いてある手を動かしてグラエナを撫でます、毛がくしゃくしゃと指に絡み、グラエナは嬉しげに目を瞑ります。

 初めはぎこちなく、腰が引けていましたが、やがてグラエナが噛まないと分かるとだんだんしっかりとした手つきになっていきます。

 だけど撫でる手に少し力を加えると、グラエナの表情が曇ります。それに気づいて力を緩めるとグラエナは満足したようになります。

 赤毛の子は腰を下ろして、もう片方の手でグラエナの背中を撫でます。グラエナの顔が、尖った歯が顔のすぐ側に来ますが、もうあまり怖いとは思いませんでした。だって、グラエナの顔はとても嬉しそうだからです。

「どう? グラエナはどう思っているか分かる」

 コレルの問いに、赤毛の子は少し興奮したように返します。

「強く撫でられるのは嫌いみたい。だけど頭と背中を優しくなでられるのは好き」

 その返答を皮切りに、一人二人と子供達がグラエナに群がり始めます。

 だけど彼らはグラエナが嫌がっているのを感じ取り、一人づつ、一人づつ並んで撫でました。

 それらを見ていたハットリは一つ言います。

「子供はすげぇわ」

 コレルは笑って返します。

「ハットリや、この村の大人たちも出来るはずだよ」

 気づけば、集会所の窓から差し込む光は赤みを帯びていました。子供達はまだグラエナを撫でています、どうやら尻尾を掴まれるのは好きじゃないことが分かりました。

 赤毛の子が、コレルに質問します。

「ねぇ」

「ん、なんだい」

「広場に居るハガネールは、なんて思っているの?」

 コレルは少し考えた後、答えます。

「まだ分からないけど、今夜にでも聞いてみるよ。夜は起きているんでしょ」

 子供達によれば、ハガネールは昼間寝て、夜は起きているそうです。

 その時、何か重いものが地面を擦る音がしました。凄く大きな音で、地面が少しだけ揺れたような気もします。

 子供達は一様にあっと声を挙げ、耳を塞ぎます。

 コレルやハットリが何事かと思っていると、それは響き渡りました。ハガネールの咆哮です。

 それはそれは凄まじいものでした。

 日が沈む少し前になると、ハガネールは体を精一杯に空にむけて伸ばし、咆哮します。

 もしも、もしも自分たちのすぐ傍で咆哮されると、耳がキンキン、頭がガンガンしてしまうでしょう。

「そりゃポケモンも逃げるわ」

 コレルの横で怯える様に伏せているグラエナを見て、ハットリが言いました。

 子供達は咆哮が聞こえると皆が帰る、帰ると言い出します。

 ハットリが感心して、

「時計みたいなもんだ、子供が夜うろつくのはあまりいいこととは言えねぇし、いいんじゃねぇの」

 コレルは子供たちに聞きました。

「君たちは、あのハガネールの事どう思う?」

 子供たちは口々に「怖い、怖い」と言いました。コレルは悲しそうな顔をします。怖いばかりじゃないと思っているのです。

 だけれども、赤毛の子が言いました。

「僕は、好きだよ」

 子供達は一斉に彼を見ます。そして口々に「どうして、どうして」と問います。

 赤毛の子は少しオドオドしながら答えました。

「怖いけど、すごく優しい目をしているんだもん」

 子供達は困惑しました、だけど、コレルはニッコリと笑って。

「そうだよね、そうだよね、君みたいな子が居てよかった」

 と言います。

 ハットリもニッコリ笑って。

「君は見る目がある、大人になったら偉い人になりなさい。君の名前は?」

 赤毛の子は顔を赤くして、恥ずかしげに「ネリー」とだけ答えました。

 

 

 

 

 その晩、コレルとグラエナは集会所を出て、ハガネールの側へと向かいます。

 満月が輝いていたので、明かりが無くともハガネールの様子が良くわかりました。

 ハガネールは首をもたげコレルを一瞥すると、再び地面に頭を置き、目を瞑ります。

 コレルは笑って言いました。

「始めまして、僕はコレルって言うんだ。ほら、グラエナも挨拶して」

 グラエナは一つ二つ、鳴き声を上げます。

 ハガネールは目を開け、コレルを見ます。

「昼間に寝てると言うことは、夜は起きているんだよね。だから今、君に話しかけているんだ。もしおジャマならまた出直すよ」

 ハガネールはコレルをじっと見たまま何も行動を起こしません、しかし、目を瞑らないと言うことはこれから寝るつもりは無いのでしょう。

 コレルはそれを承諾と受け取り、ありがとう、と言って続けます。

「僕は、君に会えてとても嬉しい。君はとても力強く、雄大で、優しい」

 ハガネールは、少し首をもたげます。

 コレルはハガネールを囲う柵を指して

「でもこの村の人たちは君を怖いと言っている。こうして君を囲って、交わろうとしない。君にとっては大した囲いじゃないんだろうけど」

 グラエナが柵を潜り、ハガネールの近くによります。

 ハガネールは特に警戒する様子も無く、グラエナと視線を交わせました。

「そのグラエナは、僕が小さい頃からの友達だ。ロープに繋いでいる訳でもなければ、ボールに入れているわけでもない。だけどグラエナは僕を信頼してくれているし、僕もグラエナを信頼している。僕は彼について知ろうと努力しているし、彼もそうだと思う」

 グラエナがハガネールに向けて一つ吠えました。それが何を意味しているのか人間には分かりませんが、ハガネールは頭を下げ、グラエナはハガネールの頭に額をつけます。ポケモン同士の挨拶のようなものです。

 グラエナは舌を出してにこやかな表情を作り出し、尻尾をこれでもかというほど振ります。グラエナは嬉しいのです。

 ハガネールの表情は読めませんが、攻撃しないところを見ると、悪い気分ではないのでしょう。

 コレルはそれを見て笑っていましたが、やがて視線を落として、

「この村の人々も、君と仲良くなるべきなんだと思う。だけど、皆ポケモンのことを知らなさ過ぎるんだよ、悪気は無いんだと思う。だけど、それはあまりにも酷いよ、君はこんなにも優しいのに」

 ハガネールは再びコレルの方を見ます。コレルは視線を上げ、ハガネールと目線を合わせると、右手を差し出して言いました。

「だから、まずは僕が君と仲良くなりたい。僕は君の事は殆ど知らないから、君の事をもっと知りたいんだ」

 その時、広場にはコレル以外にもう一人だけ人が居ました。ネリーです。

 家の窓からコレルとハガネールがなにやら話しているのを見て、広場の隅で胸をどきどきさせながらそれを見ていました。

 ネリーはさぞかし驚いていました。自分よりかは強そうとはいえ、グラエナがハガネールと一緒に何かしていたからです。ハガネールはあんなに怖いのに、どうして。

 でもその後にもっと驚きました。コレルが柵をくぐり、ハガネールのすぐ側に寄ったからです。

「ま、待って」

 ネリーは声を張り上げました。

 彼は広場の中心に駈けます。優しいお兄ちゃんを危ない目に合わせたくなかったからです。

 コレルはネリーに気づくと、微笑んで言いました。

「やぁ、こんばんわ」

 ネリーは髪に負けないほど顔を真っ赤にして「あ、危ないよ!」と叫びます。

 コレルは澄ました顔で、

「危なくなんか無いよ、ハガネールはとっても優しいから」

 ハガネールがコレルに向かって頭を下げます。

 ネリーはそれを見て、コレルが食べられると思いました。もはや悲鳴も出ず、目を瞑ります。

 コレルはその様子を見て声を出して笑いました。ネリーの耳に笑い声だけが響きます。

「大丈夫だよ、目を開けて」

 ネリーはコレルの声に安心して、少しずつ目を開けます。

 コレルは、ハガネールの額に手を当て、一つ深呼吸していました。ネリーは驚きました。あんなに怖いハガネールがとても大人しかったからです。

 深呼吸を終えたコレルが、ネリーに言います。

「知ってた? ハガネールの体って、鉄だけど、とてもあたたかい」

 得も言えぬ緊張に襲われて答えられないネリーに、コレルはウインクして、

「僕は、今知ったよ」

 とおどけてみせます。

 手を離し、そしてハガネールに「ありがとう」と言いました。

 ネリーの目に涙がたまります、それはホッとしたからでしょうか。それとも不安だからでしょうか。

「怖かった」

「どうして?」

「よくわからないけど」

 袖で涙を拭います。

「それは、君達が彼について何も知らないからだよ」

 コレルが笑いながら言います。

「君はハガネールが優しい目をしていると言ったね。僕もその通りだと思う。けれども、それだけでは駄目」

 柵の側により、自分が潜った場所から右手をネリーに向かって伸ばします。

「君達とハガネールの壁を乗り越えるんだ。仲良くなると言うことはそう言うことなんだよ。仲良くなることはお互いを知ることでもあるし、お互いを尊重しあうことでもあるし、お互いを信頼しあうことでもある。仲良くなると言うことは何らかのつながりを持つ事。だけれど、むやみやたらに仲良くなろうとするのも危険。難しくて、その分かけがえの無いもの。僕達とポケモンはそれが出来る筈なんだよ。僕とグラエナのように」

 ネリーは柵によります、だけれど、如何してもコレルに手をとることは出来ません。やっぱり怖い、彼のお父さんやお母さんだってこんなことはしません。

 コレルの後ろで、ハガネールがネリーを見ています。その目はいつものように優しく、表情も何だか微笑んでいるように見えました。

 グラエナが鼓舞するように一つ吠えます。

「勇気を持つんだ、壁を乗り越えると言う勇気」

 傍から見れば、向こう側にいくのは簡単です、少し屈めば良いだけの事なのだから。

 だけど、ネリーにとって、そこには分厚い分厚い壁があります。彼だけの問題ではありません、この村に住んでいる全員が、ハガネールとの間に壁を作っています。

 前に進むと言う事は、凄く難しいのです。

「君ならできるよ、君はグラエナとあんなに仲良くしていたじゃないか」

 ネリーは一つ息を呑み、昼間の事を思い出しました。

 そう、グラエナも、ハガネールも大して違いはしないのです。サイズが大きいか、小さいかの違い。

 右手を伸ばし、コレルの手をとります。

 ネリーの息は荒く、顔は真っ赤。恐怖やら、興奮やらで頭が混乱しそうです。

 コレルは優しくその手を引いてやり、彼を柵の中へとエスコートしました。

 視界一面に、ハガネールの姿が映ります。コレルの手をこれでもかというほど握りました。

「昼間のグラエナと同じさ、ハガネールだって、君と仲良くしたいんだよ」

 ハガネールが頭を下げてきます、やがてネリーの目の前にハガネールの頭が現れます。それはハガネールの呼吸に連動して上下に揺れました。

 コレルはネリーの右手を離して言いました。

「僕がやったのを見ていただろう。怖くない、彼はとっても優しいから」

 ネリーはハガネールの目を見ました。体の割りに小さく、小さいと言ってもそれでもネリーからしてみれば大きいのですが、キラキラと光るそれはそれまでネリーが見たこと無いほど好奇に満ちた目でとても優しく見えました。

 ネリーは目の前の巨体を意識しないようにするために目を瞑りました。そして、右手を前に差し出し、ハガネールの頭に置きました。

 一瞬、ネリーはグラエナの頭に手を置いているような錯覚を覚えました。鋼の体にしては温かく。息遣いに合わせて微妙に動くそれに、怖くて力強いハガネールを重ね合わせることが出来なかったのです。

 反射的に目を開けると、自らが右手を置いているのは間違いなくハガネールであることが分かりました。

 ネリーはグラエナにそうしたように右手を動かします。自らが触っているものは間違いなく生きているものだと言うことが手のひらに伝わる温かみから分かります。

 本当だ、とネリーは呟きました。

「本当に、鉄なのにあたたかい」

 コレルは嬉しそうに笑って言います。

「でしょ、でしょ、きっとハガネールも同じ事を思っているんだ。君の手は、思っていたよりあたたかくて、そして優しいって」

 ネリーもコレルと同じように微笑んで

「僕、ハガネールと仲良くなったの」

 と首を傾げます。

「もちろん、仲良くなること限界なんて無いけど、少なくとも昨日よりかは勇気の分だけ仲良しのはずさ」

 コレルにはハガネールも微笑んでいるように見えました。

 もちろん、ネリーもそう思っています。

 今夜は満月で、明かりが無くともよく見えるのです。

 

 

 

 翌日の昼、集会所には昨日と同じように子供達が集まっていました。皆がそれぞれ色とりどりの木の実を持っています。

 子供達はグラエナの回りに集まってそれらの木の実を並べます。グラエナはそれらをくんくん嗅いだりちょっとだけ舐めたりしていましたが、やがて桃色の木の実に齧り付き、おいしそうに食べました。子供達はそれを見て一部の木の実以外を引っ込めました。

 ハットリがどうしたのか問うと、

「グラエナが食べた木の実は甘いんだ、だから甘くない木の実は引っ込めたの」

 と、子供達が答えました。

 へー、とハットリが感心しながら引っ込められた木の実を少しかじってみましたが、あまりに辛かったので手のひらに吐き出しました。それを見てコレルが笑います。

「すごい、すごい。君達はポケモンと仲良くなる天才だね」

 子供達はグラエナに慣れたのか手渡しで木の実を食べさせます。

 やがて子供の一人がハットリに聞きました。

「お兄ちゃん達はいつまでこの村に居るの?」

 水をがぶ飲みしながらハットリが答えます。

「明日にはこの村を出る、あまり一つの場所に長居すると旅人の勘って言うのを忘れちまうからな」

 子供達はそれを聞いて皆ため息をつきました、「折角グラエナと仲良くなったのに」と言う声が今にも聞こえてきそうです。

 それを感じたのか、コレルは子供達に言いました。

「今度は、ハガネールと仲良くなってあげてね」

 それは間違いなくコレルの本心です。

 子供達は一瞬言葉をなくした後、それぞれ怖い、怖いと繰り返しました。

 コレルは少し眉を下げましたが、すぐにネリーのほうを見て言います。

「君なら大丈夫だよね」

 子供達もネリーを見ました、ネリーとコレルは昨晩の事を誰にも言っていませんでしたが、グラエナの件でネリーは子供達のヒーローなっていたのです。

 ネリーは少し顔を赤らめて、俯きました。

 その日のハガネールの咆哮は、すこし弱弱しい気がしました。

 

 

 

 グラエナが、鳴いていました。

 集会所を少し出たところで、山の一点に向いて鳴いています。

 もう皆寝静まったと言うのに、果たして誰に向かって鳴いているのでしょうか、何に向かって鳴いているのでしょうか。

「うるせーよバカ犬」

 目覚めたハットリとコレルが集会所から出てきました。

 月明かりを頼りに見渡す限り、特に変わったところはありません。

 どうしたんだい。とコレルは腰を落として、グラエナの顔を覗き込みます。

 グラエナに表情に興奮と、少しの怯えが見えました。

 コレルが真顔になってハットリに告げます。

「何かが山から近づいてる。歓迎できない何かが」

 目を擦っていたハットリも、急に真顔になりました。旅人である彼らは様々な経験からこう言うシチュエーションに敏感なのです。

 ハットリは急いで集会所に戻り、ボングリと言う木の実に機械を組み合わせたものを一つ持ってきました、ポケモンを入れることができるボールです。

 スイッチを押すとボングリが開いて薄緑色をした人型のポケモンが現れます。エスパータイプのポケモン、サーナイトです。

 持ち主と同じように目を擦ったサーナイトにハットリは二、三言指示を出します。

 サーナイトはグラエナが見ている方向に体を向け、目を瞑りました。彼女の周りを薄い光が覆います。

 ハットリはサーナイトの手を自らの額にあてがい、サーナイトと同じように目を瞑りました。

 コレルとハットリは言葉を交わしません、ハットリが集中を必要としていることは簡単に分かるからです。コレル達に伝わって満足したのかグラエナも鳴きません。

 コレルはハガネールが気になりました、不安で不安で仕方ありません。どうしてグラエナが気づいてハガネールは気づかないのだろう。ハガネールはどうするのだろう。否、どうしてあげれば良いのだろう。

 やがてサーナイトが目を開き、ハットリがサーナイトの手を下ろします。

 眠気を完全に覚ますように、もしくは気持ちを切り替えるために、頭を二、三度振って、一つ息を吐きます。

「デカイのが一匹向かって来てる。早くて半時間、遅くても一時間後には村に来る」

「知らせないと――」

 コレルが言い終わるより先に、ハットリとサーナイトの足が動いていました。

「村長に知らせてくる、信用してくれればだけどな」

 彼らが広場から消えるのを見届けて、コレルとグラエナはハガネールの柵の前へと移動しました。

 ハガネールは相変わらず動きませんが、息遣いから起きているのが分かります。

「大きなポケモンがこの村に来るよ」

 コレルの声にハガネールが片目を開きます。動揺は見せず、落ち着き払っているように見えました。

 自分達よりもハガネールの方がよく知っているのかもしれない、とコレルは思いました。グラエナが気づいてハガネールが気づかないとは思えない、こういう事にいち早く気付くからこそ、このハガネールは之ほどまでに雄大なのだと。

「僕達には分からないけれど、君は知っているんだろう。今から来るポケモンが何で、何が目的なのか」

 コレルは柵に手をかけました。

「どうして君は逃げないの? こんな柵簡単の壊せるでしょ? なんなら僕が壊してあげようか」

 そう言った時、ハガネールが首を擡げ、コレルを睨みつけます。

 グラエナがコレルの前に立ち、激しく吠え掛かります。コレルを睨むハガネールに、本物の敵意を見出したのでしょう。ハガネールの目つきは、それほどまでに厳しかったのです。その気迫はまるで「余計な事をするな」と言っているようでした。

 

 

 

 ネリーはお母さんに強く揺さぶられて目が覚めました。

 お母さんはこれまでに見たことが無いほど慌てていて、ネリーの手を強く握って家から出ました。

 村の皆が、夜だというのに慌てて家の外に出てきていました。大きな荷物を抱えている人もいます。

 村から少し歩いたところに、開けた土地があります。一段落着くまで、そこに避難するのです。

 引きずられるようになりながら、ネリーはお母さんに何が起こっているのか聞きました。

 怖いポケモンが村に向かってきているのよ、とお母さんは言いました。ネリーはどうして分かったのと聞き返します。

 旅人さんが言ったのだとお母さんは言いました。旅人さんがあの二人のお兄さんのことだというのはネリーにも分かります。

 旅人さんは村に残るのだとお母さんは言いました。ネリーは少し寂しい気持ちになって、ふとハガネールはどうするの? と聞きたくなりましたが、村を出て道がデコボコし始めたので、聞きだすことができませんでした。

 

 

 

「なぁ、頼むぜ、入ってくれよ」

 人気が無くなった村の中心、ハガネールの柵の前でハットリが叫んでいました。

 ハットリの片手には機械の組み込まれたボングリがあります。ハガネールをそれに入れようとしているのです。

「何もお前を連れ回そうってわけじゃないんだ、事がすぎればまた戻してやるって」

 コレルは如何してもハガネールをほおっておくことができませんでした。できる事ならば彼も安全な場所へと避難させてあげたい、そこで、彼をボングリの中へと一時的に避難させることを考えたのです。

 ですがハガネールはハットリの問いかけに一切答えませんでした。ただただ、じっと頭を地面に預けています。

「コレル、こりゃあ駄目だ、ハガネール自身にその気が無けりゃぁボールは何の意味もねぇんだ」

 ハットリは観念したようにボールをしまいました。

 しかし、コレルは頑なに拒否します。

「ハットリが逃げたいのならば、逃げても良いよ。むしろ逃げるのが当然だと思うし、僕はそれを責めない」

 それを聞いてハットリはケラケラ笑いました。

「コレル、そりゃ卑怯だ。そんなこと言われちゃぁ逃げるわけにはいかねぇ。だがまぁ理由くらいは教えてくれ、何でこいつに固執するんだ?」

 コレルは一つため息をつきます、どうせ初めから逃げやしないくせに、未だにコレルはこの男のこういう所が掴めないでいます。

 そしてコレルはハガネールを見ました、ですがハガネールはコレルの視線から逃げるように顔を背けます。

「ハガネールは知っていたんだ、村にポケモンが近づいていることを」

「そりゃそうだろうよ、グラエナが気付くんだから」

「ならば何故、彼逃げなかったんだろう。何故村の皆に伝えようとしなかったんだろう」

 ハットリは少し考えて、笑いを含めながら身振り手振りに答えます。

「仮にハガネールが何かをしたとして、この村の人間がそれを警告と受け取るか? あぁ、あの怖いポケモンが何かしだしたぞ。おぉ怖い怖い。となるに決まってらぁ。ハガネールだって分かってんだろ、自分の置かれた立場って奴が、だからこの村の人間がどうなろうと関係ねぇ」

 コレルは首を横に振ります。

「僕はそう思わないんだ。少なくとも、彼はこの村の人間の事を思っている、そうじゃなければ毎日毎日雄たけびを上げることはないだろう」

 コレルは昨晩の事を思い返します。あの温もりは、優しさに溢れた温もりなのだと思っていました。

「この目で見届けるんだ、彼の心の中を」

 

 

 村の子供達はそれぞれのお母さんと一緒に一箇所に集められました。

 ネリーのお父さんや若いお兄さんたちは彼らを大きく囲むように大きく円になっています。

 お父さんたちは旅人さんから借りたボールを幾つか持っているのだとお母さんは言いました。何かがあったら彼らが自分達を守ってくれるのだと、子供達に言い聞かせました。

 ネリーの友達がそのポケモンはグラエナなのかと聞きました。

 お母さんは良くわからないと首を振りました。

 子供達は皆グラエナの事を心配していました。

 ネリーは友達にハガネールの事を聞こうとしましたが、村の方からなにやら大きな音がして、びっくりしてしまって聞くことが出来ませんでした。

 

 

 ふと、ハガネールが頭をもたげ、ある方向を見つめ始めました。囲いのすぐ傍にいたコレルとハットリもその方を見ます。

 何かすさまじいものが地面を叩き、バキバキと何かをなぎ倒す音が聞こえました。巨人が歩く時、このような音がするのでしょう。

 コレルとハットリは固まります。どちらかが「来た」と張り詰めた声で言いました。

 ハガネールが小さく唸っているのが聞こえます、だが心なしかそれは弱弱しくも聞こえたます。

 何かをなぎ倒す、もしくは踏み潰す音は次第に大きく、近づいてきました。

「戦うのか?」

 サーナイトを近くに引き寄せながらハットリが言います。その声は張り詰め、不安そうでした。

 ハガネールが大きめのうなり声を上げます、まるでそれはコレルとハットリに向けられているようでした。

「ハガネールはそれを望んでいない。だけどもしハガネールが助けを望んだら――」

 コレルが言い終わる前に、そのポケモンは姿を現しました。月明かりのおかげでその姿が確認できます。

 大きな岩がいくつもいくつも連なったその体は、ハガネールに勝るとも劣らない大きさです。

 そのポケモン、イワークはハガネールの姿を確認すると一つ雄たけびを上げます。それはとても力強く、不思議と若さを感じました。

「なんだ? なんだ、おい?」

 耳をふさぎながら叫ぶハットリの背後で、木が折れる音がします。ハガネールが囲いをなぎ倒し、イワークのもとへと向かおうとしているのです。

 コレルが慌ててハットリを引っ張り広場の隅へと誘導します。グラエナとサーナイトは彼らを護るように壁になりました。

 ですがイワークは彼らには目もくれず、自らの元へと向かってくるハガネールを一睨みし、もう一つ雄たけびを上げます。

 ハットリが「どうすんだよ」とコレルに聞きます。

 ですがコレルは返事を返すことが出来ませんでした。頭の中を色々な言葉がぐるぐると回っています。

 広場の中心では、ハガネールとイワークが睨み合っています。今にも何かが始まりそうな雰囲気です。

 雄大な雰囲気をかもし出しているイワークに対して、ハガネールはサイズこそ劣っていないものの、細々とした感じがあります。

 突然、イワークがハガネールに襲い掛かりました。頭を叩きつけ、胴に噛み付きます。

 ハガネールは抵抗しようと暴れますが、イワークに押さえつけられ何もすることが出来ません。

 イワークは更に胴でハガネールの頭を締め付けました、低い低いハガネールのうなり声が聞こえてきます。

 更にイワークは尾をハガネールの胴に振り下ろします。

 ハガネールの胴が地面にぶつかり、その振動が辺り一面に響きます。それは同時にイワークの力をあらわしてもいました。

 誰が見たって、それはあまりにも一方的でした。

 どちらが力強く、どちらが若いのか、明らかです。

 それでもハガネールは、助けを求めてはいませんでした。少なくともコレルはそう思いました。

「……だからハガネールは何もしなかったんだ」

 言葉を震わせながら、納得したようにコレルが言います。

「どう言うこった、このリンチから何が分かるってんだ」

「あのイワークは、きっとこの辺の次のボス、若くて、強い。だから自分の力を誇示するため、恐らく今一番この近辺で恐れられているハガネールを叩きに来たんだ」

「それとお前の疑問とどう関係があるってぇんだ」

 ハットリの言葉尻に力が篭ります、何故そうなるのかはハットリ本人にも良くわかりませんが。今こうしている間にもハガネールは締め付けられ、叩きつけられているのは間違いありません。

「ハガネールはこうなる事を知っていた、イワークの目的が自分であると本能的にわかってたんだ。いや、もしかしたらかつて自分がそうだったのかもしれない。だから彼は逃げなかった」

「こうなる事を知ってた? だったらなおさら逃げればいいじゃないか。それとも好き好んでこんな事になってんのか」

 興奮するハットリとは対照的に、コレルは落ち着いて、ゆっくりと答えます。

「逃げてしまえば、イワークが村に何らかの攻撃を仕掛けるかもしれない。そうでなくてもハガネールが居なくなれば山からポケモンが下りてくるかもしれない。彼はそれを避けた、村が被る被害を最小限に抑えようとしたんだ」

 コレルの目に涙がたまります。

 行き場、やり場の無い感情が涙となって溢れます。

 何故、ハガネールがこんな目にあわなければならないのだろうか。先人に助けてもらった恩などとっくの昔に返してしまっているだろうに。

 イワークは叩き付けることに疲れたのか、体全体を使ってハガネールを締め付けています。

 ハットリは興奮が冷めていくのを感じていました。

 ハガネールの覚悟、自己犠牲があまりにも自分達とはかけ離れていて言葉を失います。

 コレルが「ハットリ」と呟きました。声は小さく、震えています。

「僕達はとんでもない事をしたのかもしれない、村の人を避難させるべきではなかったのかもしれない、今ハガネールを見たら誰だってハガネールの事を嫌いじゃなくなるのに」

 感情の涙は留まるところを知らず、コレルの肩を濡らします。

 ハットリはコレルの肩に手を置きました。そして、言い聞かせるように、

「俺達がいようがいまいが結果は変わらなかった。あのイワークが村に入った瞬間、村の人間は一目散に逃げ出す。それこそ、誰もハガネールなんて気にはしない」

 コレルはハットリの手を振り払います。

「僕は悔しい、悔しくて悔しくてたまらないんだ。おかしい、全部がおかしいよ。教えてよ、僕は何をしたら良いんだろう? 僕は彼に何をすれば良いんだろう?」

 

 

 

 村の方から、何かものすごいポケモンの雄たけびが聞こえてきました。

 村の半分はハガネールのものだと思いました、後の半分は村に来た大きなポケモンなのだと思いました。ですが、全員が震えていました。

 トイレ、とネリーはお母さんに告げました。

 ですが本当は、そこまでトイレに行きたい訳ではありませんでした。

 友達だってそうです。こんな状況、緊張して緊張してたまらない時に、トイレなんて行く気になりませんでした。

 お母さんは、ネリーを村長さんのところへと連れて行きました。

 村長さん少し険しい顔をしてお母さんに子供達の元に戻るように言うと、ネリーの手を引いて少し離れた所へと向かいます。

 村長さんはネリーにもう少しだけ我慢するんだよ、と言いました。ネリーはそれがトイレの事を言っているのではないと分かりました。

 旅人さんたちはどうなるの? とネリーが問います。村長は分からないと首を振りました。

 道はデコボコしていませんでした、村の方から大きな音が何度も何度も聞こえてきますが、もう慣れてしまいました。

「ハガネールは、どうなるの?」

 ネリーは村長に聞きました。村長はただでさえ険しい顔を更に険しくしましたが、何も答えてくれませんでした。何を答えたら良いのかわかりませんでした。

 やがて村長はネリーの手を離します。皆とは十分離れていました。

 後ろを向いてて、とネリーは言いました。

 村長は分かったと言って背を向けます。

 ネリーは、考えました。

 考えて、考えて、考えて、考えて。

 ネリーは、村に向かって駆け出しました。

 後ろの方で、村長の怒った声が聞こえました。

 

 

 

「グラエナ」

 コレルがグラエナを呼びます。コレル達を守るように壁になっていたグラエナがコレルのほうに振り返ります。

 コレルの声に何かを感じたのか、ハットリはコレルの肩に手を置いて言います。

「おい、変な事考えてんじゃねぇだろうな。無理だぜ」

 コレルはハットリの手を振り払います。それは彼にとって強い決意の現れでした。

「僕は助けるよ、こんなのって無いじゃないか。ハガネールはずっと護り続けてきたのに、誰も護ってくれないなんて、そんなの悲しすぎるじゃないか」

 おい待てとハットリが制しましたが、コレルとグラエナは聞く耳を持たずイワークに向かって飛び出しました。ハットリは動きません。

「突進!」

 グラエナが低い姿勢からイワークの胴に『とっしん』してぶつかります。

 イワークは少しうめいて締め付けを緩めます、そして自分にぶつかってきたのは何者か確認しようとグラエナとコレルの方を見ました。

 ですがグラエナはイワークの視界からすぐに消えます。そしてあっという間にイワークの胴を走って上り、鼻先に噛み付きました。『ふいうち』です。

 イワークは痛みに叫びながら頭を振ります。

「よし!」

 ハガネールへの締め付けは完全に解けました。ハガネールがイワークの胴から頭を抜きます。

 ですがハガネールは地面に力なく横たわるだけです。

 イワークは頭からグラエナを振り落とすと、尻尾をグラエナに向かって叩きつけます。

 グラエナはすんでの所でそれをかわします、地面が揺れました。

 技をはずして隙の生まれたイワークにコレルは追い討ちをかけます。

「かみくだく」

 グラエナはイワークの尻尾に噛み付きます。ですが今度は簡単に振り払われました。

 次にイワークはコレルを標的にしました。尻尾を彼に向かって叩きつけます。

 それまでは手加減だったのか、それはコレルが想定したスピードより断然速く、コレルの一歩目は遅れてしまいました。

 人間がそれを叩きつけられると、大変なことになってしまうでしょう。

 しまったと後悔しましたが、コレルは覚悟し、歯を食いしばります。

 グラエナがコレルを守るように立ちふさがりました。それでもコレルを守るには不完全。

 その時、コレルの後ろから声が。

「リフレクター!」

 薄紫の壁『リフレクター』がコレル達の目の前に現れ、イワークの攻撃に耐えます。

 同時に、何かものすごい力がコレルとグラエナを後ろへと引っ張りました。サーナイトの念力です。

 リフレクターは破壊されましたが、すんでのところでコレルとグラエナはかわす事ができました。イワークの尻尾が地面を叩きます。

 足元がふらつくコレルをハットリが支えます。同様にサーナイトはグラエナを介抱します。ハットリは少しきつめにコレルに言いました。

「勇敢と無謀を履き違えんな。お前の身に何かあったら俺が困る、ここで起こったことを俺一人が背負うなんてごめんだね」

「勇敢とも無謀とも思っていない、ただ助けたかったんだ。ありがとう、助かったよ」

 何とか笑顔を見せるコレルに、ハットリは呆れたように、

「それを無謀と言うんだ。それに、まだ助かっちゃいねぇよ」

 イワークの雄たけびが響きます、それは怒りに満ちているのです。彼の中では神聖な儀式、必ず行わなくてはならない通過儀礼、それを汚された屈辱の怒りは二人と二匹に向けられていました。

「やっぱ、逃げとけばよかったのかなぁ」

 不安を払拭するためか、ハットリは薄く笑顔を浮かべます。

 ですが次の瞬間、彼らが全く予想だにしていなかったことが起こりました。いや本当に、誰もそれを予測していなかったでしょう。

 イワークが、コレル達から目を離し、広場の端の方に目をやりました。

 コレルとハットリもそれにつられてそちらの方を見ます。

 そこには、ネリーが居ました。

 体は震え、立っているのがやっとのようにも見えます。

 人が発する僅かな気配からイワークはネリーに気付いたのでしょう。

 ネリーはハガネールのことが不安で不安で仕方が無かったのです。

 ですが、それは危険に生身をさらけ出しているだけ、それは自殺行為。幼い無謀。

 あの馬鹿、とハットリが悪態をつくより先にコレルはグラエナに指示を出し、グラエナは男の子の方へと駆け出します。

 ほぼ同時に、ネリーを追っていた村長が現れ、ネリーを守るように抱きつきます。

 イワークが、完全にネリー達のほうへ体を向けました。

 それに気付いたハットリがサーナイトへ指示を出そうとした時、これまで聞いたことも無いような爆音が広場を包みました、その場に居る人間は皆耳を塞ぎます。

 それでも音は地面を伝い体を揺さぶりました。頭がガンガン、耳がキンキンします。

 爆音の正体はハガネールでした。イワークにばかり注目していたコレルとハットリは気づきませんでしたがハガネールはいつの間にか首を高くもたげ、絶叫にも似た咆哮を上げていたのです。

 そしてイワークは、その咆哮に萎縮してしまいました。今度は体をハガネールの方に向けます。

 ですがその時にはもうハガネールは攻撃態勢に入っていました。イワークに向かって頭を振り下ろします。

 ハガネールの頭がイワークの胴にめり込み。イワークは悲鳴をあげ崩れ落ちました。

 ハガネールはそれ以上何もしませんでした。ただただイワークをじっと睨みつけます。

 岩がうごめく音が聞こえました。イワークが体を起こしたのです、ですがハガネールより高く頭をもたげることはありません。

 ハガネールはもう一つ雄たけびを上げました。それはどこまでも響き渡るような気がしました。

 それまで雄大に見えたイワークは、すっかり萎縮してしまいました。

 その様子を見てハットリが言います。

「信じられねぇよ。イワークの奴、ビビっちまったんだ」

 やがて、イワークは元来た道を辿り始めました。何も壊しません、雄たけびも上げません。

 敗走、少なくともハットリにはそう見えました。

「僕達は間違っていた、勘違いしていた」

 コレルが言います。涙は引っ込んでしましたが、まだまだ体は震えていました。

「護られていたのは、僕達だったんだ」

 イワークが去ったのを見届けると、ハガネールは再びとぐろを巻いて動かなくなりました。

 死んだように動きませんが、息はしっかりとしていました。アレだけ動けば、疲れてしまうでしょう。

 この夜はそれ以降ポケモンが村に現れることはありませんでした。

 

 

 夜が明けた後、帰ってきた村人達は壊された家々を見て初めは嘆きましたが、やがて立ち直り、すぐに復旧作業を始めました。

 村長は復旧に手を回している村人達の代表として、コレル達に礼と、村に何が起こったか聞くために集会場に訪れていました。

「私達は誤解していた」

 コレルからすべてを聞いた村長は己の之までの行動を恥じました。

「私達はハガネールを疎んでいた、私達の保身のためだけにハガネールを村に縛り付けていた。愚かなことだ」

 それは違います、とコレルが返します。

「ハガネールは縛り付けられていたわけではありません、彼がその気になればあんな囲い簡単に壊せるでしょう。彼がそうしなかったのは、僕とグラエナがそうであるように彼とこの村との間にとても強い関係があるからに違いないのだと思います。この村の過去や先人の人については知りませんが、きっと素晴らしい関係だったのでしょう」

 村長はそれを聞いて少し穏やかな顔になりましたが、少しするとまた視線を落としました。

「そうなのならば、私達はハガネールの思いを無下にしていた事になる。何年も何年もハガネールを裏切っていたと言う事だ」

 今度はハットリが返します。

「そう思うなら、今日からちゃんとすれば良い」

「もちろんそのつもりです。他の村人が何と言おうとも、私はハガネールを尊重し続けます。私も彼に護られた一人なのですから」

 胸に手を当てる村長は初めに会ったときとはずいぶんと印象が変わっているように思えました。

 それを感じて少し安心したハットリは、さてと、とカバンを机の上に置きました。

「喋ること喋ったし、そろそろ行くか。何だか全然休めた気はしなかったけどな」

 コレルは立ち上がるハットリを尻目に、まだ椅子に座ったままでした。それどころかカバンの準備もしていません。

 やがてコレルは一つ息を吸い込み、吐き出すように「ハットリ」と言います。

「僕はこの村に残る」

 その台詞にハットリも、村長も驚きました。ただ一匹彼の脛にじゃれるグラエナだけは尻尾を振っています。

 ハットリは少しの間言葉を失いましたが、気持ちを落ち着かせるように少し笑って、

「理由は?」

 と問います。

 コレルはなるべくハットリの顔を見ないようにして、少し強く答えます。

「僕はこの村の人々に昨日あったことを伝えたい、そして今度こそ、今度こそ僕とこの村の人々があのハガネールを護るんだ。そのために僕はこの村に残る、勿論こいつも」

 足元のグラエナを撫でます。

「護るも何も、もうあのハガネールは長くない」

 村長が少しだけ動揺したような気がしましたが、ハットリは続けます。

「それに昨晩の事、もうハガネールを護る必要なんてないような気もするぜ」

「それなら、僕はこの村の人々にハガネールを好きになってもらうんだ、このままじゃ彼が報われないから。この村の人たちはポケモンを知らないだけなんだ、だからきっと、ネリーのようにハガネールを好きになってくれるに違いないよ」

 ハットリは良くわからない男ですが、コレルの事はよくよく知っていました。

 だから、コレルが少し泣きそうになっていることもわかりました。

 けれどもハットリは、必ずコレルの意見を尊重してきました。だからこそ、何年も二人で旅が出来たのです。

「お前の意見なら、俺は止めないぞ」

「あぁ、止めないでくれ」

 少し、沈黙。

「ま、コレルがそう言うならしゃーねーわ」

 ハットリが荷物を背中に背負います。彼に似合わずキビキビと動くのは、彼なりに気を紛らわしているのでしょう。

「住所持ったら手紙書くわ」

 コレルは笑って答えます。

「ハットリが住所を持つとは思えないけどね」

「死ぬ前には持つ」

「その頃まで覚えているかな?」

「覚えてるよ、間違いなく」

 席を立とうとしたコレルをハットリが静止します。

「見送られたら、行けなくなっちまう。頼むよ、最後のお願いだから」

 ハットリは村長に「コレルをよろしく」と言ってそのまま集会所を後にしました。

 村長がコレルに問います。

「あの、良いんですか?」

 コレルはぎこちなく笑顔を作りながら答えます。

「良いんです、我侭言っているのは僕だから」

 机の下で震えていた握りこぶしをグラエナがぺろりと舐めました。

 

 

 

 集会所の外には、子供達が集まっていました。

 彼らはこれまでの様にコレル達のお話を聞きに来ていたのですが、村長に締め出されていたのです。

 ハットリは彼らの中に、特徴的な赤毛を見つけました。

「おい、そこの赤いの」

 ネリーはびくりと体を震わせ、恐る恐るハットリの側によりました。昨日のことで怒られると思っているのでしょう。

 ハットリは、そのほかの子供達に集会場に入っても良いと言い、彼らが一人残らず集会場に入ったのを見届けると、ネリーの目線まで腰を下ろし

「昨晩は、なんで村に戻ってきたんだい?」

 極力怖がらせないように言ったつもりだったのですが、ネリーは少し顔を引きつらせました。

 それでも、振り絞って答えます。

「ハガネールが、心配だったから」

 それを聞いてハットリはアハハと笑います。

「似てる、君はコレルによく似てる」

 ハットリのネリーの両肩に手を置き、彼を引き寄せます。

 ネリーすこし怖かったのですが、ハットリの表情が先程までとは違って真剣だったので、思わずハットリの目を直視しました。

 すこしハガネールの目と似ているなと思いました。

「コレルを、助けてやってくれ。その方がこの村にとってきっと良い事だから」

 ネリーはコレルが村に残る事を知らなかったので、ハットリの言葉に首をひねるばかりでした。

 やがてハットリはネリーに集会場に行く様に言うと、すれ違った村人に二、三言挨拶するだけで、村を後にしました。

 

 

 

 それから何年か、もしかしたら何十年かした後、ハットリはとある村の外れに家を持ちました。

 家をもってすぐ、ハットリはコレルに手紙を出そうと、あの村の事を思い出しました。如何せん情報が少なかったので凄く苦労しました。

 手紙を書くのは苦手だったので、二、三枚の便箋を封筒に入れただけだったのですが、帰ってきたのは手紙と小包でした。

『親愛なるハットリへ

 まず初めに、君が腰を落ち着かせたことに非常に驚いている。君みたいな男が快く感じる場所なら僕も何時かお邪魔したい。

 手紙を書くのは苦手なので、早速だが君も気にしていたその後のことについて書こうと思う。

 あれ以来、何らかのポケモンが村に進入することは無かった、やっぱりあの時の雄たけびが影響しているのだと思う。

 僕とネリー、そして当時の村長はあの夜の事を本当にしつこいくらいに村人達に語った。

 村全体が持っているポケモンへの苦手意識も克服することが出来たよ、グラエナが子供達の人気者になったことが大きいのだと思う。

 ハガネールに対してはさすがの子供達も恐怖感を持っていたけど、ネリーがそれらを取り除く手助けをしてくれた、そんな子供達を見て、大人たちも少しずつハガネールに対して少しずつ良い感情を持つようになったんだ。

 ハガネールが天に召されたのは、ほんの一年か二年前だよ、凄く長生きをしたんだ。

 彼の凄いところは、亡骸になってもなお、僕達を護り続けていることだ。どういうことなのかを説明したいのだけど。これは君が村に来て確かめて欲しい、久しぶりに君に会いたいんだ。

 君に送った小包の中身は、彼の亡骸の一部で作ったものだ、変な誤解をして欲しくないけれど、お守りとして村のお祭りの時に使ったりするんだ。本当は村の外に出してはいけないことになっているんだけど、君はこれをもつ権利があると思う。

 短くてごめんね、僕は手紙を書くのが下手なんだ、直接あって話すことが出来たらたくさん話すことがあると思う。

 それじゃあまた何時か会おう、もしかしたらそっちの方にお邪魔するかもね』

 コレルより、と便箋は終わっていた。そういえば旅の途中に手紙を出すことなんてお互いに無かったなぁとハットリは笑って。小包を開けた。

 中には銀色のペンダントが入っていました。

 お世辞にもカッコいいとはいえないごろっとした銀色の塊にこれまたあまりカッコよくない鎖が繋がっていました。

 その不恰好さに、ハットリは思わず涙を流しながら笑います。

「まぁ、例外となればこんなもんだわなぁ」

 見た目よりズシリと重いその塊は何だか少しあたたかい様な気がしました。

 

 完。

 

 

 

 

「よし、完成だ」

 テキトーさんは筆を置いて、背筋を伸ばしました。

 コリーは顔を真っ赤にしています。恥ずかしいのでしょうか。興奮しているのでしょうか。それとも嬉しいのでしょうか。

 サーナイトはテキトーさんの横で本を読んでいました。

 ポチエナは構ってもらえなかったので、コリーの足元で寝ています。

 テキトーさんはカップに残っていた紅茶をぐいっと飲み干します。

「さてさてそれじゃぁケーキを食べよう」

 そうだった、とコリーは頭を振ります。

 だけど、コリーは時計を見てハッとしました。

 もう三時なんてとっくの昔に回っていて、すでに晩御飯の時間が近くなっていました。

「大変だ、帰らなくちゃ!」

 と、コリーは席を立ちました。足元でぐーぐー寝ていたポチエナがその音にハッと目を覚まし、何事かと周りを見まわします。

 キッチンからケーキが乗ったトレーを持ってきたテキトーさんにコリーは半ば叫ぶように言いました。

「ごめんなさい! 僕もう夜ご飯の時間なんです!」

 テキトーさんは時計を見ておやおやと、

「本当だ、思いのほか長かったんだね、まぁ私は何時でも食べるけど」

 そうして再びキッチンに戻り、今度は白くて薄い布でそのケーキをトレーごと包みました。

「持って帰って家族で食べるといい。私の分はとってある」

 コリーは急いでいましたが、そのケーキがとてもおいしそうだったので、たまらず受け取ってしまいました。

 コリーの両手が塞がってしまったので、テキトーさんはドアを空けてあげます。

 ポチエナがコリーより先にサッと家から飛び出しました。

 見れば、空はもう薄暗くなっています。

「友達を護ってあげるんだよ」

 とテキトーさんが言いましたが、それがポチエナに向けたものなのか、コリーに向けたものなのかはわかりませんでした。

 不思議な時間だったな、とコリーは思いました、だけれども、嫌な時間ではありませんでした。

 あの、とコリーがテキトーさんに目を向けます。

「また来ても良いですか?」

 テキトーさんは笑って返します。

「あぁ、そのトレーはお気に入りだからね」

 テキトーさんは、テキトーです。

 

 

 

 

 それから少しして、テキトーさんはケーキを平らげました。

 やっぱりこういうものは何時食べても美味しいのだなと、テキトーさんはサーナイトが入れた紅茶を傾けます。

 テキトーさん家の呼び鈴が音を立てました。

 この呼び鈴も上手いことできていて、鳴ったり鳴らなかったりします。

「おやおや、こんな夜遅くに」

 テキトーさんは玄関に向かいました、その時下駄箱の上に放り投げられたままの回覧板を見つけ、少しやばいなと思いました。

「はいはい、どなたですか?」

 扉を開けると、そこには身なりの良い紳士が立っていました。背の高い帽子をかぶり、少し太っています。そして彼は少し怒ったような顔で、

「呼び鈴を交換したまえ、さて、家に入れてもらいましょうか」

「はてはて、どなたでしょうか?」

「忘れたとは言わせませんぞ、あなたは私に借金があるのです」

 身なりの良い紳士はそう言って借用書と書かれた紙を広げます。そこには結構な金額が書いてあります。

 テキトーさんは少し考えて、

「あぁ、そうだ、そうだ、そんなこともありました」

 身なりの良い紳士はテキトーさんの部屋に入ると、物の多さに驚きます。

「これは凄い、見たことの無い品ばかりだ」

 テキトーさんは笑って答えます。

「大半が思い出の品ですよ」

 身なりの良い紳士は部屋をぐるっと見回し、壁にかけてあるお世辞にもカッコいいとはいえないごろっとした銀色のペンダントを見つけるとそれを手に取りました。

「これは何かね? 銀ではないようだし」

 テキトーさんは、大したものではありませんよ、と言いましたが紳士はそれを光にかざします。

「おぉ、何だかよくわからないが私はこのペンダントが気に入った。どうだろう、このペンダントを譲ってくれるのならば借金を帳消しにするが」

 テキトーさんは良くない顔をしました。

 それを見て身なりの良い紳士は笑います。

「いやはや、君はなかなか上手いなぁ。だが私はこれが気に入ったのだ。何ともいえない力があるような気がする」

 そう言って身なりの良い紳士は分厚い財布を取り出しました。

 それから結構な枚数のお札を取り出し、借用書の上に載せて机の上におきます。

「これで、どうかね?」

 テキトーさんはまだ良くない顔をしていましたが、背に腹は変えられないと仕方なく首を縦に振りました。

 身なりの良い紳士は大層喜びます。

「良かった良かった、君は借金が帳消しになり、私は気に入ったものが手に入る。世の中はこうでなくちゃならん」

 そう言って身なりの良い紳士はすぐに帰っていってしまいました。

 どのくらいすぐに帰ったかというと、サーナイトが紅茶を作った時にはすでに扉の外にいたくらいです。

 テキトーさんはさっきまでペンダントがかかっていた場所を眺めます。

 そしてサーナイトに言いました。

「さて、あれはどこにあったっけ」

 それを聞いたサーナイトは戸棚の一つの前に立ち、小さな引き出しを開けました。

 中には紙に包まれた小さな何かがありました、紙には何やら可愛らしい絵が描いてあります。

 サーナイトはそれをテキトーさんに手渡します。テキトーさんはそれを少し雑に開きました。

 あらわれたのは、お世辞にもカッコいいとはいえないごろっとした銀色のペンダント、だけど、さっきまでそこにあったものに比べてピカピカと光っています。

 テキトーさんはそれをさっきまでペンダントがあった場所にかけ、満足そうに頷きました。

 




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