その日、学園に恐怖の大王が君臨した。
鳳翔によって大淀副司令に貸し出され、今日から副司令の業務代行を行う私は、父に着任報告に訪れた団体と対峙していた。
正規空母が四人、重巡洋艦が三人、戦艦が一人 、軽巡洋艦が二人、駆逐艦が三人の計10人…あれ?多くないか?
指を折りながら名前と照らし合わせる。
赤城、加賀、蒼龍、飛龍の正規空母。
足柄、利根、筑摩の重巡洋艦三人。
戦艦、陸奥。
大井、北上の軽巡洋艦。
島風、叢雲、不知火の三人。
13名の新規艦娘が、この学園にやってきた事で起こったガ号秘匿事件。余りにも馬鹿げた理由で起き、その結果、学園があやうく壊滅しかけた事件。
表向き、世間に与える衝撃の大きさを考慮して関係者全員に箝口令がしかれた事になっている。
だが、真実は、別にある。これはある艦娘の残した手記を私がよんだ結果、理解した真実である。
お腹一杯に食事が取れる。私が神職を辞して、艦娘と呼ばれる物になることを承諾したのは、そんな魅力的な提案を、その方がされたからでした。
決して、食べ過ぎる私に対する家族の非難じみた視線に耐えきれなくなったからではありません。
「陽子、食事は腹八分目でね」
「給料を全部食費にしては駄目だからね」
家族が見送で色々声をかけてくれたようなのですが、満腹という薔薇色の未来を夢見ていた私は、そのほとんどを聞きのがしてしまいました。
此方の学園に艦娘候補生として、入学し、事前訓練を受けている間が私の最も幸せな時間だったのではないでしょうか。
麦を2割程度入れた麦飯も、ちょっとだけプリプリした食感が楽しく、お魚なんていう、戦いが始まってから見ることも無くなっていた物まで食べれる至福の時間。
お腹一杯食べても叱られない。
そんな毎日がずっと続くのだと私は思っていました。
ですが、そんな幸福な日は長くは続きませんでした。
艤装を拝領して、正式に艦娘になったのが悪夢の始まりだったのではないでしょうか。
その日、食堂に入った私は目を疑いました。大きく張り出されたことわりがき。
一人、ご飯のお代わりは3杯まで。
当然、私は断固として、抗議しました。
何故か、先代の第一航空戦隊、旗艦を勤めておられた鳳翔副司令が厨房に居た事もあり、話だけは聞いて頂けました。
「ごめんね。これが今週分の糧食費で出せる精一杯なの、みんなの分を考えると貴女達だけを優遇はできないのよ。解るでしょう?」
優しくも厳しく、公平な皆のお母さん、それがその時まで、私達が持っていた鳳翔という女性に対しての印象でした。
絶望に項垂れる私の背後から聞こえてくる悪魔のごとき甘い囁きは本当に鳳翔の物なのでしょうか。
「ここからは、あくまで独り言だから。貴女達の食費を削った大淀副司令の食事がここにあるわ。ついでに食糧倉庫の鍵はここ。そして、今からお昼まで、私達はお茶で食堂から居なくなる」
鳳翔ふくめ食堂から誰も居なくなったのは、その言葉が終わると直ぐの事でした。
「これは自由への鍵です」
私の言葉に呆れ混じりの視線が帰ってくる。
「良いですか?先週、鳳翔はこう私達に言ってくれました。艦娘になった際、艦種によっては強い空腹感を覚える事がある。どれくらい食べれば適切なのかを検査がてら調べるのが最初の任務だと」
興味を引かれ、面白そうな顔になってきた艦娘達。
「その任務は幸いにも撤回されていません」
食糧倉庫に殺到した私達は大きく笑みを浮かべた。調理に手間が掛かる材料がほとんど無い理想的な品揃え。
「今から焼肉パーティーです!!」
戦闘訓練が終了し、空腹と疲労でフラフラになった大淀が食堂にやってきた時、そこに何が残っていたかは言わなくても判るだろう。
いつもの冷静さも忘れ、マジ切れした大淀副司令だったが、満腹でやる気に満ちた艦娘に勝てるわけもなく、その日は終日空腹感に苛まれてすごす事になる。その断食に長門も巻き込まれていたのは予定調和であろうか。
その日の経緯を聞いた学園統括官の譲が、牛肉しぐれ煮の缶詰とおにぎりを持って大淀に届けるなんて事をしなければ鳳翔の完勝だったろう。
「なんで、私は恋敵を増やすような馬鹿な事をしてしまったのでしょうか」
鳳翔お母さんの言葉を聞いた私は苦笑して、赤城のお食事ダイアリーと書かれたそれを、そっととじた。