それを見た瞬間、私は反射的に思っていた。
(帰りたい)
妹が傍らにいなければ、間違いなく、家に帰って引きこもっていた自信がある。
まさか、この歳になって登校拒否に陥る人の気持ちが判るとは思わなかった。
いや、でも目の前にある。あれは本当に学校なんだろうか?
「お姉ちゃん?帰っていい?」
妹よ、それと同じ事をついさっき私も考えた。
とはいえ、私は曲がりなりにも教師、逃げ出そうとしている妹の襟首を猫の子をつかむように後ろから吊り上げ、もう一度、じっくりと観察する。
もちろん、ここで観察の対象になるのは、見慣れていたはずの我が職場である学校であり、ジタバタと可愛く抵抗している妹ではない。
建設用の重機が何台も停車している校門だった筈の場所。なんというか…要塞とか、基 地とかの言葉の方がよほど似合いそうな外見に変わってしまっている。校門から鋼鉄製ゲートに進化した?おまけに生垣で出来ていたフェンスまで一夜にして、コンクリートブロックと化しており、その上には鉄条網がもれなく植え付けられている。
それでも、校舎が無くなった訳ではないのが、また別の意味でシュールだ。
港や工場でしかみられない、大型クレーンやデリックが林立する中、いまだ建築中の建物からの保護の為にか、クリーム色のキャンバスが元からあった校舎全体を覆いつくしている。
そして、何よりの違和感は…どうして私と妹以外は、まるで平常営業なのっ!?
「薫先生っおはよー」
「恵っおっひさっ今年も一緒のクラスになれたらいいね」
何時もの始業式と変わらない挨拶。
まさか、私達以外には見えていないとか?
考えていたことを口に出して呟いてしまったみたいで妹とが私の疑問に律儀に答えてくれた
「そう、でも…ないみたいな?」
妹の視線を追った私は絶句した。
「変態?」
白いセーラー服っぽいチアガール服(オヘソ丸出し、腹筋が割れているのが、そこはかとなくムカつく)をまとった私の同期、鬼の風紀、熱血体育教師との異名を持つ柏木 律子がそこにいた。
「誰が変態だって!?」
へっ?百メートル以上離れていた場所から瞬間移動でも使ったかのように目の前に佇む私の天敵。
いや、待って?それは色々、おかしいでしょ!?
何で百メートル以上離れている場所で私達の会話が聞こえるのよ!?
「言いたい事はそれだけか?佐藤姉?辞世の句は読み終わったか?」
いかん、こいつ本気で私を亡きものにする気だ。
私が蛇に睨まれたカエルを演じていると、妹がパンパンと両手を鳴らした。
「律子先生、私が謝りますから、姉さんをあまり苛めないであげてくださいね」
「…うむ。恵が言うのなら是非もなし、謝罪を受け入れよう。後、私の事は今日より長門と呼ぶが良い」
「なが?」
良く聞き取れなかった私と妹が疑問符をその目に浮かべる
筆ペンで勢いよく長門の文字をページ一杯に書き上げる律子。
「ながもん?」
目から星が飛び出るという体験を私は生まれて初めてした。