司令部からの直ちに帰投せよとの命令に、羽黒が異を唱える。
「あれが最後の一体とは思えません。航路の安全を確保する為にも…?」
何か音がする?
誰もが聞いた事の無い音に耳をそばだてる。
「虫の羽音?」
羽黒の疑問混じりの言葉に私は咄嗟に叫んでいた。
「全艦、対空戦用意!」
真っ暗な空から降ってくる黒い生き物、誰かが呟いた言葉が、艦娘達の中にある押してはいけない何かを押してしまった。
「ゴキブリ?」
「やっやだ!!どこにいるの?」
「火炎放射器どこ!?」
「殺虫剤っ用意してないのっ!」
「あの大きさに効くわけないでしょ!!」
「構わないから、主砲と高角砲つかっちゃえ!」
阿鼻叫喚の地獄絵図、幸い誰もが上空にいる異形の飛行機械を狙う事で誤射が起こる事こそなかったが、相手にも、自分達にも、ほとんど被害らしい被害がなく終了する戦闘。
それでも、数体の敵空戦体を撃ち落とす事が出来たのは僥倖だろう。
海に沈む前に、人型深海棲艦と同じ救命艇に放り込まれたそれは、ゴキブリの頭を深海棲艦にすげ替えたような形をしていた。
深海棲艦やゴキブリと異なるのは、手や足が無く、爆弾らしきものを抱えるフックのような物を左右に二対持っている事と、口から突き出た細く長い銃口が蚊の口吻に見える事だろうか。
全世界に向けて即時、最大限の警告が発せられる。
夜間遭遇戦闘だからこそ、航空攻撃だというのに、私達の誰もがかすり傷程度ですんだのだ。
昼間に地上で襲われていたなら?誰が沈んでいてもおかしくはなかったはずだ。
時間と襲撃方向を考え敵の目標を推測する。
早朝のオアフ島に向かっていた事はあきらかだが、不意遭遇戦闘で爆弾、魚雷を彼女達に放った敵の三分の一は事実上、戦力外となっている。
残った敵の飛行機械もカリフォルニアや羽黒の連絡でオアフ島の妖精さん飛行隊と砲台が手ぐすねひいて待ち受けているなかに向かう事になるのだ。
その日、真珠湾や学園等のように妖精さん飛行隊や、砲台に厳重に守られた場所で艦娘が沈む事はなかった。
だが、それ以外の場所や警告が間に合わなかった所では、深海棲艦の奇襲攻撃により、攻撃を受けた艦娘の半数以上が失われる事になったのだ。
世界にいる艦娘が激減し、なおかつ深海棲艦には戦艦、空母、雷巡洋艦、重巡洋艦、軽巡洋艦、潜水艦にいたるまでの豊富な戦力があることが判明した結果、世界にみちあふれていた楽観論は影を潜め、艦娘に関しての軍縮条約は締結前に、廃案とされてしまう事になったのだ。