死体が動く、そんなゾンビ映画じみた光景も今となっては少しも珍しくはなくなった。
だからこそ、戦いを重ねる毎に、心理的なダメージは私達艦娘の心に少しづつ澱のように積み重なっていく。
人型深海棲艦と戦うようになってから半年、心を病み、戦いをリタイヤして艤装を解体せざるを得ない少女達が出るようになってきたのはいつの頃からだろう。
私達艦娘の強みであり、最大の弱点でもある軍艦としての記憶、その記憶に引きずられるかのように、自身に宿った軍艦の戦没地点では誰しもが無口になる。
…筈なんだけど
「こら〜葦っ!そこの歌詞は違うでしょ。那珂ちゃんが歌うから続けて歌って」
島根県、美保関灯台沖、夜間訓練。私の僚艦が蕨なのも偶然とは思えない。
何かの実験かテストに巻き込まれた?
「いいよ、いいよ〜アッシー。次は最初から一緒に」
「なっ何ですか!その呼び方は!」
「葦だから、アッシー。私の事は今まで通り、那珂ちゃんと呼んでいいからね」
「自分だけマトモな呼び方なんて卑怯です!」
夜の海原に明るい笑い声と澄んだ歌声が響き渡る。
…私の考え過ぎなんでしょうね
考えごとにふける私に突然、後ろからかけられた言葉。
「夜間対潜訓練を、この場所、このメンバーで行う事に何の意味があるのでしょうか?」
蕨の生真面目な声。彼女の口にした懸念。
その質問は、同じような疑問を感じていたのが私だけではなかった事を教えてくれた。
それでも、そんな事を信じたくない私の口からは全くべつの言葉がこぼれだしていた。
「蕨なら、ワラピーかな」
「なっ?何ですかそれは?なら、神通先輩はツッシーです」
「ネス湖にでも居そうな名前ね」
「私はオーストラリアにいる有袋類ですか?」
最初、私の名前を聞いた蕨が怯えて真っ青になって震えていた事を考えれば、今のように普通に会話してくれる状態は奇跡のようにも思える。
艦娘達の間にいつの間にか広まっている噂。
戦う船、軍艦としての名前。その名前を持った軍艦の沈んだ場所で艦娘も沈む。
そんな噂が流れているのを知っているだけに、私の名前を知り、逃げだそうとする彼女達を見た時にとっさに出てしまった言葉。
「待って蕨、葦、今度こそ、貴女達を沈ませたりはしないから」
怯えながらも私達をしっかりと見つめかえしてくれた瞳。
この派遣には、最初から何らかの作為と悪意を感じる。
まるで私達を苦しめようとしているかのような状況。
過去に、この場所で、軍艦だった蕨は私と、葦は那珂ちゃんと衝突事故を起こして沈んだのだから。
依頼の形をした不審な書簡が届いたのが二日前の事だった。
文部科学省、加藤 幹二参事官が出してきたという一通の書簡を受け取ってから、私は自分が自分でないような違和感を感じ続けている。
呉鎮守府にて神通、那珂の両名にて、戦技訓練を以下の艦娘、蕨、葦につけるように。
事務的でそっけないほど短い1文。
鳳翔は嫌な物を見たというように那珂ちゃんと私の前で、その書簡をみつめていた。
「まるで美保関事件ね。那珂と神通なら、この二人の名前を忘れてはいないでしょう?」
無言で頷く私達に鳳翔が言葉を続ける。
「文部科学省だろうと、この学園にいる艦娘に対しての命令権はないわ。でもなんでこんな事をいいだしたのか、気にはなる。だから、これをどうするのかは二人に任せる」
逃げちゃいけない、そんな思いが浮かぶ。
「行かせて下さい」
那珂ちゃんと私はほとんど同時に鳳翔に返事をかえしていた。
その日のうちに、意気込んで呉鎮守府を訪れた私達はいきなり想定外のトラブルに巻き込まれた。
駆逐艦寮に蕨と葦への言伝を頼んだ所、かえってきた言葉。
「樅型駆逐艦?蕨に葦?そんな艦娘はここには居ませんよ?」
「そんな筈はありません、この手紙を見て下さい」
私達の相手をしてくれていた寮母さんがその書簡を隅からすみまで改める。
「あら?第二駆逐艦寮?」
彼女の言葉に私と那珂ちゃんは、書簡をまじまじと見つめる。
だんだんと赤くなる私達の頬。
「ごっごめんなさい勘違いしてましたっ!」
二人して頭を下げて駆け出す。
後ろから寮母さんが何かを言っているようだったけど、那珂ちゃんと私は恥ずかしさの余り、その言葉を聞き取る事は出来なかった。
馴れない鎮守府で迷い、彷徨い、私と那珂ちゃんはその場所に辿り着く。
コンクリート造りのいかめしい造りの建物とは違う、ちょっとお洒落な雰囲気を持ったレンガ造りの建物、それが私達の探していた第二駆逐艦寮だった。
先程の失敗から、恐る恐る寮の玄関から中を覗きこんでいる挙動不審の私達。
鉢金を額に巻いた、道着姿の薙刀少女に、誰何の声を掛けられたのは、何もおかしな話しでは無かったろう。
ただ、個人的な感想を言わせて貰うなら、声を掛ける前に刃引きもしていない薙刀を人に(私達は艦娘だけど)突き付けるのはどうかと思う。
殺気が無かったから良かったけど、もし殺気があったらどうなっていた事か…
「怪しい奴、私達の駆逐艦寮に何をしにきたのか、死にたくなければ、とっとと吐きなさい」
私の喉元に突き付けられた抜き身の薙刀。
薙刀少女の後ろから猫のように音も無く忍び寄る。眼鏡少女。
私達の生温い視線に薙刀少女はようやく異変を感じとる。
振り返ろうとした薙刀少女の頭に罵倒の言葉と共に容赦無く叩きつけられる巨大辞書(広○苑)
「怪しいのも、馬鹿なのも、お前の方だっ!お客様になにしてくれてちゃってるの!?」
眼鏡少女が再度、振り下ろそうとした鈍器を那珂ちゃんが止める。
「もう気絶してるから、それとも、とどめを刺しておくつもり?」
眼鏡少女がブンブンと首を左右に降るのを見て私達はようやく平常運転に戻る事が出来た。
私達がいた学園の駆逐艦寮が異常なのか、呉鎮守府の駆逐艦寮が大らかなのか、誤解が早々に解けた私達二人は第二駆逐艦寮の応接室にいた。
規則だからの一点張りで、駆逐艦以外の艦娘、立ち入り、覗き見、絶対お断わりのどこかの妹達が住む駆逐艦寮にも是非、このフレンドリーさは見習わせたい。
…そう言えば、ヲッちゃんは名誉駆逐艦と言う名目で駆逐艦寮にも入れるんだよね。実際にはマスコット枠が正しいんだろうけど。
「申し訳ありませんでした。今日では無く、明日いらっしゃるとばかり思っていて、私が他の方にきちんとお伝えしていなくて。そのせいで軽巡のお姉様方には大変に申し訳ない事を致しました」
メガネをかけた委員長タイプの和服少女が頭を下げる。
不貞腐れた顔で明後日の方向を向いていた薙刀少女の脇腹にさり気ない肘鉄を食らわすのを見て私達は悟る。
穏やかそうな外見に騙されちゃ駄目だ。
「それで、お姉様方の教練を受けられる幸運な方々のお名前をお伺いしても宜しいでしょうか?」
「確か…蕨と葦で良かったよね?」
私の疑問交じりの質問に、律儀に書簡を読み返して那珂ちゃんが右手でオーケーマークを作ってくれた。
目の前の少女達は対照的な反応を見せてくれた。
目を輝かせるメガネ委員長と、露骨に嫌な顔をする薙刀少女。
「もしかすると、貴女達が蕨と葦?」
「宜しくお願いします…あら?嫌だこれじゃ私も蕨の事を攻められませんわ。お互いきちんと挨拶もしていませんでしたね。はじめまして樅型駆逐艦の葦と言います」
「蕨です」
「初めまして川内型軽巡の2番艦神通です」
「同じく三番艦の那珂だよ、那珂ちゃんと呼んでね」
人の顔色が目に見えて悪化するのなんて初めてみた。
逃げだそうとした二人を宥めすかして、その行動の意味を尋ねる。
おおよそ、予想通りの返答。
艦娘は軍艦だった頃の過去に引きずられ沈む事からは逃れられない。そしてそれは、その時そこにいた艦娘が揃う事で避けられない運命となる。
だから海に出る時にはそうゆう組み合わせは出来る限り避ける。
怯える少女達は最後に言う。
「どんなに逃げようとしても、定められた運命からは逃れられないのだから」
その言葉は、断頭台に落ちる刃のように冷たく響いた。
そんな沈痛な雰囲気に落ち込んだ私達に那珂ちゃんの能天気な声が掛けられる。
「でも、それってただの噂でしょ?」
明るい声が淀んだ空気を清浄なものに書き換える。
「大体、神通なんて、戦没した時の僚艦が雪風じゃない、いつでも一緒にいるようなモガ、モガ」
私は那珂ちゃんの口を塞いでその耳に囁く。
(私の事は、話しがややこしくなるから、ちょっと黙ってる)
「噂がたとえ真実でも大丈夫。私は艦隊を組んだ仲間を一度だって失った事は無いんだから」
ちょっとだけ、笑顔にみえなくも無いかんじで、蕨と葦が口元をあげる。
そんな私達の会話は扉の外から掛けられた言葉で容赦なく断ち切られた。
「蕨、葦、そして神通、那珂、提督がお呼びです」
モノクロームな景色。提督と呼ばれた人物は私達をろくに見もせずに命令を口にした。
「これから、君達には、島根県、美保関には向かってもらう。そちらに付きしだい訓練を行なって貰う。関係各位には通達済だ」
今から?着く頃には夜になっているじゃない。
抗議も異議も唱えず蕨と葦が綺麗な敬礼をする。
ただ、動揺した気持まではかくせないのか、その手は小刻みに震えていた。
「駄目よ、葦、アイドルはいつだって綺麗な自分を見せなきゃいけないの。疲れていても、泣きたくても、笑顔を忘れずに」
那珂ちゃんがメイクした葦を見て私と蕨は絶句してしまった。
誰?この超絶美少女は?
三つ編みをほどいて、那珂ちゃんが持っているメイク道具で薄くお化粧をしただけなのに、それだけでキラキラと輝くようなオーラを感じさせる少女。
那珂ちゃんがドヤ顔で私達に宣言する
「どう?これから、私とユニットを組んでデビューして貰う予定の葦よ」
「はあ〜!?」
葦、本人を含め三人から発せられた疑問の声を物ともせずに那珂ちゃんは宣言した。
「今年中に武道館でコンサートするわよ」
蕨と葦は付き合いが短いから分かってないみたいだけど、あの目は本気だ。
洋上に出ても那珂ちゃんによる葦に対しての声楽レッスンは続けられていた。
文句を言いつつも、それに付き合う葦。
蚊帳の外に置かれた私と蕨は二人でノンビリした会話をしていた
「神通先輩は艦娘になる前、何をしていたんですか?」
「今は学園鎮守府なんて呼ばれているけど、その学校の先生よ」
「…あれ?先生?」
「言いたい事は判る。私だって三十歳過ぎて、こんな格好をさせられるとは思って無かったもの」
「おっお似合いです」
そこで吹き出していたら台無しでしょ?でも少しでも気が楽になったなら、この会話も無駄ではないか。
「昭和○○年、西暦なら19○○年生まれ、正確な年は計算でもしてみて」
ちょっと怪訝な顔をした蕨にウィンク。
「やっぱり、三十を越えたら、自分の年なんて、なかなか素直には言えないものよ」