イノセント・タイプ・リベリオン   作:SAI10

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0日目(木曜日)

 

 

 ―これは、イノセント・タイプ・リベリオン。

 

 歓声渦巻くスタジアムも、空中に浮かぶコロシアムも、筋骨隆々の決闘者たちも、―その全てが幻想である。

 勝利のために練り上げられた肉体もすべからくが電子の塊。0と1からなる架空の存在。体感する情報は、触覚さえもが非現実。

 ありえぬ戦い。ありえぬ栄光。

 

 それが、―イノセント()タイプ()リベリオン()

 

 

 

 

***

 

 

 

 「あいてぃーあーる?」

 

 

 頬張ったままのコロッケパンをもちゃもちゃさせながら 井ノ坂まどな は眉をひそめる。

 

 

 「なにそれ? ワイケーケー?」

 

 「それはチャックの会社や!」

 

 

 首をかしげる彼女めがけて友人・三崎エリカ渾身の突っ込みが座席越しに繰り出された。だが まどな は本場大阪仕込みの鋭い裏拳をなんなくかわす。

 

 平凡な女子中学生ごときの拳など、普通の女子中学生である まどな には通用しないのだ。

 

 

 「ファック! 逃げおったなおどれ!」

 

 「だって三崎(アンタ)のツッコミ痛いんだもん」

 

 「愛の重さ故や! 黙って受けんかい!」

 

 「同性(おんな)からの愛なんていらないよ」

 

 

 昼休みも終盤。教室はがやがやと賑わっており、まどな と三崎のふたりもまた、そんなざわめきの中の一つに過ぎない。

 

 三崎の百烈ツッコミをことごとく交わしつつ、クルミを頬張ったハムスターのように口を動かしながら まどな は友人の言葉を続きを促す。

 

 

 「で、なんなの? そのアイなんとかって」

 

 「アイなんとかじゃあらへん、“ITR”や」

 

 「ITR…」

 

 「そ、略称やね。正しくは“Innocent(イノセント)Type(タイプ)Rebellion(リベリオン)”。―聞いたことあらへん?」

 

 「ないです」

 

 「あ、そう。…じゃ、“インタレ型3Dゲーム”って言えば分かる?」

 

 「分からないです」

 

 「…ほんま世間にうっといなぁ、まどやんは」

 

 

 はあーあ、と黒縁眼鏡の下で瞑目する友人にまどなはムッと顔をしかめた。切り揃えられた黒髪の下で、やや伽藍堂(がらんどう)気味な双眸が鋭角さを帯びる。

 

 

 「人を時代遅れみたいに言うんじゃねー。…ってか、どーせその“いんとれなんちゃらゲーム”ってアンタらオタクの間での流行りでしょ? そんなのアタシが知るわけないじゃんか」

 

 「あーあハイハイ、まどやんはウチらオタッキー集団とは縁もゆかりもない華の女学生でござんすからねぇ。ご存知なくてもしょーがないと」

 

 「そうだよ。…てか今サラッと馬鹿にしただろ、アタシのこと」

 

 

 ―井ノ坂 まどな はごくごく平凡な中学2年生だ。

 

 成績はとりわけ優秀ではなく、かといって悪くもない。運動神経も平均程度。美術の才能があるわけでもなく、他人から称賛を浴びるような特技を持っているわけでもない。

 見た目だって普通だ。取り立てて愛嬌も可愛さもない(それでもブスではない、と自分では思っている)。

 

 どこにでもいる、普通の女子中学生。それがまどなの自己評価だ。

 

 

 反して、友人の三崎エリカは中々に目立つクラスメイトだった。

 

 コンタクトが主流の現代に黒縁メガネとざんばらの三つ編み。制服はいつクリーニングに出したのか、と突っ込みたくなるような(ざま)だし、両親の事情で転勤族だった所為か東西南北の方言が入り混じった独特な口調で話しかけてくる。

 そのくせ趣味も性格もオタク一色だから、ぶっちゃけクラスの女子たちからは気味悪がられていて…。

 

 ―正直、親同士に交友関係がなかったら まどなとは縁もゆかりもなかったろう。

 

 

 (そもそも話が合わないんだもんねー…)

 

 

 ぺちゃくちゃと興奮気味に語る友人の姿に まどな は内心ため息をついた。

 

 先述の通り、まどな は普通の女子中学生だ。

 オシャレと読書とバラエティ番組が好きで、趣味はウィンドウショッピング。おこずかいは月に5000円だけど校則でバイトは禁止。だから軽い財布で頑張ってやりくりしている。そんな まどな に他の趣味を楽しむ余裕などない。

 

 けれど腐れ縁の三崎はそんな まどな に色々とオタク趣味を吹き込もうとする。

 まどな は他者の趣味・嗜好を否定する正確ではないので、一方的にべらべらまくし立てる三崎にも相槌は打つ。

 けれど決してその話題に介入はしない。あくまで話を聞くだけだ。

 

 だが、今回の三崎はなかなかしつこかった。

 かの“ITR”というゲームがよほどお気に召したのだろう。食い付きの薄い まどな に興奮気味に語る姿勢は、普段の趣味(オタ)トークの数倍は熱が篭っていた。

 

 

 「ITRいうんはな、そうやなー…簡単に言うんなら“(カク)ゲー”や」

 

 「カクゲー…って、格闘ゲームのこと?」

 

 「そうや。 ホラ、まどやんもむかーしやったことあるやろ? ウチん()で」

 

 「…んな事したっけ?」

 

 「やったやん! まどやんめっちゃ強かったやん! ウチめっちゃ負かされてん、“ウチのゲームなのにー!!”ってめっちゃ悔しゅうてなぁ!」

 

 「え~? そうだっけぇ~?」

 

 「おうおう! ホラ、覚えてへん? “マーダータイムクラッシャーズ”っつーゲームで、ウチがオリヴィアっちゅう女のキャラで、まどやんは剛直っちゅーオッサンつこうて…」

 

 「っあー! そうそう!! そうだったそうだったー!」

 

 

 幼少時、まだ二人の家が隣同士だったかつての日々。まどな の脳裏にミサキに招かれてTVゲームをした思い出が蘇る。

 

 まどな にとってはアレが初めてのゲームだった。

 絵本やごっこ遊びばかりの まどな には、TV画面に向かって遊ぶなどという発想は新鮮で、まったく新しい世界に思えたのだ。

 

 

 「楽しかったなー。ちっちゃい手でさ、こう…めちゃくちゃにコントローラー動かして、」

 

 「せやせや! はじめはウチが連勝しとったんやけど、まどやん負けず嫌いやさかい、気付いたら逆転されとってなぁ」

 

 「時間が経つのも忘れて遊んだよねー。その所為でお隣同士なのに帰りが遅くなって、…よくパパに叱られたっけ」

 

 

 最後の言葉は独り言に近く、三崎に届くことはなかった。まどな はフッと小さく笑んで、「それで?」と友人に話を続きを促す。

 

 

 「そのITRがなんなの? 今の話だとアンタらオタクの間では人気で、面白いってのは分かったけど…たかだかゲームでしょ?」

 

 「たかが言うなやー…」

 

 

 三崎が何とも言えない顔で“ずぞぞー”っと紙パックの牛乳をすする。

 

 

 「たかがゲーム。されどゲーム、や。ITRはな、既存のゲーム業界の度肝を抜いた化物コンテンツなんやぞ? や、それだけやあらへん。インタレ型3Dっちゅー革命的技術をIT市場に投げ込んだ、時代を変えたゲームなんや」

 

 「ふーん」

 

 「おおおおい!!! えっらい軽いなぁッッッ! 今の話聞いとってソレかぁ!?」

 

 「や、言ってることのほとんどが理解できないもんで」

 

 「いやいやいやいやスゴいんやで、ホンマに! まどやんもネット使うやろ!? そのネット関連もITRの影響で大きく変わるかもしれんのやで!?」

 

 

 “じゅるるる~ッ!”っと牛乳を吸い尽くした三崎が 紙パックを握りつぶす。

 

 

 「インタレ型3Dゲーム、すなわち体感型3Dゲーム! プレイヤーは、まるで自分がその場にいるかのような感動を味わえる…!」

 

 「ふーん」

 

 「デジャブ!!!? 軽すぎんでホンマ!!!」

 

 「だってよく分かんないし、興味も沸かないんだけど」

 

 

 まどな は決してIT関連に疎いわけではない。だが、だからといって積極的に関わろうとも思っていない。

 “人並みに使えればいい”。それ以上は求めておらず、詳しくなる気は毛頭なかった。

 

 

 「別にゲームの中に入りたいとは思わないし、そもそもPCでゲームって気分にもならないもん。そんな時間あったら授業の予復習に回すよアタシは」

 

 「おうーふ…出たよ優等生」

 

 「うるせーな、テストで平均以下とりたくなくて必死なんだよこっちは」

 

 「ええやん。ウチと一緒に赤点補習トゥギャザーも悪かないで? チチチ…、怖がらんとおいで?」

 

 「殴るぞてめー」

 

 

 人気のない教室で教諭に睨まれながら補習だなんて真っ平御免である。

 まどな は普通の中学生、テストで平均点以下なんて…考えただけでも怖気が走る。

 

 

 「でもなまどやん。イマドキ、ゲームやらん中学生ってのも中々におらんで?」

 

 「えっ? そうなの??」

 

 「そやそや。てかそこで聞き返すあたり世間とズレとるでー」

 

 

 初耳である。まどな は両目を丸くして雄弁に語る友人の姿をまじまじと見つめた。

 

 

 「携帯ゲームにスマホ、タブレット端末…。今日(こんにち)の日本は情報端末大国や。いつでもどこでも、TPOを問わずしてネットにアクセスできる。情報機器に触らへん日の方が少ない。まどやんだってそやろ?」

 

 「うん。…確かに、一日一回はスマホを使うな」

 

 

 主にメールと電話に限るが。

 

 

 「やろ? そうするとな、人間 暇な時間も機器に触れなおられんようになるんや。ある意味 中毒やな。電車ン中や待ち時間もスマホでスイスイッ、歩いてる最中もスマホでサクサクッ…よく見る光景やろ?」

 

 「うーん…分かんないなぁ。暇だったら一々ゲームなんかしないで本 読めばいいのに」

 

 「その読書も電子書籍っちゅー方法で解決や」

 

 「あっ…」

 

 「な? それだけ浸透しとるんやで、IT市場は」

 

 

 三崎は得意げに頷いた。

 

 

 「そげな便利端末使うてるのに 暇つぶしにゲームを選ばへん学生がおるかいな。ただでさえ若者の本離れが進んどる最中やっちゅーに」

 

 「うーん…」

 

 

 認めたくはないが、確かに三崎の言い分には説得力がある。

 

 まどな は机の片隅に置いた自分のスマートフォンを見つめた。

 なんだかんだ言って、まどな もコレ無しでより良い生活が送れる自信がない。でも、今時の中学生のほとんどがゲームをしている、だなんて話は寝耳に水をブチこまれたような気持ちになる。

 

 

 「アタシ、遅れてたのかなぁ…」

 

 

 朴念仁、と言われる事もあるが、まどな は まどな なりに流行を追っているつもりだった。

 その気概も、三崎の話で崩れてしまった…悔しいけれど。

 

 

 「そげな目しなさんな…、まどやん」

 

 「三崎…」

 

 「おどれの(ガン)は割とマジで迫力あるさかい、漏らしそうになんねんから」

 

 「睨んでねーよ」

 

 「え? ちゃうのん?」

 

 「…ぶっ飛ばすぞ」

 

 

 目付きの悪さは生来だが、わりと気にしていることだった。無自覚にコンプレックスを攻撃され、無言で殴りかかるポーズを取る。

 まどな の逆鱗に触れたと悟った友人は「すんまへん! 許してつかぁさい!」と、両手で許しを請うた。その姿にまどな はフッと笑いながら手を下ろす。

 

 

 「ジョーダン」

 

 「はぁ…良かった。まどやん の鉄拳は割と痛いとウチだけに評判やからな」

 

 

 三崎は「ンンッ、」と咳払った。

 だが再度 人を喰ったような目でニヤリと笑う。

 

 

 「ちゅー訳で、時代遅れの友人にウチが手ェ貸したるっちゅーて冒頭の話につながるんやけど」

 

 

 またその話題か。まどな は辟易した。

 

 

 「ええと、ITR…だっけ?」

 

 「せや。ゲーム好きならやっとらん奴はほとんどおらへんし、オタクやない真人間でもITR位は知っとる」

 

 

 そういうと三崎は自身のスマートフォンを取り出し、操作し始める。

 まどな のパステル配色のケースと違い、三崎のスマートフォンはアニメキャラクターがデカデカとデザイン派手なものだ。背面に描かれた美形…というより まどな からすると優男気味な男性キャラクターに軽薄に見つめられ、なんとも言えない気持ちになる。

 

 硬派で筋肉質な異性が好みの まどな である。

 平面でヘラヘラと笑うだけの男なんて、どこがいいのだろう? と、このスマートフォンケースを見るたびにモヤモヤとした気分になるのだった。

 

 

 「実はな、今一週間限定でフレンド紹介キャンペーンってのやっとんねん」

 

 「フレンド紹介? なにそれ??」

 

 「そのまんまのキャンペーンやで」

 

 

 画面の操作を一通り終えたのか、顔を上げた三崎が怪しげに眼鏡を光らせつつ人差し指を立てる。

 

 

 「ウチら既登録者が まだITRに登録してへん友達とか知り合いを紹介して、入会してもらう。んで、紹介料ゲット。美味しいイベントなんやな」

 

 「うっわ、きったな~…」

 

 「き、汚いってなんや!? 至極真っ当なビジネス商法やないかい!」

 

 「いやだって…なんか、人をダシにして得してるように聞こえるし」

 

 「うぐっ…!」

 

 「そもそもやりたい人が入会するのが普通じゃん? なんで興味ない人まで無理に引き込ませるようなマネジメントするの? その会社。そうまでして会員数を増やして一体何のメリットがあるのさ??」

 

 

 畳み掛けるような まどな の物言いにたじろぐ三崎だったが、「細けぇ事ぁええねん! ええねん!」と、訝しげな 友人 の眼前で誤魔化すように両手を振った。

 

 

 「ウチはまどやんを招待して500Pゲット、で、まどやんはウチに紹介されて入会特典の500Pゲット、あーんどITRの面白さを知るチャンスを得るんやで! ウチもハッピー、まどやんもハッピー! WIN-WINや!!」

 

 「はぁ…」

 

 

 なんだか上手く丸め込まれたような気がする。

 でも、いつにも増して真剣な友人の誘いに、まどな の心も少しばかり揺らぎ始めていた。

 

 

 「……わかった。三崎がそこまで勧めるんならきっとつまらなくはないんだろうね。いいよ、考えといてあげる」

 

 「ほんまか!?」

 

 「ストップ!」

 

 

 三崎の瞳にキラリと輝く星屑を まどな は見逃さなかった。

 

 

 「勘違いしないでよ? “考えといてあげる”ってだけ。オーケイはしてないんだからね」 

 

 「そ、そげな~…」

 

 

 希望が絶望に変わったような表情を見せる友人にも妥協は見せない。

 まどな は普通の中学生だが、やや頑固よりだという自覚はあった。

 

 頑なな まどな に よよよ…、とすがりつく三崎だったが、昼休み終了のチャイムに説得延長の機会を はばまれてしまう。まどな もハッとして机を片付け始める。

 午後の授業まで時間は5分程度、それまでの間に色々と準備をしなくてはならない。

 

 

 「とりあえず、ちょっと時間ちょうだい。検討はしとくから」

 

 「おう! おおきに!!」

 

 

 三崎の席は教室の端で、窓側の まどな とは距離がある。

 

 

 「じゃあまどやん! また後でな!」

 

 「うん。あとでね」

 

 

 そう手を振ると、三崎は自分の席に戻っていった。嵐のように去った友人に まどは はため息をつく。破竹のような正直さが好ましい一方、少し気疲れするのも事実だ。

 

 昼休み終了の気配にぞろぞろとクラスメイトたちが着席していく。

 少々遅れぎみにやってきた まどな の前後の席は、ふんわりとした匂いをさせた今ドキの女子生徒だった。

 

 

 「まどー、この後 小テストだっけぇ~?」

 

 「そうらしいね」

 

 「あー! やだなーもぉ~!」

 

 「ここんトコ テストばっかりだよね~。 マジかったる~い」

 

 

 授業用のノートとペンケースを取り出し、携帯端末はバッグの中へ。

 授業はなるべく真摯に受けるのが まどな のポリシーだ。普通の女子中学生である まどな には、授業中に電子端末で遊ぶような余裕はない。

 

 例え、前後のクラスメイトがこっそりスマホで繋がり合っていたとしても まどな には関係のない事だ。遊びたい子は遊べばいい。 

 

 

 「ベンキョー追いつかないよぉ~!」

 

 「ねぇ~、まど はどう?」

 

 「別に…フツーだよ?」

 

 「え~? フツーってなにさー?」

 

 「フツーはフツーだよ」

 

 

 うんざりとした様子のクラスメイトに、まどな はいつも内心で首をかしげていた。

 この二人は毎回こうだ。テスト直前で急にじたばたし始める。

 小テストの告知は最低でも一週間前、期末テストなら年間予定にしっかりと記載されている筈だ。事前に分かっているのだから準備しておけば何も問題ないのに、なぜこの二人は毎度直前になってうだうだするのだろう。

 

 

 「そういえばさ まど、三崎さんと何話してたの?」

 

 「え?」

 

 「すっごい興奮してたじゃん、あの人」

 

 「えっと…聞こえてた?」

 

 「うん。めっちゃ声でかかったからさ、三崎さん」

 

 

 恥ずかしい。

 まどな は頭を抱えたくなった。確かに三崎は声がデカい。

 

 

 「…趣味のこと話すときは大体そうだよ。周りが見えなくなるみたいなんだ」

 

 「へー」

 

 「うるさかったかな? だったらごめんね? アタシも気がつかなかったよ」

 

 

 申し訳なさで頭を下げると、クラスメイトは微妙な表情で「まどが謝ることなんてないよ」と声を揃えた。

 

 

 「それにしてもまど、三崎さんと仲いいけど、なんで?」

 

 「んー…、なんとなく、かな?」

 

 「えぇ~? なんとなくで付き合えるのぉ? あの三崎さんとぉ?」

 

 「まど、よく相手できるよね~? ウチには無理だわ! あのノリついてけない!」

 

 

 渋い顔で唸るクラスメイトに まどな は少しばかりカチンとした。

 なんだか 三崎を馬鹿にされているような気がしたのだ。事実 馬鹿だが、アレはアレで意外と知識が深く弁も回ることを まどな は知っている。

 

 

 「…まぁ変人ではあるけどね。話してみると案外楽しいよ?」

 

 「いやー、パスします。ムリムリ、三崎さんと話すとか無理だわ」

 

 「何話してたのか気になるけどさ、アイツの世話は まど の担当だもんね~?」

 

 「そーそー! 変人は秀才に任せるのが一番デス!」

 

 「三崎さんもね~、普通にしてれば可愛いのにね~。 変にダッサイから色々と勿体無いっていうかサ~」

 

 「………、」

 

 

 別に、三崎が何を言われようと まどな には関係のないことだ。“ダサい”制服の着方をしているのは三崎の自己管理がなっていないからで、まどな の責任ではない。

 オタク趣味も三崎の選択で、まどな があれこれ口を挟むのはお門違いだ。まどな は三崎の友人だが親でもシッターでもないのだから。

 

 だから三崎がクラスメイトからどう思われていようが、それは三崎の責任で まどな には何の関係もない。

 …ないはず、なのだが。

 

 

 (なんでだろう。三崎(アイツ)のコト、知りもしないくせに…って思っちゃう。それでこそ、自分の良さをアピールしない三崎自身の所為なのに…)

 

 

 ムカムカと嫌な気分になってきた。

 まどな の不機嫌さに気づかないクラスメイトは未だにぺちゃくちゃと三崎について良くない話を続けている。

 

 これ以上、聞いていたくない。

 まどな がなにか言い返そうとしたとき、ガラリと教室の引き戸が開いた。教諭だ。同時に始業のチャイムも鳴り響く。

 

 

 「静かにー! 昼飯食ってご機嫌なトコ悪いが4限目 始めるぞー」

 

 

 大柄な担当教諭の声にクラスメイトは一斉に口をつぐんだ。まどな も慌てて視線をあげる。

 

 

 (いけない、気持ちを切り替えないと…!)

 

 

 授業は真剣に受ける。雑念は不要。

 まどな は小さく頭を振った。

 

 

 「あー、じゃあテスト。テストすっからなー? 前に言ってたろー? ちゃあんと勉強してたよなー?」

 

 

 そう言いながら教諭がプリントを配り始める。

 受け取った紙面を眺め まどな は内心ほくそ笑んだ。予習しておいて正解だ。期末前で難易度は高いがほぼ全問解ける自信がある。

 

 高得点が期待できるテスト内容。

 先ほどの不機嫌さはどこへやら、ゆるやかに広角を上げていると、テスト用紙の束を持った教諭が まどな の隣で立ち止まった。

 

 ―いや、正確には“まどな の隣の席”で、だが。

 

 

 「―…オイ、武蔵野。お前も受けるんだぞ?」

 

 

 まどな の右隣には不良の武蔵野 観光(あきみつ)が座っている。

 彼は これからテストだというのに悠々とポッキーを咥え、漫画雑誌を読みふけっていた。

 

 

 「おい、武蔵野」

 「っせぇなぁ……」

 

 

 武蔵野の目が教諭の視線とかち合った。

 

 

 「やりゃあいいんだろ、やりゃあ」

 

 

 そう吐き捨てると、教諭の手から紙を一枚ひったくり、乱暴に机に置く。

 その態度は、本来咎められるべきものである。だが 誰も彼に注意出来なかった。怖いからだ。

 

 

 「な、ならいい…」

 

 

 長身で目つきの鋭い彼には、教師でさえ見て見ぬふりをする。教諭は武蔵野の気迫に押され、残りの用紙を配るべくすごすごと去っていった。

 

 

 (不良もここまでくるといっそ清々しいねぇ)

 

 

 まどな も面倒事にはかかわり合いたくないので極力無視をしているが、彼の反骨精神は嫌いではなかった。武蔵野は一匹狼、群れて害悪を成すタイプの不良ではないので、実害がない分マシだと思っている。

 

 それでも不良とは無縁の平凡たる中学生、井ノ坂 まどなである。

 

 

 「じゃあ、始めるぞ。制限時間は30分。それを過ぎたら号令をかけるから、一番後ろの列の生徒は順番にテスト用紙を回収するように。…始めッ!」

 

 

 まどな は隣の武蔵野から目を離すと、さっさとテストに取り掛かかった。

 

 一問め、二問目、三問目…。

 スラスラと問題を解いていく。途中詰まっても、少しひねればすぐに解答が見えきた。やはり予習するにこしたことはない。

 

 

 (……そのはずなのに、な)

 

 

 だが 今日だけはなんとなく思考にモヤがかかっていた。

 武蔵野 観光。彼の方向が気になってしょうがない。―というより、彼の読んでいる雑誌に気を取られていたのだった。

 

 

 (イノセント・タイプ・リベリオン、ねぇ…)

 

 

 テスト開始から既に5分経過している。

 それでもなお悠然と雑誌を読みふけっている武蔵野だが、そんな雑誌の表紙にはデカデカと「ITR特集!」と書かれていた。

 ITR…さきほど三崎が熱弁していたゲームのことだ。イノセント・タイプ・リベリオン…。

 

 

 (流行ってるってホントだったんだな)

 

 

 ちら、と武蔵野の横顔を見る。涼しげだが、目線はしっかりと雑誌の紙面に向いていた。勉学に励むべき学生として注視するべき方向は違うが、武蔵野にとっては小テストよりも真剣な内容なのかもしれない。

 

 

 (武蔵野 観光(カンコー)もそーいうゲームすんのかな…?)

 

 

 だとしたら、ちょっと意外かも。

 

 本人に知られたらキレられそうな“呼び名”を内心呟きつつ、まどな は再びテストに思考を傾ける。

 井ノ坂 まどな は普通の女子中学生。テストも授業も勉強も、普通のレベルを維持しなければならない。

 

 

 ―それから…“流行”も、ね?

 

 

 

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