九校戦四日目。本戦はここで中断し、この日からは新人戦となる。新人戦初日はスピード・シューティングとバトル・ボードの二種目である。
昨夜の約束通り、舞姫は朝の内に輝夜と合流し、試合の始める前から観客席の最前列を確保していた。
しかし、何故か舞姫は頬を膨らませていた。
「舞姫様、そろそろご機嫌を直して下さい」
輝夜も何とか舞姫を宥めようと、舞姫のことを自分の膝の上に乗せたり、頭を撫でたりとしていた。
「だって、悠陽様も深螺様も聖璃様も一緒に見られないっていうだもん。折角今日は一日お休みなのに」
舞姫が不機嫌な理由は、誘った面々に尽く断られたからである。
「まぁまぁ。皆さんもお忙しい方々なのですから。それに、私だけでは不足でしたでしょうか」
「……そんなことない。輝夜と一緒に観られて嬉しい」
「ふふっ、ありがとうございます」
輝夜は舞姫のことを優しく抱きしめる。その抱擁に、舞姫も頬を萎ませる。
「舞姫様の注目している子はどなたですか?」
「もちろん雫。雫と逹也のコンビは最凶」
確信を持って答える舞姫。輝夜も興味深げにスクリーンに映る雫の顔を眺める。
「北山雫さん。確か、大出力の魔法が得意と聞いています。それに、司波逹也さんも、二科生にして代表に選ばれる程の手練れ。余程CADの調整がお得意なのですね」
「ん。だから、どんな相手でも負けない」
二人が話している内に、ブザーが鳴る。それと同時にクレーが射出される。雫はそれを一つたりとも逃すことなく破砕させていく。
「あら、初めて見る魔法ですね。随分と大きな魔法です。北山さんにピッタリの魔法、ということでしょうか」
輝夜は少し見ただけで、雫の魔法の本質を見抜いた。
「これはインデックスに登録されてもおかしくありませんね。確かに、二高の子達では分が悪すぎますね」
輝夜は眉を下げて、自校選手の圧倒的不利を予測した。
「だから舞姫様が本戦に出られたのですね」
「うん。新人戦に私はいらなかった。それに、姐さん先輩とか輝夜と競える機会も殆どなかったから。お陰で満足」
クスクス笑いながら言うと、輝夜のことを見上げる。
「輝夜は深雪に勝てる?」
舞姫の表情は無表情に戻っていたが、その瞳はまるで輝夜を挑発しているかに見えた。
輝夜はその視線に、笑みを以て答え、舞姫の頬を優しくつまむ。
「そのようなお顔も素敵ですけど、私はいつものようなお顔でいて欲しいですわ。はい、リラックスして下さいませ」
「うにゅぃ……いじある、禁止」
「ふふふ、失礼いたしました」
満面の笑みを浮かべたまま、舞姫の頬から手を離す輝夜。舞姫は頬を擦りながら恨めしそうな顔で輝夜を睨む。
そうこうしている間に雫は最後のクレーを破砕していた。結果は100/100。新人戦初のパーフェクトである。
「流石ですね。新人戦でも一高が優勝でしょうか」
「分かってるのにとぼけるのはよくない。分かってるんでしょ?」
舞姫の言葉に、輝夜は申しわけありませんと謝罪する。
「最も楽しみなのは準決勝。三高の十七夜栞さん。金沢魔法理研の出身と聞きましたが、北山さんに対抗出来るとすれば彼女だけでしょう」
「そうだったんだ。じゃあ綺麗な魔法を見せてくれそうだね」
「はい。深螺様の魔法に通ずる魔法、見させて頂きましょうか」
話している内に、栞がステージに上がる。栞は落ち着いた様子でCADを構え、開始の合図と共に魔法を起動させる。
初めのうちはクレーは少しずつでしか排出されないため、栞の魔法の真価は見えてこない。それが見えてくるのは多くのクレーが排出され始める中盤からである。
破壊されるクレーの数に対して、発動される魔法の数が圧倒的に少ない。それは初発の振動魔法で砕け散った破片を移動魔法を用いて連鎖的に次々とクレーを破壊していく魔法。
「彼女の魔法は、まさしく数学的。前世紀の数学者は数学を音楽に例えていましたが、まさしく数式が次々と音楽を紡いでいくかの如く旋律、と言った所でしょうか」
輝夜の言うとおり、無秩序な空間に秩序を生み出す栞の魔法は美しいと言えるものであった。
《アリスマティック・チェイン》。栞にしか操れない魔法である。
「ふふふ、来年華が咲くのを待つまでもなく、今年も百花繚乱ですね」
輝夜は下級生の実力に心から満足していた。
「輝夜、準決勝の前に、何か買ってこよ?」
「そう、ですね。今のうちに買いに行ってしまいましょうか」
二人は座席を立つと、会場外の売店に向かった。因みにこのとき、密かに二人のことを警備していた鴻家の者が席を確保していた。
「何にいたしますか舞姫様」
「ん、アイスとケバブは食べたし……輝夜のお勧めは何?」
珍しく食べ物の選択を他人に委ねる舞姫。輝夜はそのことを内心嬉しく思いつつ、舞姫に満足して貰うべく屋台を見回す。
「あ、そう言えば、私の所の副会長が、クレープが絶品だと言っていました。そこに行ってみませんか?」
「ん。私バナナの食べたい。あ、でもイチゴとブルーベリーも」
クレープを想像してポーッとする舞姫。そんな舞姫を見られたことに満足しつつ、手を繋いでクレープ屋に向かう。
クレープ屋に到着すると、舞姫はメニューを見て悩み出す。
「むぅ……全部食べたいけど……バナナ、イチゴ、ブルーベリー……あ、九校戦オリジナルっ!? むぅぅ」
「ふふふ、では舞姫様は三つまで絞って下さい。その内の一つを私が購入いたしますので。一緒に食べましょう?」
輝夜の提案に舞姫はパッと顔を上げる。結局舞姫は九校戦オリジナルクレープとイチゴとブルーベリーのクレープを頼み、輝夜はチョコバナナのクレープを購入したのだった。
食べながら席に戻ると、舞姫は二つのクレープを交互に食べながら幸せそうにしていた。
「ふふふ、はい、舞姫様。こちらのバナナも美味しいですよ」
差し出されたクレープに、舞姫は勢いよくかぶりつく。そして、幸せそうにモグモグする姿に、輝夜も幸せな気分になっていた。
「輝夜もたべてみて。九校戦限定の、面白い味」
輝夜も舞姫に差し出されたクレープを口にする。その味に、アラと声をあげる。
「たくさんの味が入っていますね。美味しいです」
「うん。あ、始まるみたい」
会場に目を向けると、雫と栞が会場に出てきていた。と、雫のCADを見た輝夜が首を傾げる。
「あのCAD、もしかして……」
「うん。汎用型。雫の為の取っておき。これからが一高の本気」
舞姫の言葉に、改めて輝夜はこの試合を見逃すまいと注目する。
試合開始とともに、二色のクレーが飛び出す。お互いパーフェクトを達成した同士、撃ち漏らすことなく全てを打ち落としていく。
「流石ですね。でも、これからが本番ですね」
「うん。今は栞の方がリードしてるし」
「それにしては、心配しておられないようですが?」
輝夜の言葉に、舞姫はクスリと笑みを浮かべる。
「だって、雫に張り合うにはアレでは駄目だから」
舞姫の言葉は、二人の試合に現われていた。
これまで完璧な試合運びをしてきた栞の魔法に乱れが生まれ始めていた。
「これは……オーバーワークですか」
「うん。読み間違いだね」
二人の言うとおり、栞の体力は限界まで来ていた。今や栞の連携は続かず、方程式は崩壊していた。
それでも必至に食らいつこうとする栞に対して、雫は安定したままクレーを破壊し続け、そして。
「雫さんの勝利ですね」
「うん。雫はまだ余裕があるみたい」
観客に手を振る雫にはまだ余裕があった。その反面、栞は疲労困憊であった。
「でも、最後の崩れ方は少し気になる。輝夜は何か知ってる?」
「そうですね……十七夜栞さんは、十七夜家の養子だと聞いています。そして、御生家は元百家であると」
あえて元、という言葉を使う輝夜。それは《数字落ち》した家の出身であることを示している。
「そっか。じゃあ、それが何か関係あるのかな? 最後に何故か足下を見ていたし」
舞姫も輝夜も、最後の場面での栞の行動に首をかしげていた。まるで足下を引っ張られているかのようであった栞の様子は尋常ではなかった。
「んしょ」
舞姫が立ち上がると、輝夜もそれに付き従う。
「輝夜は見ていてもいいのに」
「舞姫様がどこかに行くのならば、私もお供いたします。それに、三高になら、私も顔が利きますから」
鳳家と三高のつながり。舞姫が愛梨たちと仲良くしているのと同様に、輝夜にも三高には個人的に仲のよい人物がいる。
輝夜は舞姫に一言断ると、歩きながらその人物に連絡を入れる。相手はすぐに出たようで、少々話すと、輝夜は簡単に約束を取り付けてしまった。
「さぁ、参りましょうか。あ、ホテルまでいかなければならないのですけど、大丈夫ですか?」
「うん。今日は完全フリーだから。それに、ホテルくらいならすぐ近くだし」
「そうですね。では、一緒に。ロビーで待っていてくれるようなので」
手をつなぎながらホテルのロビーに行くと、ソファに座る一人の女子生徒がいる。彼女の制服の色は赤。つまりは三高生徒である。
「櫻さん、お待たせいたしました」
輝夜が呼ぶと、その櫻という女子生徒は立ち上がる。
「待っていましたよ。今なら人は少ないので……おや、舞姫さん。……佐保のことは彼女から聞いています。大っぴらにはできませんが、彼女の迷いを解いてくださり、ありがとうございました」
「ううん。佐保姫先輩とは楽しく戦えたから満足。だから、こちらこそありがとうございました」
ぺこりと頭を下げる舞姫に、櫻も顔をほころばせる。
「あぁ、自己紹介が遅くなりました。私、第三高校生徒会会計の八重櫻(やえさくら)と申します。輝夜さんとは、一昨年の九校戦以来のお付き合いです。よろしくお願いしますね」
紹介もそこそこに、三人はホテルの一室に移動した。そこは、他ならぬ栞の部屋である。
すると、部屋の前には先客がいた。
「舞姫? それに、輝夜さんに八重先輩まで」
愛梨と沓子である。栞の親友の二人がここにいるのは当然といえば当然であった。
佐保の前例があるため、愛梨は舞姫が何をしに来たのかをすぐに理解した。
「あなたは栞まで元気づけに来てくれたのね」
「うん。栞は愛梨の大切なお友達。それに、私がとても楽しみにしている選手だから」
栞の出場種目はスピード・シューティングの他にもう一種目。舞姫がエンジニアとして関わる新人戦クラウド・ボールである。
「でも、今の栞は水尾先輩以上に落ち込んでいるわ。下手に触れてしまえば壊れかねないほどに。いくら八重先輩が許可をしたとしても、ここを通す訳にはいかないわ」
佐保の時以上に、感情を露わにする愛梨。すると、舞姫は懐から一つの小さな包みを取り出し、それを愛梨に手渡す。
「これは?」
「お守り。悠陽様からもらったものだけど、栞にあげる。渡したら、サイオンを込めてみて」
それだけ言うと、舞姫は輝夜たちを置いて、部屋の前から離れてしまった。
「舞姫様っ。お呼びしておきながらすみません。私もこれで失礼いたします」
輝夜は櫻たちに頭を下げると舞姫の後を追いかける。
「それで一色さん。それを渡さなくていいのですか?」
「は、はいっ。……栞。聞こえていたと思うけど、舞姫がお守りをくれたわ。表に置いておくから、私たちがいなくなったら取ってちょうだい」
それだけ告げて包みを置くと、愛梨と櫻も部屋の前から離れていった。
皆がいなくなってから、栞の部屋の扉がゆっくりと開く。言われたとおりに床に置いてある包みを取り、部屋に戻る。その中に入っていたのは、細やかな刺繍が施された小さなお守り。見る人が見れば、それが刺繍にて施された刻印魔法であることに驚愕していただろう。
しかし、栞は虚ろな眼差しのまま、聞こえてきたままにお守りにサイオンを流し込む。
すると、刺繍糸に仄かな光が灯り、栞の手の中で静かに輝いた。その光はとても柔らかく、しかし確かな強さな芯を持つ光であった。
光はまるで赤子を撫でるかのような優しい手つきで栞の体を包み込んだ。
その暖かさに、栞はこれまでこらえていた涙を流す。
「こんなに暖かな光は初めてね。舞姫さんがうらやましいわ」
その光は、栞がほとんど与えられてこなかった、子供に対する無償の愛のようであり、その愛に触れた栞は、今まで感じていた自身の劣等感がフッと消えていくのを感じたのであった。
1高勢は、胸に注目が集まっていますが、愛梨たちは脚がいいと思う。
優等生5巻の栞の脚と前から見えるケツは最高でした。