鳳凰の舞姫   作:天神神楽

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投稿したつもりでいたらしていませんでした。
クラウド・ボールは考えるのが大変でした。


親友

 

クラウド・ボールは、初めは一球だが、二十秒ごとに一球ずつ増えていく競技である。

愛梨は真由美の戦法を取り入れたものである。送球に関してはラケットで打ち込むものであるが、返球に関しては相手のコートに対して平行面に魔法を発動させ、相手の球を通さないことを主眼としている、

逆加速魔法《フラッシュウォール》。発動こそ簡単なものだが、愛梨の返球には球に様々な回転が附されており、愛梨の技巧が冴え渡っていた。

対する倉敷の魔法は早撃ちの如く、球に対して一球一球打ち返すものである。愛梨の魔法に対しては相性が非常に悪い。

「不味いわね。これでは倉敷さんの方が先に倒れてしまうわ」

「とはいえ、どうすることも出来ないのではないか?」

ブザーが鳴り、第一セットが終了する。第一セットは愛梨のリードで終わった。

倉敷は終わるとすぐに舞姫の元に行き、指示を仰ぎにいっていた。

「あら、舞姫さんが今回の作戦を立てているの?」

「はい。もちろん私達でも確認はしていますが、倉敷さんと柳さんの作戦は舞姫さんが立てています。中々に素晴らしいものでしたよ」

「意外と言えば意外ね。あ、もしかして逹也君がレクチャーとかしていたの?」

このようなことを舞姫に教えるならば、逹也くらいしか思いつかなかった。しかし逹也は首を振る。

「いえ、俺ではありません。舞姫は実家で教わったといっていました。凰の家には魔法の名手がいますし、戦争を生き抜いてきた人々もいますから。凰家ではありませんが、九條家の当主である九條義実翁は総参謀であったはずです。彼から話を聞いているのならば、舞姫が軍事に明るいのも頷けます」

「九條翁といえば、国家の大英雄じゃない。自らも切り札として出陣して、尽く敵軍を打ち破った《鏑矢》、だったわね」

「齢九十を越しながらも、今なお最強の呼び声高いお方だな。一度お会いしてみたいものだ」

魔法戦闘に習熟している摩利にとっては、義実は憧れの存在ともいえる。特に意識した言葉ではなかったが、この言葉を聞いた深雪はあっ、と声を上げた。

「どうしたの深雪さん?」

「い、いえ、そう言えば昨日舞姫が十七家の方々が来ていると言っていたのを思い出して」

深雪の言葉を聞き。真由美達も思い出す。舞姫の言葉振りから、舞姫が家の者達から愛されていることは何となく察していた。

「……摩利、英雄に会えるかも知れないわよ。良かったわね」

「喜ぶべきなのだが、素直に喜べんよ」

真由美達の周囲が妙な雰囲気になる中、第二セットが始まった。再び愛梨は《フラッシュウォール》を起動させる。

初めの内は全て返球されていたものの、少しずつだが愛梨のコートの、正確には壁の奥へと球がすり抜けていっていた。

「これはっ!?」

摩利が驚きの声を上げる中、逹也が解説する。

「これは……舞姫が一色選手の息継ぎの隙を教えたのでしょうね。一色選手の魔法展開は素晴らしいですが、倉敷さんもわざとタイミングを半秒ずらしてリズムを崩させています。今は返しも間に合っていますが、それは一色選手の実力を褒めるべきでしょう」

しかし、愛梨も今までとは異なる状況に、いくつかの球を接地させている。

「これは、取れるかしら?」

「いえ、それは……」

点を取り始めたと言っても、愛梨の実力は高い。倉敷が点を取る以上に、愛梨が得点を重ねていく。

「一色選手を崩すなら、あと一セット遅かったか」

第二セット終了のブザーが鳴り、愛梨の勝利が決まったのであった。スコアは愛梨が大きく引き離しており、倉敷の得点は僅かなものであった。しかし、それでもクラウド・ボールにおいて愛梨が失点したのは、これが初めてであった。

「残念だったけど、素晴らしい試合だったわね」

真由美も倉敷の健闘を讃えた。他の皆も、倉敷の前評判以上の成果を見せたことに、拍手を送っていた。

そうこうしている間に、第二試合が始まろうとしていた。倉敷と入れ替わりに柳が入ってきて、倉敷と少し話すと、舞姫と最後の作戦を確認し始めていた。

「早速だけど、逹也君。柳さんの試合はどう見る?」

「……俺は解説員ではないのですが。まぁいいです。柳さんのことはあまり知りませんが、彼女の懸念すべき点は倉敷さんほど反応速度が速くないということですね。舞姫との模擬試合で反応速度は上がっていましたから、ここまでは問題なく来れましたが、十七夜選手とではそこをどうするかが鍵となるでしょう」

逹也が話していると、テントにあずさが戻ってきた。

「あ、お疲れ様あーちゃん」

「あ、はい。皆さんはクラウド・ボールの観戦ですか?」

「えぇ。あーちゃんも一緒にどう?」

少し考えたが、一緒に観戦することにしたあずさ。

「それじゃあ失礼しますね。それで、何をお話ししていたんですか?」

「柳さんのことよ。どう戦うのかを逹也君に聞いていたの」

あずさも柳の戦法については相談を受けていたので、あぁと納得する。

「それでしたら、ここであれを使うのでしょうね」

あずさがふと零した言葉に、真由美達は食いついた。

「“あれ”って、何か作戦があるの?」

「え? 聞いていなかったんですか?」

真由美は鈴音のことをみるが、鈴音はしれっと説明した。

「舞姫さんは元々格上の選手用に作戦を立てていました。今回は見事にそれが当たったようですね」

「それはどんな……って、始まるわね」

真由美達が話している内に、会場では二人ともコートの中に入っていた。

そして、ブザーが鳴り試合が開始する。

球の数が少ないときはまだ普通のラリーとなっていた。試合に展開が見られたのは球が四球まで増えたときであった。

いままで続いていたラリーがここで乱れたのであった。

「抜けたっ!?」

思わず真由美が立ち上がったが、柳は慌ててはいなかった。自分の後ろまで行ってしまったボールを見ずに、落とすことなく打ち返すのであった。

その後も球は増え続け、時折打ち替えし損じそうになっていたが、落とすことなく、見ることもなく、打ち返していた。

第一セット、第二セットとそれが続き、互いにスコアは0対0。決着は最終第三セットまで持ち越された。

「これは面白い試合になったな」

「えぇ。まさか0対0のままここまでくるとは思わなかったわ。これも予想通りなのリンちゃん?」

「流石にこうなることは予想外でしたが、作戦については予想通りです」

「詳しく説明してもらってもいい?」

「はい。簡単に言えば、一色選手とはコンセプトが異なるものとなりますね。一色選手とは違い、後方に壁を作ります。そうすることで落とさないということに特化されているというわけですね」

「でも、それ以外にもかなり打ち返していたわよね? それも何かしていたの?」

真由美の言うとおり、柳はかなりの数の球を自分で打ち返していた。

「いいえ、あれは舞姫さんとの特訓の成果だそうです。何でも内定したときから舞姫さんとトレーニングをしていたそうで」

「トレーニング? 魔法のか?」

「いえ。あぁ、それもしていたそうですが、メインは体の動かし方、舞姫さん曰く、古武術の基礎を教えたとのことです」

古武術と聞いて思い出すのは、舞姫がモノリス・コードの練習試合の時に見せた動きである。確かに柳の動きは舞姫ほどではないにせよ、他の選手達の一段上にあった。

「何だか、舞姫さんの親衛隊が最強集団になりそうで怖いわ」

真由美の言葉は、荒唐無稽なものであったが、あながち否定仕切れるものではなかった。

「あ、始まりますね」

やはりそうこうしているうちに最終セットが始まった。やはり、試合は伯仲している。ここまで来ると、一つのミスが勝敗を分ける。

そして、それは試合終了十秒前に訪れた。

「あっ!!」

声を上げたのは誰だったか。それが分からなくなってしまうほど、それは一瞬であった。

この試合、初めてボールが地に着いた。そしてそのまま終了のブザーが鳴り、勝敗が決する。

「……勝った?」

ぽつりと雫が呟くと、その言葉が段々とテント内にも広がっていった。

ポイントを取ったのは柳。目にも止まらぬ速さで打ち落とし、栞に反撃させる間も与えなかった。

テントにいる者達は、会場の大歓声がスピーカー越しに聞こえてきて、ようやく柳が栞に勝利したことを実感したのだった。

 

 

 

「舞姫さん!」

栞に勝利した柳が、喜びを溢れさせて舞姫に抱きついた。小さい舞姫は柳の胸に埋もれてしまったが、柳は興奮していたためか、それに気が付いていない。

舞姫の動きが少し鈍くなってきたところで、苦笑いをしながら倉敷が柳の肩を叩く。

「千夜、舞姫が苦しそうよ」

倉敷に言われて、ようやく舞姫がプルプルしていることに気が付く柳。慌てて舞姫を解放した。

「ぷはっ」

「ご、ごめんなさい!」

「ん、構わない。それより、決勝進出おめでとうやなぎん。それと、くらら。もっと早く解析出来ればよかったのにごめんね?」

「いえ、対応しきれなかった私の責任よ。それに、負けてしまったことより、これから勝つことを考えなくちゃね」

倉敷の言うとおり、負けたとはいえ、まだ三位決定戦が残っている。加えて柳は決勝戦も残っている。勝負なのはこれからであった。

 

 

 

舞姫達が決意を新たにしている一方、三高側、つまり愛梨と栞は同じ部屋にいた。

「お疲れ様栞。見る限り、調子は戻ったみたいね」

「あら、それが負けた選手にいう言葉?」

そう言いつつも、栞の顔に悲壮感は全くなかった。

「あれは作戦負けね。舞姫ったら、あそこまで温存しておくなんて。してやられたわね、お互いに」

そう言いつつ苦笑する愛梨。栞も負けた自分の試合だけでなく、愛梨と倉敷の試合でも舞姫の術中にはまっていることに気が付いていた。

「愛梨。舞姫さんはあなたの魔法の呼吸を掴んでいるはずよ。それに、あの柳という選手、運動能力は愛梨よりも上だわ。それに、瞬発力と反応ももの凄い良い。恐らく、愛梨の戦法の天敵よ」

柳の魔法力は選手としては平凡よりも一つ二つ上なくらいで、愛梨や栞、それに雫や深雪のように飛び出しているわけではない。しかし、それでも準決勝まで勝ち抜き、優勝候補でもあった栞を打ち倒した。その強さの理由は魔法の使い方が何よりも上手いことにあった。

「栞。最後のあの一球。受けてどう感じたのかしら?」

「そうね。簡単に言えば、ズラすのをズラされた、と言うところかしら?」

「……詳しく聞かせて」

「見ていて分かっていると思うけれど、第二セットまではお互い一ポイントも取れなかったわ。その時からずっとラリーを続けたわけだけど、今考えればあれは合わせられていたのでしょうね」

確かに先程の試合では柳は栞の球を打ち返すことに専念していた。

「じゃあそれも操作されていたということ?」

「えぇ。こちらがタイミングをズラすのも計算に入れて、あちら側の癖を無意識のうちに覚えさせられていた、ということね。そして、最終セットのあのタイミングで、今までには見られなかったスピードと打ち込みの角度を見せられてやられたわ。柳選手のスタイルは『落とさないこと』にあるわ。そして相手よりもポイントを上回ることで確実に勝利を取りに行く、ディフェンスとカウンターを主にしていくのが、彼女本来のスタイル。そんな彼女を倒すには」

「相手にペースを握られないようにするか、追いつかれないほどにポイントをとっていくか、ね。なら、私は後者を取るわ」

自信に溢れた愛梨の言葉に、栞は笑みを浮かべる。と、試合開始が近いことを栞のエンジニアが伝えに来る。

「それじゃあ行ってくるわ」

「えぇ。行ってらっしゃい」

栞が部屋から出て行こうとするとき、扉の所で立ち止まり愛梨に振り返る。

「今更だけど愛梨。貴女と一緒に決勝戦を戦いかったわね」

それだけ言うと、愛梨の返事を聞かずに栞は部屋を出て行った。

「私もよ、栞」

愛梨はそう一言だけ呟いたのであった。

コート脇まで来た栞は、CADを確認していた。

「栞、大丈夫?」

そこに栞のエンジニアが少し心配そうに声を掛けてきた。スピード・シューティングの時のことを考えると心配だったのだろう。そんな彼女に栞は笑みを浮かべながら答えた。

「えぇ大丈夫よ。あ、そうだわ。これを預かっていてもらえるかしら?」

そういってポケットから取り出したのは、舞姫のお守りである。

「いいの? お守りくらいなら持っていっても大丈夫だと思うけど?」

「それ、刺繍が術式になっているのよ。だから、持っていて」

「えっ!? でも、さっきの試合では」

栞のエンジニアがこのお守りを見たのは初めてである。ということは先程の準決勝では栞はお守りをもったまま試合に臨んだことになる。このくらいでは失格にはならないだろうが、万が一ということもある。

「ふふ、これは愛梨にも内緒よ」

そう魅力的な笑みを浮かべると栞はコートに入っていった。

栞の目の前には倉敷が既に立っていた。そして、その奥では舞姫もこちらを見つめていた。

栞にとって、舞姫は最大の壁であり、恩人であり、そして友である。

そんな彼女に報いるにはどうすればよいか。そんなことは簡単である。

「私の全力を見せること」

ブザーが鳴り、倉敷の球が栞のエリアに入り――倉敷のコートに突き刺さる。

「もう、私は負けないわ」

そのまま栞は猛攻を続け、第一セットをリードして終えた。

舞姫は戻ってきた倉敷にドリンクを渡す。

「栞、随分攻めてきたね」

「えぇ。何とか最小限に抑えたけど、このままじゃ負けてしまうわね」

「くらら、反応するスピード、今までよりも少し速めに意識して。今の栞はかなりの攻めで来てるから。くららなら正面から受けて立った方がいい。それでも賭けになるけど、大丈夫?」

「えぇ。それに、何だか楽しくなって来たの。十七夜選手みたいな、私では届かないような相手と戦えることがね」

笑みを浮かべる倉敷に、舞姫も笑顔を返す。

「ふふふ、それでこそくらら。頑張って」

「えぇ!」

元気よく返事をすると、倉敷は自信を溢れさせながらコートに戻っていった。

そして始まる第二セット。第一セットとは異なり、今度は倉敷も攻撃に転じていた。

お互いに得点を重ねていくが、第一セットのリードが効いていたため、中々点差は埋まらない。

「くっ、でも、負けられないわ!」

倉敷は最後の力を振り絞り、倉敷は急角度で栞のコートに球を打ち込む。これには栞も全てを打ち返せず、倉敷にポイントを与えてしまう。しかし、栞は慌てることなく、魔法師機を展開させていた。

「えぇ、私はもう負けないわ」

その言葉とともに、栞が打った球が加速する。倉敷が打ち返す時間すら与えずに、床にバウンドした球を壁にぶつけ、強引に自分の方へと戻し、更に打ち込んでいく。

この試合、栞は《アリスマティック・チェイン》のような特別な魔法は組み込んでいない。一重にこの魔法は栞の工夫で生み出されたものであった。

しかし、その工夫に倉敷はついて行くことが出来ず、瞬く間にポイントを取っていき、そして。

「はぁはぁはぁ……勝っ、たの?」

最後のスパートで栞も息切れしており、苦しそうに膝に手を当てながら顔を上げる。

スクリーンには自分の姿が映し出されており、それは自分が勝ったことを証明していた。

「そう……勝ったのね」

栞はゆっくりと立ち上がると、自分でも無意識のうちに右腕を挙げていた。

「私はやったわ、愛梨。だから、あなたも頑張って」

栞には珍しい感情表現に、控え室から出てきていた愛梨は、聞こえているかのように返事を返す。

「そうね。彼女“達”には負けていられないもの」

そう呟く愛梨には、油断も慢心もなく、ただ柳と舞姫を打ち倒すことだけを考えていた。

「柳さん、舞姫。この勝負、絶対に頂くわ」

その言葉に、コートに入ってきた柳が答えた。

「私も……負けません。私に勇気をくれた舞姫さんのためにも、そして十七夜さんの為にも。ここまで来るまでに関わった、全ての人達のためにも」

そう言う柳の顔には、いつものような気弱な雰囲気はなく、静かに闘志を燃やしていた。

「だから、一色さん。私は貴女を倒します。それが、私の決意です」

柳の言葉を聞いた愛梨は、CADを構えることでその言葉に応える。柳もそれ以上何かを言うことなくCADを構え、試合が始まるのを待ったのだった。

二人の緊張感は会場全体にまで及び、大勢の観客は、静かに柳と愛梨を見つめていた。

それは、各校のテントでも同じであり、真由美達はその試合を見逃すまいと、モニターを注視していた。

そして開始のブザーが鳴り、最後の試合が始まった。

やはり三位決定戦と同様、球が少ない内は両者ともポイントを取得できない。球がコートにある時間は柳の方が圧倒的に多いのだが、柳はその運動能力と判断力で愛梨にポイントを与えなかった。愛梨も果敢に攻めているが、先程の一撃を見ているため、中々踏み出せずにいた。

だが、それこそが柳の、そして舞姫の狙いであった。

それに真っ先に気が付いたのは、自身も出場していた真由美である。

「っ!? 取った!!」

真由美の叫びの通り、柳は一瞬の隙を突き、ポイントを取得した。それは球が五つに増えた瞬間。球が増えたことで、リズムに変化が現われ始めたその瞬間を狙ったものであった。

スナイパーのように、その一瞬が来るまでその気配を察させず、その瞬間を的確に打ち抜く柳の技は、観客にため息を誘わせた。

「凄いわ……あんなにピンポイントな一撃、《マルチスコープ》があっても出来るかどうか……」

「あれは一年生の技術を超えている。それに、あの動き、逹也くんを彷彿とさせるな」

「流派は異なりますが、柳さんの動きは古武術を基にしたものです。それも実戦に極めて有効なものなのでしょう。恐らく、舞姫がそれを更にアレンジをして、クラウド・ボールに特化させたのかと思います」

逹也の言うとおり、愛梨がこれまでよりもエグい球筋を打ってきているのにも拘わらず、柳はその殆どを打ち返し、自分の手からこぼれかけた球も、壁を出現させて愛梨のコートに戻していた。

その合間にもこつこつとポイントを重ね、柳は僅かなポイントで、第一セットを勝ち取った。

「凄い……あの一色からセットを取るだなんて……」

「もしかして、もしかしちゃうのかな?」

雫と英美は柳の勝利に期待したが、その直後スクリーンに映し出された愛梨の表情を見て、その見通しが甘いことだと理解してしまった。

「……顔つきがガラリと変わったわね」

それまでも決して余裕のある顔ではなかったが、今の愛梨の表情は一変していたのである。

「これは、厳しくなるかもしれないわね」

真由美達の心配を余所に、第二セットは始まった。

――と同時に、柳のコートに球が叩きつけられた。

勢いよく天井に跳ね返ってくる球を、柳は冷静に打ち返す。だが、その球も同様に鋭い球筋で返された。

今度こそ柳も的確に返すが、愛梨の猛攻に防戦一方となってしまう。クラウド・ボールの一セットの時間は三分。非常に短い時間の中で、愛梨は全ての球を的確に、そして強力な弾道を以て柳に攻撃を仕掛けていた。

攻撃は最大の防御とはまさにこの事であり、柳はその初めの一ポイントを返すことが出来ずに、第二セットを落としてしまった。

「あれは、準決勝で柳さんが見せたような作戦ね」

「あぁ。一ポイントを取り、あとは一ポイントも取らせない。単純かもしれないが、あれを見せられては強力だとしか言いようがない。それに、ポイントを取った後のスタンスが、柳は防御だが、一色選手は攻撃。同じ作戦ならば、一色選手の方に分がある」

摩利は心配していたが、コート脇で舞姫と相談している柳の顔は諦めていなかった。

「やなぎん、体力は大丈夫?」

「うん。あと三分だから、フルパワーでいけるよ」

汗こそ掻いてはいるが、息は上がりきっていない。その様子をみた舞姫は頷くと、柳に最後の作戦を述べた。

「最後は力比べ。幾ら愛梨の魔法力が強いといっても、それはイーブン。だから、やなぎんの技を見せてあげて」

最後の切り札として舞姫が柳に授けた魔法は矛の魔法。

つまりは打ち合いである。

柳と愛梨の勝負は最後の三分間へと持ち越されたのであった。

開始直前に会話をすることはない。しかし二人はお互いの目をしっかりと見つめ合っていた。

そして、最後のブザーが鳴り、柳が球を打ち込んだ瞬間、その球は突然軌道を変え、愛梨の魔法を乗り越えた。

その球は愛梨の魔法をすり抜け、床をバウンドする。柳が防御に割いてきた力を攻撃に回してきたことを悟った愛梨は、その球を更に加速させて柳のコートに打ち返す。

片や変化球。

片や剛速球。

エレガントさとはかけ離れたこのノーガードに近い殴り合いに、客席は大いに沸いていた。

これには傍らで見守っていた倉敷や栞、そして一高・三高のテントで見守っていた各首脳陣も苦笑いである。

「一色め、舞姫に触発されたな?」

三高テントで試合を見守っていた佐保は、苦笑しつつもどこか嬉しそうにしていた。

「ですが、あれに対抗するには相手以上のポイントを取るしかないでしょうね。まぁ、一色さんのあのような姿は初めて見ますけど」

佐保の隣でモニターを見ていた櫻も、佐保同様、後輩の心変わりを喜んでいた。

一方、一高テントでは、白熱する試合に雫達一年生は拳を握って柳の勝利を願っている。真由美達は、後輩の想像以上の躍進に、心から興奮していた。

「凄いな。ここまでの打ち合い、中々見られるものではないぞ」

「しかも、ポイントは互角。どうなるかまるで予想できません」

摩利も鈴音も、みるみるうちに加算されていく二人のポイントが接戦にある現状に歯がみしていた。

「お兄様……」

全く予想のつかない試合展開に、深雪は逹也に話しかける。普段ならば、的確な答えを返してくれる兄も、この時ばかりは難しそうな顔をしていた。

「すまないな、深雪。流石にこの試合の結末は予想できない。正直、このような言い方はどうかと思うが、意地と意地のぶつかり合いだ。気持ちが強い方が勝つだろう」

逹也のこの予想に、誰も異論を挟もうとはしなかった。

試合も残り一分を切り、両者とも、動きに荒さが出始めた。フルバーストで魔法を打ち合っているのだから当然である。

集中している中、愛梨は自らの親友“達”のことを思い浮かべる。

かつてのトラウマに囚われてしまった親友がいた。

そして、そんな親友を立ち直らせたのは、宿敵でもある新しい親友。

一人の親友は一つ前の試合で勝利を収めた。

そして、もう一人の親友は、その想いに応えんと奥でこちらを見つめている。

そして、目の前に立ちふさがっているこの少女は、親友達の想いを背負い、自分を打ち倒そうとしている。

では、自分に出来ることは?

「(そんなこと決まっているわね)」

ラスト三秒。ポイントは一ポイント差で不利。

しかし、コントロールしてきた甲斐が、この絶好の場面でやってきている。

九つの球は全て自分のコートにある。

全く、私の相手は実にいやらしい。こんな球、普通ならば打ち返すだけで精一杯である。

――だからこそ。

「もらうわ! あなた達の技を!」

その一撃は愛梨に残ったありったけのサイオンを込めた魔法。

九つの照準を設置し、その先にもう九つの壁を作る。

すなわち、柳が第三セットの始めに見せた技を、急拵えで応用した技。

柳が使ったこの技は、特別な魔法式ではない。

どこに壁を設置するか。

この魔法式ならば、自分のCADに収録されている魔法式でも再現が可能であった。

九つの球が、バラバラのタイミングで柳のコートに襲いかかる。柳も身体能力と魔法を駆使して打ち返したが、それも六つが限界だった。

そして、打ち返した球が、一つだけ、愛梨の後ろでバウンドした瞬間、試合終了のブザーが鳴り響いた。

「はぁ……はぁ……」

「はぁ……はぁぁぁ……」

愛梨も柳も息絶え絶えで、膝をついていた。しかし、会場の拍手は二人の健闘を大いに讃えていた。

そして、スクリーンに映る自分の名前。それが、愛梨の勝利を物語っていた。

「勝った、のね」

そこで気が抜けてしまったのか、愛梨はぺたりと尻をついてしまった。そんな愛梨のもとに、柳が近寄り、愛梨に手をさしのべる。

「大丈夫、ですか?」

愛梨は少しだけその手を見つめると、クスリと微笑み、柳の手を取った。

「ありがとう。貴女と戦えて、本当に楽しかったわ」

愛梨のその言葉に、柳は嬉しそうに微笑む。

「私もです! ありがとうございました、一色さん!」

負けたのにも拘わらず、とても朗らかに、無邪気に笑顔を浮かべる柳に、愛梨は毒気を抜かれてしまった。そんな柳の姿に、愛梨は自然にこみ上げる笑いを抑えることが出来なかった。

「あははははっ!」

「へっ!? どうしたんですか!?」

突然笑い出した愛梨に、柳はアワアワしてしまった。

「やなぎん、お疲れ様」

試合が終わり、コートにやってきた舞姫。柳に労いの言葉を掛けると、今度は愛梨に声を掛けた。

「おめでとう愛梨。負けちゃったね」

「えぇ。今度は私達の勝ち。それでも、とても楽しかったわ。栞の分も合わせてお礼を言わせてちょうだい。もちろん、柳さんも。本当にありがとう」

愛梨の真摯な謝礼に、柳は少し恥ずかしそうにはにかむ。しかし、舞姫は何故か不満そうな顔をしていた。

「ま、舞姫?」

「柳じゃだめ。やなぎんか、名前で」

ようは愛梨が柳のことを名字で呼んでいることが不満なようだった。

「はぁ……じゃあ、千夜さん、と。私のことも愛梨でいいわ」

「じゃ、じゃあ……愛梨さん、優勝おめでとうございます!」

対戦相手からの讃辞に、愛梨はとても嬉しそうに微笑むのであった。

そうして、今大会において、名勝負と称讃された新人戦女子クラウド・ボール決勝戦は、三高の愛梨の勝利で幕を閉じたのであった。

 

 

 

テントに戻った舞姫たち三人は、沢山の拍手で迎えられた。

「よく頑張ったわ、倉敷さん、柳さん!」

倉敷と柳を先頭で出迎えた真由美は、準優勝した柳の手をとりぶんぶんと振った。

「あわわっ、ありがとうございますぅ」

「ふふ、ありがとうございます会長」

「ほら、その辺にしておけ。柳も困っているじゃないか」

何時までも真由美が手を握っているので、顔が真っ赤になっている柳。苦笑する摩利に言われて、ようやく手を離した。

「あ、ごめんなさい。でも、本当に素晴らしい試合だったわ。一色選手と十七夜選手という強敵相手に、あそこまでの結果を出すことはとても大変だったと思います。素晴らしい後輩を持てたこと、誇りに思うわ」

真由美の称讃に、二人は照れたように赤くなる。

「でも、私達が勝てたのは、舞姫さんがいてくれたからだと思いますから」

「……そうね。舞姫さん、見事な調整と作戦だったわ。柳さんの言うとおり、二人の勝利は舞姫さんの支えがあってこそね。それでも、素晴らしい試合であったことは変わりないわ」

「ぶい。今度は深雪達の番だね」

深雪達は既にアイス・ピラーズ・ブレイクの準備に向かっている。

「舞姫さんもエンジニアの仕事は、ミラージ・バットのサブだけですね。これまで忙しかったでしょうから、それまでゆっくりとしていて下さい」

「うん。悠陽様が一緒に観ようって言ってきてくれたから。私は来賓席の方にいるから、何かあったら連絡して」

またしても飛び出す超大物の名前に、真由美は少し頬を引きつらせた。

「あ、くららとやなぎんも今夜一緒にご飯食べようね」

「えぇ。楽しみにしてる」

「私も楽しみです」

舞姫は真由美達に手を振って部屋を出て、来賓席の方に向かった。

部屋の扉の前にいた警備員に話を通すと、部屋の中に入った。

「悠陽様」

「待っていましたよ。先程の試合、見事でした」

「ありがとう。輝夜も来てたんだ」

悠陽の隣には輝夜が座っていた。

「はい。先程の試合を一緒に観させて頂きました」

「一人では寂しいですから。輝夜さんにお話相手になってもらいました。さ、舞姫さんもこちらに」

悠陽に手招きされ、舞姫は悠陽の膝に座った。普通なら失礼極まりないが、各家当主にとっての特権のようなものである。

「ふふふ、それにしても、今年の九校戦はどの試合も見応えのあるものばかりですね。会場に来て正解でしたわ」

「今年の一高は最強。ご主人様に姐さん先輩、十先輩、他にもこう先輩にさわ先輩、深雪に逹也、ほのかに雫、それにくららとやなぎん、他にも沢山」

「確かに、今年の一高は少々反則レベルですね。三高も中々ですが、十師族や十八家以外にも強力な方が多いですから」

輝夜も今年の一高の層の厚さには驚愕していた。真由美や十文字のような血筋以外にも、優秀なものたちが勢揃いしているのは、確かに反則と言いたくなるだろう。

「あぁ、そのほのか、と言う子は光井ほのかさんのことですね。先程教えて頂いた」

悠陽は、先だって聞いていたほのかのことを思い出す。悠陽としても、自分と似ているというほのかには興味津々であった。

「うん。ほのかが出場するのはバトル・ボードとミラージ・バット」

「それなら明日ですか。それなら美禰と玉藻とも一緒に観られますね。舞姫さんも明日は一緒にいられるのでしょう?」

「うん。残りの仕事もサブだけだから。明日は一日一緒にいられる」

「ふふふ、それは楽しみですが、ご学友の方と一緒にいてもいいんですよ?」

「深雪の決勝戦の時は行くつもりだけど、その他は一緒にいたい。だめ?」

コテンと見上げてきた舞姫の仕草に、悠陽は舞姫を抱きしめる力を強める。

「もちろん大丈夫に決まっています。さ、そろそろ始まります。ほのかさんの試合も楽しみですが、深雪さんの試合も楽しみにしていましたから」

深雪の試合は予選最終戦である。同じく一高の英美と雫も順調に予選を突破する。

「今年の一高は本当に素晴らしいですね。今までのお二人も、安定していましたし」

「エイミィも雫も強いから。でも、深雪は別格。逹也とのコンビなら優勝確実」

舞姫にここまで言わせる深雪は、緋色袴の巫女装束で登場した。その衣装をみて悠陽はあらと声を上げる。

「あれはもしかして舞姫さんの緋袴ですか?」

「うん。深雪が着るって聞いたから、私が用意させてもらうことにしたの。私のじゃサイズがなかったから、同じ布で仕立て直してもらったの」

凰家御用達の呉服屋での仕立ては最高級品である。初めてこれを目にした深雪は、その着心地のよさに驚愕していた。

「深雪さんが羨ましいです。私も舞姫様のお着物を着たいです」

「じゃあ今度一緒に《雀屋》に行こ。輝夜とお揃いの着物、私も着たいから」

《雀屋》とは、凰家御用達の呉服屋であり、十七家同様に古い歴史を持つ呉服屋である。

「はい、是非!」

「あら、それは羨ましいですわ。その時は是非、私もご一緒させて下さいな」

そうこう話している内に、深雪の試合が始まった。そしてそれとともに、会場中が驚愕に包まれる。

「なるほど《インフェルノ》ですか。素晴らしい才能ですね」

悠陽の言うとおり、深雪が発動した魔法は《インフェルノ》。A級ランクの魔法であり、新人戦ではまずお目にかかれないような魔法である。

相手選手も何とかしようとするものの、深雪の干渉力には到底敵わず、何もできないまま、深雪が勝利した。




因みに、《無頭龍》は舞台裏で阿鼻叫喚としています。
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