後日、舞姫が風紀委員会室に呼ばれていくと、風紀委員が全員集合していた。
「? 何事?」
「何事ではない。今日から仕事だと言っていただろうが」
首を傾げていた舞姫に、摩利がため息をつきながら指摘する。すでに逹也や森崎も来ており、舞姫が最後だったようで、摩利が話し始める。
「さて、全員揃ったか。お前ら喜べ。今年もバカ騒ぎが始まる」
バカ騒ぎ、つまり部活動勧誘週間のことである。普段は禁止されているCADの携行が認められるため、魔法がらみのトラブルが多発する時期なのである。
「幸いにして人員の補充も間に合った。鳳舞姫、森崎瞬、司波逹也の三名だ」
「使い物になるんですか?」
一人の生徒が、三人の実力を不安視する。二科生である逹也はもちろん、身長だけなら小学生並みの舞姫にも向けられていた。
「心配は無用だ。森崎の魔法展開速度は目を見張るものがあるし、司波の実力は先日確認済みだ」
「じゃあこの子は?」
疑問を発した生徒に、摩利はニヤリと笑みを浮かべる。
「鳳は逸材だぞ。何せ、この私を拘束できる人材だからな」
摩利の言葉に、辰巳と沢木以外の全員がざわめいた。
「さて、新人の実力も保障できた所で、出動だ!」
摩利の号令に、全員が立ち上がりおのおの巡回に向かった。残されたのは一年生三人。ジッとしているのは男二人だけで、舞姫は、棚に置かれているCADを眺めていた。
「舞姫、その辺にしておけ。説明を始める」
「うい」
CADを見るのを止め、摩利の前に向かう舞姫。そこで風紀委員の仕事の説明を受け、逹也が委員会所有のCADを使って良いか尋ねる。摩利がOKを出し、逹也がCADを取ろうとすると、それを舞姫が止めた。
「どうした舞姫」
「それ、私が使う」
それだけ言うと、逹也の返答を待たずそのCADをひったくる。それともう一つを取ると、そのまま部屋を出て行った。
「全く……良いやつから取っていったな。まぁ、俺はこの二つをお借りします」
「ほぅ、お前といい、舞姫といい」
二人の行動に摩利は面白そうに微笑む。それを森崎は苦々しく睨んでいた。
そのころ、一足先に巡回に向かった舞姫は、早速騒動に遭遇していた。
「粛正」
「ぐおっ!?」
「うわっ!?」
魔法を発動しようとしていた男子生徒二人を三角飛びの要領で魔法を中断させた。
「届け出のない攻撃魔法は厳禁。今回は未遂として処理しておくから、注意して」
「あ、あぁ……」
「分かった……」
それまで血の上っていた男子生徒も、その見かけからは想像が出来ないような方法で鎮圧され、惚けた表情で頷くしかなかった。それを見て満足した舞姫はそのままその場を去って行った。
その後も騒ぎが起こると、魔法を使わず武力だけで叩きのめしていった。
そんな中、体育館に入ろうとすると、眉をひそめ、その瞬間、自己加速術式を発動させ、その魔法を発動させた相手に対してドロップキックを決めようとした。が、その途中で軌道を変え、攻撃を当てずに上に回避した。
突然どこからか現われた少女が、空中をクルクル回転して着地したのと、二科生によって無理矢理組み伏せられた一科生の姿に呆然としてしまった。
舞姫はそんな空気の中、組み伏せられた男子生徒の肩をつんつんつつく。
「ん、ヒビ入っちゃったかな」
「了解した。……司波です。体育館にて、魔法不正使用による逮捕者一名。肩を負傷していますので、担架の手配をお願いします」
逹也の通報に、それまで固まっていた剣術部がその処遇に不満を述べた。
「ですので魔法の不正使用によるものだと申しましたが」
逹也としては、事実を言っただけなのだが、それは火に油を注ぐだけだった。
「こんの! 二科生のくせに調子に乗るな!」
「逹也はそっち。私がこっち」
「分かった」
周りから突っ込んでくる剣術部を尻目に、舞姫と逹也は一言で行動を確認する。
「うぉぉぉ!」
「えいや」
「ぐあっ!?」
「ぐっ!!」
「がぁっ!!」
声とは裏腹な鋭い蹴りで一人目を転ばし、その蹴りの勢いを利用してカポエラの要領で近付いてきた剣術部員を次々地に伏せさせる。足を地に着けると、動きを止めずに相手の懐に潜り込み、相手を投げ飛ばし別の相手に投げ飛ばす。相手に立ち止まる余裕すら与えず、次々と倒れさせていく小さな少女の姿に、その場にいた全員の視線を釘付けにした。
そして逹也と共に向かってくる剣術部員を全員無力化すると、事後処理のために後から来る風紀委員を待っていることとなり、逹也はコッソリ逃げようとする舞姫をその場に留まらせることになったのであった。
そして人員が到着し、説明のために舞姫と逹也は別室に移動することになった。
「では、桐原の魔法による被害を抑えたということだな」
「はい。それまでの争いは部活同士のものと判断し、あえて止めることはしませんでした。そして、桐原先輩もご自分の非を認めておられましたので、これ以上大事にしようとは思いませんでした」
「ふむ……では、魔法を発動したのは桐原先輩一人でした」
「他の部員は私が速攻で黙らせた」
「……分かった。十文字、我々はこの件を懲罰委員会に持ち込むつもりはないが、そっちとしてはどうだ?」
十文字は目を閉じ考えをまとめると、考えを述べる。
「殺傷能力の魔法を使っているのだ。本来ならば、もっと重い処罰が下って当然だ。だが、それを未然に防いでくれたうえ、さらなる違反行為を阻止してくれた風紀委員会には感謝している。桐原には俺からも話をしておこう」
今回の件の処遇も決まり、逹也は一礼をし退室していく。しかし舞姫はその場に留まっていた。
「どうしたの、舞姫ちゃん」
「……姐さん先輩。今日はお仕事終わり?」
「だから、それは止めろと……。まぁ、今日は随分と働いてくれたみたいだからな。時間も丁度いいし、今日は帰っていいぞ」
「みんなは?」
みんなとは、真由美、摩利、十文字のことである。
「私達か? 私達は事後処理もあるし、最終下校時間まではいるつもりだが?」
「ん、じゃあ、また来る」
それだけ言うと、舞姫は部屋を出て行った。
「何だったんだ、今のは?」
「さぁ?」
真由美と摩利は首を傾げていたが、十文字は一人落ち着いていた。
そして、激動の勧誘週間初日も終了し、三人が生徒会室で今日起きた事件の処理について確認していると、生徒会室のインターフォンが鳴らされた。この時間に来客の予定はなかったため、首を傾げながら真由美がそれに出る。
「はい、どなたですか?」
『舞姫。あけて』
「舞姫さん? 分かったわ、今開けるから」
真由美が鍵を開けると、大きめの籠を持った舞姫が入ってきた。
「どうした? 忘れ物、という訳ではなさそうだが」
摩利の言うとおり、舞姫は籠以外はなにも持ってはいない。
「差し入れ。クッキー焼いてきた。茶葉も持ってきたから、一休みして」
舞姫が籠の蓋を開けると、そこには様々なクッキーが綺麗に並べられていた。まだほのかに温かい。
「あら、美味しそう。舞姫さんが焼いたのかしら?」
「うん、焼きたて。お湯湧かすから、先に食べてて」
舞姫は籠の中から茶葉とポットを取り出すと、奥の給湯室に入ってしまった。三人は、仕事も終わりかけていたことも有り、舞姫の言うとおりにクッキーを食べるために椅子に腰掛けた。
「じゃあ先に頂きましょうか」
「あぁ。それにしてもいい香りだ。美味しそうだな」
「いただこうか」
三人はそれぞれ舞姫のクッキーを口にする。すると、三人はそれぞれその美味しさに目を開く。
「美味しい……」
「これは驚いたな」
普段の舞姫の言動からは想像出来ない特技に真由美と摩利は驚いていた。言葉には出さないものの、十文字も十分驚いていた。
舞姫のクッキーに舌鼓を打っていると、紅茶の用意を終えた舞姫が戻ってくる。お盆の上には、香りが豊かに薫る紅茶の入ったティーカップとポットが乗っている。
「どうぞ。実家から送られてきたのだけど、美味しいよ」
「ありがとう。あぁ……本当にいい香り。疲れが取れるようだわ」
「それに味も素晴らしい。十文字家でも中々飲めないんじゃないか?」
「あぁ。素晴らしい味だ」
紅茶の出来には、七草家と十文字家の出である二人も絶賛した。
「実家では私がお茶入れ担当。お茶菓子も私担当。慣れてるし、好きだから」
「これだけの腕を持っているなら、私専属のメイドにしたいくらいだわ」
「メイド服ならあるけど。明日から着てくる?」
真由美とすれば冗談だったのだが、意外に乗り気である舞姫。
「校内では部活等以外では、制服以外は着用禁止だ。それは、七草の家に行くときくらいにしろ」
「じ、十文字君? さっきのは冗談なんだけど?」
「ひどい……私のことはお遊びだったんですね、ご主人様」
わざとらしくしなを作りながらそういう舞姫。ただし無表情で。
「舞姫さんもふざけないで……」
十文字と舞姫という天然同士に攻められ、タジタジの真由美。その内舞姫も三人と一緒に、クッキーを食べ始めた。
「そうだ。一応報告は随時もらっていたが、見回っていて何か気になったことはないか?」
「ん、トラブルが多いことが気になったくらい。特にそれ以上の問題は感じなかった。みんな素直に納得してくれたし」
舞姫の言うとおり、舞姫に摘発された生徒は、抵抗することなく舞姫のいうことを聞いていた。
それは、見かけに似合わぬ戦闘力で鎮圧をしていたからである。身長と体格だけなら、大人と子どもの差であるのにもかかわらず、その子どもに、何も出来ず倒されてしまったのだから、文字通り毒気を抜かれた気持ちになっていた。
「ふむ……聞いた話では魔法は使っていなかったようだが?」
「魔法を発動している時間があるなら、その時間で踏み切った方が早いから」
魔法師からしてみれば、厄介極まりないことだが、当の本人も魔法師である。
「そういえば、舞姫さんの得意な魔法って何なの? やっぱり自己加速術式による白兵戦?」
舞姫がこれまでに見せていた魔法は、森崎に蹴りをたたき込んだ時と、桐原の所に突っ込もうとしたときに使った自己加速術式だけである。しかし、舞姫は首は横に振った。
「一番得意なのは、というかたたき込まれたのは古式魔法。ウチ、朝廷に仕えてた家だし」
舞姫の言葉に、三人は絶句する。そして、舞姫の言う舞姫の実家《鳳家》のことに核心を得た。
決してありふれる姓ではない《鳳》という名。それは、歴史の陰陽で活躍してきた《宮廷守護四家》の筆頭。二十一世紀に魔法が体系化される以前から魔法を用い、宮中を守り抜いてきた一族である。《鳳》《凰》《鵬》《鴻》の四つの《オオトリ》の一族から成る家である。対外的な折衝を執り行うのは《鳳》であり、魔法や儀礼的なことを取り扱う《鳳》は、その深淵を司る家として筆頭の中の筆頭として扱われてきた。明治維新後、守護の任は消滅したものの、京都に残り寺社仏閣を束ね、神秘を積み重ねてきたのである。
現在は十師族のように政治を裏から牛耳るようなことはないが、その設立にも大きく寄与したということもあり、十師族でもおいそれと手を出せない家々となっている。
「もしやとは思っていたが、鳳家の御仁だったか」
「ん。だから奉納の舞とかもやる。富士の御神楽の舞も私がやるから、九校戦は有利」
九校戦の舞台は軍の富士演習場である。富士とは日本における最大の霊場である。それはまやかしではなく、実際に存在する力場である。それを十全に利用できるとなれば、他の選手の一歩も二歩も先に行く。
「ほぅ、それはいいことを聞いた。参考にさせてもらう」
「いいよ。それに、ご主人様にも姐さん先輩にも負けないから」
口でニヤリといいながら言う舞姫に、摩利も不敵な笑みを浮かべる。
「ほぅ? 本戦に出ても負けないと言うことか? いいだろう、受けて立つぞ」
「というか、そのご主人様っていうの止めて? ほ、ほら、十文字君だって学校ではダメだっていってたし」
「いや、呼び方くらいは制限するつもりはない。好きに呼ぶといいだろう」
「十文字君!?」
まさか十文字から許可が下りてしまい、今後真由美は舞姫にご主人様と呼ばれることとなり、自分の軽率な発言を後悔するのだった。