真由美が逃げようとする会頭を追いかけている頃、舞姫は来賓席へと訪れていた。
選手である舞姫だが、扉の前で警備をしているのは十七家縁の者であるため顔パスであった。
そこで待っていたのは六瓢1人であった。
「折角の新人戦優勝の中、呼んでしまってすまないね」
「大丈夫。深雪に御祝いは言えたし、深雪の優勝も祝わなきゃいけないから」
ふるふると首を振る舞姫に優しく微笑みかけると、六瓢はあることを舞姫に告げる。
それを聞き遂げた舞姫は、頭を下げると部屋を出ていった。
それを見届けた六瓢がため息をついていると、来賓席に悠陽が冥夜と綺沙羅を伴って入ってきた。
「舞姫さんは帰りましたか。お疲れのようですね、六瓢殿」
「流石に頭がいないのにも拘わらず動き回るとはおもいませんでしたから。《無頭龍》とはよく言ったものです」
綺沙羅が淹れたお茶を受けとると、静かに飲み干す。顔をあげた六瓢の顔つきは先程舞姫に向けたものとはうって変わっていた。
「かの老蛇はまさしく首なし。その後始末を彼らに任せる訳には参りません。若い蕾は舞姫や達也殿が護ってくれますが、大元を仕留めるのは大人の役目です」
「えぇ。ですから、明日は舞姫さんには冥夜についていただきます。私には綺沙羅さんが、でいいでしょうか」
綺沙羅は当事者として。冥夜は罪を暴いた舞姫に火の粉が降りかからないために。
「それでは達也殿の元には義実殿に付いていただこう。彼の戦術には興味を持っていましたし、言い訳は効くでしょう」
既に頭が取れかけている《無頭龍》に止めを指すために、日本が誇る最高にして最強である者達が動き出したのであった。
一方舞姫は、新人戦優勝おめでとうパーティーをささやかに開いた後、部屋に戻っていた。
「お疲れ様舞姫さん。今日は疲れたんじゃない?」
先に部屋に戻っていた小春に抱きつくと、うつらうつらし始めた。
「もぅ、舞姫さんったら。眠くてもシャワーは浴びないと駄目よ?」
「ん……」
小春に言われたため、舞姫はふらふらしながらシャワーを浴びにいった。
小春が10分ほどで出てきた舞姫の髪を乾かしていると、少しは目が覚めた舞姫が口を開く。
「はるる先輩」
「ん? 何かしら?」
「はるる先輩とこばやん先輩は、私が護るから……」
「護る? どうしたの、いきなり?」
「…………すー」
ベッドに腰かけたまま眠ってしまった舞姫に、小春は苦笑しつつ、そのままベッドに寝かせて布団をかけた。
「こんなに可愛い娘が、あんなに強いだなんて。ふふ、千秋に会わせたらどうなるのかしら」
舞姫と面識のない妹が、舞姫と会ったらどんな反応をするか想像しつつ、自分もベッドに向かうのだった。
翌日となり、天気は曇天。良い天気とは言えなかったが、ミラージ・バットにとっては良い天気であった。
体調について話していた達也と深雪の元へ舞姫がトコトコとやって来た。
「深雪」
「あら、どうしたの? 平河先輩の所に行くって言ってたけど」
「ちょっと忘れ物があったから。深雪、頭下げて?」
「え? こ、こうかしら?」
戸惑いつつも、深雪は頭を下げる。そんな深雪の頭を舞姫はギュっと抱き締めた。
「ま、舞姫?」
「舞姫の名を継いだ凰の《舞姫》の息吹だから、富士の麓では一番の祝福になると思う。CADの方は達也がいるから、私は祝福を深雪にあげる」
そう言ってから舞姫は深雪にも聞こえないほど小さな声で祝詞を唱える。
誰にも聞こえなかったその詞は、目に写らぬ存在に届けられ、深雪の周囲に集った。
「これは……流石は凰、いや舞姫と言うべきか」
思わず声に出して感心していた達也に、舞姫はブイと指を立てた。
「一応おまじない程度だから、ルールには抵触しない。だから、二人はお互いのことだけを考えて。はるる先輩とこばやん先輩のことは私たちが護るから」
この言葉に、達也と深雪は目を見開いた。が、すぐに表情を改めると二人とも力強く頷いた。
「何かを護ることに関していえば、舞姫達ほど頼りになる存在はないな。分かった。全力で勝ちにいこう」
「鳳選手や一色選手にも負けないわ。だって、私と舞姫の二冠達成パーティーをしなくちゃいけないものね」
二人の表情に満足した舞姫は、そのまま一高のテントに戻っていった。
テントの中では小春と小早川がCADの最終チェックを行っていた。
「あ、舞姫さん。司波さん達とはもういいの?」
「ん。二人はバッチリ。だから、今度はこばやん先輩に」
そのまま小早川に抱きつくと、先ほどとは異なる祝詞を唱えた。
「 」
「凰さん?」
普段とは異なる神聖な雰囲気を醸し出す舞姫に、小早川は首を傾げる。
「姐さん先輩みたいなトラブルもあったから、念のためのおまじない。最後の大一番だから、お姉ちゃんとかも協力してくれる」
「へっ!? 十七家の皆様が!?」
舞姫達のことを眺めていた真由美が、素頓狂な声を出していた。
「姐さん先輩の件と、もりぞー達モノリス・コードの件、本選男子クラウド・ボールの作為的なトーナメントの組み合わせの件。偶然にしては色々起こりすぎだから、当主様達が何者かの手が加わる可能性がある場所に警護に付くことになったの」
「け、警護って……そりゃあ頼もしいが、どこにおられるんだ?」
同じく驚愕していた摩利が、詳細を尋ねる。
「詳細は私も聞いてないけど、レギュレーションチェックが行われる運営本部は四人。お姉ちゃんと斑鳩の六瓢様、水無瀬の深螺様、そして九條の義実お爺様だね」
「国家の英雄に加えて、現《最巧》の水無瀬様、《光の君》の斑鳩様、そして《覇軍》の凰様だなんて……一国を相手取れるじゃない」
十七家の中でもトップクラスである次元違い達の名に、一同は息を呑む。
「だから、私達は何も気にせずに競技が出来ると思う。たとえ何らかの妨害があっても、害されることはない」
「そ、そうなの?」
護衛をしてくれる面子は最強であっても、実際に悪意を向けられかねない小早川にとっては、そう容易に安心出来るものではなかった。
だが、舞姫はなおも自信満々に頷いた。
「私達十七家は、護ることに関しては特に抜かりない。千年以上悪意から帝を護ってきた私達にとって、今回の規模のことなら、傷ひとつつけさせない」
それは舞姫が普段周囲に見せない、世界でも随一の名家の威光であった。護るべき相手を護らんとする誇りが、テントにいる者全てを落ち着かせた。
「ふふふ、後輩の子にここまで言われて怖じ気ついてたら格好悪いね。分かったわ。何が起こったとしても、私は凰さん達のことを信じるわ。だから、みんなのことを護ってね」
「ん。一高だけだなんて言わないで、九校全部護るつもりだから」
グッと気合いをいれる舞姫の頭を優しく撫でる小早川。意外にも上手だったのか、舞姫はもっともっととねだっていた。
「こばやん先輩、もう少し強くしてもいい、よ?」
「こ、これは南さんの気持ちも……」
堕ちかけていた。
「こ、小早川さん。少し早いけど、控え室に行きましょう、ね?」
不穏な空気を読み取った小春に声をかけられ、ハッと正気を取り戻す小早川。
「そ、そうだね。じゃあ、私達は先に行っているよ」
シュタっと、手を上げて、二人はテントを出ていった。
「……また、親衛隊が増えそうね」
「まぁ、特に何かをするわけではないからいいが……。というか、何をしているんだ? 思えば、何をしているのか聞いたことなかったが」
と、摩利はふと浮かんだ疑問を、親衛隊隊長である南に尋ねた。
いつの間にか舞姫を抱えていた南は、隠すことなく答えた。
「大したことはしていませんよ。舞姫さんにお話を聞いたり、舞についての講義をしてもらったりです」
「あら? 舞については秘伝じゃなかったの?」
話の途中だったが、真由美が口を挟む。南は嫌な顔せず答えようとすると、舞姫が答えた。
「流石に《舞姫》としての舞については話せないけど、教養としての舞についてなら大丈夫。まぁ、花嫁修業みたいな感じかな?」
意外にも高尚な活動をしていたことに衝撃を隠せない真由美と摩利であった。
一方一足早くテントから離れていた達也と深雪は、とある人物と顔を合わせていた。
「ほぅ、貴殿が司波達也殿か。お初にお目にかかるな。それに深雪殿も。舞姫と共にいてくれること、感謝しておるよ」
九條義実。国家の英雄と称えられる老人は、威厳を見せつつ、優しげな言葉遣いで兄妹に声をかけた。
「無礼を承知して言えば、一度お会いしたいと思っていました。初めてまして、司波達也と申します」
「司波深雪です。お会い出来て光栄です」
二人の固い挨拶に義実は苦笑した。
「楽にしろ、というのも酷であるか。個人的に話したいことはあるが、その楽しみは夏にとっておくことにしよう。此度声をかけさせてもらったのは、かの老龍の件についてだ」
好々爺たる雰囲気が、歴戦の英雄のそれへと変わる。それに達也は改めて気を引きしめる。
「かの者達の対処は我等が既に済ませている。風間にはこちらから伝えておるから、貴殿らにも連絡がいくだろう」
義実の言葉に、達也は驚きを隠せなかった。
「今動いている者達は、文字通り頭を失った者達だ。その露払いは我等が担おう。だから深雪殿。何も心配せずに兄君と共に競技に挑みなさい」
国家の英雄からの激励に、深雪は深く頷いた。
「ありがとうございます。舞姫にも約束しましたので、必ず優勝します」
優勝以外視野に入れていない深雪の頼もしい言葉に、義実は笑みを浮かべた。
「はっはっはっ、これは余計だったか。いや、来年を待たずとも今年の九校戦は百花繚乱だな。では、余計ついでに爺からのお願いなのだが、来年我等の縁者が一高に入学する。片方は世間知らずでもう片方はちょいとじゃじゃ馬での。目をかけてもらえるとありがたい」
「あら、九條様ったら」
深雪が微笑むと緊迫した雰囲気は霧散した。頃合いだと感じた義実は、二人に道を譲る。
「試合前の忙しい時にすまなかったな。おおっぴらには言えぬが、頑張りなさい。若者の輝く姿を見るのが老兵の楽しみなのだよ」
そう言い残し、義実は運営本部の方へと向かっていった。
「あれが、国家の英雄か」
「英雄の名に相応しいお方でしたね。あのようなお方に指導していただけるだなんて、舞姫が羨ましいです」
二人にとって思わぬ邂逅は、緊張をほぐす要因にもなったのであった。
「舞姫」
小早川のCADの調整を小春と共に終え、一足早く運営本部に向かっていた舞姫に、冥夜が声をかけた。
「冥夜様。どうしたの?」
「いや、件のことで、私は舞姫と共にあることになったのだ。少しの距離だが一緒に行こう」
「ん。冥夜様と二人で歩くの久しぶり」
舞姫は冥夜の手を取ると、先程よりも軽い足取りで歩き始めた。
「舞姫。この九校戦はどうだった?」
「凄く楽しかった。輝夜と佐保姫先輩と全力勝負も出来たし、愛梨に栞、沓子達とも仲良くなれたから」
「ふふ、そうか。それなら良かったな」
「うん。後は、深雪が優勝するだけかな」
「うむ。その為にも、私達も一頑張りせねばな」
話している内に、運営本部に到着する二人。
まだ時間が早いため各校のエンジニア達は来ていないが、運営本部の中は緊張に包まれていた。
運営本部のテントの中には大会本部長の他に十七家から四名、即ち刹那・六瓢・深螺・義実がこのテントに張り込んでいたためである。
「あ、舞姫ちゃん。お疲れ様ね」
「お姉ちゃん」
舞姫はとっとっとと刹那に抱きついた。刹那は蕩けるような顔をしたいたが、隣にいた深螺が咳払いをする。
「刹那さん、お気持ちは分かりますが、時と場合を考えなさい」
「うふふ、ごめんなさい」
「深螺様もお疲れ様。全部終わったら、一緒に踊ろうね」
「えぇ。夏のお披露目の練習をいたしましょう」
舞姫にとって深螺は舞の師でもある。そんな深螺と共に舞を行えると聞いた舞姫は嬉しそうに微笑んだ。
「二人ともお話はそれくらいに。そろそろ各校のエンジニアの子達も来る頃だろう」
六瓢の言う通り、運営本部の周りにちらほらと生徒達が来始めていた。刹那達は舞姫から離れると、本部の中を隈無く注視し始めた。
各校のエンジニア達は、通達は来ていたものの、魔法師にとって伝説のような存在が揃っている状況に少しばかり萎縮していた。
そんな中、小春は周りよりも落ち着いていた。
「え、えっと、いいのかしら」
「うん。混まないうちにやっちゃった方がいい」
舞姫に促され、小春は係員にCADを手渡す。係員はチェック機器にCADを置くと、何喰わぬ顔で機械を操作する。
そしてその瞬間、CADから強い光が溢れた。
「な、なに!?」
小春を初め、何も知らない者達は突然の現象に驚愕する。しかし、全てを知っていた義実は即座に係員を取り押さえる。
「く、九條様!? な、何を!?」
その行動に本部長は叫ぶが、義実は変わらず殺気を件の係員に向けたままだった。
「頭が無くなったのにも拘わらずよくやるわ。ワシの前でよもやそれを使うとはな」
「ぐ、あぁ…………」
義実の殺気に、もはや呻き声しかあげられない係員。そして機器に置かれていた小早川のCADを深螺が取った。
「義実殿の言う通り、電子金蚕が紛れ込んでいますね。平河さん、でしたね。少しお借りしますね」
「は、はい」
深螺は小春に許可を取ると魔法を発動し、数センチ浮遊する。すると、CADが正常に発動せず、パチリと音を立てて深螺は地面に足をついた。
「さて、これで不正が証明されましたが……本部長、後始末はしっかりとお願いしますね」
「そ、それは……」
深螺の言葉に本部長はいいよどむ。それに対し刹那が更に釘を刺す。
「本来は国防軍に任せることになっていましたが、流石に体制に不安を覚えます。此度の一連の出来事で我が国の大切な宝が傷つけられようとしていたこと、しかと肝に命じていただけるよう願っています」
「……はい」
もはや言い逃れはできないと、本部長は俯きながら頷いた。
そして、一連の事件に硬直していた他の生徒達に、義実が声をかけた。
「さて、皆、驚かせてしまい申し訳なかったな。たが、不安要素は取り除いた。皆、心安らかに、我等年寄りに君達の輝きを見せてほしい。どの学校も全力で競いなさい」
国家の英雄の激励に、徐々に落ち着きを取り戻す一同。その後、慎重ながらもしっかりとチェックを受け、皆各校の選手の元へと戻っていった。
最後に残ったのは小春と舞姫であった。
「お姉ちゃん、皆、ありがとう。私達も頑張るね」
「あ、えっと、私達の選手のことを護ってくださり、本当にありがとうございました!」
二人は頭を下げて運営本部を出ていった。
「さて、我等の仕事は取り合えず一段落だな。三人ともご苦労だったな」
「いえ、若人の未来を護れたのです。これこそ我等の本懐でしょう」
満足げな六瓢とは裏腹に、刹那と深螺は少々不満げであった。
「おや、いかがしましたかな、ご両人?」
「いえ、あの子達を護れたことは嬉しいですけど。ねぇ、深螺?」
「えぇ。私達のことも《老人》扱いしたことだけはいただけませんわよ」
女性陣の言葉に義実は肩を竦めた。
「まぁ、確かにお主らもまだまだ若いか。ではワシは我等の《至光》が煌めくことをお祈りするまでよ」
そうして、義実は会場の外に視線を向けるのであった。
因みに義実は巻き舌でない白髪のアン○ルセン神父なイメージです。最強だな……。