激動の勧誘週間も終わり、校内も落ち着いた頃、舞姫の定位置は生徒会室となった。真由美をご主人様呼びしてから、それが気に入ったのか、生徒会室でお茶くみをするようになったのである。真由美の頭痛は加速したのだが、それを癒されるほど生徒会室のお昼後のティータイムは充実したものとなっていた。
「どうぞ、ご主人様」
「ありがとう……その呼び方は、いえ、何でもないわ」
舞姫の言葉に頭を痛くされ、舞姫の淹れるお茶に癒される。ここ最近で定番の流れである。
「リンちゃん先輩とあーちゃん先輩と姐さん先輩も。今日のはハーブティー。疲れが取れる」
それぞれあだ名で呼ばれるが、真由美以外は慣れてしまった。呼ばれ方を容認すれば、気持ちよく絶品のお茶を飲めるのであるから、早々に諦めている。
「ありがとうございます」
「わぁ、とってもいい香り」
カップを受け取った三人は、ハーブティーの香りを楽しむ。自分を助けてくれない仲間に、ふがいなさを覚える真由美。すると、ふと摩利が口を開く。
「そういえば、逹也君。昨日、二年生の壬生を言葉責めしていたというが、本当か?」
いきなりの物言いに、逹也は肩を落とす。
「先輩……先輩も淑女なのですから、言葉責めなどという下品な言葉を使うものではありません」
「ははっ、私を淑女扱いしてくれるのは君くらいなものだ」
「おや、先輩の彼氏は淑女扱いしてくれないのですか?」
「違う! シュウは!」
逹也の言葉に、摩利は思わず立ち上がる。そして、その場の全員に注目され自分の失言に気付き、すぐに座り咳払いをする。
「ともかく、だ。昨日壬生が顔を赤らめているのを目撃事例が多数あるのだが?」
反撃とばかりにいやらしい笑みを浮かべる摩利。すると、逹也の隣から強烈な冷気が漂い、それが摩利達に達する前に、舞姫が深雪の口にクッキーを三枚ほど突っ込む。
「むぐっ!?」
「どうどう」
舞姫に気を逸らされ、冷気が霧散する。深雪も自分の行動に顔を赤らめながらクッキーを咀嚼する。
「お茶が冷めちゃう」
「もぅ……でもありがとう」
舞姫の気の抜けた言葉に、生徒会室の緊張も和らぐ。
その翌日。いつものように生徒会室でお昼を食べていると、前触れもなくスピーカーから大音量が流れる。
『皆さん! 私達は差別撤廃を目指す有志同盟です!』
「……こんな放送許可したの?」
「まさか。摩利、風紀委員を集合させて」
「もうしてる。私達も行くぞ」
生徒会室のメンバーは立ち上がると、放送室に向かう。
そこには既に十文字もおり、次々と集合を告げられた風紀委員も集まってくる。
そして現在、強行突破するか待つかで意見が割れていた。それを解決したのは逹也であり、紗耶香に連絡をいれ、扉を開けさせることに成功する。そして、紗耶香以外の生徒を拘束する。
「司波君! 私を騙したのね!」
「司波はお前を騙していない」
逹也にくってかかろうとする紗耶香の前に十文字が立ちはだかる。
そんな一触即発の雰囲気を、職員室に向かっていた真由美が破る。
「悪いけど、この場は私に任せてくれない?」
「七草」
「この件、生徒会が預かることになりました。そして、後日貴女たち有志同盟と討論会を行うことになりました。壬生さん。今から、その件で話し合いをさせてもらいたいのだけど、大丈夫かしら?」
「私たちは逃げたりしません!」
紗耶香は心外というように叫ぶが、真由美は笑みを返すだけだった。
「みんな、この先は生徒会が引き継ぐわ。十文字君は私と一緒に来てくれる?」
真由美の号令でこの場は解散となった。
騒ぎとなったが、現実離れした舞姫に事情を聞くものはおらず、今日はほのか達と帰ることもなく、第一高校にほど近い一軒家に帰った。
「ただいま」
舞姫が家に入ると、一人の女性が舞姫を出迎えた。
「お帰りなさい舞姫さん。疲れたでしょう? お茶の用意をしますから、着替えてきて下さいな」
「ありがと、輝沙羅」
鵬輝沙羅。鳳家に仕える鵬家の娘である。娘と言っても成人しており、今は舞姫の専属としてこうして舞姫のお世話をしている。
いつも通り和服に着替え、居間に移動する。
「どうぞ。鳳家に頂いたお茶です。美味しいですよ」
「ありがと。うん、おいし」
学校では殆ど見せない笑みを浮かべる舞姫。それに、輝沙羅も嬉しそうに微笑む。
「それで、今日はいかがでしたか? 部活動勧誘週間も終わって、随分落ち着いたと思いますけど」
「今日は色々あった。何か、あとで討論会をやるみたい」
「討論会?」
「うん。差別撤廃同盟だって」
舞姫の少ない説明で、輝沙羅は納得した。何かを考えていたが、すぐに取り払い、笑みを浮かべる。
「お勤め、頑張って下さい。では、ごゆっくり」
輝沙羅はお盆を持って立ち上がると、居間から出て行った。しかし、輝沙羅は台所ではなく、自室に向かった。
「……鵬輝沙羅です。至急鳳晃様に繋いで下さい」
『畏まりました』
電話の主はそれだけ言うと、すぐに輝沙羅の言うとおり鳳晃に連絡を繋ぐ。すぐに電話から鳳家当主鳳晃の声が流れた。
『待たせたね。それで、用件はなんだい?』
「突然申しわけありません。ですが、一高で気になる事があるようですので、連絡いたしました」
輝沙羅は晃に舞姫から聞いたことを説明する。説明を聞いた晃は、少し考え口を開く。
『ふむ……恐らくはブランシェ、それに伴うエガリテの仕業だろう。前々からその組織が一高に手を出していたことは知っている』
「では、私達も出動いたしますか?」
輝沙羅もただの家政婦などではなく、れっきとした国際ライセンスA級の魔法師である。オオトリに連なる者として、荒事の処理には慣れていた。
しかし、晃は否定する。
『いや。今回は我々は手を出さない。一高ならば、処理出来るだろう。我々は手を出してしまえば、不必要に大事となってしまう。未来ある若者の尊い芽を摘むわけにはいかないからね』
「……畏まりました」
『凰家の方からは私から連絡しておく。そちらの決定に関してはメールで連絡するから、待っていてくれ。では』
通話が切れ、輝沙羅は一息つくと部屋を出て居間に戻る。そこではお淑やかに座りながらスヤスヤ眠る舞姫の姿があった。それを見て輝沙羅は、いつの間にかこわばっていた体の力を抜く。
「舞姫さん、風邪をひいてしまいますよ」
輝沙羅は声をかけられてもなお眠り続ける舞姫の体を抱き上げると、舞姫の部屋に連れて行った。
討論会当日。舞姫は会場ではなく、外をフラフラ、ではなく警備をしていた。
そして、晃たちの想像通り、一高でテロリストの襲撃が発生した。
『舞姫、襲撃だ! 迎撃頼むぞ!』
「承知」
舞姫は摩利に応答しながら、こちらに向かってくる襲撃者に向けて魔法を発動させる。舞姫がCADを操作すると、空中に電気の塊が現われ、彼らの集まる一面に雷撃が降り注ぐ。襲撃者達はあまりに迅速な舞姫の魔法に、なすすべもなく倒れ込んだ。
「ふう」
舞姫が一息つくと、遅れてやってきた警備の者達が到着した。
「拘束、お願い」
それだけ言うと舞姫は研究棟に向かった。襲撃者達の狙いは図書館と研究棟。舞姫は図書室の方を他に任せ、真っ先に研究棟に向かった。
「輝沙羅さん」
「はい」
舞姫が声をかけると、物陰からスーツに身を包んだ輝沙羅が姿を現す。
「一緒にお願い」
「お心のままに」
それだけ言うと、輝沙羅は舞姫を守るために舞姫の前に立つ。そしてそのまま舞姫に向かってくる襲撃者に対してその魔法と武術を振るい、魔法の準備をする舞姫を守護していた。
「輝沙羅」
舞姫が声をかけると、一足で輝沙羅の隣に移動する。それを確認すると、舞姫は魔法を発動させる。
その瞬間、舞姫から膨大な冷気が発せられ、その冷気が襲撃者だけを襲った。
「ぐぉぉぉぉっ!!」
「くっ、動けん!」
足元と手元を凍らされ、身動きが取れず慌てふためく襲撃者達。舞姫はそれを見て、襲撃者達の重火器を念入りに破壊していく。
「舞姫さん。この後はどういたしますか?」
「私達はここで待機。他は先生達で十分。姐さん先輩にも連絡しておく」
舞姫は摩利に現状を簡潔に説明すると、この場に待機し、襲撃者達を拘束する為の人員を待っていた。
襲撃者たちを引き渡し、事態が収まったということで改めて指定された部屋に向かう。
部屋に入ると物々しい雰囲気が流れており、舞姫は首を傾げた。
「何事?」
「これからブランシェのアジトに突入する。舞姫、お前も来てくれ」
「ん、了解」
逹也の要請に、考えるまでもなく頷く舞姫。その様子に、慌てて真由美がそれを止める。
「ちょ、ちょっと待って逹也君! 危険なのよ! それに舞姫さんを連れて行くなんて!」
「だからこそです。舞姫ほどに荒事に慣れていて、自由に動ける人材を放っていくことなんて出来ません」
それだけ言うと、逹也は深雪を伴って部屋を出た。
「舞姫さん、本当に大丈夫なの?」
妹を心配する姉のように、不安げな表情で見つめる真由美。そんな真由美に向けて、うっすらと笑みを浮かべながらVサインをつくる。
「大丈夫。ご主人様のメイドは戦うメイドさんだから。それに、家の許可も得てるから、問題ナッシング」
それだけ言うと、舞姫はそのまま部屋を出て行った。
残された真由美や摩利は、舞姫の言葉と笑顔に固まっていた。
「ふっ。お前の従者は大したものだ。俺が先に目を付けておけば良かったな」
「十文字君!」
「では、失礼する」
十文字にからかわれ、反論しようとする真由美だったが、その前に十文字は部屋を出ていった。
「もう……」
「ふふっ、十文字の言うとおり、お前のメイドは大したものだ。いやはや、先に取られる前に取っておいて良かったよ」
「摩利まで!? からかわないで!」
ニヤニヤと笑う摩利と、それに顔を真っ赤にさせて反論する真由美。それまで深刻であった雰囲気は払拭された。
それとは正反対に、緊迫した雰囲気の車内。十文字が用意した車で、ブランシェのアジトに向かっていた。
「……で、どうして舞姫は私の膝に座ってるの?」
「だって、狭いし。エリカの膝は柔らかい」
答えになっていない答えに、エリカは顔を渋らせる。その間に、ブランシェのアジト近くに到着した。
「レオ!」
「おぅ! パンツァー!!」
レオの叫びと共に、車体に硬化魔法がかけられ、そのまま門を突き破り進入した。車を降りると、それぞれ分担を決める。
「レオとエリカはここで迎撃を。深雪は俺と来てくれ」
「桐原は俺と来い。凰も」
「大丈夫」
しかし、舞姫は十文字の言葉に首を振る。
「しかし」
「大丈夫。もう一人いるから。輝沙羅さん」
「ここに」
舞姫が物陰に声をかけると、そこから輝沙羅が姿を現わす。
「あなたは?」
いきなり現われた輝沙羅に、十文字が警戒をする。
「舞姫さんのお世話係です。舞姫さんの護衛が私が。皆様は我々のことはご心配なさらずに」
輝沙羅のいう我々とは、舞姫だけのことではなく、後ろに控えるオオトリ一族のことである。それに納得した十文字は舞姫の意見を承認した。
「じゃあまた。行くよ、輝沙羅さん」
「はい」
そうして、舞姫と輝沙羅は一足先にアジトの屋上へと向かっていった。
「俺たちも行くぞ」
「は、はい!」
二人を見送り、逹也や十文字達もアジトに突入した。
屋上へと魔法を使わずに向かった二人は、輝沙羅が剣を用いて天井を切り落とし、そこから進入した。
「だ、誰だ!?」
「遅い」
舞姫は返答するのではなく、あらかじめ抜いていた刀で相手の腕を切り落とすことで答えた。
敵の断末魔の悲鳴に、表情一つ動かすことなく全員の腕を切り落とす舞姫と輝沙羅。最上階フロアの人員を全て行動不能にして、血で制服を彩った舞姫は、刀についた血を振り落とすと、そのまま前に進む。
「舞姫さん、血を」
「後でいい。それより、逹也達の元に急ぐ」
輝沙羅の提案を断り、階下へと進む舞姫。途中、幾度となく襲撃を受けたが、一撃も掠ることなく、次々とその相手を行動不能にさせていった。
そして、二階のとある部屋に到着する。
「この下に司一が?」
「はい。それと、逹也さんたちが。付近に十文字様たちもいらっしゃいます」
「ん。じゃあ、行こっか」
そう言うと、舞姫は術式を発動し、天井を思い切り踏み抜き、そのまま下の階に降りた。
そこには、突然の舞姫の出現に目を見開く深雪や桐原、そして、舞姫の状態に眉をひそめる逹也と十文字、そして、片腕を飛ばし気絶する司一がいた。
辺りを見渡すと、首を傾げる舞姫。
「終わってた?」
「あぁ。全て終わった。それより、その格好はどうした」
「返り血。一応傷口は塞いであるから息はある。病院の手配、よろしく」
「あのな……」
その姿とは裏腹に動揺していない舞姫の様子に、逹也はため息をつく。
「それでしたら鵬家の方で手配しておきました。人数が人数なので」
天井の穴から落ちてきた輝沙羅が報告する。淡々としすぎている主従に、十文字はため息をついた。
「まったく……お前達、やり過ぎだ。本当に」
ブランシェの事件も一段落し、五月。舞姫は学校を休み都内にある凰家の別宅を訪れていた。
「お待たせ舞姫」
一人の女性が部屋に入ると、お菓子を頬一杯に詰め込んで膨らませている舞姫がいた。舞姫はその女性を見たが、食べるのを続行した。
「食べるのを止めなさい」
「ほねーはん」
「……飲み込んでからでいいわ」
その通り、舞姫は時間をかけてお菓子を全て飲み込み、お茶を飲む。
「ふぅ……」
「そこで新しいのを取ろうとしない」
新たなお菓子に手を伸ばそうとした舞姫の手を叩く。
「お姉ちゃんの意地悪」
舞姫の姉にして凰家当主である凰刹那は、そんな末妹の相変わらずな様子に、安心したような笑みを浮かべた。
「いつも通りで安心したわ、舞姫」
「ん、元気。もちろん輝沙羅さんも」
「そう。それなら良かったわ。それで、先日の件ですけど、ごめんなさいね、遅くなっちゃって」
ブランシェの事件の後始末や、そもそもの凰家の用事で、全てに蹴りが着くのに時間が掛かったのであった。
「大丈夫。それで、ブランシェはどうなったの?」
「日本支部長である司一が拘束されただけでほぼ事実上解散。いい機会だったから、日本中に広がっていた支部も壊滅させたわ。名実ともに日本からブランシェは消え去ったわ」
刹那が言う私達とはオオトリ一族だけでなく、守護家全体で、という意味である。その報告に、舞姫は少し驚いた表情を見せた。
「びっくり。随分大盤振る舞いだね」
「えぇ。何せ、私達のお姫様が被害にあったのだもの。当主自ら出動したくらいよ」
クスクス微笑みながら、恐ろしいことをいう刹那。
「ん? じゃあ、お姉ちゃんもでたの?」
凰家現当主は刹那である。当主自らというならば、刹那も出たということになる。
「もちろん。建物ごと消滅させてあげたわ」
誇らしげに言う刹那に、舞姫は冷ややかな視線を向ける。
「ともかく、今回の件は全て終わったわ。国防軍や政府とも話は付けたし、十師族とも話は付けたわ。とりあえず、舞姫が関わる必要はなくなったわね。だから、ゆっくりと九校戦の準備を始めなさいな」
この国のトップにいると言っても過言ではない刹那の言葉である。舞姫は刹那のことを疑うことなく信じた。
「分かった。じゃあ、種目が決まったら連絡する」
「楽しみに待っているわ」
事件についての確認も終わり、舞姫は席を立とうとした。
「あ、そうだ。忘れてた」
何かを思い出し、足元に置いてあった鞄から大きめな包みを取り出す。
「お土産。みんなで食べて」
そう言ってその包みをテーブルに置くと、舞姫は凰家別宅を後にした。
舞姫を見送り、リビングへと戻る刹那。そして舞姫からもらった包みを開くと、その中には舞姫手作りのクッキーが大量に入っていた。舞姫を溺愛するオオトリ一族にとって、舞姫の手作り料理とは、同じ重さのダイヤモンドよりも尊い。それは誇張でも何でもなく、未だかつて、譲渡が成立したことはない。それによって、部屋が半壊したこともあるのだ。
それを思いがけず手に入れた刹那はどうするか。
「……あぁ、朱音? 紅茶を淹れてくれないかしら?」
それを他の人物に知らせず、一人で食すことに決めたのであった。
入学編はこれでおしまいです。
九校戦では色々やらかします。