時間は瞬く間に過ぎ、ついに九校戦当日。距離が近い一高は当日入りすることになっていた。そんな中真由美が家の用事で遅れることとなり、それを待っていた。
逹也が人数確認のため、バスの外で摩利と共に真由美が来るのを待っていた。
「遅いな」
「委員長はバスの中にいて下さって構いませんが。ここは俺一人でも大丈夫ですから」
「そうもいかんだろう。それにそろそろ来るはずだしな」
二人が待っていると、バスの中から舞姫がやってくる。
「はい、お水。魔法で冷やしたからとってもひんやり」
「お、すまんな。ははっ、確かに冷たいな」
「ありがとう舞姫。どうした? 中で待っていてもいいんだぞ?」
「ん、大丈夫。着物に比べたら、こんなのへっちゃら」
確かに本格的に着物を着込めば、十数キロにもなる。それを纏って舞を踊る舞姫にとって、このくらいの暑さなら問題ないということだろう。
しかし、肌を焼くのはNGなのか大きめ日傘を持ってききていた。それを逹也に誘うとするが、背が足りず背伸びをしていた。それを見かねた摩利が舞姫から日傘を受け取り、三人の上に傘をさす。
「随分大きい日傘だな。しかし、これがあるだけで随分楽になった。ありがとう」
「構わない。お姉ちゃんに今日着ていく服を見せたら、速達でこれが届いたから」
舞姫が着ているのは、制服ではなく可愛いらしいワンピースである。真っ白で涼しそうだが、所々フリルがあしらわれており、まさに人形のような姿であった。
「そう言えば、舞姫のご家族も来るんだったな」
「うん。お姉ちゃんとお母さんは今日の内に会場入りしてる」
「そうか。遅れることは伝えてあるのか?」
「うん。お菓子作って待っててくれるって」
舞姫の家族は、全員舞姫バカである。
「ごめんなさい、お待たせしちゃって」
すると、真由美が走ってやってきた。そんな真由美にペットボトルを渡す。
「はい。お水」
「あ、ありがとう。ふぅ……冷たくて美味しいわ」
「全く、遅いぞ」
「ともかくこれで全員揃いましたね」
全員揃ったことをドライバーに伝え、ようやく出発する。
前方座席で生徒会メンバーが寸劇をしている中、後部座席では、お通夜ムードになっていた。そうなっている理由とは。
「……舞姫め」
「み、深雪っ、ほ、ほら、暑いでしょ? 水飲んだら?」
深雪が静かに震えている理由と同じであった。
「ありがとう、ほのか。でも、私は大丈夫よ」
「そ、そう?」
妙に綺麗な笑顔を向けられ、なぜかゾクリとするほのか。
「そういうのは炎天下の中、一人ずっと立っていたお兄様に差し上げないと」
「そ、そうだね」
「あ、でも、お兄様は舞姫がお世話してくれているかしら。いつの間にか、作業車に乗っていた、舞姫、がね」
一言一言区切る様に言う深雪に、深雪の周囲の生徒全員が震え上がった。
バスの中の空気を五度ほど下げた元凶は、逹也や五十里と一緒に作業車に乗っていた。しかし、深雪の言う様に逹也の世話をしているというわけでもなく、調整機を興味深げに眺めていた。
「……舞姫。本当に大丈夫だったのか?」
「ん。姐さん先輩に言ってあるから」
それだけいうと、再び調整機の方に興味を戻す。その様子に五十里は苦笑いだ。
「ははは、随分と自由な子だね」
「あれで、調整は素晴らしいのですが……」
逹也が言っているんは、新人戦における舞姫の役割である。九校戦前半で出番が終わる舞姫は、エンジニアとしても参加することが決まっていた。本戦が終わった後からであるが、何人かのCADを担当するのである。
調整機のチェックに満足したのか、舞姫は一人の女子生徒の膝の上に座っている。その生徒は、平河小春。アイス・ピラーズ・ブレイクで舞姫を担当するエンジニアである。因みに、舞姫親衛隊である。バス移動では一緒になるとは思っていなかったため、思わぬ幸運に、表情を崩さないよう頑張っていた。
「ま、舞姫さん」
「はるる先輩、ふかふか」
「そ、そうかしら?」
そろそろ表情が崩れそうになっている小春。
「そうだ。クッキー焼いてきた。はい」
「あ、ありがとう。頂くわ」
小春が幸福な試練とはこういうことかと考えていると、舞姫が突然立ち上がり、扉に手をかける。
「逹也、よろ」
それだけ言うと、舞姫は扉をあけ、走る車から飛び出した。
「舞姫さん!?」
小春も慌てて後ろの窓から舞姫を確認する。しかし、すでに舞姫は後ろにおらず、加速したその足で、バスの前まで到達していた。
そこには炎上する乗用車が、バス目掛けて飛んできていた。舞姫は体全体に硬化魔法を発動し、同時に十文字のファランクスのような壁を出現させる。舞姫が車の横に飛び上がると、突然火が消える。その瞬間を見逃さず、舞姫は車を真横から思い切り蹴り飛ばした。
舞姫の蹴りに吹き飛ばされ、乗用車は高速道路の壁に激突し、蹴り飛ばした舞姫は反対側ではなく、バスから遠くの前方に着地した。ファランクスが展開したバスは舞姫から離れた位置で停車し、後ろの作業車から、逹也達がやってきた。
「大丈夫か?」
「うん。二人が手伝ってくれたから」
戻ってきた舞姫は、彼女の言うとおり傷一つなかった。それを見て安心したのは、逹也と一緒に来ていた小春である。バスからも十文字が降りてきていた。
「大丈夫か凰」
「うん。傷一つない。バスの中も大丈夫?」
「あぁ。怪我をした者もいない。それにしても随分無理をしたな」
十文字の言うとおり、いくら魔法を使っていても、炎上する事故車を蹴り飛ばすのはむちゃくちゃである。
「激突すると危ないと思ったから。それに手伝ってくれたから、割と簡単だった」
それでもあっけんからんとしている舞姫に、十文字も安心したのか、舞姫の頭に手をのせる。
「ならば何もいうまい。よくやってくれた」
「ん」
十文字に頭を撫でられ、嬉しそうにする舞姫。事故の調査は逹也たちが担当することになり、舞姫は作業車に戻る、のではなく、バスの中に連行されていた。深雪に。
「深雪……」
「なぁに、舞姫?」
「……何でもない」
満面の笑みで抱きしめられ、解放されることを諦めた舞姫は、深雪のされるがままになることを受け入れた。それを後ろから羨ましそうに親衛隊が見つめているのだが、深雪は気にしていない。
「ほのか……」
うるうるした瞳で助けを求められたほのかは、その瞳に負け、深雪に声をかけた。
「み、深雪。私にも抱っこさせて欲しい、なんて」
少し舞姫の意図とは違ったのだが、深雪からほのかの方へと移動する舞姫。そのままほのかに寄りかかると、心なしかホッとした表情になっていた。
「ほのか、ふかふかほわほわ。落ち着く」
「そ、そう?」
ほのかとしては嬉しいのやら恥ずかしいのやらといった感じなのだが、妙に右隣が涼しい。やがて癒されたのか、舞姫は後ろの方へと移動していった。何故か震えるほのかを置いて。
「あ、舞姫さん。大丈夫?」
「ん。問題なし」
深雪から逃げてきた舞姫は、親衛隊隊長である三年生の浅葱南(学園一の大きさ)に、正面から抱きつく。
「やっぱり南はフカフカホカホカ。落ち着く」
「そ、そう言って貰えて嬉しいわ。ギュッとして、いいかしら?」
「ん」
舞姫から許可をもらった南は、至福と言わんばかりに舞姫のことを抱きしめる。舞姫も満足していたが、それ以上に幸福なのは南である。これまで気にしていたスタイルのことだったが、そんな悩みは目の前の幸福のためなら全て吹っ飛んでいた。
やがてバスも出発し、取っ替え取っ替えで抱き上げられているうちに、富士演習場に到着する。舞姫は親衛隊と別れ、一人バスから降りる。ホテルに入ると、誰かに誰かに抱きしめられた。
「むぎゅ」
「舞姫ちゃん! 怪我してない!?」
その女性は、舞姫のことを心配していたが、舞姫は胸から女性のことを見上げ、首を横に振る。
「大丈夫。怪我してないから安心して?」
「本当に!? 事故が起きたって聞いて、心配したのよ?」
「大丈夫。落ち着いてお母さん。はい、あーん」
舞姫はポケットからクッキーを取り出すと、それを母親である凰華耶に食べさせる。
「あぁ……舞姫ちゃんに食べさせてもらったクッキーは最高ね。まさしく禁断の果実」
その味に揺るんだ腕から脱出する舞姫。少し哀しそうな顔になる華耶であったが、今度は抱きしめることはなかった。
「でも、何ともなくって良かったわ。懇親会までは一緒にいられるのよね?」
「うん。それまでは自由行動。一回富士山を見ようとは思ってたけど、他にとくに用事はない」
それを聞いて華耶は手を合わせて嬉しそうにしていた。
「それじゃあ早速行きましょうか。ここの屋上からでもよく見えるわよ」
「うん」
頷くと舞姫は華耶の手を握ってホテルの屋上に向かう。
屋上からは華耶の言うとおり、富士山がよく見えた。
「どう? やっぱり富士の息吹は心地いいかしら?」
目を閉じている舞姫に、華耶が声をかける。目をゆっくり開けると、舞姫は満足そうに頷いた。
「いっぱい感じた。明日はバッチリ」
「そ。着物も持ってきているから、懇親会の後に合わせてね。じゃあ、部屋に行きましょうか」
再び手を繋ぎ、凰家に用意された部屋へ向かう二人。
その部屋で、舞姫にクッキーを食べさせてもらったと自慢した華耶と刹那を筆頭としたオオトリ家の一同とのバトルが起こっていたのだが、一人用意されていたお菓子を食べ、完全に蚊帳の外となっていたのだった。
やがて時間となり、未だヒートアップしていた一同を置いて、一高控え室に移動していた。
「お、来たか」
「うん。まだ大丈夫?」
舞姫に気付いた摩利が舞姫の質問に頷く。
「あぁ。ちょうど今からだ。お前なら大丈夫だと思うが、あまり変なことはするなよ?」
「大丈夫。ご飯食べるから、ジッとしている」
どうも心配は残るが、時間も時間なので、摩利はそれでいいかと思うことにした。
「さあ、行きましょうか」
真由美の号令とともに、一高生は、会場に乗り込んだ。
会場の中は様々な色の制服を着た他校生がそれぞれ歓談していた。
「ご飯」
真っ先に飛び出したのは舞姫。一目散に料理のテーブルに向かい、ウェイターから皿を受け取ると、様々な料理を取り始めた。
「舞姫さん……」
「まぁ、あの体格なら見た目相応というか、まぁ、大丈夫だろう」
食べることに対する意欲はともかく、騒がしくしている訳ではないので、放っていくことにした一同。
放っておかれた舞姫は、一人黙々と料理を食べていた。小さな体で大量に食べている舞姫は注目されつつも、近寄りにくいのか、未だに一人であった。そんな舞姫に一人の女子生徒が近寄る。制服の色から二高生である。
「舞姫様」
「んむ? あ、輝夜」
舞姫は顔見知りだったのか、ほっぺたにソースを付けたままその生徒の名前を呼ぶ。
鳳輝夜。鳳凰の鳳の字の家の次女であり、現在三年生である。そして凰家に仕える一族の一人であった。
「舞姫様、失礼しますね」
輝夜は困ったように微笑みながら、ナプキンで舞姫の口の周りをふく。
「むぐ。ありがと輝夜」
「どういたしまして。今日はお一人なのですか?」
「うん。輝夜も?」
「今日は舞姫様のお世話係です。いつもは輝沙羅さんばっかりズルいですから」
クスクスと微笑む輝夜は本当に美しく、舞姫を見ていた他の生徒達は顔を赤くしてしまっていた。
「そうだ。輝夜もアイス・ピラーズ・ブレイクに出るんだよね?」
「はい。私も刹那様に聞いていますよ。舞姫様が相手でも負けませんよ」
輝夜は本戦女子アイス・ピラーズ・ブレイク前回優勝者であり、今大会での優勝候補No1である。
しかし、舞姫は自信満々で輝夜に言い放つ。
「もちろん。でも、私も負けない」
「ふふっ、明日は一緒にみましょうね。あと、明日の舞、楽しみにしてます」
「うん、頑張る。あ、この後衣装合わせするけど、来る?」
舞姫の衣装合わせと聞き、輝夜は飛び上がらんとばかりに嬉しそうに頷く。
「はいっ。是非!」
輝夜の嬉しそうな表情に舞姫も嬉しそうである。その後も、輝夜に世話を焼かれつつ、二人で食事をしていた。
そんな二人を見つめる視線。少し前に深雪に見惚れていた三高生徒である。
「あれって、二高の鳳輝夜だよな? やっぱりスゲー美人だな」
「隣の子も小さいけど可愛いぜ」
二人のタイプの違う美しさに、先程注意されたにも拘わらず盛り上がっていた。
そんな二人の元に、一人の女子生徒が近寄ってきた。制服は三高である。
「失礼いたしますわ、鳳輝夜さん」
「あら? あなたは一色愛梨さんでしたか。初めまして」
「誰?」
輝夜は目の前の少女、一色愛梨のことを知っていたが、舞姫は全く知らず、首を傾げていた。そんな態度の舞姫に、愛梨は笑みを少し卯がませたが、何とかそれを維持する。
「あ、あら、そちらの可愛らしい子は?」
「凰舞姫。よろしく、愛梨」
いきなり名前で呼ばれたことに思わないことがないわけではないのだが、オオトリと聞き、それを訂正することはなかった。
「《鳳》さんですか。では私も舞姫さんとお呼びしても?」
「ん。よろしく」
「でも、まさか鳳先輩に妹さんがいらっしゃるとは思いませんでした。学校も違うだなんて驚きです」
愛梨は舞姫と輝夜が違う学校にいることについて機構としたのだが、輝夜はそれを訂正する。
「違いますわ」
「え?」
「舞姫様は私のご主人様ですから。妹、というのも憧れますが、そんなことをしては刹那様に家を追い出されてしまいます」
三人の会話を聞いていた者達は、輝夜のご主人様発言に驚愕していたが、愛梨は別の所で驚いていた。
《鳳》である輝夜が主人というのは、《凰》である者達だけ。そして《凰》といえば、十師族だけでなく、《鳳》《鵬》《鴻》の三家をはるかに凌ぐ。予想以上の大物に、愛梨は背筋に汗を流していた。
「こ、これは失礼いたしました。それで、舞姫さんは何の競技に出るのですか?」
「アイス・ピラーズ・ブレイクとバトル・ボード。輝夜には負けない」
ムンと力を込める舞姫だったが、愛梨は再び驚愕した。
「舞姫さんは、新人戦ではなく、本戦に出場するのですか?」
「うん。というか、そんな話し方じゃなくていい。そういうのは輝夜だけで十分」
「そ、そうですか? でも、鳳の方にそのようなことは」
愛梨は戸惑っていたが、輝夜がそれをフォローする。
「大丈夫ですよ愛梨さん。私は元々このような話し方ですが、鳳の皆様も、そのくらいのことで目くじらをたてることはないですから」
「じゃ、じゃあ、舞姫は一年生よね?」
まだ慣れないらしいが、普段通りの話し方で離すことにした愛梨。
「ん。でも、実力で勝ち取った。本当ならモノリス・コードにも出たかったけど」
モノリス・コ-ドに出たいということは、魔法技術が優れているということでもある。愛梨は底知れない目の前の少女に、内心戦慄していた。
三人で話していると、会場に声が流れる。
「あら、皆様のご挨拶が始まりますね」
「んむ」
舞姫も挨拶となり、皿を置く。だが、ジュースは手にしているので、どこか締まらない。
魔法協会会長などの挨拶も終わり、十師族の長老九島烈の挨拶となる。が、司会に呼ばれて出てきたのは一人の美しい女性であった。
会場の殆どの生徒が謎の事態にざわめく中、五人の生徒だけが、九島のお遊びに気付いていた。舞姫と輝夜もその内の二人である。
「何かあったのでしょうか?」
「あらあら。九島様ったら、イタズラ好きなんですから。……って、あら? 舞姫さん?」
輝夜が九島から舞姫に視線を移すと、いつの間にか舞姫がいなくなっていた。そうしている内に、女性はステージから去り、ふっとステージ上に九島の気配と姿が現われた。
何故か舞姫と手を繋いで。
「さて、まずは私のおふざけに付き合わせてしまったことを謝罪しよう」
そのままで話を続ける九島。それにも会場はざわめいていたが、舞姫もいきなり現われたことにも驚いている者達が多数。特に一高勢。
「今のは魔法というより手品の類いだが、この手品のタネに気が付いた者は、見たところ五人だけであった」
そこまで言うと、九島はニヤリと笑みを浮かべた。
「つまり、もしこの私がテロリストだったとして、私を阻むべく行動を起こせたのはその五人だけであった、ということだ」
九島の少し低くなった声に、会場中は震え上がる。
しかし、九島はすぐにその雰囲気を消すと、今度は柔らかい笑みを浮かべて舞姫の頭に手を置いた。
「このお嬢さんは私の意図を汲み取ってくれたようだ。この私でも近くに来るまで気付けなかったくらいだからね」
小さくVサインをして、舞姫は下に降りる。
「さて諸君。私は今用いた魔法は低ランクのものだが、君たちはそれに惑わされ、私を認識できなかった。明日からの九校戦とは、まさに魔法の使い方を競う場なのだよ。諸君の工夫を楽しみにしている」
九島の実演を含めた挨拶は、盛大な拍手で以て締められた。
『続いて、鳳家前当主でいらっしゃいます、鳳華耶氏よりご挨拶をいただきます』
司会のアナウンスに、九島の挨拶に湧いていた生徒達に驚きの声が上がる。
それを余所に、着物に着替えていた華耶が壇上にあがる。年齢を感じさせない美しさと、歳を重ねたからこそ出てくる妖艶さに、男子生徒のみならず、女子生徒も華耶に見とれていた。
「急に入ってきてしまってごめんなさい。始まる前に皆さんのお顔を見ておきたくて、無理をきかせてもらいました。とはいっても、立ち続きで疲れているでしょうから、短めにいたしましょう」
華耶の言葉に、前置きながらも引き込まれる生徒達。
「明日からの九校戦、皆さんの輝かしい未来が花開くことを心から祈っております。そのために、明日の開会式では私達から奉納の舞を送らせていただきます。戦いの前に一度心を潤していただけたら、と思っております。では、皆さん頑張って下さいね」
穏やかな華耶の挨拶も終わり、懇親会はお開きとなる。舞姫は衣装合わせの前に体を洗うために、地下の温泉に入っていた。
一人でぼんやりしていると、脱衣所が騒がしくなる。
「あれ? 舞姫も入ってたんだ」
入ってきたのはエイミィこと明智英美や里見スバルたち一高生たちであった。深雪やほのか達も来ていた。
「うん。大きいお風呂のほうが好きだから」
そうして舞姫は皆と一緒に入ることにした。深雪以外が先に湯船に入ると、まず注目したのが、湯着に包まれた舞姫の体であった。
舞姫は小学生と間違われてもおかしくない身長だが、まず間違えられない。その理由とは、舞姫の胸にあった。つまり、美月と同じくらいあるのだ。それでいて醜くないスタイルなので、運動の時間には多くの男子生徒が罪の意識に苛まれていたのである。
「なに?」
「んー、やっぱり舞姫の胸大きいなーって」
声をかけられた英美が、恥ずかしそうにしながら言う。
「わたしはほのかのが好きだけど。えい」
舞姫はそういうとほのかの胸に飛び込む。
「きゃっ!? 舞姫!? あっ、だめ……そんな、動かないで」
何をされているのか、ほのかは艶やかな声を出し始める。そんな光景を真っ赤になりながら見つめる一同。解放されたほのかは、息を荒くしていた。
「はぁはぁはぁ……」
「ほのか……だいじょうぶかい?」
流石に心配になったのか、スバルがほのかを湯船から上げる。
「あ、ありがとうスバル」
「む。大丈夫、ほのか?」
「あ、うん。何とか」
ほのかの言うとおり、のぼせたわけではないので、すぐに湯船に戻ってきた。
「お詫びに、私の揉む?」
ぐいっと胸を突き出してくる舞姫に、ほのかはまたしても混乱しそうになる。
「え?」
「はい」
舞姫は事態を理解できていないほのかの手をとり、自分の胸を掴ませた。
「舞姫!? あっ、やわらかい……」
最初は戸惑ったものの、次第に口数も減っていく。それを見つめる周りも息を潜めてその背徳的な光景を眺めていた。
そんなことをしていれば、どう見えるのか。
「……舞姫、というか、みんな何をしているの?」
遅れてきた深雪が、怪訝な表情で全員を見つめていたのであった。
混乱していたほのかも正気に戻り、風呂から上がる。
「そういえば、舞姫。この後なにか予定はあるの?」
脱衣所で涼んでいると、英美が舞姫の予定を聞いてくる。
「うん。衣装合わせしないといけないから」
「衣装合わせ? アイス・ピラーズ・ブレイクの?」
普通に考えればそうなのだが、舞姫は首を横に振る。
「明日の開会式用の」
「えっ? さっきの懇親会で言ってた舞って、舞姫がやるの?」
「うん。私は舞姫だから。良ければ、見に来る? 男子はNGだけど、みんななら大丈夫だから」
「見に行く見に行く!」
英美はすぐに飛びつく。スバルや深雪達も、滅多に見られないものなので、一緒に行くことにした。
なかなかの大所帯で着替え用に用意された部屋に向かう舞姫達。その部屋には華耶や刹那たちが待っていた。
「待っていたわ。あら、お友達も連れてきたのね」
「うん。大丈夫?」
「もちろんよ。皆さんは先程の懇親会振りですね。舞姫の母親の華耶です。いつも仲良くしてくれているみたいで、ありがとうございます。深雪さんは、こうしてお話しするのは久しぶりね」
「はい。お久しぶりです華耶さん」
深雪は華耶たちとも面識があるため落ち着いているが、他のメンバーは華耶や刹那を前にして緊張していた。
「じゃあ舞姫、行ってらっしゃい」
「ん。ちょっと待っててね」
舞姫は手を振ると、奥の部屋に入っていった。
しかし、華耶はその場に残っていた。
「華耶さんは行かないのですか?」
「えぇ。私は当主から退いているからダメなのよ。だから、あっちは娘と従者にお任せね。それに、私は皆さんとお話したかったし。特に、舞姫ちゃんが学校でどんなことをしているのかを」
華耶の表情は非常にウキウキとしており、深雪以外も何とか緊張が和らいでいた。
「そうですね、舞姫は風紀委員のお仕事をとてもよく全うしています。舞姫に取り締まられた人達は皆すぐに改心しているそうで。随分ファンになった方々もいらっしゃいますよ」
「そっか。でも、舞姫ちゃんに叱られちゃったら、誰でも心を入れ替えるでしょうね。そう言えば、親衛隊も出来たんですって? 貴女たちも入っているの?」
「いえ。私は入っていませんが……、皆はどうなの?」
「舞姫の親衛隊は、上級生が殆どです。一年生はけっこう舞姫と一緒になるから、入る必要がないっていうのと、舞姫が年上キラーだから」
雫の言葉に、華耶は納得したように頷く。
「舞姫ちゃんは可愛いからね。妹にしたいとか娘にしたいって、宴席とかでよく言ってる人もいるから。あの子、いつもおっぱいおおっきい子に抱きついたりしてるでしょ?」
そう言いながら、華耶はほのかのことを見る。ほのかは、先程の温泉での出来事を思い出し、顔を赤くした。
「ふふっ、あのこ、人に甘えるのが好きだから、仲良くしてあげてね。人に甘えられるのも好きだから、抱きついたりしてもオーケーよ」
そういえば、先程も自分からほのかに胸を揉ませていたことを思い出す一同。無意識につばを飲み込む。
「みんな……落ち着きなさい」
「「「はっ!?」」」
「あらあら」
それを楽しそうに見つめる華耶。内容はともかく、舞姫が一高で楽しくやっていることを友達から確認出来て嬉しいようだ。
「舞姫が楽しく過ごせているようで安心したわ」
「舞姫は、いつでも楽しそうに過ごしていますよ。少し、自由すぎる気もしますけど」
その被害を受けている深雪は、ため息をついた。
「あらあら。でも、明日の舞ではとても美しい舞姫ちゃんを見ることが出来るわよ」
「そう言えば、舞姫が自分は舞姫だって言っていたんですけれど、舞姫は昔から踊っていたんですか?」
舞と聞き、密かに気になっていることを尋ねるほのか。
「そうねぇ。あの子は小さい頃から舞をしていたわ。精霊達に愛されている子だから、鳳の舞姫になったのよ」
「精霊に?」
華耶の言葉に、深雪達は首を傾げる。
「そうよ。あの子は精霊魔法の発動、つまりは古式魔法の発動が、現代魔法にも劣らないほどの速度を持っているわ。技術が凄いということもあるけど、それ以上に精霊に愛されているからなのよ」
二科生である吉田幹比古も精霊魔法を使うが、そのような表現をしたことはない。精霊といっても、お伽噺に出てくるような存在ではなく、精霊魔法を使う術者達もはっきり見えている訳ではないのだ。
「舞姫ちゃんもしっかり見えているわけではないはずよ。それでも精霊に区別は付けられるといっていたけど。それを見ながら、最適な魔法を使って舞を踊っているの。あの子が全力で踊る富士の奉納舞は、本当に綺麗よ。普段は例大祭の日に一般非公開で踊るものだから、見逃しちゃダメよ?」
華耶がそう言うと、ちょうどよく刹那が奥の部屋から戻ってきた。
「みんな、着替えが終わったわ。こっちに来て」
「あら、終わったみたいね。それじゃあ行きましょうか。ビックリして腰を抜かさないように気を付けてね」
華耶の中尉に、ほのか達は少し緊張しながら奥の部屋に入った。
「舞姫、みんな来たわよ」
刹那が呼ぶと、舞姫は振り向いた。
「お待たせ」
舞姫の言葉に、返事をするものはいなかった。皆、舞姫の姿に見惚れていたのだった。
深紅の着物は金で彩られており、いくつもの着物に身を包んだ舞姫は雛人形のように美しかった。髪には金細工の冠などもあしらわれており、豪華絢爛ながらも、舞姫自身も衣装の美しさを存分に引き立てていた。
「? どうしたの?」
舞姫に再び声をかけらられ、ハッと意識を取り戻す。
「ビックリしたわ、本当に。綺麗よ、舞姫」
「ありがと、深雪」
深雪に褒められ嬉しかったのか、舞姫はにこりと笑みを浮かべる。
「凄い綺麗……」
「舞姫の笑ったとこ、可愛い……」
「お姫様みたい……」
ほのか達も皆、舞姫の着物姿に見惚れていた。
「うん、大丈夫みたいね。動きは大丈夫?」
「多分大丈夫だと思う」
そう言うと、舞姫は軽く舞を踊る。その動きはなめらかで、軽く踊っているだけなのだが、またしても深雪達は舞姫に目を奪われる。一通り舞を追えると、舞姫は確認を終える。
「ん、問題ない。サイズピッタリ」
「なら良かったわ。明日もバッチリね。どうする? すぐに着替える?」
「ん、せっかくだから、これでお茶する」
「じゃあ、上だけは脱いでおきましょう。汚したらダメだしね」
刹那は一番上の着物を受けとると、それを衣装がけに掛ける。その間に、華耶がお茶を用意して、一同は夜のお茶会となったのであった。もちろん玉露と和菓子である。
「ふぅ、おいし」
「舞姫ちゃんに言って貰えるならよかったわ。さ、みんなも食べて。お勧めのお菓子だから、とっても美味しいわ」
舞姫の言うとおり、お茶の淹れ具合や、和菓子の味は絶品であった。甘いものには目のない女の子。ほのか達はお茶とお菓子の味に頬を綻ばせていた。
「あま~い」
「美味しい」
ほのかも雫も大満足のようだ。
やがてお茶会も終わり、舞姫が着替えるというので、深雪達は先に部屋を後にした。
「舞姫、綺麗だったね雫」
「うん。お姫様みたいだった」
「それにお菓子美味しかったし」
「もちろんお茶もね。お茶をあんなに美味しいと思ったのは初めてだよ」
ほのか達は興奮冷め止まぬといった様子で、道すがら先程のことを話していた。
「深雪はどう思った?」
「え? えぇ。凄くステキだったわね。明日が楽しみになってきたわ」
「そうだよね! さっきのより綺麗なだなんて、想像出来ないよ」
ほのかは先程の光景によほど感動したようで、いつもよりテンションが高かった。
「でも、舞姫明日はバトルボードの予選があるのに大丈夫なのかしら」
深雪の言うとおり、明日から九校戦が始まり、前半三日間は舞姫の出場する二種目が詰まっている。初日には競技も始まる。それほどの過密スケジュールの中、開会式のデモンストレーションも行うとなれば、舞姫にかかる負担は大きいものとなるだろう。
「でも、それを舞姫が分かっていないはずがない」
雫の言うとおり、舞姫は自己分析などは得意である。その舞姫が何も考えずに負担となることを受けるはずがない。
「舞姫は何を考えてるんだろうね?」
「うーん、考えてることは分かるけど、何を考えてるかは分からない」
雫も考えてみたようだが、全く分からないようだった。
「分からないことを考えていても仕方がないわ。明日みっともない姿を見せないように、私達もゆっくり休みましょう」
深雪がそう言うと、皆頷き自分達の部屋に戻っていった。
一方着替え終わり、惜しまれつつも華耶達と別れた舞姫は、自分の部屋に来ていた。舞姫は本戦出場者ということで、上級生と同室である。そして、その上級生とは。
「はるる先輩、ただいま」
平河小春であった。遅くまで帰ってこない舞姫を心配していたのか。舞姫が部屋に入ってくると立ち上がって舞姫を迎えた。
「お帰りなさい。よかった……何かあったのかと」
「ごめん。お母さんの所に行ってたから。でも、すぐに休みたい」
謝りつつも、いそいそと服を脱いでパジャマに着替えだした。
「あ、疲れてないかしら?」
「ちょっと疲れたから、むぎゅ」
疲れているというと、舞姫は小春に抱きついた。
「舞姫さん!?」
「充電。……このまま寝ちゃダメ?」
少しトロンとした目で見つめられては、小春に断ることは出来なかった。
「ん。一緒に」
舞姫は了解が取れると、小春を引っ張ってベッドに二人で寝転んだ。
「きゃっ!?」
「ふかふか、ほわほわ。おや、すみ……」
本当に眠かったのか、舞姫は小春に抱きつきながらすぐに眠ってしまった。
「舞姫さん……寝ちゃったのね」
可愛らしい寝息をたてる舞姫の頭を撫でる小春。先程までは動揺しきっていて眠気が吹っ飛んでしまったのに、舞姫の寝顔を見ているうちに、小春にも眠気が襲ってきた。
「お休みなさい、舞姫さん。明日は頑張りましょうね」
舞姫に声を掛けると、小春もあっという間に眠りに落ちてしまった。