「カンパーイ!」
九校戦一日目の夜、舞姫は真由美の部屋にいた。昼間、深雪が言っていた真由美優勝の小さな祝勝会である。
「おめでとうございます会長!」
「ありがとうあーちゃん」
「しかし、ここまでは順調だな。男子の波乗りも服部が勝ち残ったしな」
一日目の成果は、非常に良いものであった。スピード・シューティングは男女ともに優勝。バトルボードは男子こそ苦戦しているものの、服部が勝ち抜き、女子は舞姫・摩利ともに圧倒的な差で勝ち抜き、決勝で一高同士となる可能性も大きい。
「それにしても舞姫には驚いたぞ。あんな術式を使ってくるなんて。中条は知っていたのか?」
「はい。とても興味深い術式でした。それを組み上げた舞姫さんには脱帽です」
あずさが少し興奮したように舞姫の《流し雛》を絶賛する。が、すぐに少し心配そうな表情になる。
「でも服部君も心配です。ここに来てから調子もあまり良くないみたいですし」
「幸いはんぞーくん、明日はオフだから、エンジニアの木下君とゆっくり調整させてあげましょう?」
真由美がそう言うと、鈴音はタブレットを取り出す。
「となると、他のエンジニアに明日の競技を頼まなければなりませんね。木下君は明日女子クラウド・ボールの副担当ですから」
「クラウド・ボールは試合数が多いから、副担当がいないと厳しいぞ?」
「男子の副担当なら午前と午後で動けるのでは?」
「それじゃあ石田君の負担が大きすぎるわ」
うーんと唸りながら、タブレットを覗き込みフリーの人物を探す。
そして。
「「「あっ」」」
九校戦二日目。舞姫はアイス・ピラーズ・ブレイク予選があるが、クラウド・ボールが終わってからである。この日は深雪達とともに観戦することになっていたが、舞姫は舞台袖で真由美の隣にいた。
「舞姫さん、どうかしらこの衣装?」
CADの調整も終わっており、後は出番を待つだけである。真由美はジャージを脱いで、テニスウェアのような衣装を舞姫に見せていた。
「ん、可愛い。流石はご主人様。私の一回戦の試合の衣装も楽しみにしてて。お母さんが張り切ってくれたから、全試合分の衣装あるから」
アイス・ピラーズ・ブレイクは個人戦である。全三試合のトーナメントの後、トーナメントの三人による決勝リーグが開かれる全五試合。女子の試合はさながらファッションショーのように様々な衣装を着飾る習慣があり、ミラージ・バットと並んで人気がある。しかし、試合ごとに衣装を替える選手はあまりいないことは確かだが。
「あら、それは楽しみにしてるわ。そのためにも、優勝しなくちゃね」
真由美も嬉しそうに微笑み、よいリラックスとなったようだった。そもそもあまり緊張している様子はなかったが。
「舞姫。そろそろ客席に戻った方がいいんじゃないか? 深雪達も心配しているだろうしな。大体、来るなら一声かけておけ」
舞姫は深雪達に何も告げず、こっそりとここに来ていたのである。全てお見通しであったことがバレ、舞姫は素直に部屋を出て行った。
そんな様子を見ていてか、真由美が楽しそうにクスクスとしていた。
「あらあら。逹也くんは舞姫さんとも兄妹みたいね。まるでお兄さんだわ」
「俺は深雪の兄ですが。……まぁ、舞姫には小さい頃から振り回されてきましたから、そう思われても仕方ないかもしれませんが」
逹也がため息をつきながらいうと、そのまま立ち上がる。
「そろそろ脇に出ましょう。体を温める必要もありますからね」
「えぇ。逹也君も手伝ってね?」
舞姫はこっそり客席に戻ろうとしたが、冷徹の視線に射貫かれ、そのまま深雪に連行された。
「不覚……」
「全く……。動き回るなとは言わないけど、一言いいなさい」
「んみゅ」
舞姫が頷くのを見て、深雪は取り敢えず頬から手を離した。
「そういえば、舞姫は吉田君とはあまり面識がなかったわね。吉田君、この子が凰舞姫。一応、私の幼馴染み、というものかしら」
深雪は後ろに座る幹比古に舞姫を紹介する。幹比古は少し困ったようにしていた。
「はは、僕は凰さんのことはよく知っているけどね。僕は吉田幹比古。よろしくね、鳳さん」
「ん、よろしくミッキー」
「その呼び方は止めてくれないか……?」
呼ばれたくない名前をカスタムされた形で呼ばれ、いつもよりゲンナリした様子で肩を落とす幹比古。しかも、エリカ相手のように怒鳴るわけにもいかなかった。
「諦めるしかないわね、ミキ。舞姫はあの女に対してだって《姐さん先輩》で、会長にだって《ご主人様》よ? ミキが敵うはずないじゃない」
「僕の名前は幹比古だ……」
いつものセリフも、勢い無くでしか返せなかった。
「あ、会長さんが出てきましたよ。ほ、ほら、吉田君もエリカちゃんも、試合をみましょうよ。ね?」
喧嘩になりそうな空気を晴らすため、美月がいつもより明るい声で二人を宥めた。
それはともかく、真由美が出てくると、先日と同じように客席から盛大な大きな歓声があがる。
「流石は会長さんですね。凄い大人気です」
「会長はクラウドでも三連覇が掛かってる。しかも、それは殆ど確実」
雫は確信を得たように言う。そして、それには深雪達も同感であった。
「お兄様がエンジニアを務めているのですから、優勝は間違いなしです。何せ、お兄様がエンジニアなんですから」
余程大切なことなのか二回言う深雪。そんな深雪を苦笑いを送る一同。そんなことを知らない真由美は、コートの上に立ち、銃型CADを静かに構えて開始の合図を待つ。
試合開始の合図がなると、対戦相手の二高選手がボールを移動魔法で軌道を曲げて真由美のコートに跳ね返す。そのボールは確かに打ち返しにくい軌道だったが、真由美は自陣に入った瞬間、そのボールは跳ね返され、倍速で天井の壁にぶつかりながら相手の後ろに落ちた。それに全く反応出来ない相手選手は、試合中にもかかわらず固まっていた。
「逆加速魔法《ダブル・バインド》。低反発ボールなのに相手のコートにあのスピードで打ち込むなんて流石は十師族」
雫が真由美の魔法を解説している。淡々とした口調だが、目はキラキラしていたので興奮しているのだろう。
「というか、ご主人様と逹也のペアは反則。どっちか一人だけでも優勝出来るのに、二人揃ってだなんて鬼畜」
「ははは……」
舞姫の言葉に、美月が苦笑いで応える。確かにそうなので、言い返すに言い返せなかったのだ。
その間にも、真由美は相手に得点を許さず、九個のボールを全て相手のコートに打ち落としていった。
「ん、これはご主人様の勝ちだね」
「え? まだ、第一セットだぞ?」
舞姫の言葉にレオが首を傾げる。
「相手は無理に動いたから、もうサイオンが空っぽ。多分リタイアする」
舞姫の言うとおり、真由美の対戦相手はリタイアとなり、真由美が勝利する。その後も真由美は相手に失点を許さず、全試合無失点でクラウド・ボール三連覇を達成したのだった。
先輩の三連覇という偉業に興奮しつつ、舞姫のアイス・ピラーズ・ブレイクを観戦するために皆揃って移動していた。
「次は舞姫さんの番ですね。緊張、はしていないですね」
美月が舞姫の様子を窺おうとしたが、緊張の「き」の字もない舞姫に、安心したようにする美月。
「舞姫」
そんな集団の舞姫に声をかける男性がいた。皆その声の方向に振り向くと、スーツ姿の男性が手をあげてこちらに歩いてきていた。その男性はとても格好いい人物で、レオとは異なり美しいと言えるほどで、周りの女性皆、彼の後ろ姿を顔を赤らめながら見つめていた。
「あ、神楽」
舞姫はその男性を見つけると、そちらの方へ駆け寄る。
「見に来てくれたんだ」
「あぁ。舞姫の晴れ舞台となれば、見に来ないわけにはいかないからね」
その男性は笑いながら舞姫の頭に手をのせる。舞姫にこのように接する男性は学校にはいなかったので、深雪たちは目を見開いていた。
「舞姫、その男性は?」
皆を代表するように、深雪が二人の関係を尋ねる。その男性は舞姫に変わって話し始める。
「こうして舞姫のお友達にお会いするのは初めてだったね。初めまして。僕は冷泉神楽だ。一応、舞姫の婚約者、ということになっている。あ、趣味はお菓子作りかな。舞姫に気に入られるために一生懸命練習していたら、楽しくなってしまってね。あまり接点はないかもしれないが、よろしく頼むよ」
神楽の自己紹介に、全員固まった。
「こ、こここ」
「婚約者ーーーーっっっ!?」
エリカの大声に、何事かと周囲の視線がこちらに集中する。
「ともかく、ここでジッとしていても仕方ないね。僕もご一緒してもいいかな?」
「構わない。せっかくだから衣装も見に行って」
固まり続ける深雪達を余所に、その現況達はさっさと歩き始めてしまった。あわてて二人を追いかける一同。楽しそうに、少なくとも神楽は終始笑顔で楽しそうに、舞姫も無表情ながらも話し続けている二人は仲よさそうであった。
「なぁ……名家、ってこういうものなのか?」
「私に聞かないでよ……。私の方が聞きたいわ」
レオとエリカがこそこそしていたが、深雪達も二人を責めることはなかった。彼女たちも気になっているのである。そんな後ろを置いておいて、さっさと控え室に到着してしまった。
「待っていたわ。って、ずいぶんな大所帯ね。それに、初めてのお方もいらっしゃるようだけど?」
試合を終えたばかりの真由美が、全員を出迎えてくれた。そして舞姫の隣にいる神楽を見つけると、隣にいる舞姫に尋ねる。
そして、舞姫は特大の爆弾を投下した。
「冷泉神楽。私の婚約者」
舞姫が婚約者、といった瞬間、控え室は凍った。誰かが資料を落とした音が不思議と大きく響く。
「じゃ、着替えてくる。覗いたやーよ」
そんな中、舞姫は奥の更衣室に引っ込んでしまった。部屋中が固まる中、バタンと扉が閉まる音が響く。
「これでも僕は紳士のつもりなんだけどね。で、君が今の生徒会長さんなのかな、七草真由美さん?」
神楽に話しかけられ、ハッと気を取り直す真由美。
「あ、はい。一高生徒会長の七草真由美です。冷泉さんは舞姫さんの婚約者なのですね」
「あぁ。そういう趣味ではないのだが、舞姫の隣にいると変な趣味を疑われるんだ。そんなつもりはないんだがね」
セクハラすれすれである。どう返していいのやらと真由美が困っていると、神楽がそれをフォローする。
「おっと、こんなことは女性にする話ではなかったね。僕がここに来たのは舞姫の様子を見に来たのもあるけど、後輩の姿を見に来たんだよ」
「え? 冷泉さんは一高のご出身でしたか。これは失礼しました」
「八年前の風紀委員長でね。いやー、最後の年の勧誘週間は地獄だったよ」
その頃の思い出を興味深げに聞く真由美達。すると、舞姫が着替え終わり更衣室から出てきた。その格好はメイド服。ロングスカートのヴィクトリア調のものである。
「どう? ご主人様」
メイド姿の舞姫にご主人様と呼ばれる真由美。確かにメイド服を着た舞姫は文句なしに可愛く、なで回したいほどであったのだが、ここは控え室。自分達の他にもスタッフがたくさんいるのである。
「そ、その……その格好で言われると、その、恥ずかしいというか」
「おや、僕にはいってくれないのかい?」
「私のご主人様はご主人様だから。それとも、私のことはお捨てになるのですか?」
「え、えーっと」
「そんな……私は心からご主人様に尽すつもりなのに……。そんなにも私は不必要なのでしょうか?」
「なら彼女は僕がもらっていこう。こんなに可憐なメイドさんを捨て置くには惜しいからね」
「あぁっ、たとえ悪徳な男にさらわれようとも、私はご主人様のメイドですから、決して嫌いにならないで下さいませ……」
婚約者をあっさり悪徳な男に配置する舞姫。神楽も乗っかってしまい、カオス度はいつもの倍以上である。さらに、いつもは無表情の舞姫が感情を存分に込めて表情を作り、声にまで乗せているので、真由美はなすすべもなかった。
「さて、後輩をいじめるのはこれくらいにしておこうか。CADも万全の状態のようだし」
そこにチェックから戻ってきた小春がCADを持ってやってきた。
「舞姫さん、どうしたの?」
「ん、ご主人様とのスキンシップ。それじゃ、行ってくる」
それだけ言うと、舞姫はCADを持って会場に出て行った。会場は突然のメイドの出現に大いに沸いていた。
「全く舞姫さんったら……、でも緊張もしていないようだし、調子は上々かしらね。逹也君はどう思う?」
啓と共に控え室にいた逹也に話しかける真由美。その目は助けてくれなかったからか、少々ジト目である。それに気付きつつ、逹也は気付かないふりをして答える。
「……このようなことを言うのはふさわしくないかも知れませんが、恐らく舞姫の勝ちでしょう。負ける要素が見つかりません」
逹也には珍しい確実な勝利宣言。真由美も同意見のようで、名得したように頷きながら開始を待つ舞姫に視線を向ける。
試合開始のブザーが鳴り、相手選手がCADにサイオンを流そうとした瞬間、舞姫が魔法を発動させる。圧倒的な速さは、森崎以上のスピードである。そして、相手の氷柱十二本の上に雷球が出現し、一撃で全ての氷柱を粉々に打ち砕いた。一瞬の出来事に、相手選手、一高控え室を含めて、会場全体が静まりかえる。スカートをひるがえすことなく勝負を決めた舞姫が一礼すると、思い出したように会場全体が爆発する。
その熱気に包まれたまま舞姫は会場を後にし、控え室に帰還する。
「ぶい」
「はは、流石は舞姫だ。現代魔法では敵無しだな」
「鵬と一緒に作り上げた術式だから」
神楽に褒められ、自信満々に答える舞姫。そして今度は真由美に顔を向ける。
「ご主人様はどうだった? あなたのメイドは強かったでしょ?」
「えぇ。私自慢のメイドさんだったわよ」
今はご主人様と言われても、訂正することはしなかった。圧倒的な勝利の前には、無粋だと思っていたのである。
「今日は後二回あるけど、大丈夫そうね。頑張ってね」
「ん。目指せ優勝」
自信満々の舞姫の様子に安心したのか、真由美は満面の笑みを浮かべた。
その宣言通り舞姫は二回戦、三回戦と完勝し、決勝リーグ出場を決めた。ついでに、二回戦は修道服、三回戦は大人気アニメのコスプレで出場し、会場を大いに沸かせた。
二回戦は順調のように思えたが、男子勢が苦戦していた。
「桐原くんが三回戦敗退、か」
一高のテントに戻ってきた真由美が、予想外の結果に意気消沈していた。
「一応まだ優勝圏内ですが、少し対策が必要かも知れません」
優勝安全圏とはいっても鈴音も不安顔である。
そのまま特に有効な手も思い浮かばず、そのまま解散となった。
その日も舞姫と真由美の祝勝会ということで、真由美の部屋に集合となる。そこには昨日のメンバーに加え、ほのかと雫も参加していた。舞姫が誘い、真由美もオーケーしていた。
「七草会長! 二冠達成おめでとうございます!」
「ありがとう光井さん。でも、舞姫さんには毎度驚かされるわ。冷泉さんと一緒でなくて良かったの?」
「ん、神楽は別のホテルだし。それにお菓子ももらったから」
今舞姫が食べているクッキーは神楽がお土産として持ってきたものである。舞姫と似た味をするこのお菓子は、非常に美味しかった。
「それにしても舞姫のあの魔法、現代魔法だったんだな。あの発動の速さには驚きだ」
摩利が言うのは舞姫がアイス・ピラーズ・ブレイクでみせた魔法のことである。
「現代魔法はシンプルだから。発動速度に関しては古式魔法よりもやりやすい」
「確かにそうだけど、そう簡単なことではないわ。これで来年からも安心ね」
真由美も頼もしい後輩がいてくれて嬉しいのか、終始微笑んでいた。
「明日は舞姫さんが忙しいわね。二種目だけど大丈夫?」
舞姫はアイス・ピラーズ・ブレイクとバトル・ボード二種目出場である。しかも共に決勝を控えている。いくら舞姫が高い実力を備えていても、大変なことには変わりない。真由美も摩利も、十文字も、一日に決勝戦を二つ重ねてはいなかった。これは舞姫の競技選出の際にも挙がった議題であったが、他ならぬ舞姫本人の、そして真由美達三巨頭の推薦で決定したことだった。
「もち。どっちも燃費のいい魔法だから、疲れにくい。それに、決勝にはとっておきを用意してるから、絶対に負けない」
最後の言葉は、摩利に向けたものであった。
「ほほぅ。だが、私も負けないぞ? なんせ、後輩に負けては先輩が廃るからな」
「私だって、姐さん先輩には負けない」
バチバチと火花を散らしながら宣戦布告する。そんな二人に鈴音がため息をつく。
「全く、お二人とも火花を散らすのはいいですが、準決勝があることもお忘れ無く」
「おや、市原は私達が勝ち抜けないとでも」
「とでも?」
「そうは思っていませんが、念のため、です」
鈴音の言うことに、ニヤニヤする摩利。鈴音も摩利の決勝進出は疑ってはいなかった。それは真由美達も同様であったが、鈴音の言葉は奇しくも真実となってしまった。
翌日、九校戦三日目。バトル・ボード準決勝第二試合。舞姫が決勝進出を決め、摩利自身も気合いを入れていた。第一高校、第三高校、第七高校の勝負。摩利と七高の生徒は昨年の決勝カードである。会場も注目している中、事故は起きた。
急カーブで謎の加速をした七高選手を受止めようとした摩利がバランスを崩し、そのまま七高の選手とともに壁に激突したのである。
レースは中断。決勝へは無事であった三高の佐保が進むこととなった。
他の一高生生徒が心配そうに摩利を思う中、舞姫は一人とある所に向かっていた。向かう先は三高のテント。先日も訪れた場所で会ったが、今と先日とでは状況が違う。
「舞姫? どうしたの?」
舞姫のことを出迎えたのは愛梨。先日の親しげな雰囲気とは違い、現在の愛梨の表情は険しい。
「……何のようかしら?」
「佐保姫先輩に合わせて」
「……どうして?」
佐保は決勝進出を決めた。つまりは舞姫との決勝の相手である。状況も状況であるため、愛梨にとって、理由も無しに佐保に会わせるわけにはいかなかった。
「会いたいから。それじゃだめ?」
「えぇ、ダメね。後輩として、先輩に負担を掛けるわけにはいかないから。それに状況も状況よ。一高生徒である貴女と会わせるなんて、普通ならできないわ」
愛梨の目は鋭い。二人の様子を皆が、心配そうに見つめている。
「……前に言った。決勝では全力を出すって」
「え? えぇ、そうだったわね。それで?」
いきなり何を言い出すのかと思った愛梨であったが、すぐに続きを求める。
「今の佐保姫先輩、本気出せる?」
舞姫の求めることは、摩利の仇討ちでもなく、佐保を責めるのでもなく、全力で戦うことであった。
「貴女なら、それが出来るの?」
「ん」
短い返事をする舞姫を、更に鋭い目でジッと見つめる。そして舞姫にフッと笑いかけると道を空けた。
「案内するわ。一人で歩いていては迷子案内室に連れて行かれてしまうだろうしね」
「……子どもじゃない」
緊張が途切れ、周りもホッとする。愛梨に連れられて舞姫は一つの控え室に入る。そこには佐保が一人でいた。誰かが入ってきたことに気が付き顔を上げた佐保の表情は驚いていたが、顔色は真っ青であった。
「一色に、鳳さん? はは、君たちは本当に仲が良いんだね」
「先輩……」
心配そうに佐保を見つめる愛梨。対して舞姫は真っ直ぐに佐保の元へと近寄る。
「佐保姫先輩」
「それは私のこと?」
「ん。それで、そんな状態で、私に勝つつもり?」
舞姫の遠慮の無い言葉に、佐保はすまなそうに空笑いをする。後ろでは愛梨が心配そうに見つめていたが、口を挟むことはなかった。
「ははは、渡辺さんの代わりにはならなそうかな?」
佐保の言葉に。愛梨は表情を歪める。対して舞姫の表情はいつも通り、無表情のままである。
「姐さん先輩のことは残念だけど、今は関係ない。私の相手は佐保姫先輩。そんなんじゃ、私の相手にならない」
「随分手厳しいね。そうだね、ごめん。鳳さんにも渡辺さんにも失礼だったね」
「私達は関係ないよ。とにかく、リラックス」
舞姫は、佐保の体を抱きしめる。とはいっても、小柄な舞姫が抱きついているので少々不格好ではあるが。
「鳳さん……」
「私も、姐さん先輩も、愛梨も誰も関係ない。佐保姫先輩が、優勝するために戦って欲しい」
舞姫の真摯な言葉に、佐保は顔に色を取り戻す。
「そうじゃないと面白くない」
そういう舞姫は好戦的な笑みを浮かべた。それを見た佐保も笑みを浮かべる。
「そっか、楽しくない、か。……そうだね。私だって面白くないね。一色」
佐保は表情を変え、愛梨に声をかけた。
「はい」
「決勝の準備をしなくっちゃ。落合を呼んできてくれ」
「っ! はい! すぐに」
愛梨は笑みを浮かべると、すぐにエンジニアである落合を呼びに行った。
佐保は座っていた椅子から立ち上がると、膝をつき舞姫を抱きしめた。
「情けない姿を見せたが、あえて誓わせてもらうよ。私は必ず君を倒しに行く。だから、君も全力で私を倒しに来てくれ」
「もちろん。決勝では取っておきを持っていくから、私が優勝する」
お互いに退く気のない様子に、二人ともクスクスと笑い合うのであった。
そして、愛梨が呼んできた落合と共にCADの調整に向かった佐保を見送ると、舞姫は愛梨と共に一高のテントに向かっていた。これは愛梨が申し出たことであった。
「舞姫は準備大丈夫なの?」
「ん、CADの準備は終わってる。時間もあるし、問題ない」
「そう。……ねぇ、舞姫。水尾先輩のこと、本当にありがとう。本当なら私達がやらなければならないことだったのに」
すまなそうにいう愛梨に、舞姫は首を振る。
「気にしないで。私が面白くないからやっただけのこと。それに、私は優勝する。姐さん先輩を倒した相手を倒して」
あくまでも舞姫は優勝することに拘っていた。それに愛梨も嬉しそうに微笑む。
「なら私は水尾先輩のことを応援するだけね」
「私のことは?」
「もちろんよ。友達を応援しないわけないじゃない」
そういいながら微笑む愛梨は、とても美しかった。
愛梨に送られ、一高テントにたどり着く舞姫。三高選手の愛梨とともに訪れたことで、舞姫には注目が集まっていた。
「じゃあ、私はこれで。あまり大っぴらには言えないけど、頑張ってね」
「ん。愛梨も、新人戦と本戦、頑張ってね」
そして舞姫と愛梨は握手をして別れる。愛梨が見えなくなると、舞姫はくるりと振り返った。
「……何?」
「それはこっちが聞きたいわ……」
一同を代表して、真由美が舞姫を引っ張り奥の部屋に連れて行く。
「で、どうして舞姫さんが三高の一色さんと一緒に来たの? こんな非常事態時に」
そういう真由美の表情は少々険しい。
「確かに時間はまだあるし、CADも調整を終えているけど、対戦相手の人と過ごせとは言っていなかったわ。それに、今の状況では、他の子達にも影響を与えかねないわ。それがわからない舞姫さんではないでしょう?」
「ん。だからこそ、佐保姫先輩に全力を出してもらわないといけなかった」
「佐保姫……三高の水尾佐保さんね。彼女に会ってきたの?」
断りなく相手選手に接触していた舞姫に、真由美は困ったように眉を潜ませる。しかし、舞姫は物怖じすることなく、真由美に答える。
「そうしなくちゃ、優勝する理由がないから。姐さん先輩にも申し訳ないから」
「舞姫さん……」
舞姫の言葉に、真由美は目を閉じて考える。
「まぁ、一色さんの様子を見る限り問題は起こしていないようだけど。何かするときは一声かけて? 心配したんだから」
「ごめんなさい……」
困った妹を叱るように窘める真由美。舞姫も伝えてなかったことを思い出したのか、素直に謝罪する。
「反省してくれたのならいいわ。それに、摩利のことを考えてくれていたなら、私も嬉しいわ」
準備しましょといわれ、部屋から出る二人。入る前とは異なり、柔らかい雰囲気の真由美を見て、テント内はホッとした空気になる。
「舞姫さん! 大丈夫ですか?」
そこに、心配顔のあずさが走ってやってきた。
「あーちゃん先輩? どうしたの?」
「どうしたのじゃありません! 舞姫さんが三高の生徒と歩いてると聞いて心配してきたんです!」
どうやら愛梨と来ていたところを見られており、それを聞いたあずさが勘違いしたようだった。
「ふふっ、大丈夫。愛梨は友達だから。でも、心配してくれてありがとう」
謝れてお礼を言われたことで、自分が勘違いをしていたことに気が付くあずさ。
「はわっ、はわわっ!?」
「ふふ、あーちゃん先輩、行こ」
そんなあずさの手を取ってテントを出て行った。そんな二人はどちらも小柄なため、可愛らしい姉妹に見えた。そんな二人を、真由美は微笑ましい表情で見つめていた。
「全く……あんなに可愛いのに、試合となるとトンと勇ましくなるのだから、年上キラーといわれるのも納得ね」
真由美も決勝戦を見届けるために、鈴音を探すのだった。
一足控え室に到着した舞姫。しかし、着替えを終え、あずさがレギュレーションチェックに言っている間ヒマとなる。そうして部屋を出て、三高の方に向かうのだった。しかし、今回は書き置きを置いて。流石に反省しているのである。
「やふ。調子はいかが?」
三高の控え室を覗くと、そこには佐保と沓子がいた。
「おぉ、どうしたのじゃ? 宣戦布告か?」
面白くなりそうな空気を察したのか、沓子はニヤニヤとしていた。しかし、それを否定したのは佐保のほうだった。
「残念だったね、四十九院。それはさっき済ませてしまったよ」
「なんじゃ。ワシをのけ者にしおって」
「それで、鳳さんはどうしたんだい?」
「お茶しにきた。お母さんが持ってきたお茶くすねてきたから」
舞姫は緑茶の茶葉を持ってきていた。控え室なので大したものはないが、お茶を淹れることくらいは出来る。急須はなかったが、それは舞姫が用意していた。
舞姫がお茶を淹れ、佐保と沓子に出す。
「おぉ……、こんなにも薫り高いお茶は初めてじゃ。少し分けて欲しいくらいじゃ」
「うん。美味しいね。緊張がほぐれるよ」
二人にも好評のようだ。
「だったら、後で四十九院に送る。一緒にお茶菓子も」
「おぉっ! 是非頼む!」
沓子が立ち上がって喜ぶのを見て、佐保はクスクス笑う。
「それで、調子はどうなのかな? まぁ、ここに来ているくらいだから、バッチリだとは思うけど」
「もちろん。佐保姫先輩は?」
「私も上々だよ。めざせ、優勝だ」
佐保も十分にやる気を取り戻していた。それに満足したのか、舞姫は少しだけ楽しそうにお茶を飲む。
そこへ、慌ただしい足音が近付いてくる。
「すいません! ここに、って、舞姫さん!」
書き置きを見て、慌てて連れ戻しに来たあずさである。
「おや、お迎えが来たみたいだね」
「ん。お茶は置いていくから、他の人にも飲んでもらって」
「決勝戦、楽しみにしておるぞー」
佐保と沓子は手を振って舞姫を見送った。
道々で頭をペコペコしながら、あずさと一高の控え室に戻る。
「もう! 勝手にいなくならないで下さい!」
「でも、書き置きした」
「そういうことではありません! 第一、対戦相手の水尾さんの所に行くなんて。あちらは許してくれましたけど、問題になるかもしれなかったんですよ?」
「……ごめんなさい」
舞姫としては、そんなことはないと確信していたのだが、心配を掛けたことには違いないので、素直に謝罪をする。
「分かってくれたのならいいです。CADのチェックは終わっていますから、あとは時間まで待つだけです。お茶でも淹れますね、って、あれ?」
「あ、さっき佐保姫先輩にあげちゃった」
「そうでしたか。じゃあ、少し早いけど着替えちゃいましょうか」
「ん」
頷くと、舞姫はあずさがいるにも拘わらず、服を脱ぎだした。
「わわっ!? まだ脱がないでくださーい!」
猛スピードで部屋から出て行くあずさ。
「……別に気にしなくていいのに」
そういいつつ、スーツに着替える舞姫。それほど時間が掛かるものではなく、すぐに着替えて部屋から出た。部屋の外は他の一高生徒もいる。当然、男子生徒がいる。
「舞姫さーん! 何か上に羽織って下さい!」
慌ててあずさが、ジャージを持ってくるが舞姫は受け取らなかった。
「すぐに始めるし、暑いし。それに、肌を見せてるわけじゃないし」
そうはいうが、舞姫のスタイル、というか胸はデカイ。そこにピッタリとしたウェットスーツを着ていれば、それは男子には、というか女子にも非常に眼福かつ毒である。一滴で致死量レベルの。
そんな舞姫がそんな格好で出歩いていれば、目のやり場に困る。
「あ、南」
そこに、親衛隊を代表して激励に来ていた南に抱きつく舞姫。いつもより凹凸が際立つ衣装を着ている舞姫が、一高一の大きさを誇る南に抱きつけばどうなるか。
「「「おぉ……」」」
小さな感嘆の声が、そこら中から溢れた。舞姫の胸は南の腰辺りで、南の胸は舞姫の顔に押し潰されている。至福、そんな言葉が浮かんだとか何とか。
「ごめんなさい、遅く、なって?」
そんなところに、摩利のお見舞いから戻ってきた真由美が入ってきたのだが、室内の異様な雰囲気に首を傾げる。
「あ、ご主人様」
真由美が来たことに気が付くと、今度は真由美に抱きつく舞姫。その時、羨ましいという声と、少しガッカリという空気が生まれる。
「……何だか、イラっときたわね」
「? どうしたの」
「あ、何でもないわ。それより、調子は問題ないようね」
「ん、気分上々」
「対戦相手の水尾選手は三年生。昨年は渡辺さんと戦い敗北していますが、彼女の実力は確かなものです。今の精神状態は分かりませんが……」
鈴音が改めて舞姫に佐保の情報を伝えようとするが、舞姫はそれを留める。
「佐保姫先輩なら大丈夫。元気そうだった」
「え? 元気そうだったとは?」
「舞姫さん、さっきまで三高の所に行っていたんです……」
「……ま・い・ひ・め・さ・ん・?」
真由美は笑顔で怒りながら、舞姫に詰め寄る。
「……今回はちゃんと書き置きした」
「そこじゃありません。そもそも対戦相手の所にいかないの」
むにーっと、舞姫の頬を伸ばしながら言う真由美。舞姫も流石にいやなのか、うーうー呻いていた。話してもらうと、舞姫は頬を擦る。
「むぅ……ご主人様のいけず。こういうのは二人っきりの時だけにして下さい。わたくし、恥ずかしいですわ、うふん」
「舞姫さん……」
全く応えない舞姫に、真由美はこめかみを押さえる。
「じゃ、行ってくる」
「まっ、舞姫さん! あぁ……行っちゃった」
「あっ、私も行ってきます」
あずさも慌てて舞姫のことを追いかける。
「もぅ……」
「しかし、あれだけ余裕があるのなら安心でしょう」
鈴音はいつも通りな舞姫の姿に、頼もしさを覚えていた。
「まぁそうなのでしょうけど。それに、水尾さんとまで仲良くなっているし、それに、二高の鳳輝夜さんとも仲が良いし……。舞姫さんは対戦相手と仲良くなる癖でもあるのかしら?」
佐保と輝夜は二人とも舞姫の対戦相手で、優勝を争う相手である。全てが敵対するわけではないが、舞姫のように対戦直前にお茶をするようなことはあまりない。
「それでトラブルにならないことが、舞姫さんの良いところなのでしょう」
「あら、リンちゃんにしては珍しいわね」
「何せ、会長以外で私のことを《リンちゃん》と呼ぶのは彼女くらいなものですから」
呼び方はともかく、近寄りがたい鈴音に、チョコチョコと着いてくれるのは舞姫くらいである。付き従ってくれる後輩とは、鈴音にとって可愛い存在なのである。
……ジャージの下に着込む制服の下に、裏に《009》の番号が刻まれている鳳凰のネックレスを付けるくらいには。
一方、少し早めに会場袖に行った舞姫は、やはり早めにきていた佐保と話していた。
「おや、鳳さんは意外とスタイルがいいんだね」
「ん。触ってみる?」
返答を聞かず、いつものごとく佐保の手をとり、自分の胸に持っていく。
「おぉ……これは……やみつきになりそうだ」
佐保はさわり心地の素晴らしさに、無意識に手を動かしていた。そんな光景を、ボードを持ちながら顔を真っ赤にさせながら見つめるエンジニア二人。
「……一高では、ああいうのが流行ってるの?」
「い、いえっ、それは舞姫さんだけです!」
エンジニアはエンジニアで何やら通じ合ってしまっていた。
「っと、時間か。何なら一緒に出るかい?」
「ん。手、つなご」
佐保の冗談に、何も迷うことなく乗っかる舞姫。佐保も少し驚いたようだが、笑顔で舞姫の手を握った。空いた方の手でボードを持ち、二人揃って会場に出ていく。
まさかの手を握っての入場に、会場は大いに沸く。そんな声援を受けながら、二人はボードに乗って水の上に立つ。
そう。今回は舞姫もボードの上で立っていた。
「おや、今回は立つのかい?」
同じくボードの上で立つ佐保が舞姫に声をかける。普通なら対戦相手に話しかけることはないが、この二人に関してはそういう遠慮は必要なかった。
「ん。言ったでしょ、とっておきを出すって」
それだけ言うと、舞姫は左手を覆う籠手型のCADを構える。
佐保も同じくスタートの体勢を整えた。
スタートを待つ僅かな間、スタッフルームに残っていたあずさは真由美に声を掛けられる。
「あーちゃん、舞姫さんは《流し雛》を使うのではないの?」
「はい。舞姫さんが決勝で使うのは、一つを除いてあとは普通の術式です」
「一つを除いて?」
「はい。バトル・ボードで肝となる移動魔法です」
その名前は――鳳の魔法《宇治の橋姫》。
そして、スタートのシグナルが青になった瞬間、舞姫を中心にして、五つの大波が佐保を襲う。
「おっと、随分と乱暴だ」
しかし、佐保はその波を難なく避け、スピードを上げる。しかし、舞姫も佐保の前を走る。終始五つの波を発しながら。
佐保はその波を凌ぎつつ、舞姫との距離を詰めようとするが、舞姫は更にスピードを上げていく。舞姫も壁に当たり返ってくる波に晒されているはずなのに、一切その影響を受けずに猛スピードで掛けていく。カーブにさしかかると、重力魔法を使い限界以上に体を傾けて、スピードを落とさずに曲がりきる。その曲芸のような走りに、会場のボルテージは最高潮になる。佐保も懸命に追いつこうとするが、いくつもの魔法を使い分ける舞姫には追いつけず、差は広がるばかりであった。
そして、最後の障害のジャンプ台。そのすぐ後には急カーブが待っているため、普通ならば選手はスピードを抑える。しかし、舞姫はスピードを下げるのではなく、トップスピードに押し上げ、猛スピードでジャンプ台を飛び立った。そして、カーブギリギリのところに体勢を崩して着水する。激突するかと観客は悲鳴を上げそうになるが、舞姫はその姿勢のままで水の上を走り、壁際ギリギリから一気に内側に移り、トップスピードのままで曲がりきる。舞姫は体勢を崩したのではなく、固定魔法と重力魔法、そして移動魔法を同時に発動していたのである。
その差が決定的となり、舞姫は佐保に大差をつけて優勝を決めたのだった。
「ふぅ……」
「全く、本当に君は本当に一年生なのかい?」
遅れてゴールインした佐保が、ボードの上に腰掛ける舞姫に声をかける。
「私の勝ち。ぶい」
「あぁ、負けちゃったよ。でも、楽しかった」
舞姫は腰掛ける舞姫に向かって手をさしのべる。そして、ぐいっと引っ張る。
「わっ」
もちろん、不安定なボードから引っ張られれば落ちる。舞姫も飛び込む。
「ぷはっ。いきなり何をするんだ?」
髪を濡らした佐保が、困ったように舞姫に尋ねる。
「だって暑いし、冷たくて気持ちいいでしょ?」
「ははっ、そうだね。冷たくて気持ちいいね。ほらっ」
楽しくなってきたのか、佐保は舞姫に水をかける。
「わぷっ。おかえし」
舞姫もお返しとばかりに佐保に水をかける。突然始まったうら若き麗しい乙女たちの水のかけあいに、会場からは笑い声。そんな声に、舞姫と佐保は手を振って応えたのであった。