一頻り佐保と遊んだ後、舞姫は控え室に戻る。それを盛大な拍手と、真由美の抱擁が出迎えた。
「おめでとう舞姫さん! 素晴らしい試合だったわ!」
「わぷっ。うにゅ、取っておき、見てくれた?」
「もちろんよ。思わず見入っちゃったわ!」
摩利の事故という大きなアクシデントもあり不安に包まれていた中、舞姫の圧倒的な優勝は、真由美にとって、そして一高にとって最高のプレゼントであった。
「おめでとうございます舞姫さん。体力などは大丈夫ですか?」
拍手をしながら舞姫に声を掛けた鈴音は、舞姫の体調を心配する。なにせ、この後にはアイス・ピラーズ・ブレイクの決勝リーグが控えているのだ。
「もち。なんせ、輝夜がいるんだもの。へばってなんか、いられない」
そういう舞姫は気合い十分であった。
「では、私も全力で参りましょう」
一高の玄関から、凜とした声が響く。そこには二高の輝夜が立っていた。
「輝夜。私の試合、見ててくれた?」
舞姫は輝夜に近寄ると、先程の試合について尋ねる。
「もちろん見ていましたよ。だから、こうしてお祝いを言いに来たんです。それと、宣戦布告をしに」
輝夜のことを優しく抱きしめながら、輝夜は好戦的な笑みを浮かべる。
「舞姫様。リーグ表はご覧になりましたか?」
「ううん、まだ」
「私と舞姫様は最終第三戦。舞姫様は千代田様に必ず勝って下さい」
「もちろん。目指すは全勝優勝」
「もちろん私も。ですので、その試合、優勝決定戦といたしましょう」
輝夜の言うことはもう一人のリーグ進出者の花音を必ず下すということである。そして舞姫も同様である。
「だから、私は鳳に連なるものとして、本気で舞姫様を倒しに行きます」
鳳輝夜の本気。それは、過去二回の九校戦では見られなかったものである。それほど輝夜が本気であることを目の当たりにした一高生徒達は思わず息を飲む。
舞姫はその本気を全て受止め、輝夜から離れる。
「じゃあ、私も本気で。鳳の娘として、本気でいく」
舞姫もまた本気でいくことを宣言する。今のバトル・ボードの試合も素晴らしいものであり、確かに全力であった。それを上回る本気の全力で挑むという舞姫は、普段のような無表情娘ではなく、凜とした女性のようであった。
「ふふふ。そうだ、CADの用意は出来ているのですか?」
「ん。昨日のうちに。それに、あーちゃん先輩と逹也がエンジニアとして入ってくれるから」
恐らく、舞姫にとって、最高のエンジニア達だろう。それに舞姫が大丈夫というならば心配いらないということは、輝夜がこの中で一番分かっていた。
「では……真由美さん。舞姫さんを少しお借りしてもよろしいですか?」
「え? えぇ、少しならば大丈夫ですが……」
突然話しかけられ、真由美はしどろもどろながらも許可を出す。輝夜は真由美に頭を下げる。舞姫もすぐに制服に着替えると、輝夜と手を握って外に行ってしまった。
「あーちゃん。つい許可しちゃったけど、CADとかは大丈夫なの?」
「は、はい。確かに昨日のうちに舞姫さんが仕上げていました。確認した限りでは問題なかったですし、司波君も問題ないと言っていました。レギュレーションチェックも問題ないでしょう」
あずさも太鼓判を押したので、とりあえずホッとする真由美。
「……やはり、舞姫さんは年上キラーですね」
ボソリと呟いた鈴音の言葉に、周囲は確かにと納得したのであった。
舞姫と輝夜がやってきたのは、会場近くのカフェテリアである。そこには先客がいた。
「舞姫ちゃん、こっちよ」
そこには刹那が席を取って待っていた。
「お姉ちゃん。時間は大丈夫なの?」
「えぇ。母さんは忙しいけど、私は結構ヒマなのよ。一応現当主なんだけどね」
そうは言っているが、全く気にしていない様子だった。刹那としては、そのお陰で舞姫とお茶が出来るので、嬉しいくらいである。
刹那が頼んでいたジュースやアイスティーが届くと、舞姫は嬉しそうにジュースを飲み始めた。
「あらあら。輝夜ちゃんも、勝手に頼んじゃったけど、良かったかしら」
「はい。ありがとうございます」
刹那も輝夜も、嬉しそうにジュースを飲む舞姫に釘付けになっていた。
「そうだ。舞姫ちゃん、優勝おめでとう。とってもかっこよかったわ」
「ん、アイス・ピラーズ・ブレイクも優勝する」
「あら、私も負けませんよ?」
輝夜も言い返すが、笑顔なので迫力はない。
「輝夜も本気で来るなら、私も本気で行く。お姉ちゃん、やってもいい?」
本来なら舞姫や輝夜が許可を取る必要はないのだが、当主である姉が目の前にいるので、聞いてみることにしたようである。
「構わないわよ。輝夜は晃さんに連絡をとっているのかしら?」
「はい。舞姫様が決勝リーグに進出することが決まったときに。全力でやれと、お墨付きを頂きました」
「なら、リーグ最終戦は必見ね。私としては舞姫ちゃんを応援するけど、輝夜ちゃんも頑張って。なにせ、鳳凰の姫が衝突するなんて、初めてですものね」
鳳家と凰家が公式の場で対戦することは、これが初めてである。オオトリ家の者達は学生時代様々な分野で活躍している。しかし、その後は家に戻り、家を支えているため、競技に参加することはなく、こうして直接対決をするのは初なのである。
「大鵬も鴻鵠も先程到着したわ。もの凄く楽しみにしていたから、精一杯頑張って」
刹那の言葉に、二人とも元気よく頷いた。
三十分ほどカフェで過ごした後、舞姫と輝夜は席を立った。
「では私はこれで。舞姫様の初戦、楽しみにしております」
決勝リーグ一回戦は舞姫と花音の戦いである。
「ん、絶対に勝つ。だから、輝夜も頑張って。絶対見るから」
「はい。楽しみにしていて下さいね」
手を振って別れると、舞姫は割り振られた控え室に向かう。
「あ、逹也」
中では逹也やあずさたちエンジニアと、真由美や鈴音が待っていた。
「あれ? ハナちゃん先輩の方に行かなくていいの?」
ハナちゃん先輩とは花音のことである。練習の際に仲良くなったので、そう呼んでいる。
「あちらは五十里君にお任せしているわ。千代田さん直々にお願いされちゃって」
どうやらあちら側はイチャイチャしているようだった。
「それより、レギュレーションチェックに出してきたぞ。こちらでも確認はしているが、舞姫も確認してくれ」
逹也から普通のCADと神楽鈴のCADを受け取ると、軽く確認する。
「ん、完璧」
舞姫はCADの調子を確かめると、着替えるために奥の更衣室に入る。
残された真由美は、舞姫のCADについて逹也に尋ねる。
「そういえば、舞姫さんの魔法って、どういうのなの?」
「そうですね……予選までに使っていた魔法も入っていますが、鈴の方のは正直俺が手を出せないレベルでした」
「逹也君が手を出せないレベル?」
首を傾げる真由美に答えたのはあずさである。
「はい。どうやら凰さんの家の独自の古式魔法のようでして。ただ、調整は完璧でしたので、そのままにしてあります」
「凰家の魔法ですか。それは本当に楽しみです。でも、千代田さんとの試合では、予選で使ったものを使うのですよね?」
「ん。神楽鈴のは輝夜との戦いに取っておく」
着替えを終えた舞姫が、鈴音の問いに答える。
「あ、舞姫さん。って、今度は巫女服なのね」
真由美の言うとおり、巫女服を着ていた。舞のときに見せたものと違い、小さい舞姫に似合う可愛らしいものだった。
「一番着慣れてるから。たまに、神社でお守り売るからそのとき着る」
本当にその通りなのであろう、舞姫はクルクルと回り、動きやすいことをアピールする。
「ふふ、本当に大丈夫そうね。でも千代田さんも強いわよ?」
「それでも負けない。輝夜と優勝をかけて戦うって決めてるから」
一高生徒としてはあまり良くないことかもしれないが、鳳と凰が戦うことの意味を少なからず理解しているつもりの真由美は、何も言わずに舞姫の頭を撫でた。
「……さ、そろそろ時間よ。行ってらっしゃい」
「んっ」
いつもより気合いの入った返事をして、舞姫は会場に向かっていった。
反対の位置には同じく気合いの入った花音が腕を組み立っていた。
バトル・ボードとは違い、二人の距離は遠いため、会話をすることは出来ない。
氷柱が放つ冷気が会場を冷やし、少し気温が低くなる中、舞姫は静かにたたずんでいた。
どんな決戦が見られるのか、期待が膨らむ中、シグナルが青に変わる。その瞬間舞姫は目を開き、瞬時に魔法を発動させる。
「そうはいかないわよ!」
花音は舞姫の魔法を予想して、即座に魔法で氷柱を強化する。しかし、間に合わなかったのか、十二本中七本が砕かれる。
「今度はこっちの番!」
その一瞬の後に、花音は《地雷原》を発動させる。ここまで、一斉に相手の氷柱を倒してきた千代田家の《地雷原》。しかし、舞姫の氷柱は一つも倒れることはなかった。
「んなっ!? くっ!!」
全てを倒せるとは思っていなかったが、一つも倒れなかったことに僅かに動揺する花音。常に冷静でいる舞姫が見逃すはずもない。
「これで、終わり」
舞姫がCADにサイオンを流すと、花音の氷柱が斜めにずれ、残りの五本も倒れる。
「えっ……?」
音もなく倒れる氷柱を見て、花音はポカンと固まる。
「ありがとうございました」
拍手に包まれながら、舞姫は会場を後にする。
アイス・ピラーズ・ブレイクの試合の間には三十分の休憩がある。つまり、舞姫の試合は一時間後である。
「お疲れ様、舞姫さん」
「ん、ありがと」
真由美に小さくお礼を言うと、まいひめはすぐに更衣室に下がろうとする。そんな舞姫に、梓が声を掛ける。
「舞姫さん?」
「すぐに着替える。試合前には集中したいから」
今までとは違う気合いのいれように、真由美達は黙ってしまう。そこに、衣装を持った刹那が入ってくる。
「失礼しますね。舞姫ちゃん、衣装持ってきたわよ」
「ん、お願い」
それだけ言うと舞姫は更衣室に入ってしまった。
「ごめんなさいね。あの子、輝夜ちゃんと戦えるから、張り切ってるみたいなの。着替えさせなくちゃいけないから、ちょっと失礼するわね」
「え、えぇ。分かりました」
真由美にウインクをしながら、刹那も更衣室に入る。
「……舞姫さん、凄い気合いでしたね」
「えぇ。それだけ相手の鳳さんと戦うことに対して思うところがあるのでしょう」
鈴音はそう言いながら、輝夜の過去二年間のアイス・ピラーズ・ブレイクの戦績を見る。過去二年間、アイス・ピラーズ・ブレイク本戦二連覇、フェアリー・バット本戦優勝・準優勝と輝かしい戦績を誇っている。特に、アイス・ピラーズ・ブレイクに関しては一本も氷柱を傷つけさせず、完勝しているのである。それは今大会でも継続中で、ここまでパーフェクトである。
「鳳輝夜さんは、間違いなく最強でしょう。始まる前からこのようなことを言うのは憚られますが、千代田さんでは敵わないでしょう」
「……そうね。それほどまでに輝夜さんの魔法は強力よ。その彼女が本気で舞姫さんを倒しに来ると宣言しに来た以上、千代田さんに対しても本気で来るでしょうね」
これまでの輝夜の試合を見ていた真由美は、輝夜の力を見て戦慄していた。そんな輝夜が本気で掛かってくると態々一高生徒がいる前で宣言するほどの本気に、舞姫であっても敵うのか心配になっていた。
「逹也君はどう思う?」
ここで真由美は、エンジニアの一人である逹也に所感を尋ねる。
「そうですね……俺は鳳輝夜の魔法を殆ど見たことがないので詳しいことは言えませんが、舞姫が凰の魔法を使うとなれば、すぐに負けるということはないと思います」
「それはどうして?」
「あの鈴のCADにプログラムされていた魔法式は、舞姫に最適化されていました。文字通り舞姫の為に誂えられた魔法です。そのような魔法を舞姫が使うとなれば、勝機はあるでしょう」
逹也の言葉を聞いて少しは安心する真由美だったが、それでもまだまだ自信を持って勝てる、とは言えなかった。
そうしている間にあっという間に休憩時間も終わり、会場には花音と輝夜が位置に着いていた。
そこで、更衣室の扉が開く。
「あ、まいひ、め、さん……」
試合に間に合い、舞姫の方を振り向いた真由美は、言葉を失ってしまう。
舞の時の赤い着物とは違い、深い紺色の着物である。鮮やかに踊り上げた姿よりも、静かで艶やかな美しさであった。
「……輝夜の試合、始まる」
舞姫の呟きと同時に決勝リーグ第二試合が始まる。
しかし、勝負は一瞬。舞姫が、そして輝夜が予選トーナメントでしてきたように、十二本の氷柱を一度に粉砕した。
「えっ!?」
あまりに一方的な展開に、控え室から観戦していた真由美達はもちろん、花音でさえも何が起こったのか理解出来ていなかった。それは審査員も同じようで、試合終了を告げるブザーが鳴るのが、数秒遅れていた。
ブザーが鳴り響き、会場全ての人間が、何が起きたか理解する。一瞬の沈黙の後、戸惑ったような拍手が響き渡った。