「……颯太君?」
一夏の連れて来た謎の男の登場に凍り付いたように動きを止めた颯太に楯無がその顔を覗き込むように見る。
歯をカチカチと鳴らしながら顔を真っ青に染める颯太の表情にただ事ではないことを悟る楯無、シャルロット、簪。
ゆっくりと眼前の面長な顔の男に視線を向ける。
「どうかしたのかしら?せっかく久しぶりに会えたって言うのに。この間の訓練ではあんなに情熱的だったのにネ♡」
その言葉を聞き三人は悟る。
この男が颯太のトラウマの根幹にあることを。
咄嗟に三人は庇うように颯太の周りに立つ。
と、急に先ほどまで聞こえて来ていた歯のカチカチという音が止む。
「「「?」」」
不審に思い三人が颯太の方に視線を向けると、そこにはだらりと両手を下ろし、顔を下に向けている颯太の姿があった。その表情に感情は一切浮かんでいない。
「「「颯太(君)……?」」」
「グゥゥゥゥゥゥ……」
と、俯く颯太の口から吐息が漏れる。
「グゥゥゥゥゥヴオオオオオオオ!!!」
まるで獣か某汎用人型決戦兵器の様に雄叫びを上げる颯太。
「ま、まずいわ!颯太君の精神があまりのストレスによる負荷によって反転した!」
「「颯太!」」
「ヴゥオオオオオオオ!!!!」
ひときわ大きく雄叫びを上げた颯太はまるで獣のように四足歩行で飛び跳ねるように一夏や男のいる方とは逆のもう一つのドアへと向かう。
「ヴオッ!ヴオッ!ヴオッ!」
まるでドアの叩き壊そうとするように何度も体当たりをしながら
「グゥオオオオ!!!」
最後には無理矢理こじ開けるように両手でドアを開いた颯太は雄叫びを上げながらどこかへと走り去って行った。
『………………』
あとに残された人たちは一様に呆然とするばかりだった。
「お、おい!これどういうことだ!?」
慌てて三人の元に一夏が駆け寄る。
「颯太は……颯太はいったいどうしたって言うんだ!?」
一夏の言葉に三人はゆっくりと息を吐きながら視線を一夏に向ける。
「どうやら一夏君、あなたが連れて来たあの男が颯太君のトラウマの原因になったオカマのようね」
「え……?」
楯無の言葉に一夏は驚愕する。
「たぶんあれは颯太が本能的に自分の精神を守るために理性を飛ばした結果だよ。あの状態の颯太は言わば獣化第二形態。人を捨てて闘争に特化した状態だよ」
「なんでそんなことを……?」
「アメリカでも帰る直前にあれに近い状態になったらしいよ。取り押さえるのも一苦労だったって聞いてる。颯太本人は覚えてなかったけどね」
「ホント……余計なことをしてくれた……」
「いや!俺はただあいつの客だって言うから……!」
「そんなのわかってる!でも……ああなってしまっては……もう光弾も蟲笛もきかない」
「っ!…………………ん?光弾?」
「とりあえず颯太君を探すわよ!あの状態の颯太君を放っておいてどうなるか……」
「いや…だから、光弾って――」
「僕と簪、あと手の空いてる人で探しましょう!」
「お姉ちゃんは……ギリギリまで探して……生徒会の仕事にも遅れないように」
「ええ」
頷いた楯無は一夏に視線を向ける。
「そういう訳で悪いけど私たちは行くわ」
「あ…はい……」
「それと……颯太君が抜けた分、午後からする生徒会の出し物、一夏君に手伝ってもらうから」
「ええ!?」
「なぁに?嫌なの?」
「誰のせいで……颯太がいなくなったと……?」
「うっ!………わかりました」
「まあ出し物でのフォローは僕もするから」
「うう…すまん、シャルロット」
「じゃあ後は任せたから」
「あの!俺たちも手伝います!」
「兄さん、なんかよくわからないけど大変みたいだし」
「あんな先輩放っておけません……!」
「息子の一大事、私たちにも手伝わせて!」
「皆さん……」
井口家の三人と潮が立ち上がって言うと、三人は嬉しそうに頷く。
「仕方ないわね。じゃあ私も――」
「「「あなたは絶対来ないでください!!」」」
〇
「………あ…れ?……ここ…は?」
俺はふと目を覚ますと見知らぬ場所にいた。
真っ暗な自信の手すら見えない暗く狭い場所。
「えっと……確か…教室で接客してて……で…確か潮とうちの家族が来て……それで……」
【うふっ♡】
「っ!?」
ゾクリと背筋に寒気が走った。
それと同時に思い出した。もう一生見たくないと思っていたあの面長なケツ顎を。
「そうだ……あの人…ニコさんを一夏が連れて来て……それから……」
そのあたりで記憶が曖昧だ。
なんかやけに体の節々が痛いし。
「てか…今何時だ?」
言いながら俺はポケットから携帯電話を取り出す。
「えっと……うわ…もう生徒会の出し物が始まってる時間だ……どうすっかな~……」
言いながら俺は後ろの壁に体を預ける。
「てか…俺がいない間にどうなったかな~……師匠たち……上手く一夏を劇に巻き込めたんだろうか……」
本当なら俺がどうにか一夏を巻き込むはずだったんだが。
「………よし!こうなったら生徒会の出し物の予定時間になるまでここに隠れてて時間になったら誰かに連絡を――」
『着きましたよ』
『はぁ、はぁ……。ど、どうも……』
「っ!?」
〝外〟から聞こえてきた声にビクリと肩を震わせる。
「今の……一夏と…誰だ?聞き覚えないけど……ニコさんではなさそうだ……」
今のは明らかに女性の声だった。
「…………よし!」
俺は意を決して目の前の〝扉〟をほんの少しだけ開け、外の様子を見る。
そこには王子様の格好をした一夏と相手はスーツ姿の女性がいた。
「えっと……」
困惑気味の一夏に対してスーツの女性はニコニコと笑みを浮かべていた。
「あ、あれ?どうして巻紙さんが……」
どうやら相手の女性はマキガミというらしい。
「はい。この機会に白式をいただきたいと思いまして」
「……は?」
女性の言葉に一夏が呆けた顔をする。
「いいからとっととよこしやがれよ、ガキ」
「えっと……あの、冗談ですか?」
「冗談でてめえみたいなガキと話すかよ、マジでムカツクぜ」
ニコニコと笑みを浮かべたまま話すその姿に言いようもない冷たさがあった。
と、いきなりマキガミが一夏を蹴り飛ばした。
大きな音と共に俺の横に一夏が吹き飛んで大きな音を立てる。
衝撃で少し開いていたドアが開きそうになり慌てて手で押さえる。
「あーあ、クソッたれが。顔、戻らないじゃねーかよ。この私の顔がよ」
「ゲホッ、ゲホッ!あ、あなた一体……」
「あぁ?私か?企業の人間になりすました謎の美女だよ。おら、嬉しいか」
ニヤニヤと笑みを浮かべるマキガミ。
「本当は白式の他に目的もあったが……どういう訳か完全に見失っちまった。たくっ。聞いてた情報以上の能力で止める間もありゃしなかったぜ」
「なんの話だ……?」
「別に、てめえにゃ関係ない。てめえは黙って白式を渡してくれりゃいいんだよ」
「くっ!」
一夏が蹴られたお腹を押さえながらゆっくりと立ち上がる。
「『白s――』」
一夏が白式を展開しようと口を開いた時、俺はなぜか嫌な予感がした。
マキガミの得体のしれなさのせいか、マキガミが言いようのない嫌な笑みを浮かべていたせいか。
わからないが、なぜか俺は
「ちょっと待った!!!!」
思わず扉を殴るように開きながら叫んでいた。