「………どちら様ですか?」
俺の言葉と同時に応接室内の空気が凍り付く。
「あっ!待ってください!今思い出すんで!えっと!えっと……!!」
言いながらここ最近のことを思い出そうと脳をフル回転させる。
「はっ!もしかして近藤さん!?先週行ったうどん屋のうどんに髪の毛入ってて謝りに出てきたうどん屋の店員、近藤うどん子さん!?」
「違います」
違った。
「じゃあ………は!先月行った寺カフェで俺の頭に転んで抹茶ぶっかけた店員の薬師ルリさん!?」
「違います――さっきから誰ですか!?」
これも違ったようでとうとうしびれを切らしたらしく茶髪の釣り目の女性がため息をつく。
「赤坂です!赤坂めぐみ!」
「赤坂……………赤坂さん?」
ダメだ。なんか聞き思えあった気がするけど、無理だった。思い出せなかった。
「っ!……あなたの実家で土地開発しようとしていた者です」
「………あぁ!あの!」
赤坂さんの言葉に俺は思い出す。
「あの土地開発計画を無理に進めるために反対派のリーダーだった敦さんに痴漢の冤罪仕掛けて計画を進めようとした、あの地上げ屋の赤坂めぐみさん!」
「っ!?――あ、あの…地上げ屋ではありませんが、その赤坂めぐみです」
俺の言葉に顔をヒクヒクと震わせながら頷く。
「いやぁ~失礼しました。前にも言ったかもしれませんが、俺ってば記憶力がないもので。どうでもいいことからどんどん忘れていくんですよ」
俺は後頭部を掻きながら言う。
「――私のことなど、どうでもよかった、と?」
「ええ。次の日には名前も忘れてました」
「っ!」
俺の笑顔で言った言葉に眉をピクピクと震わせながらも平静を装う赤坂さん。
「それで?先ほどの謝罪はいったい?」
「で、ですから……先日はご迷惑と不快な思いをさせてしまいましたので、その謝罪に――」
「なるほど。でもおかしいですねぇ~?」
赤坂さんの言葉を遮って俺は首を傾げる。
「俺はあの一件では言わばそこにたまたま居合わせて謎を解いただけの探偵役。被害を受けたのは敦さんであって、俺じゃないんですよ。あなた――謝る相手を間違えてらっしゃいますよ」
「ヒッ!」
俺がすっと目を細めながら赤坂さんを見ると、赤坂さんの口から息が漏れる。
「そ、それは……」
「松本敦さんにはもうすでに謝罪と示談を済ませました。なので――そんなに睨まないであげてください」
言い淀む赤坂さんの代わりに東城さんが微笑みながら言う。
「失礼しました。睨むつもりはなかったんですが、少し表情が強張ってしまったかもしれませんね」
笑いながら頬を揉む。
「なら、なおさらなぜ俺のところに?さっきも言いましたが俺はあの一件に関してはただの通りすがりの探偵役です。あなた方は見たことありますか?名探偵コナンで犯人が謎解きをした毛利小五郎や服部平次に謝ってる姿を?」
「それはそうですが」
俺の言葉に苦笑いを浮かべる東城さん。
「あなたとのこれからの関係上、遺恨は残したくないものですから」
「これからの関係?」
東城の言葉に師匠が訊く。
「なるほど。ただ謝罪に来たってわけじゃないんですね」
「…………」
俺の言葉に曖昧に笑みを浮かべる東城さん。
「それで?本当のご用向きは?」
言いながら俺は席を示され織斑先生の隣に座る。
「ええ、実は……この度あなたの所属する指南コーポレーションと提携のお話を準備してます」
俺の問いににこやかに答える東城さん。
「ですが、聞けばこちらの赤坂さん達があなたと故郷の土地開発で揉めたというじゃありませんか」
言いながら東城さんが赤坂さんに視線を向けると、赤坂さんはビクリと体を震わせる。
「我々としましては取引先との揉め事は無いに越したことはないので、この度こうして謝罪にお伺いしたというわけでございます」
「なるほど」
東城さんの説明に俺は頷く。
「ご理解いただけましたか?」
「ええ」
「それで……どうでしょう?先の件、水に流していただけますでしょうか?」
「水に流すも何も、敦さんへの謝罪と示談成立してるなら俺から何も言うことはないですよ」
「そうですか。それはよかった」
俺が肩をすくめて言うと、東城さんは安心したように微笑む。
「それで、あなたに一つお願いがあるのですが……」
「なんでしょうか?俺でできることであれば」
「実はですね――」
「あ、その契約にのるように社長を説得しろ、とかだったらやりませんから」
「え……?」
俺の言葉にこれまで余裕を見せていた東城さんの顔から初めて余裕が消える。
「あれ?違います?今朝会社の人から連絡が来て、昨日女性権利団体との契約を断ったから一応俺にも連絡くれたんですよ。まさか昨日の今日でこうして俺のところに来たので、てっきり俺に社長たちの説得とか頼みに来たのかと」
俺は首を傾げながら訊くと
「なるほど……話は通っていたわけですか」
頷く東城さん。
「すみませんが頼みたいことと言うのはその事なんですが……」
「無理ですね」
俺は即答する。
「……理由をうかがっても?」
俺の言葉に東城さんが訊く。
「そうですね。まあ一番の理由は俺なんかの説得で社長や他の会社の役員さん達が経営を変えるとは思えないんですよ」
「特にミハエルさんとかね」
俺の言葉に横で師匠が苦笑いを浮かべながら呟く。
以前何だったかの機会に会ったときのその人となりでのことだろうが、俺もそう思う。
「まあそんなわけなんで、すみませんがお力にはなれそうにありません」
俺は言いながら立ち上がる。
「では、ご用件がお済みのようなら、我々は失礼してもよろしいでしょうか?まだ生徒会の仕事が残っているもので」
「………ええ。お時間を取らせてしまい申し訳ありません」
俺の問いに東城さんが微笑みながら頷く。
「それでは、失礼します」
「失礼します」
「では、私もここで」
言いながら俺と師匠に加え、織斑先生も席を立つ。
俺がドアノブに手を掛ける。と――
「ところで――」
東城さんが口を開く。
「さきほど一番の理由とおっしゃっていましたが、他にも何か理由が?」
「ああ…その事ですか」
俺はその問いに笑いながら
「特にあるわけではありませんが、強いて言えば――信用してないんですよ、あなた方の事、痴漢の冤罪の一件のこと差し引いても」
俺の言葉に笑みを浮かべながら東城さんの視線が鋭くなるのを感じる。
「まあ女尊男卑の思想のあなた方に対して、虐げられてきた男の俺がそう簡単に信じられない、ってことでご理解ください」
俺はそう言って最後に一礼し、応接室を後にした。
〇
「さっきの発言には少し肝を冷やしたぞ」
横を歩く織斑先生が口を開く。
「すいません。でも本当のことですから。ところで……なんで先生も同席していたんですか?」
「女性権利団体がお前のことに探りを入れていたことは私の耳にも入っていた。そんなやつらがお前に接触して来たんだ。万が一を考えてな」
「……………」
「……なんだ?」
俺の視線に織斑先生が怪訝そうな顔になる。
「いえ……ちょっと意外だったもので。先生が俺の心配をしてくれているとは」
「なるほど。お前が普段私のことをどう思っているのかがわかったよ。ご褒美をくれてやるから歯を喰いしばれ」
「あぁぁぁぁ!!すみません!すみません!でもなんと言うか、先生って、その……いい意味で放任主義になところあるから!そういうふうに心配してもらえているとは思ってなくて……」
「ふんっ」
俺の言葉に一応は拳を収める先生。
「生徒の心配をして何が悪い。これでも私はお前の担任だ」
「………ありがとうございます」
先生の言葉に俺は頭を下げる。
「………まあ、あまり面倒事を起こすな。お前自身のためにも、な」
そう言って織斑先生はスタスタと職員室の方へと歩いて行った。
「………でも、織斑先生の言う通りよ。最後の言葉は必要なかったんじゃない?」
「すみません、つい本音が出ちゃって」
俺の言葉にやれやれと言った様子で師匠は肩をすくめる。
「まあいいわ。生徒会室に戻って仕事の続きをしましょ」
「はい」
師匠の言葉に頷き、俺たちは生徒会室に足を向けた。
〇
「いいんですか、東城さん!あの男にあんなふうに言われて!」
IS学園からの帰り道の車の中、赤坂は東城に声を荒げる。
「すこしは落ち着きなさい」
対する東城は落ち着いた様子で着物の袖からタバコとライターを取り出し火をつける。
「まあそれほど期待していなかったとはいえ、あの子……初めからすべて察しておいて…すべて分かった上で全部とぼけていた。ホント可愛くない子」
煙草の煙を吐きながら吐き捨てるように言う。
「どうするんですか、東城さん」
「決まってるじゃない。あの子は私たちとの話を蹴ったの。なら……」
言いながら東城は携帯電話を取り出す。
「……もしもし、私です。……ええ。〝彼〟は私たちの話に乗ってきませんでした。……ええ。ここからは当初の予定通り……」
電話口の相手との会話を終えた東城は通話を切り、携帯電話をしまう。
「井口颯太……残念ね、頭のいい子みたいだけど………」
そう呟きながら窓の外に視線を向ける東城。
その顔は、ひどく冷たいものだった。
と言うわけで、謝罪してきた女性の正体が判明。
赤坂めぐみさんについて忘れているなぁ~って方は「第58話 颯太、彼の地に立つ」から始まる実家帰省編で出てきます。
赤坂さんの登場は後半ですが……