IS~平凡な俺の非日常~   作:大同爽

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簪が反対側のピットに向かった時、颯太が何を見たのか、颯太のみに何が起きたのか……





第113話 憤怒

「はあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 簪が反対のピットへ向かうのを尻目に、俺は先ほど放り出した《火人》と《火遊》を回収して襲撃者に斬りかかる。

 一瞬簪を追いかけようとしていた襲撃者も俺の攻撃にガードの体勢を取る。

 

「こんのっ!!」

 

 右腕のブレードで受け止められた《火人》。

 二度、三度と切り結び、受け止められた《火人》を押し込みながら相手の顔面に狙いを定めて肩の荷電粒子砲を放つ――が

 

「っ!?」

 

 バク転をするように後ろに仰け反った襲撃者はそのまま左腕をついて俺の手を蹴り上げる。

 まるでバンザイするような体勢になった俺のがら空きの腹に襲撃者の巨大な左腕が向けられる。

 

「くっ!」

 

 咄嗟に後方に飛びながら体の前に《火打羽》を広げる。

 襲撃者の放った超高密度圧縮熱線が空中に身を投げ出した俺を捉える、が、火打羽で防いだおかげで俺にはダメージはない。ついでにビームに押しやられ、襲撃者から距離をとることに成功する。

 

「くっ!あっぶねぇぇぇ~」

 

 俺は地面を転がりながら体勢を整える。

 

「簪にカッコつけて大丈夫だ、なんて言ったけど……やっぱり一人じゃきついな………なんとか簪が帰ってくるまで時間を――ん?」

 

 と、これからの作戦を思案していた俺の視界の端を何かがちらつく。

 それはとるに足らない小さなものだった。しかし、なぜかそれが非常に気になった。

 理屈じゃない。何か嫌な予感がする。

 俺は襲撃者に警戒を向けながら恐る恐る視線を向ける。

 ――それは水色の小さな、何かのパーツだった。おそらくISの装甲の一部。

 それを認識した瞬間、俺の耳から一切の音が消えた。いや、鼓膜が破れたとかそういうことではない。きっと実際には変わらず風の音、瓦礫の崩れる音、その他色々な音が世界には溢れているのだろう。

 しかし、俺の耳はそれを知覚しない。俺の意識はただ一つ、その小さな装甲の一部に注がれている。

 頭の中で警笛が鳴る。

 そんなはずないと言う思考が頭の中を埋め尽くしながら俺はハイパーセンサーを高感度探知モードへと切り替える。

 

(いるわけない……いるはずがない……!)

 

 祈るように自分の考えを否定しながら俺は周りを入念に、しらみつぶしに捜す。

 いやな汗が噴き出す。

 心臓が痛いほど脈打つ。

 心臓の音だけが煩いほどに鼓膜を打つ。

 呼吸が荒くなっていく。

 そして――

 

「あぁ………」

 

 見つけた。

 見つけてしまった。

 地面に倒れ伏し、ピクリとも動かない一人の女性。

 体を包むISの装甲は無残に壊れ、もとは美しい水色の装甲と流れる水のベールに包まれていたそのほとんどを失っていた。

 本当は気付いていた。わかっていた。理解していた。

 先ほど見つけた装甲の持ち主が誰なのか。

 見間違えるはずがない 自分が師事する人物の駆るISの美しいまでの水色を。

 

「し、師匠……?」

 

 自分の喉から漏れ出た声が、驚くほどにしゃがれていた。

 

「師匠!!」

 

 今の状況も何もかも忘れ、俺はただ倒れ伏す女性、更識楯無の元へと駆け出す。

 しかし、そんな俺と師匠との間に黒い影が割って入り――

 

「ガフッ!?」

 

 鞭のようにしなる太い何かが左から俺の顔を叩く。そのまま地面を転がり背中からアリーナの壁に叩きつけられる。

 衝撃で一瞬息が詰まり、口の中に鉄の味が広がる。

 

「ウゥ……」

 

呻きながら体を起こすと、何の感情も見えないバイザーに覆われた顔を俺に向ける襲撃者がいた。その巨大な左腕は俺を弾き飛ばした、振りぬいた体勢のままだった。

 

「ペッ!」

 

 口の中の唾を吐き出すと赤い血が混じっている。

 左手で口の端を拭いながら視線を襲撃者に向ける。

 

「……お前がやったのか?」

 

「……………」

 

 俺の問いに襲撃者は答えない。

 

「お前なのかって訊いてんだよっ!?」

 

「……………」

 

 語調を強くしながら、叫ぶように問うが、襲撃者は何も答えない。

 無言のまま姿勢を戻し、体を俺の方に向ける。

 そんな襲撃者を見ながら、俺は感じる。

 

 ――体が熱い。

 

 まるで体を廻る血液が沸騰するようだ。

 

 心臓が胸骨を突き破らんばかりに脈動する。

 

 しかし、熱くなる体とは逆に頭は急速に冷えていく。

 

 思考はやけにクリアになる。

 

 

 

「はぁ………」

 

 俺は大きく息を吐き出し襲撃者を見据える。

 

「――だんまりかよ…………あぁぁぁぁぁ…もう……アレだ…………とりあえずお前さ……」

 

 言いながら俺は姿勢を前に傾け

 

「っ!」

 

 瞬時加速で襲撃者へと突進する。

 俺の突進に合わせ、襲撃者が右腕のブレードを振り上げ、俺の脳天めがけて振り下ろす。

 そんなブレードを

 

 ガギンッ!

 

 火花を散らしながら《火神鳴》の左アームでブレードの付け根を掴む。

 

「とりあえずお前……一回死んどけ」

 

 そのまま右の《火神鳴》を襲撃者の顔面目掛けて叩き込む。

 金属同士がぶつかるキィキィとした特有の音と火花とともに吹き飛ぶ襲撃者――を掴んでいた左のアームで強引に引き戻す。

 

「ほ~ら、おかわりだ」

 

 そのまま引き戻され、戻って来る襲撃者の顔面にもう一度右のアームを叩きこむ。

 再度吹き飛んでいく襲撃者を引き戻し

 

「は~い、もういっちょ~」

 

 と、三度目の攻撃をかけたところで

 

「あぁ?」

 

 さすがにされるがままとはいかず、襲撃者は俺の右アームを左腕で防ぐ。

 それでも――

 

「フンッヌァァァ!!」

 

 俺はブレードの右腕を放し、その左腕を右アームで掴み、後ろに一歩踏み出して一本釣りの要領で地面に叩きつける。

 

 ドゴンッ!

 

 少し小さく足元が揺れた気がしたが気にせず姿勢を変え

 

「ソォォォイヤッ!!」

 

 先ほどやつのいた方に体を向け、もう一度一本釣りの要領で地面に叩きつけ

 

「オォォォラッ!!」

 

 さらにその先、襲撃者を飛び越え、前方にもう一度同じように引き上げ、叩きつける。

 

「あぁぁぁらよっ!!」

 

 さらに襲撃者を飛び越え、引き上げて前方に叩きつける。

 と――

 

「んぁ?アレは――」

 

 俺の視線の先で何かが見えた。

 ハイパーセンサーを高感度探知モードしていたおかげかその様子はすぐに分かった。

 簪とその対面にいるのは俺が今地面に叩きつけた襲撃者と同じタイプのISだった。

 

「なに?あれがお仲間?全く同じ見た目って……個性無いねぇ~お前ら」

 

 俺はため息を突き――

 

「でもよぉ……師匠だけじゃなく簪まで……お前ら覚悟はできてんだよな?」

 

 言いながら俺はもう一度襲撃者を飛び越え

 

「せ~のっ!」

 

 そのまま右のアームで掴んだままその場で回転する。

遠心力で襲撃者の身体が浮かび上がる。

 

「ドォォォォッセイッ!!!」

 

 浮かび上がった襲撃者の身体にさらに勢いを加え、今この瞬間簪をアリーナの内壁部に投げつけたもう一人の襲撃者めがけて投げつける。

 遠心力や俺の投げ方のおかげか、まるでブーメランのように回転しながら飛んでいく襲撃者。

 

「おぉ~飛んだ飛んだ」

 

 俺は言いながらスタスタと飛んでいったISの方に歩いて行く。

 タイミングよく簪に超高密度圧縮熱線を放とうとしていた襲撃者〝その2〟に俺の投げ飛ばした〝その1〟が当たったおかげで簪は〝その2〟の攻撃を受けずに済んだようだ。

 衝撃と音、その他何かのためか、瞑っていた瞼を開き、周りを見る簪の視線が俺を捉える。

 

「――っ!そ、颯太!」

 

 それなりにダメージがあるようだが、何とか無事のようで安心した。――これであいつらに集中できる。

 

「そ、颯太!これは――」

 

「――お前らってさ」

 

 簪が何かを言おうとしたようだが俺は構わず口を開く。

 

「お前らってどこかで見た気がしてたんだけど、さっき気付いた。お前らクラス代表戦の時の襲撃者に似てるんだな」

 

 ゆっくりと歩を進める。襲撃者たちに向けてゆっくりと、ゆっくりと。

 

「あの時一夏が変なことを言ってたなぁ~。あの時の襲撃者は無人機だぁ、とか何とか……」

 

 そこで俺はただの知的好奇心で感じている疑問を口に出す。

 

「まあ仮に本当に無人機だとしたらさ。一つ聞きたいんだけど、お前らってさ、恐怖を感じるの?死にたくないとか思ったりするの?教えてくんない?――喋れないくらいスクラップになる前にさ」

 

 そこでちらりと、簪を見る。その顔は困惑と少しの恐怖の色が見えた。

 俺は今、一体どんな顔をしているのだろうか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まぁ――どうでもいいか……

 


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