カチ…パチ…カチ…
夕食後、部屋に帰ってきた俺たちはそれぞれ自分のしたいことをしている。俺はなんとなく気分でジョジョを一部から読み返し、簪は夕食前と同じようにキーボードを叩いている。しかし、あまり集中していないのかキーボードを叩く速度が明らかに遅い。ふたりとも無言なため、ゆっくりとしたタイプ音が部屋に響いている。
「………あ~、あれだな。ずっとマンガ読みっぱなしって意外と疲れるな」
「………」
俺の言葉に簪は無言。もしかしたら聞こえていないのかもしれない。
「俺、ちょっと自販機で飲み物買ってくるよ。奢るよ。何がいい?」
「…………」
無言。これ…余計なお世話しすぎて嫌われたかな?やっぱおせっかいは一夏みたいな主人公タイプの専売特許だしな。主人公の友人ポジションの俺には無理だったか……。
「……私のは…何か果物のジュースで」
あ、よかった。ちゃんと返事してもらえた。
「おう。じゃあなんかよさそうなの買って来るわ」
「……うん」
簪の返事を聞きつつ俺は近くの自販機へ。と――
「あっ……」
「おう……」
自販機までやって来た俺が見たのは、横のベンチに座っている鈴だった。見たとこ落ち込んでいるように見える。今朝やお昼に見た元気さがない。
ピッ、ガコンッ。
「鈴。ほれ」
「えっ?」
俺は買った缶、コーヒー(ブラック)を鈴に投げる。咄嗟のことにも流石は代表候補生。落とさずしっかりと缶をキャッチした。
「ちょっと、私ブラック飲めないんだけど」
「え?マジで?ごっめ~ん。代表候補生なんだし飲めると思ってた。見た目通り舌までおこちゃまだったんだね~wwww」
「なによ!いいわよ、飲んでやるわよ!!」
怒りながらプシュッと缶のプルタブを開ける鈴。俺もコーラ(ペットボトル)を買って鈴の隣に座る。
「う~、苦い~」
横で一口飲んでべーと舌を出している鈴を俺はじっと見る。
「……何よ」
「泣くほど苦かったか?」
「え?」
俺の言葉に鈴は自分の頬に手を当てる。そこには数粒の雫が流れ落ちている。
「やっぱり、鈴ちゃんはおこちゃまだね~」
「誰がおこちゃまよ!コーヒーが飲めなくて泣いたんじゃないわよ!これは……」
そこで鈴が黙る。
「こういうのは誰かに話した方がすっきりするぜ。何があったかは知らんがな。……まあどうせ一夏がらみだろうけどな」
「なんでわかるのよ!」
「マジか!テキトーに言ったら当たってしまった!」
「テキトーだったの!?」
「テキトーだよ。あの出会うもの皆惚れさせそうな、THE主人公な奴がかかわってる気がしただけだ。今までの二人のやりとりを見ていたら鈴は一夏のこと好きそうだけど、一夏は仲のいい友人くらいにしか思ってなさそうだったんでな」
「…………」
『アンタはエスパーか!?』みたいな顔で俺を見る鈴。ふっ、だてにアニメや漫画を見てないさ。
「で?何かあったのか?」
「……………」
しかし鈴は口を開かない。その顔は迷っているようだ。まあ、昨日今日あった奴に話しずらいかもな。
「よし!こうしよう」
「え?」
俺はそこから上に羽織っていたジャージの上着を脱ぎ、顔に被る。
「………あんた何やってんの?」
「ここに井口颯太はおろかお前以外のやつは誰もいない。あるのは使い古されたジャージがベンチにかけてあるだけだ。だから――」
俺はジャージを顔にかけたまま鈴に顔を向ける。
「今からお前が何かひとりごと言っても誰も聞いてない」
「………ぷっ。何よそれ」
俺の言葉に鈴が噴き出したようだ。見えないからわからないけど。
「……じゃあ、誰もいないことだしひとりごとでも呟こうかな」
おう、呟け呟け。
「あたしさ、昔一夏と約束してたんだ」
約束?と思ったが俺は今はここにいないので声は出さない。
「あたし、昔は料理ができなかったの。今は頑張って練習したおかげでそれなりにはできるようになったけど」
ほほう。その要因はおそらく一夏がらみなんだろうけど。
「私、昔から一夏のことが好きだったから一夏に言ったんだ、『私の料理が上手くなったら毎日私の酢豚を食べてくれる?』って」
それってプロポーズじゃないですか!!へ、返事は?
「その時は了承してくれてたんだ。だから、てっきりあたしは一夏もそういう風に思っててくれてたんだって思ってた。でも、違ったんだ。あいつ私との約束忘れてた。いや、違うわね。覚えてはいたの。でも、あいつは違う意味にとっていたの」
違う意味?さっきの約束はプロポーズ以外のなんだというのだ?
「アイツは、あたしとの約束を『タダ飯食べさせてくれる』くらいにしか思ってなかったの」
………はぁ!?その発想はないわ!あったとしても逆だろ!プロポーズだと思ったらタダ飯だった、だろう普通!
顔を隠している俺の驚愕の表情が分かったのかクスッと鈴が自嘲気味に笑う。
「あーあ!やんなっちゃうわよホント。一夏にとって私はただのセカンド幼なじみ。恋してたのは私だけだったのよ」
声は明るく振る舞おうとしているように聞こえる。でも、その雰囲気はとても悲しげだった。見えないと視覚以外の感覚が冴えるっていうが本当らしい。
「………もういいわよ」
そう言って鈴は俺の被っていたジャージを引っ張り、俺の目元までずらす。
「ありがとうね。聞いてくれて」
「……何の話だ?俺は今までここにいなかったんだぜ?」
「……そうだったわね」
俺の言葉にニッと笑う鈴。しかしその目尻には涙が光っていた。
「……これは俺のひとりごとだし、別に誰かに向けて言ってるわけでもないが」
そこで俺は鈴とは逆の方に顔を向ける。
「プロポーズも分からないような鈍感野郎はボッコボコされても文句は言えんな。好きなだけボコッて、好きなだけ罵ってくればいい」
「でも……」
「思いっきりボコッて、思いっきり罵ったら、あとは仲直りすればいい。はたから見ても仲いい誰かさんたちならすぐ仲直りだろうな」
「…………」
鈴は無言で俺の顔をじっと見ていた。数秒俺の顔を見つめたあと、両手に握っていたコーヒーの缶の飲み口をじっと見る。
「……よしっ!」
掛け声とともに缶をあおり、残っている中身を一気に飲む。さっき一口しか飲んでないからほとんど残っていたはずだ。
俺が驚いている横で鈴はゴクゴクとのどを鳴らしながら苦しげな顔してコーヒーを飲んでいる。
「…んっく…んっく…んっく。あ~!苦い!苦くて涙出てくる!」
一滴残らず一息に飲み切った鈴は渋い顔して立ち上がる。
「でも、元気出た!絶対一夏ボッコボコにして口汚く罵って、その後絶対仲直りしてやる!」
そう叫んだ鈴の顔は吹っ切れた顔をしていた。
「ありがとうね、おかげですっきりした」
「俺は何もしてないし何も聞いてない。鈴が勝手に助かっただけ」
「ぷっ。じゃあそういうことにしとくわ」
俺の言葉に鈴が笑いながら頷く。
「アンタいい奴よね。優しい奴はモテるんじゃない?」
「残念ながらいい奴どまりだよ」
鈴の言葉に肩をすくめながら笑う。
「あたしが保証してあげる。アンタはこれからモテてモテてモテまくるわ!一夏なんか目じゃないわ!」
「そうかい。代表候補生様の保証なら期待しとくよ」
俺の返事に鈴は笑って自販機の横に設置されたゴミ箱に空き缶を投げる。
カンッ。
空き缶の当たる音がして空いている穴に入った。
「フュ~」
俺はならない口笛を鳴らす。
「じゃ。今日はありがとうね」
「どういたしまして」
俺に手を振って鈴が去って行く。
「はぁー」
俺は一つため息をすると、手に持ったペットボトルの蓋を開けて口を付ける。コーラのシュワシュワとした感触が口の中に広がる。
「………さて!」
ペットボトルの蓋を閉め、立ち上がる。横の自販機でグレープジュースを購入。片手にコーラ、片手にグレープジュースを持った状態で歩き始める。
「よ~し、いつか一夏×るか~!!」
一夏いつか後ろから刺されるんじゃないかな。
そうなっても仕方ないかもしれないけど。