鈴が独り言をつぶやき、俺もいつか一夏に…まあ何かしら痛い目を見させてやろうと決意した次の日。クラス対抗戦の第一回戦の組み合わせが発表された。幸か不幸か一夏の一回戦の相手は二組代表凰鈴音となった。
その日から一夏も鈴にコンタクトを取ろうとしていたのだが、鈴も試合まで会う気がないのか一夏を避け続けている。俺にどうしようと相談してくる一夏に「自業自得だ!」と蹴っ飛ばしてやった。正直一夏の悩みなんて気にしている間はない。それよりも俺にはもっと大事な案件がある。それは……
○
「………ただいま」
「お、おう。おかえり」
見るからに落ち込んだ様子でどんよりと帰ってきた簪を俺は出迎える。
「…………」
ボフンッとベッドにうつぶせに倒れ込む簪。ここのところ帰宅後はずっとこんな感じだ。相当お疲れのようだ。
「今日も会えなかったのか?」
「………」
簪は無言で枕に顔を押し付けたまま頷く。
あの日俺の話を聞いてずっと考え込んでいた簪は、自分の姉、楯無師匠と会ってちゃんと話すことを決めた。それから一週間ほどたった今日、いまだに簪は姉に会うことができていない。楯無師匠の教室に訪ねても、生徒会室を訪ねても、寮の部屋に訪ねても、いつ行っても楯無師匠は不在。ここまでだとアホな俺でもわかる。楯無師匠は簪と会わないように避けている。
「……やっぱり、お姉ちゃんは…私と会いたくないのかな……」
いや、それはない。見てればわかる。あの人は多分極度のシスコンだ。何かにつけて携帯の電源入れて、かといって何かをするわけでもなく画面をじっと見ている場面をよく見る。しかも時々にやけている。以前こっそり画面を覗いたが、そこには簪の写真が写っていた。しかも携帯のそういう機能を使っているのか、画面の写真がどんどん切り替わっていく。その写真が全部簪、簪、簪、である。これでシスコンでないならなんだというのだ。しかも全部目線があってないのでおそらく盗撮写真ばかりだろう。さらに途中で妙に肌色分の多い写真とか出てきた。どうやって手に入れたその写真!と思いながらも紳士な俺はちゃんと目を背けましたよ?
まあそんなわけであの人が簪のことを嫌っているとは思えない俺としては、何とかしてこの二人を仲直りさせたいのだ。
これはまたお節介を焼くしかないかもしれない。
「……なあ簪。明日は俺が行ってみるよ」
俺の言葉に簪はずっと枕に押し付けていた顔をこちらに向ける。
「ちょうど聞きたいこともあったから、放課後にでも行ってくるよ」
「………うん」
俺の言葉に頷き、簪はまた元通り枕に顔を押し付ける体制に戻ってしまった。
さて、同室のよしみだ。できる限りのことをやってやるか。それが大きなお世話でも。
○
「失礼します」
放課後。生徒会室に入室した俺を出迎えたのはいつも通りピシッとし、いかにも仕事の出来そうな布仏先輩、そしていつも通り机に突っ伏してぐでーっとしているのほほんさん。布仏先輩の顔には若干の疲れが見えた。
「どうしたんですか?布仏先輩少し疲れているように見えますけど」
「ええ。溜まっていた仕事が先ほどとりあえず片付きまして。ここのところその仕事を片付けるために忙しかったもので」
なるほど。簪が楯無師匠に会えなかったのはそのせいでもあるのかな。
「それで、今日はどいった御用で?」
「あ、えっと、師匠いますか?」
「お嬢様ならここだよー」
先ほどまでぐでーっとしていたのほほんさんが指さした先には机に突っ伏して眠る師匠の姿があった。
「会長も仕事で疲れていたらしく、終わった途端少し眠ると言って……」
その寝顔はいつもの大人っぽさや人のことを見透かしたような雰囲気はなく、年相応の少女の寝顔だった。口元にはよだれが垂れてる。
「……チャ~ンス」
「はい?」
俺の言葉に首を傾げる布仏先輩に、しーと口の前に人差し指を当てて「静かに」とジェスチャーで示す。
「え~っと、ペンーペンー♪ペンはどこだったかなー♪」
鼻歌まじりに歌いながら持っていたカバンの中を探り、水性ペンを取り出す。そこからこそこそと師匠に近づく。その過程でのほほんさんに鞄にあったお菓子を渡す。
机に突っ伏して規則正しい寝息を立てる師匠の横に立ち、ペンのキャップを付けたまま頬を突っつく。
「……えへへへ~、簪ちゃ~ん。くすっぐたい~」
(寝言で簪の名を言うとは。やっぱりアンタはシスコンだよ)
とか思いつつしっかりと寝ていることを確認した俺はペンのキャップを外す。
「フフフフフ~ン♪」
「ちょ、ちょっと何してるんですか?」
師匠の顔にペンを向けたところで布仏先輩が慌てる。
「いいじゃないですか。今まで色々師匠のおかげで変なことになったんですから」
師匠との特訓のおかげでドM疑惑かけられたりもした。その恨みを晴らすのは今しかない!
「布仏先輩もこれまで何回も迷惑かけられてたんじゃないですか?協力してくださいとは言いません」
「お姉ちゃんおねえちゃん。私お姉ちゃんの紅茶飲みたーい。ほら、お茶うけに買ってあったケーキも食べよー」
俺の言葉の後になぜか脈絡なく言ったのほほんさん。
「お姉ちゃんがお茶を入れている間に誰かが何かをしても、それはしょうがないことだよー」
なるほど、俺への援護射撃なわけですな。買収は成功していたようだ。
「俺も先輩の紅茶飲みたいです。俺たちに紅茶を準備してくれている間に何かが起きても、それはあなたに責任はありません」
「……じゃあお茶を入れましょうか。私がお茶を入れている間に何か起こっても私にはそれを止めるすべはありませんね」
そう言ってお茶を準備しに移動する布仏先輩。これで完璧だ。
「では改めて、フフフフ~ン♪」
改めてペンを構える。
「さて、どうするか……よし、あれで行こう」
にやっと笑い、ペンで師匠の顔に落書きを開始。
「ここをこーしてこうやってー♪」
つぶっている瞼に目を開けているような絵を描く。イメージは少女漫画の恋する乙女。ついでにほっぺたにハットリ君のようなグルグルほっぺ。
「でーきーたっ」
うむ。満足のいく出来だ。ついでに写メっとこう。
パシャッ。
フラッシュとともに撮った写真を確認するとものすごく笑えてくる。寝てるのに目を開けてるように見えるし、目がものすごくキラキラしてるし、タイミングよく笑ってるし、ほっぺグルグルだし、なによりこの垂れてるよだれが……。
「っ……っ……っ……」
俺とのほほんさんが口をつぐんで、全力で笑うのをこらえる横で布仏先輩が紅茶を運んでくる。
「あ、先輩。師匠が気付くまでないしょでお願いします」
「はぁ、わかりました」
苦笑い気味で俺の定位置に紅茶とケーキを置いてくれる。
「さて、用事もあるしそろそろ起こしますか」
ペンをしまって師匠の肩を揺らす。
「師匠。師匠!しーしょ~!」
「んあっ」
俺が何度か揺らすとやっと目を覚ます。
「あ~いらっしゃい、颯太君」
「こんにちは、師匠。まずはよだれ拭いてください」
「えっ!?」
顔真っ赤にして師匠が口元を拭く。
「んんっ!で?何か御用かしら颯太君」
しきり直したように背筋をしゃんとして師匠が俺に顔を向ける。俺も自分の定位置に座る。
「はい。実は俺の今使ってる装備を使いこなすのに何か特訓メニューにアドバイスをいただけないかと思って」
「ふーん。その装備のデータはある?」
「これです」
「どれどれ~」
俺が渡した数枚の用紙を真剣な顔でじっと見つめる師匠。しかし俺ものほほんさんも布仏先輩もそれどころではない。師匠が真剣な雰囲気を出せば出すほど俺の描いた落書きが雰囲気をぶち壊す。やばい、腹筋が崩壊しそう。
「なるほど」
「な、なにかいい特訓メニューあります?」
「ええ。この装備なら――」
そこからの師匠の説明を俺は笑いをこらえながらなんとか聞く。なるほど。聞く限りならとてもよさそうだ。
「――って感じなんだけど、どうかしら?」
「はい。それをやってみます」
「そう。あとでそのメニューを詳しくまとめておくわ」
そう言って俺に持っていた資料を返す。
「で?何か他にもあるかしら?」
「……はい。あります」
師匠の言葉に俺は頷く。
「単刀直入に言います。なんで師匠は簪を避けてるんですか?」
「…………」
俺の言葉に楯無師匠は黙って顎にとんとんと扇子をあてる。目をつぶっているのに瞼に目を描いてあるので目を開けているように見える。うわ~真面目な顔してるのにシュール。誰だ!これを描いたのは!……あっ、俺か。
「………私には簪ちゃんと会う資格なんてないのよ」
「どうして!?」
俺の言葉に師匠は押し黙る。
「……更識の家はこの国の暗部にかかわっている家なの。代々更識の家の当主は『楯無』の名を継ぐの。私も更識の当主を継ぐと同時に『楯無』の名を継いだわ」
前々から『楯無』という名は女性的ではないと思っていたが、そんな裏話があったとは。
「当主を継いだ時、私は完璧であろうと、弱点をなくそうと努力したわ。そして気付いた。私の一番の弱点は最愛の妹の存在だったの」
師匠の言葉に俺は何も言えなかった。つい二、三か月前まで一般ピーポーだった俺には理解できない世界だ。弱点があってはいけないなんて、自分の最愛の妹を弱点と思わなければいけない世界なんて、俺には想像もつかなかった。
「だから私は当主を継いだ時、あの子に言ったの。『あなたは何もしなくていい。私が全部してあげる。だから、あなたは無能なままでいなさい』って」
俺はそのことで納得した。あそこまで頑なに師匠に頼らない簪。師匠どころか誰にも頼らずに自分一人で専用機を組み上げようとする簪。それらはすべて、彼女の姉からの言葉が彼女の胸に絡みついているのだろう。
「その言葉であの子がどれだけ傷ついたのか、どれだけあの子に重石を背負わせてしまったのか、私は理解している。だから、私はあの子と和解する資格なんてない。何より私は更識の当主だから。私は強くないといけないの。それが当主の責任だから。だから私は……」
そう言ってうつむいてしまう師匠。俺は立ち上がり、師匠の横へと歩み寄る。そして師匠の頭にポンと左手を置き、
「ていっ!」
その手をめがけて右手を振り下ろし、直前で左手を退ける。
「あいたっ!」
左手を退かしたことで俺の右手に叩かれる師匠。まあ叩かれるって言っても、やってるの俺なんだけどね。
「何するのよっ?」
「バーカ!師匠バーカ!バーカバーカ!!」
子供みたいにバカを連発する俺にその場の全員がポカーンとした顔になる。
「なにが当主の責任だ!なにが弱点だ!このシスコンが!」
「シ、シス!?」
「シスコンだろ!俺知ってますよ!あなたの携帯に簪の写真がたくさん入ってること!しかもそのほとんどが盗撮写真なことも!」
「ドキッ!」
「しかもそれ以外にも、自分の部屋に戻ったら『簪ちゅわ~ん』とか言って特注の簪人形に頬擦りしていることも知っています!」
「ぐはっ!」
「それだけじゃ飽き足らず、夜な夜な簪の半生を綴ったアルバムを見て『グへへ~、簪ちゃ~ん』とか言いながらよだれ垂らしてることも知っています!」
「ぐべらっ!」
「あと、師匠の部屋にある机の引き出しの中に――」
「ぐっちー、もうやめてあげて!お嬢様のライフはもう0だよー!」
見ると、机に突っ伏して扇子を掲げている師匠の姿が。扇子には「いっそ殺して」と達筆に書かれている。
「んんっ!まあ何が言いたいかというと、こんな重度シスコンな師匠が完璧なわけがないってこと。完璧じゃない師匠は無理して簪を遠ざける必要はないってことです」
俺の言葉に顔をあげた楯無師匠。その顔は困惑の表情を浮かべていた。
「でも…私なんかが……」
さらに言い訳じみたことを言おうとする師匠にいい加減俺もイライラしてきた。
「だが!しかし!BUT!けど!けども!YET!次にこれらの言葉を言ってみろ!ケツひっぱたきますよ!」
俺の言葉に師匠がびくっと震える。
「わかったらとっとと簪のところに行く!今なら整備室にいるはずです!」
「はっ、はいっ!!」
俺の言葉にビシッと敬礼して楯無師匠は全速力で出ていった。
「ふぅ、これでよし」
「……本当によかったのかな」
のほほんさんが困惑ぎみに呟く。横に座る布仏先輩も頷いている。
「いいんだよ。あの人はあのくらい強く言わないとダメなんだよ」
「いや、そうじゃなくて」
「ん?」
のほほんさんの否定に俺は首をかしげる。
「だってお嬢様……」
「顔に落書きされたまま行ってしまいましたよ」
「…………あっ」
すいません、またやってしまいました。
また完成しないまま投稿していたした。
本当はもっと書くつもりだったのに、結果きりのいいところまでになりました。