ごめんなさい
「…………」
「…………」
IS学園の寮の廊下で俺とシャルロットは向かい合い、しかしお互い気まずく、どちらも相手の様子をうかがいながら口を開くタイミングを計っていた。
てか気まずっっ!
ち、沈黙が重くのしかかってくる!
「「……あ、あのっ!――っ!?」」
息を吸ってしゃべり出そうとした瞬間にシャルロットも同時に口を開く。
「な、なんだ?」
「そ、颯太の方から先に……」
「い、いや、シャルロットから」
「いやいや颯太から!」
「いやいや!」
「いやいやいや!」
「いやいやいやいや!」
「「いやいやいやいやいやいやいや!」」
お互いに相手に譲り合い気付けば同じような動作で右手で相手を指しながら「いやいや」と繰り返していた。
「「………プッ」」
自分たちの状況に、同時に思わず吹き出す。
「………じゃあ、俺から……いいか?」
「うん……」
俺の問いにシャルロットが頷く。
俺は大きく息を吸い込み、気合いを入れ直すと
「ごめん!」
「え……?」
俺は勢いよく頭を下げながら言う。
「その……ここ一週間ほど変な態度とって、ホントにごめん」
俺は頭を下げたまま続ける。
「シャルロットは何も悪くないんだ。俺が一人で勝手に気まずくなってただけで」
「じゃあ、僕が何かしたとかじゃ……」
「違う。全部俺が悪いんだ」
「そっか……」
「…………」
俺は頭を下げ続けているので今シャルロットがどんな表情を浮かべているのかはわからない。怒っているのかもしれない。呆れているのかもしれない。泣いているかもしれない。でも、シャルロットがどんなアクションを起こそうと、例え殴られようと、俺はそれを受け止めなければいけない。それが、シャルロットを悲しませた俺の責任だろう。
「……よかった」
「え……?」
シャルロットの呟きに俺は思わず顔を上げる。
シャルロットは怒るでもなく、呆れるでもなく、ましてや泣いてもいなかった。
笑っていた。
心底安心したように。
まるで、俺への恨み言なんて一つもなかったかのように、晴れ晴れとした様子で。
安心しきった様子で笑っていた。
「僕は……僕はてっきり……颯太に何かしちゃったんじゃないかと、颯太を怒らせるようなことをしちゃったのかと思って……」
「…………」
安心したせいか、シャルロットの目に涙があふれ、涙の雫が一つ、頬を伝って落ちていく。
「ごめん。本当にごめん」
俺は改めて頭を下げる。
俺は改めて自分のバカさ加減を知った。
俺が勝手に気まずくなって避け続けていたのに、シャルロットは自分のせいだと自分を攻め続けていたのだろう。
自分の行動を振り返り、ありもしない非を探し続け、見つからないことにさらに自己嫌悪し続けていたのだろう。
「じゃあ、これからは……」
「これまで通り…にできるかわからないけど、とりあえず一応自分の中で決着と言うか落としどころは見つけたから」
「そっか……」
俺の言葉に頷き目に浮かんでいた涙を拭うと、ニッコリ笑ったシャルロットは右手を差し出す。
「握手。これでここ一週間のことはとりあえず終わり」
「……ああ」
俺は右手に握りっぱなしだった携帯を左手に持ち替え、シャルロットの右手を握る。
「改めて、ごめん」
「うん。許すよ」
言いながら俺たちはギュッと強く握り、笑い合う。
「じゃあ、この話はここまで、ね?」
「……ああ。ごめん」
「らしくないなぁ。いつもの颯太なら『〝ごめん〟より〝ありがとう〟って言ってほしいな』とか言いそうなのに」
「……だな。ありがとう、シャルロット」
「うん」
俺の言葉にシャルロットがニッコリと微笑む。
「……お腹減ったね。もういい時間だし、一緒にご飯いこ?」
「ああ、そうだな」
シャルロットの提案に俺は頷き、俺たちは並んで歩き出す。
「……そう言えばさ」
「ん?」
「これは訊かない方がいいのかもしれないけど……颯太は何に悩んでたの?」
「………それは」
俺は言い淀みながら頬を掻き
「今は言えない」
「〝今は〟ってことは、そのうち教えてくれる?」
「約束はできないけどその時が来れば……」
「そっか……わかった。じゃあそれまでは訊かない」
「助かるよ」
シャルロットの言葉に頷きながら俺たちは食堂に向けて歩を進め――
ズドンッ!
「「っ!?」」
何かの爆発音とともに幽かに揺れたように感じた。
「今のって……爆発!?」
「いったいどこで――」
シャルロットと顔を見合わせながら視線を巡らせたところで
カシャン
それは小さな、しかしそれは確かに俺の耳に届いた。
まるで小さな金属片か何かが堅いものにぶつかったような音。
「――っ!」
俺はゆっくりと視線を音のした方向、俺の足元に視線を向ける。
それは小さな、掌に収まるほどの大きさの小さな金属片だった。
俺は恐る恐る手を伸ばす。
異様に震える手のせいでカチャカチャと鳴るそれを掌の上に。
それは――小さな水色の、アルファベットの『K』をあしらった水色のメタルチャームだった。
「っ!!」
それを認識した瞬間、俺は言いようもない不安とともに駆け出していた。
「颯太!?」
背後でシャルロットの声が聞こえたが構わず走る。
最短で、最速で、今出せる全速力で、廊下を駆け、階段を飛び越えるように駆け上がり、ただ目指す目的地へとひた走る。
言いようのない不安を振り払うように、頭に浮かぶ最悪のビジョンを掻き消すように全力で走る。
そして――
「っ!?」
俺は見た、目的の一室の異様な惨状を。
本来他の周りの部屋と同じく、そこにあるはずのドアは向かいの壁にまで吹き飛びひしゃげ、ドアのあるべき四角い穴から放射状に床や天井に広がる真っ黒に焼け焦げた跡。
まるで打ち付ける雨のように天井から降り注ぐスプリンクラーの水を気にしている余裕もなく、俺は止まりかけていた歩を進め、その部屋の中を覗く。
その部屋は生徒の使う一室であり、俺の部屋と同じくドアからの途中にはシャワー室とトイレに続くドア、その奥には二つの机と二つの大きなベッドが並ぶ。本来なら白を基調とした明るいはずのその部屋は真っ黒に焼け焦げ、机もベッドももともとそれが何だったのか判別するのも難しいほどにひしゃげ、窓にかかっていたはずの白のカーテンは焼け焦げ元の長さの十分の一ほどの長さになりながら、なおもその端に小さな火種を燻らせ、防弾性に優れているはずの窓ガラスにはまるで蜘蛛の巣のように細かいヒビを走らせていた。
そして、部屋の中でも降り続けるスプリンクラーの雨に打たれながら〝その人〟は倒れていた。
部屋の真ん中にうつ伏せに倒れ伏しピクリとも動かぬまま、床にできたスプリンクラーの雨の水たまりを徐々に赤く染めていくその人物は紛れもなくこの部屋の主――更識楯無その人だった。
「師匠!!」
俺は足を縺れさせながら師匠に駆け寄り跪きながら倒れ伏すその体を抱き上げる。
服のあちこちは焼け焦げ赤黒いしみが広がり、その顔はぐったりと瞼が閉じられていた。
「師匠!!師匠っ!!!」
俺は大声で呼びかけながら師匠の体を強く抱きよせる。
師匠の背中を支えていた左手や腰に回していた右手にヌルリとした嫌な感触がする。
「っ!」
恐る恐る視線を向けた右掌は真っ赤に染まっていた。
「っ!……ぁれ?……そぅ…たくん?」
と、師匠が瞼をゆっくりと開きながら擦れた声で呟く様に口を開く。
「っ!?師匠!」
「ァハハハ……ドジっちゃった……ゴホッ」
言いながら笑おうとした師匠。しかし咳き込みながら顔を歪ませる。
「ダメ……ねぇ~…わたし、そうたくんのいったとおり……そ…それほど、完璧じゃ…なかったみたい……ゴホッゴホッ」
「っ!?師匠!」
言いながら再度笑おうとするが、再び咳き込み、口の端から赤い血がタラリと流れる。
「師匠ダメです!しゃべったら!傷が!血が!!」
俺はしどろもどろになりながら叫び、師匠の腹部の傷を右手でを押さえる。しかし、傷口からは確実に血が溢れ出てくる。
「いっ!……もぅ……女の子には…もっとやさしくしないと……」
「冗談言ってる場合ですか!?と、とにかく早く治療を!」
周りを見渡すが傷口を押さえられそうな布も何もない。
「……ね、ぇ…そぅたくん…きいて……」
「もう喋らないでください!誰か!誰かいないんですか!?」
何かを言おうとする師匠を遮り、俺は叫ぶ。
部屋の外からは徐々に人の声が聞こえ始めている。
爆発音に部屋に逃げ込んでいた人たちが様子を見に徐々に出てきているのだろう。
「そう…たくん……」
「誰か!?誰か速く!!救急車でも先生でもなんでもいいから早く助けを呼んでください!!!」
「そぅ…たくん…!ぉ…ねがい…きいて……!」
「大丈夫ですから!絶対助かりますから!――お願いです!!誰か!!師匠が!!師匠を助けてください!!速く!!誰かぁぁ!!」
師匠が力の籠らない手をゆっくりとあげて俺の服を掴む。
「ぃいから……きぃ…て!」
「だからもう喋らないでくださ――ンムッ!?」
泣き叫び慌てふためく俺を師匠がグイッと引っ張り、無理矢理唇を塞がれ黙らされる。
唇に柔らかな感触とともに口の中に血の味が広がる。
鼻がぶつかるような距離に師匠の顔が見える。
数秒、あるいは数十秒。どれほどそうしていたのかわからない。
唇から柔らかな感触が離れると同時に師匠の顔も離れていく。
「し、師匠、今…キス……」
「どう……?おちついた?」
戸惑う俺に見慣れた悪戯を成功させたような笑みを浮かべる師匠。
「ぃ…いい?よく、ききなさい……」
俺は呆然と師匠を見つめる中、師匠は真剣な顔で言う。
「わたしのっ……かわりに、学園のこと……たのむ…わよ……?」
「し、師匠……?」
「し、ごとは……虚ちゃんたちときょぅりょくして……」
「な、何を言って……?」
「せん…せい……たちも、きっと協力してくれる…から……」
「やめてくださいよ!そんな縁起でも――!」
「いいからっ……聞きなさいっ……!」
「っ!?」
俺の言葉を遮るように師匠が叫ぶ。と、すぐに少し血を吐きながら咳き込む。
「ハァ……ハァ……いい?……それでも……それでも、なにか問題が…あったり……どうすればいいかわか…らない時は……ハァ…ハァ」
息も絶え絶えにしかし俺の服を掴んで俺の顔を正面から見ながら師匠は言葉を続ける。
「ふだんは、ようむいん…を、してる……学園…長の……轡木…十蔵さんを、たずねなさい……わたしにいわれ、てきたって…いえば……きっとちからに、なってくれる…はず、だから……――わかった……?」
「っ!っ!」
最後にニッコリと笑いながら軽く首を傾ける師匠に俺は泣きながら頷く。
「よしよし……じゃあ…あとは……任せたから……」
「師匠?師匠!ダメですよ!俺ダメダメなんですから!俺に仕事任せたらIS学園大変なことになりますよ!?だから!だから――!」
「――だいじょうぶ……」
徐々に俺の服を掴む師匠の手から力が抜けていくのを感じ俺は叫ぶ。と、ゆっくりと服を掴んでいた手を俺の頬にそえて師匠が優しく微笑む。
「そぅたくん、は……そうたくんなら、できる……だって……私のじまん、の弟子…なんだから……」
「師匠……!」
「だいじょう、ぶ……ちょっとねむるだけ、だから……ちょっとねたら……すぐ…もどってくるから……」
言いながら師匠の手がゆっくりと滑り落ちて行く。
俺は慌てて師匠の手を握る。
「あぁ……あったかい……私の好きな…そう、たくんの……て………」
「師匠……師匠……?師匠!!」
ダラリと力なく垂れた手を掴み、必死に呼びかけても師匠の笑みを浮かべたまま閉じられた瞼は開くことはない。
一見眠っているようにも見えるその顔に俺は何度も呼び掛ける。
辛うじて息はしているようだがそれも幽かだ。
今師匠の中で何かが消えそうになっている。
俺はそれを消させないように、零れ落ちてしまわないように師匠の身体を抱き寄せる。
「あぁぁぁ……あぁぁぁ……ぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
どこからか誰かの叫び声が聞こえる。
煩いほどに鼓膜を叩く、まるで獣の咆哮のような声。
あぁ、そうか……誰かじゃない。
喉を潰さんばかりに哭いているのは紛れもなく
――俺自身だった。