IS~平凡な俺の非日常~   作:大同爽

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お分かりだと思いますが
ここからはオリジナルストーリーになっていきます






会長代行編
第136話 背中


 織斑千冬がその場に到着したとき、そこにはだらりと力の抜けた更識楯無の身体を抱いてまるで獣のように泣き叫び慟哭する井口颯太の姿があった。

 物心ついてから20余年の歳月を過ごし、いろいろなものを見聞きした千冬でさえ、それは目を覆い耳を塞ぎたくなるような光景だった。

 しかし時間にそれほど猶予はない。ともにやって来た山田真耶とともに楯無に縋り付いて離そうとしない颯太を力づくで引き剥がし、学園に到着していた医療ヘリに楯無を乗せる。

 そのままヘリは学園から最も近い、日本でもトップクラスの大学病院へと運ばれた。

 そして――

 

 

 〇

 

 

『…………』

 

 病院の待合室を重い沈黙が支配していた。

 ベンチに座る一夏、虚、本音、簪、シャルロット、そして壁に背中を預けて立つ颯太の六人の間に言葉はない。

 時々腕時計を見ながら今か今かと貧乏揺すりしながら知らせが来るのを待ち続ける一夏。

 心配そうに両手を握りしめ、祈るように目を瞑る虚。

 泣きそうになりながら膝の上で握りしめて白くなった両手を睨みつけるように俯く簪。

 そんな簪の左手を包むように手を添える本音。

 本音と同じく簪の右手を握り、ときどき少し離れたところに立って俯く人物を心配そうに振り返るシャルロット。

 そんなシャルロットの視線の先にいる。五人から少し離れたところに立ち、顔になんの表情も浮かべないまま俯く颯太。

 六人はそれぞれ制服――スプリンクラーの水に濡れた颯太も着替えたらしい――を着ていた。

 楯無の手術が始まってからいったい何時間たっただろうか。

 待合室に続く廊下からコツコツと二人分の足跡が聞こえてくる。

 

「「「「「っ!」」」」」

 

 待合室にいた人間――颯太以外の五人がその音に顔を上げる。

 

「今、手術が終わった」

 

 廊下の先からやって来た千冬と真耶だった。千冬がゆっくりと口を開いた。

 

「そ、それで、お、お姉ちゃんは……!?」

 

「手術は……とりあえずは成功したと言えるだろう。しかし、今もなお予断を許さない状況だ」

 

「そんな……」

 

 勢いよく立ち上がりながら訊いた簪は千冬の言葉にへたり込むようにベンチに座り込む。

 

「正直、手術が成功するのも五分五分くらいの重傷でした。おそらく爆弾は更識さん――楯無さんの目の前で爆発したものと思われます。咄嗟にISを起動しようとしたものと思われますが一瞬遅かったようで、爆発を防ぎきれなかったようです」

 

 真耶が顔に悲痛の表情を滲ませながら言う。

 

「唯一の救いだったのは楯無さんの脳内に『エンドルフィン』というホルモン物質が分泌されていたことです。これが鎮痛剤の役割を果たしていたようで、分泌された原因はわかりませんが、これのおかげである程度持ちこたえてくれたようです」

 

「そ、それで!なんで会長の――楯無さんの部屋で爆発が起きたんですか!?」

 

 真耶の言葉を聞きながら一夏が問う。

 

「その件は現在捜査中ですが、おそらく何者かによる爆弾によるものと思われます。使われた爆弾は特殊なもので、少量でも大きな被害が出るものでした。これは世界中でも似たものがテロで使われていて、その事件のほとんどが――」

 

 真耶はそこまで言ったところで、この先を言うべきか一瞬の逡巡の後に口を開く。

 

「その事件のほとんどが、『亡国機業』によるものでした」

 

 真耶の言葉を聞いた瞬間、颯太は噛み砕かんばかりに歯を喰いしばったが、その事に気付いた人物はいなかった。

 真耶は説明を続ける。

 

「部屋の状況などから爆発したのは小包か何かかと思われます。部屋の中に内側から爆発した形跡のある通販サイトのロゴの入った段ボール箱の切れ端が見つかりました」

 

「――クッ!クククッ」

 

 と、真耶の言葉にどこからか噛み殺したような声が聞こえてくる。

 千冬と真耶が声の出どころを探して視線を巡らせると、そこには壁に背中を預け、目元に右手を当てた颯太がいた――その口元を歪めるように笑みを浮かべて。

 

「……何がおかしい、井口?」

 

 千冬の問いに他の五人も颯太に視線を向ける。

 

「いえね?やっと腑に落ちたもので――あぁ…そっか……そういうことだったんですね……ククッ」

 

 目元に手を当てているので表情は詳しくはわからない。しかし、颯太はさらに口元を歪め、声を漏らす。

 

「おい、颯太!いい加減にしろよ!お前、楯無さんが大変なことになってるのに何笑ってんだよ!」

 

 言いながら一夏は颯太を睨みつけながら颯太の胸倉を掴む。

 その勢いで颯太が目元にあてていた手が外れ――

 

「笑わずにいられるかよ。だって――」

 

「颯太、お前……」

 

 颯太の胸倉を掴んでいた手が緩む。

 

「だって、師匠がこんなことになった原因が、他でもない俺のせいだったんだから!」

 

 そう叫んだ颯太は

 

「お前、泣いて……」

 

 口元を歪ませて笑う颯太の目から涙が溢れ留まることなく頬を伝って落ちていく。

 

「……どういうことだ?」

 

「どうもこうもないですよ!師匠がこんなことになった爆弾は、もともと俺が開けるはずだった段ボール箱に入ってたんですよ!」

 

『っ!』

 

 颯太の言葉に全員が息を呑む。

 

「傑作だよな!師匠をあんな目に合わせたやつをぶっ殺してやろうって思ったのに!他でもない俺自身がその原因の一端だったんだから!アハハハハハハハッ!」

 

 言いながら狂ったように笑う颯太を皆なんと声を掛けていいのかわからず押し黙る。

 笑いながら壁に向かい合う様に体を押し付け狂ったように笑う颯太。壁にあてている手のせいで表情は見えないが肩を震わせ声を漏らす。

 

「アハハハハハハハハハハハハッ!アハッ!アハハハッ!アハハハハハッ!アハハハハハハハッ!アハッ!アハハッ!アハハハ…………しょう……ちく…う……ちくしょう……ちくしょう!ちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょう!ちくしょう!!どちくしょうが!!」

 

 狂ったように笑っていた声は徐々に押し殺したような声に変わり嗚咽へと変わりながら颯太は壁に顔と手を押し当てたままその場に崩れるようにへたり込む。

 

「俺が荷物を師匠にあげたから!あのとき!本当なら俺が!俺が!……俺のせいで……俺のせいで……!俺のせいで俺のせいで俺のせいで俺のせいで俺のせいで俺のせいで俺のせいで俺のせいで!!!」

 

「やめろ井口!」

 

 泣き叫び自分を罰するように狂ったように壁に自身の頭を打ち付け始めた颯太を千冬が後ろから羽交い絞めにして無理矢理止める。

 それでもなお暴れ泣き叫ぶ颯太の声がしばらく響き渡った。

 

 

 〇

 

 

 

「……織斑先生」

 

 いったいどれほどの間泣き叫んでいたのだろうか。

 少し落ち着きを取り戻したのか羽交い絞めにされたままだらりと両手足を投げ出し、噛みしめる様に嗚咽を漏らしていた颯太が大きく深呼吸して口を開く。

 

「……織斑先生、俺に二週間――いえ、十日、時間をください。あとその期間の外泊許可も」

 

「その時間で何をするつもりだ?」

 

 両足に力を入れ、自身の脚で立った颯太を羽交い絞めにしていた手をゆっくりと放しながら千冬が問う。

 

「……考える時間が欲しいんです。正直今は何をしてもまともにできそうにないんで。一度学園を離れていろいろ考えて気持ちの整理をつけたいんです」

 

「………学園を離れて、行くあてはあるのか?」

 

「……とりあえず指南に行きます」

 

「そうか…………」

 

 振り返った颯太の視線を受け、数秒目を瞑って黙っていた千冬は

 

「……いいだろう」

 

「織斑先生!?」

 

「ただし!」

 

 驚きの声を上げる真耶の言葉を遮って千冬が口を開く。

 

「ただし、一週間だ。それ以上は許可しない。その間に気持ちの整理がつこうがつくまいが、それ以上は待たん。延長はナシだ。それを過ぎれば無理矢理にでも連れ戻しに行く。

それに加えて四つ条件がある。

一つはISの位置情報を常にオンにして身に着けておけ。どこに行こうが何をしていようが、一分一秒一瞬でも位置情報を切れば、あらゆる手段を使ってお前を拘束しに行く。

 二つ目は、一週間の間一日に一度、必ず定時連絡をしろ。メールなど文字媒体は許さん。ISの通信だろうが電話だろうが構わん。必ず私か山田先生に連絡を入れろ。

 三つ目は、日本から出るな。どんな理由があっても国外に出た瞬間にあらゆる手段を使ってお前を拘束しに行く。

 四つ目は、必ず誰かと行動しろ。一人で行動するな。信用できる誰かを必ず近くにいる状態で動け。

 これらが守れるのであれば許可してやる」

 

「わかりました。それでいいです」

 

 千冬の言葉に颯太が頷く。

 

「ありがとうございます、織斑先生」

 

「……これは条件には入れていないが――危ないことはするな。今回の件の本当のターゲットはお前だ。狙いが外れたということで相手も慎重になるかもしれんが、あくまで本当の狙いはお前だ。危ないと思ったら戦うな。逃げることだけを考えろ。これは……私個人からの忠告だ」

 

「……わかりました」

 

 千冬の言葉に颯太はゆっくりと、しかし、しっかりと頷く。

 そして携帯を取り出してどこかに連絡をする。

 

「……会社の人がすぐに迎えに来てくれるみたいなんで、俺行きますね。それじゃあ、一週間後に」

 

 そう言って颯太は踵を返す。

 

「「そ、颯太!」」

 

 と、そんな颯太の背中を二人の人物が呼び止める。簪とシャルロットだ。

 

「そ、颯太!わ、たしたちも、一緒に!」

 

「ぼ、僕らも颯太の力になりたいから!」

 

 簪とシャルロットの言葉に颯太は歩を止め、しかし、振り返ることなく数秒間黙りこみ

 

「………悪い、二人とも」

 

 そう言いながら颯太は振り返り

 

「一人で考えたいんだ。ありがとうな」

 

「「颯太!」」

 

 目元を泣き腫らした笑顔でそう言って、颯太は再び歩き出す。二人が呼んでも、もう振り返ることはなかった。

 

「「颯太……」」

 

 颯太のその背中は二人にはどこかに行ってしまいそうに、もう二度と会えなくなってしまいそうに見えた。

 


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