IS~平凡な俺の非日常~   作:大同爽

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第145話 それぞれの前夜

 

「はぁぁぁぁ!!!」

 

「せいっ!」

 

 第三アリーナに二人分の気合いの声とともに金属同士のぶつかり合う甲高い音が響き渡る。

 アリーナ内で相対する二人はそれぞれ白と紅の対照的なISを纏う。

 白いIS、『白式』を纏う一夏が《雪片弐型》を振りかぶり斬りかかる。それを紅いIS、『紅椿』を纏う箒が『雨月』で受け止め『空裂』で斬り上げる。

 箒の斬撃を《雪羅》でガードしながら一夏はいったん距離をとる。

 二人の白熱した戦いを四人の人物が見守っていた。セシリア、鈴、ラウラ、そしてシャルロットだ。

 

「一夏さん、すごい気迫ですわね」

 

「無理もないわよ。だって……」

 

「ついに明日、か……」

 

「……………」

 

 三人が呟き、シャルロットは黙ったまま、四人は刃を交える一夏と箒の様子を見守る。

 

 

 

 

 

 一夏が颯太に試合を申し込んだ翌日の朝、公式に試合の日程が発表された。

 一夏と颯太の試合は五日後、土曜日の午後からとなった。

 それから一夏は毎日、授業が終わってから時間の許す限りアリーナを使っての試合形式の練習を行っていた。

 そして今日、金曜日の夜7時半――

 

 

 

 

 

 

「しかし、一夏さんもすごいですわね。今日の練習を始めて一時間は経ちますわ」

 

「相手はあたしたちが交代でやってるけど、その間休まずだもんね」

 

 セシリアと鈴が感心したように言う。

 

「それだけ一夏にとっても譲れないんだろう。それは颯太も同じだろうがな……」

 

 言いながらラウラは隣のシャルロットに視線を向ける。

 

「颯太の方はどうだ?何か……」

 

「……………」

 

 ラウラの問いにシャルロットは黙って首を振る。

 

「そうか……」

 

 シャルロットの様子にラウラ、そしてセシリアと鈴もなんとも言えない表情を浮かべる。

 

「僕も様子訊いたりいろいろしてるんだけど、はぐらかされちゃって」

 

 そんな三人に苦笑いを浮かべてシャルロットが言う。

 

「今回の件、僕にはどっちの主張も分かるから……結局どっちかに肩入れするってことが出来なくて……ごめんね、宙ぶらりんな感じになっちゃって」

 

「いや、この場合は仕方がない」

 

「そうですわ、一夏さんも気にしていらっしゃいませんし」

 

「同じ立場ならあたしだってシャルロットと同じことしてたわよ」

 

 自嘲するように笑うシャルロットに三人は口々に答える。

 

「聞いた話によると、颯太は毎日生徒会室や自室に籠りがちらしいな。まあ生徒会の仕事とかもあるんだろう」

 

「でも、ただ仕事だけしてるとも限らないですわよ。聞くところによると夜遅くまで部屋に電気がついてるそうですし、部屋からも遅くまで物音がしているそうですわ」

 

「あいつは今、何をしてるんだろうね」

 

「……………」

 

 三人が言い、シャルロットは黙ったままいると、一夏と箒の練習が一区切りついたようで二人はISを解除する。

 

「今何時だ?――よし、まだ練習できる!鈴!次の練習相手たのめるか!?」

 

「ちょっ!?いい加減休んだら!?試合明日よ!?」

 

「ダメだ!試合が明日だからこそだ!できるだけ……できるだけ準備しておきたいんだ!この練習一回が、この一分一秒が本番で活きるかもしれないんだ!だから――」

 

「あぁ!はいはいわかったわよ!今行くから待ってなさい!じゃっ、行ってくるわ」

 

「ええ」

 

 手を振って一夏の元に歩いて行く鈴にセシリアが頷き、ラウラとシャルロットもそれを見送る。

 

「ふぅ……一夏はもう次の練習を始めたんだな」

 

「あぁ、箒。お疲れさま」

 

「まったく、明日には試合だと言うのにな……」

 

 戻ってきて一息ついた箒が言いながら三人の横に立つ。

 

「ついに、明日なんだな……」

 

「ああ」

 

「ですわね」

 

「…………」

 

 箒の言葉にラウラとセシリアが頷く。

 四人の視線の先ではそれぞれのISを纏った一夏と鈴がそれぞれの《雪片弐型》と《双天牙月》がぶつかり合い――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コンコンコンッ

 

 生徒会室で一人作業をしていた颯太はノックの音に顔を上げる。

 

「………どうぞ」

 

 颯太の言葉の後に一拍置いて扉を開けて入ってきたのは簪だった。

 

「……失礼します」

 

 前と同じく以前楯無の座っていた席に座り、書類作業を続ける颯太に扉の前で言い、颯太の前にやって来る。

 

「………何か用か?」

 

 一瞬ちらりと簪を見てから颯太が訊く。

 

「最近寮の食堂でご飯食べてるところ見てないって聞いてたから、夕食誘いに来たの……」

 

「そうか……でも悪いが行けないな。この通り仕事が山積みなもんでな」

 

 颯太は机に積まれた書類を視線で示しながら答える。

 

「そう言うと思って……これ……」

 

 言いながら簪は後ろ手に持っていたバスケットを見せる。

 

「サンドイッチ、作ってきた……これなら書類仕事しながらでも食べられるでしょ……?」

 

「ああ、そうだな……」

 

 颯太は答え数秒黙る。目の前では恐る恐る、しかし期待した表情でじっとこちらを見る簪がおり――

 

「……はぁ……わかったよ、食べるよ。ありがたくいただきます!」

 

「っ!」

 

 颯太の言葉にパァッと顔をほころばせる簪の様子にため息をつく。

 

「じゃあお茶でも淹れるから、簪はその辺に――」

 

「あ、お、お茶は、わ、私が淹れるから、颯太はそのまま作業しててくれたらいいから……」

 

 立ち上がろうとした颯太を手で制し、簪は備え付けのキッチンの方に向かう。

 数分ほどたった後、お盆にティーカップを二人分とティーポットを乗せて簪が戻って来る。

 

「は、はい、どうぞ……」

 

「ありがとう……」

 

 簪からカップを受け取り、一口啜る。

 

「……うまい」

 

 颯太の呟きに安心したように笑みを浮かべ、バスケットを差し出す。

 

「ほ、ほら、サンドイッチも。さっき作ったばかりだからまだ温かいよ……」

 

「お、おう……」

 

 ぐいぐいとバスケットを差し出して勧めてくる簪に若干気圧されながら颯太はバスケットの中に並ぶ色とりどりの具材の挟まれたサンドイッチの中から鶏肉とレタスの挟まれたものを選び出す。

 右手にペンを持ったまま左手で掴んだサンドイッチを頬張る。

 レタスのみずみずしいシャキシャキとした食感と照り焼きのたれで甘辛く味付けされた鶏肉、アクセントにパンに塗られたマヨネーズとの相性も良く、その味は

 

「……うまいな」

 

「よ、よかった!た、たくさんあるからどんどん食べてね……」

 

「おう……」

 

 満面の笑みで言う簪に頷きながらバスケットに手を伸ばす。

 バスケットの中には照り焼きの他に、ハム・チーズ・レタス・トマトのものや、卵サンドなど種類は豊富にあり、そこそこの量が入っていた。

 それから颯太は作業をしながらも食べる手は止めず、簪もその様子を嬉しそうに眺めながら食事を続けた。

 そして数分後。バスケットいっぱいに入っていたサンドイッチは二人(大半は颯太)によって完食された。

 

「ごちそうさん。うまかったよ」

 

 食後に新たに簪の淹れた紅茶を飲みながら颯太は一息つく。

 その様子に簪も嬉しそうに頷く。

 

「………で?今日来たのは俺に夕食を振る舞うだけ、ってわけでもないんだろ?」

 

 紅茶を一口飲み、姿勢を正した颯太の問いに簪は先ほどまでの嬉しそうな笑みを凍らせ、少しづつ俯く。

 

「その……明日の準備はできてる?とうとう明日が織斑君との試合だけど……」

 

「まあボチボチってところか。この書類の山のせいで実際に体動かすのは難しいが、一夏対策に作戦はいくつか考えてる」

 

「そっか……」

 

 簪の問いに颯太が答えると簪は顔を弱々しく笑みを浮かべる。

 

「聞きたいことはそれだけ――」

 

「ねぇ颯太……」

 

 言いかけた颯太の言葉を簪が遮って口を開くので颯太は口をつむぎ簪の言葉の続きを待つ。

 

「ねぇ……もう、もうこれはどうしようもない事なの?」

 

「どうしようもない、とは?」

 

 簪の問いに意図がわからないように、もしかしたらわかっていながら、颯太は質問を返す。

 

「いま、学園は織斑君を支持する意見でいっぱい。颯太の味方をする人はいないに等しい……生徒会には虚ちゃんも本音も、お姉ちゃんもいない。味方しようとしてるシャルロットや、私のことも遠ざけようとしてる。………このままじゃ、この試合に勝っても負けても、颯太は孤立するよ?」

 

「………そうかもな」

 

「だったら!」

 

「だからどうした?」

 

「っ!?」

 

 声を荒げる簪に冷たい声音で颯太が口を開く。

 

「孤立しようが関係ない。この学園を守るためなら俺は一人になっても戦い続ける」

 

 簪の顔を正面から見据えて答える颯太に簪は息を呑む。その眼には確かな覚悟の色が見えた。

 

「……もうどうしようもない事なの?」

 

 簪は最初と同じ質問をする。

 

「もう、これはどうしようもない事なの?もうこれは変えられないことなの?」

 

「……ああ。崖を転がり始めた岩はそう簡単には止まれない、吐いた唾は飲めないし、こぼした水も器には戻せない。そもそも俺には岩を止める気も吐いた唾を飲む気もこぼれた水を戻す気もない」

 

 簪の問いに頷く颯太。

 

「やらなきゃいけないんだよ、簪。もうこれはどうすることもできない」

 

「………そっか」

 

 颯太の言葉に簪は泣きそうになりながら、しかし涙を流すまいと堪えるように顔をくしゃくしゃに歪める。

 

「………話は終わりか?」

 

「…………」

 

 颯太の言葉に簪は何かを言いかけるが、言葉にならず口を閉ざしてしまう。

 

「ないならそろそろいいか?今日中にこの書類の山を片付けないといけないんだ」

 

 颯太は言いながらもうすでに視線を書類に移していた。

 

「わかった……ごめんね、忙しい時に、邪魔して……」

 

「いや、別にいい。サンドイッチうまかったしな。ごちそうさま」

 

「うん。――ねぇ?今夜もその様子だと、遅くまでかかるんでしょ?」

 

「……ああ、だろうな」

 

 簪の問いに颯太が頷くと、簪は脇に置いていた、バスケットと一緒に持ってきていた紙袋を颯太に向けて差し出す。

 

「はい。そ、その…夜食にでも食べて……」

 

「ああ、ありがとう……」

 

 簪の差し出す紙袋を受け取る颯太。

 簪はそのまま扉の方へと歩き出す。

 

「――颯太、これだけは覚えておいてね……」

 

 扉をくぐる前、簪は歩を止め颯太を振り返りながら口を開く。

 

「どんな結果になっても、私や、シャルロットは颯太の味方だから……きっとお姉ちゃんも……」

 

「……………」

 

 簪の言葉に颯太は答えず、そのまま簪は生徒会室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 簪が生徒会室を後にしてから数分後、俺はふと簪の置いて行った紙袋を開けてみた。

 

「これ……カップケーキ……」

 

 中身は以前タッグマッチの時に簪が作ってくれた抹茶のカップケーキだった。

 紙袋の中に五つのカップケーキが並んでいた。

 俺はふと顔を上げる。

 俺、師匠、虚先輩、のほほんさん、そして一夏。五人で使うにしても広すぎるくらいだった生徒会室。見渡せば書類の収められたファイルの並ぶ棚や備え付けのキッチン、師匠たちの趣味でそろえられたいくつかの家具や調度品。

 綺麗な姿勢で座り書類を片付ける虚先輩が座っていた席。いつもそこに突っ伏し、時にお菓子のカスを溢していたのほほんさんの席。生徒会に入る前から作業を手伝わされ、もはや定位置となっていた俺の席。部活動の貸し出しでほとんど座られることのなかった一夏の席。そして、今俺が座る一番高価なつくりの師匠の席。

 いつもならのほほんさんの寝息や寝言、仕事中であろうと世間話をする師匠とそれに応える俺や一夏、虚先輩の声で溢れていた生徒会室は、今や俺一人になったその生徒会室は耳が痛くなるほどの静寂しかない。

 

「この部屋、こんなに広かったんだな……」

 

 俺の呟きに答えるものは誰もいない。

 俺は紙袋からカップケーキを一つ取り出す。

 

「…………」

 

 数秒そのカップケーキを見つめ、俺は一口齧る。

 口の中に広がるその味は以前食べたモノよりも、ほろ苦く感じた気がした。

 


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