ちょっと用事の息抜きに書いたんで投稿します!
翌朝、俺はゆっくりと学園に向けて歩いていた。
周りを見渡しても俺以外に歩いているものはいない。それもそのはず、現在の時刻は予鈴まであと五分ほど、かなり始業ギリギリだ。
生徒会長代理に就任してから俺は大体このくらいに毎朝登校している。
理由は、はやめに起きてから朝食を部屋で食べながら生徒会の仕事を自室でやっているのも理由の一つだが、単純に教室の空気が鬱陶しいからだ。
就任の次の日の朝、いつも通り教室に行くと周りから突き刺さるようないろんな感情の籠った視線を多数向けられ、ゆっくり小説を読むこともできない。別にそのことで教室にいづらいとかではない。ただただ単純に鬱陶しいのだ。これなら入学時の動物園のパンダ状態の方がまだ過ごしやすかったかもしれない。
結果俺はここ最近は予鈴ギリギリの登校をしているわけだ。
そんなことを考えているうちに下駄箱に着く。
自分の下駄箱の前に立って靴を履き替えるために下駄箱の蓋を開ける前にちらりと腕時計に目を向ける。
時刻は八時二十二分。あと三分ほどで予鈴が鳴るだろう。ここから靴を履き替えて教室に行くのにおよそ二分もあれば十分だろう。
俺はカバンを足元に置いて下駄箱を開ける。
上靴を取り出そうと右手を伸ばすとその指先に靴以外の何かが触れる。
首を傾げながら指に触れたそれを取り出す。
「これは……」
それは真っ白な封筒だった。
なんの飾り気もなく、差出人の名前もなく、前面に「井口颯太様」とそっけなく書かれているだけだ。
「また脅迫状かな?」
生徒会長代理に就任してから毎日のように、それも山のように届いていた脅迫文やら不幸の手紙も、五日前に一夏に勝負を挑まれてからはピタリとやんでいたのだが……
「ん?でも、これ……」
そこで俺はふと違和感を覚える。
これまで届いていた脅迫状はもっとテキトーだった。ルーズリーフやノート破いてぶっといペンででかでかと「死ね」だの「くたばれ」だの「出て行け」だの個性の欠片もないなんの捻りもない罵倒の言葉がガサツな字で書かれていたはずだ。こんな風にわざわざ封筒にまで入れて宛名まで書かれていたものはなかった気がする。
俺は靴を履き替え、教室へ向かう道すがら封を開ける。まさかこれを開けた途端ドカンと言うことはないだろう。薄っぺらい封筒だしあかりにかざしてもおかしな影は見えない。厚み的にもせいぜい紙一枚入っているくらいだろう。
封筒を開けて中身を確認すると案の定便箋らしき紙が一枚、三つ折りになって入っているだけだった。
俺は封筒からその便箋を取り出して広げ、その内容に目を通し――
「………へぇ……そっちから来たか……」
言いながらふと顔を上げると窓ガラスに映った自分の顔が見えた。
その顔はうっすらと笑みを浮かべていた。
〇
「では、これで本日の授業を終わる」
チャイムの音と共に千冬が教卓に広げていた教科書を閉じる。同時に教室の生徒たちの雰囲気が弛緩するのがわかる。
「それと……今日はこの後14時より第二アリーナにてこのクラスの井口颯太と織斑一夏の試合が予定されている。観覧は自由だ。強制ではないから見に行くなり寮に帰るなり好きにしろ」
千冬の言葉に教室内の視線が颯太と一夏に集中する。
その様子に何も言わず一瞬一夏と颯太に視線を向け、千冬と真耶は教室を後にする。
教室内は異様な空気が支配し、誰も教室から出ず、誰もが周りの様子を見ている。
そんな中最初に教室を後にしたのは
「さて、と。はやく行かないといいパンが無くなっちまうな~」
お道化た様に言いながら颯太が立ち上がり教室から出て行く。
颯太が教室を出た瞬間みなまるで目の前にいた猛獣がどこかへ行ったように教室内の空気が弛緩する。
その様子を感じながら颯太は一人購買へ向かって歩く。と――
「颯太!」
背後から自分を呼び止める声に颯太は歩を止めて振り返る。
そこには駆け寄ってくる一人の少女、シャルロットの姿があった。
「そ、その……颯太は購買でパン買うんだよね!?僕も今日は購買か学食にしようと思ってたから、よかったら一緒に――!」
「悪いな、シャルロット」
シャルロットの誘いを遮って口を開く颯太。
「今日はちょいと先約があってな。とっとと食って行かなきゃいけないところがあるんだよ」
「そ、そっか………試合の準備とかで先生に呼ばれてるとか?」
「いや、そういうんじゃないな。試合は三十分くらい前にアリーナに行けばいいらしいし」
「じゃ、じゃあ生徒会の仕事とか?それなら僕にも手伝えるようなら何か手伝うけど……」
「ん~…そういうんでもないんだよね~」
シャルロットの言葉に颯太は頬を掻く。
「ま、熱烈なラブレターをもらったから。呼び出された以上は行かないとね~」
「えっ……?」
颯太の言葉にシャルロットが驚いたように呆然とする。
「…………プッ、冗談だよ」
「えっ?」
急に笑った颯太にシャルロットが驚いた表情を浮かべる。
「俺がそんな熱烈ラブレター貰えるような状況だと思うか?」
「それは……」
颯太の言葉に困惑したようにシャルロットが言い淀む。
「んじゃ、予定もあるし俺はそろそろ行くわ」
「え?あ……うん……」
手を振る颯太にシャルロットもおずおずと手を振る。
そのまま颯太は購買に向かって歩き始め――
「ホントに!」
「……………」
声を上げたシャルロットに颯太は足を止める。
「ホントに……ラブレターとかじゃないんだよね?」
「……ああ。そんな心躍るようなことじゃないよ」
言いながら颯太は振り返り
「まぁ……ある意味では待ち望んでいた心躍ること、かもな……」
そう言って笑みを浮かべた颯太の顔に
「っ!?」
シャルロットは思わず息を呑む。背筋に寒気が走るほどの、冷たい笑みだった。
笑顔を浮かべているはずなのに、その纏っている雰囲気は恐ろしいほど冷たく、しかしその両目だけはギラギラと強い感情を内包していた。
「……んじゃ……」
得体のしれない気配を消した颯太はそのまま今度こそ歩き出す。
そんな颯太にシャルロットは何も言えず、ただただその背中を見送ることしかできなかった。
「ふぅ………」
学園の屋上。颯太は食べていたパンの袋とフランクフルトの包み紙を一纏めにして飲み干したコーヒー牛乳のパックとともにビニール袋に詰める。
制服の袖をめくって腕時計を確認する。
「時間は……まあいいくらいか」
言いながら立ち上がり、読んでいたラノベを閉じて、使わなかったフランクフルトのケチャップの小袋とともに制服の上着のポケットにしまう。制服のポケットは思いのほか大きくてラノベの一冊くらい悠々と入る。
実は中学の時の颯太は最多で学ランの前、左右のポケットに一冊ずつ、加えて内ポケットに一冊の合計三冊のラノベを持ち歩いていたこともあるのだが、それはまた別のお話。
「んっ……んぅぁあああああああ!!!」
大きく伸びをして肺の中の空気を入れ替えるように吐き出す。
肌寒くなり始めた十月後半の冷たい空気に颯太は意識を切り替える。
「さて……行くか~!」
言いながら颯太は屋上の出入り口へと歩を進め、ドアの脇のゴミ箱に持っていたゴミを放り込む。
そのままドアをくぐり階段を降り、三階を進む。
三階の奥、理科室などの特別教室のある一角。その中の特別教室、と言うか空き教室の一つが颯太の目的地である。
午前しか授業がない土曜日の、しかも昼食の時間帯。想像通り人の気配はなく、遠くから喧騒が小さく聞こえてくる。
颯太は一瞬周りに視線を巡らせて目当ての教室のドアに手を掛ける。
開けたドアから一瞬ふわり風を感じながら視線を向けると、ドアから入って正面に窓を開けて颯太に背を向けて立つ一人の女生徒の後姿が見えた。
「お待たせ……したのかな?」
颯太は言いながら後ろ手にドアを閉める。
颯太の言葉に女生徒は答えずただ黙って背を向けたままで立っている。
「君には聞きたいことが山ほどあったから、本当は俺が呼び出すつもりだったんだが……まさか君の方から呼び出されるとはね」
颯太は言いながら朝に下駄箱に入っていた封筒を見せながら歩を進める。
女生徒はその間も黙ったまま振り返ることはない。
そのまま颯太は女生徒の背後、一メートルほど後ろで足を止める。
「改めて、さっきぶりだね」
颯太の言葉に女生徒が振り返り
「……いや、久しぶりって言った方が正しいのかな?ねぇ?あぃ――」
――トン、と颯太の身体に振り返った女生徒が俯いたまま抱き着く様にぶつかった衝撃で、颯太の言葉を遮る。
女生徒はすぐにパッと体を離す。そんな様子に颯太は首を傾げながら、ふと違和感を覚えて自身の身体を見下ろす。と――
「……え?」
先ほどまではなかったものが、そこにはあった。
颯太の身体、颯太から見て左の脇腹にそれはあった。
黒い棘のような、何かの持ち手のようなものが、ほんの数秒前にはなかったそれが、颯太には一瞬何かわからなかった。
しかし、その黒い棘のようなものを中心に、真っ白な制服が赤く染まっていくのを見ながら
「あぁ……なるほど……コレ…………」
颯太は言いながらゆっくりと倒れる。
ドサリと小さく音を立てて倒れ伏した颯太を女生徒はただただ見下ろす。
颯太が倒れて数秒、ピクリとも動かない颯太の脇に屈みこんだ女生徒は颯太が持っていた封筒を手から抜き取り、自分のポケットに仕舞い、そのまま、何も無かったように部屋を後にした。