IS~平凡な俺の非日常~   作:大同爽

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第147話 あの太さって全然ライトじゃないよね

 13時40分。

 第二アリーナのAピット、そこには箒、セシリア、鈴、ラウラ、それに加えて数名の一年一組の面々が一夏の激励にやって来ていた。

 14時からの試合まで残り二十分。13時20分にはピットにやって来ていた一夏は友人たちと話しながら試合前の緊張を紛らわせながらその時を待つ。

 本来であればあと二十分後には試合が始まるという時間であるにもかかわらず、いまだ教師陣からの連絡はない。理由は簡単、試合相手の井口颯太が予定の時間になっても現れないのである。

 本来なら試合の三十分前にはそれぞれのピットに来て連絡を待つことになっていたのだが、十分すぎた今現在井口颯太はBピットに現れない。

 

「直前になって怖気づいたんじゃない?」

 

 一夏の激励に来ていたクラスメイトの一人、鷹月静寐が言う。

 

「いや、それはないわよ。だって――」

 

「そんなやつがIS学園で今回のような変革を行うとは思えんからな」

 

 鷹月の言った言葉に鈴とラウラが否定する。

 

「それに、わたくしたちはこれまでずっと彼とそれなりの場数を踏んできましたわ」

 

「あいつがここで逃げるほどのやつではないことは、私たちがよく知っている」

 

 セシリアと箒の言葉に鷹月やその他の一組のクラスメイト達は思い当たる節があるのか口籠る。

 

「とにかく千冬ね……織斑先生の話ではあと五分で来なければ颯太の不戦敗になるらしい。それで来なければ教師陣で颯太の行方を捜すために――」

 

「おう、お疲れ~」

 

 一夏が真剣な顔で言おうとした言葉を、ピットのドアが開く音と共にはいてきた人物が遮る。

 その人物は――

 

「そ、颯太!」

 

 ISスーツに身を包んだ井口颯太だった。

 これまで着ていたものとは少しデザインの違う、これまでは一夏と同じような上下わかれたものだったそれが、上下繋がったウェットスーツのようなものになっていた。ぴったりと身体に張り付き、二の腕の半ばまでの袖と太もものあたりまでの裾の黒を基調とし、赤・青・黄・緑・紫の五色のラインが走っている。

 

「お、お前今何時だと思ってんだ!?今まで何してたんだよ!?」

 

「いや~、悪い悪い。昼食食べたら眠くなってな。ウトウトしてたら遅刻した」

 

『んなっ!?』

 

 颯太の言葉にその場にいたほとんどのメンバーが呆れたように声を漏らす。

 

「おいおい、相川さん。そんなに睨まないでくれよ。どうしたの?まるで幽霊でも見たような顔をして」

 

「……遅れてやってきてわざわざここに何しに来たの?」

 

「やだな、そんな敵意剥き出しにしないでよ。ただの遅刻の謝罪と試合前のご機嫌伺だよ」

 

 鋭い視線を向けるクラスメイト、相川清香に肩をすくめながら颯太が答える。

 

「まあ、あとは最終確認かな?」

 

「最終確認?」

 

 颯太の言葉にその場の全員が首を傾げる。

 しかし、そんな周りの様子に答えず一夏は鋭い視線で見ながら口を開く。

 

「一夏、本当にやるんだな?」

 

「……ああ」

 

「やめるなら今だぜ?お前が負ければもう誰も俺を止められなくなる。お前にその責任を背負う覚悟があるか?」

 

「ああ。覚悟はできてる」

 

「…………」

 

 鋭い視線で見つめる颯太の視線を正面から睨み返して言う一夏の言葉に颯太は数秒黙り

 

「上等。ならこれ以上の言葉はいらないな。続きは試合で、だ」

 

「ああ」

 

 踵を返して手を振りながら歩いて行く颯太に一夏も頷く。

 

「――あ、そうだ。ちょうどいいや」

 

 と、ピットのドアの前に立ったところでふと思い出したように颯太が振り返る。

 

「相川さん。ハンドボール部が出した書類に不備があったから、相川さんから部長さんに渡しといてくれる?」

 

「えっ?……うん…わかった」

 

「ありがとう。いま更衣室に置いてあるカバンに入ってるから一緒に来てくれるか?」

 

 颯太の言葉に警戒した表情で頷く相川。

 

「それじゃあ、また後で試合で」

 

 そう言って颯太は手を振りながら今度こそAピットを後にした。その後を相川が着いて行く。

 

 

 〇

 

 

 

「……それで、書類は……」

 

「ん?そんなものないよ?そんなこと分かった上で着いてきたんでしょ?」

 

 更衣室に着き、相川が訊くと颯太はロッカーに背中を預けながら答える。

 

「言ったじゃん、君には聞きたいことが山ほどあるってさ」

 

「………なんで……?」

 

「ん?それは何に対しての『なんで?』?『なんで私に訊いたいことがあるの?』の、なんで?それても――」

 

 言いながら颯太は口元に笑みを浮かべて相川を正面から睨むように見つめる。

 

「『なんでナイフ刺したのに生きてるの?』の、なんで?」

 

「っ!?」

 

 颯太の言葉に相川は息を呑む。

 

「……私が呼び出したときから、こうなるって想定してたの?」

 

「いんや、まったく」

 

「え……?」

 

 颯太が言いながら笑いながら手を振って否定する。

 

「まあそれなりに警戒はしてたけど、まさかいきなりお腹刺されるとは思わなかったね」

 

「じゃ、じゃあなんで……なんで……!?ちゃんと刺したはずなのに!?」

 

「ああ、そりゃぁだって、君が刺したの俺の左脇腹じゃん?」

 

 言いながら今度はロッカーから制服を取り出す。

 

「俺、今日は左のポケットに――ラノベ入れてたんだよね」

 

 二ッと笑いながら颯太が左のポケットからちらりとその中身、一冊のライトノベルを半分ほど取り出してみせる。

 

「普通のラノベなら危なかったけど、これが『境界線上のホライゾン』でよかったよ、ホントに。このアホほど分厚いラノベ、これまではあまりの太さに読む気も起きなかったが……この分厚さに救われる日が来るとは夢にも思わなかったよ」

 

 言いながら颯太は笑う。

 

「で、でも制服がそんなに真っ赤に……!」

 

「ああ、本と一緒にケチャップの小袋入れてたからね。それも一緒に刺して中身が出ちゃったみたいだよ。おかげで白い制服がぐちゃぐちゃだよ。おまけに穴空いちゃったし。こりゃ買い替えだな」

 

 ため息をつきながら颯太はロッカーに制服をしまう。

 

「で?他に訊きたいことは?」

 

「………井口君は、いったいどこまで知ってるの?」

 

「ん~……どこまで、かぁ~」

 

 颯太は相川の言葉にロッカーにもたれ直して少し考える。

 

「ん~……それは、あの師匠が被害を受けた、本来なら俺を狙っての爆弾のことかな?」

 

「…………」

 

 颯太の言葉に相川の視線が鋭くなる。

 

「……いつから?」

 

「いつから……そうだね、はじめに怪しんだのは、俺へ届いた爆弾、あれに誘導したのが君だったからさ」

 

 颯太は思い出すように言う。

 

「あの日俺は君に言われなければたぶん爆弾の小包を受け取りにはいかなかったからね。そこでまず違和感を覚えた」

 

「……でも、それだけじゃ――」

 

「そう!それだけじゃただの偶然かもしれない。――でもね、俺が君のことを怪しんだのはその時のことがあってからだけど、不審に思っていたのはもっと前からなんだよ」

 

「っ!」

 

 颯太の言葉に相川は息を呑む。

 

「いつからかを言う前に、そろそろはっきりさせたいんだけどさ」

 

 言いながら颯太は姿勢を正し

 

「久しぶりだね、〝キヨちゃん〟」

 

「……久しぶり、ハヤ太君」

 

 二ッと笑いながら言う颯太に対して、〝キヨちゃん〟と呼ばれた相川は表情をこわばらせながら答える。

 

「ハハッ!〝ハヤ太〟って呼び方も久しぶりだな~。転校した先ではその呼ばれ方しなかったし。確か誰だったか先生が呼び間違えてから俺のあだ名がそうなったんだよね」

 

「……そうだったかもね」

 

「俺が転校してからだから……五年ぶりくらいになるのかな?」

 

「まあ、そのくらいにはなるかもね……」

 

 笑いながら言う颯太に対して相川のテンションは低い。

 

「……いつから気付いてたの?」

 

「ん~……まあぶっちゃけ初めは気付いてなかったんだけどさ。初めて会ったときから違和感はあったんだ。どこかで見た気がするなぁ~って」

 

 颯太は言いながらロッカーに背中を預ける。

 

「小学校の時はキヨちゃんって髪長かったよね。それにあんまり話すこともなかった、昔は今と違ってもっと内向的だったよね。そのせいで全然思い出せなかったよ」

 

「じゃあ、いつ……」

 

「確信したのは夏休みだよ。実家に帰った時にふと読んだ1/2成人式の文集の中に君の名前を見つけた時、違和感の正体に気付いた。同時に文集に挟んであった写真を見てほぼ確信した。なんとなくだけど面影があったからね。あとは新学期になってからキヨちゃん本人に訊こうと思ってたんだけど……アメリカ行ったりごたごたしてそれどころじゃなくなったからね」

 

 颯太が笑いながら言う。

 

「まあそれもあっておかしいな、とは思っていたんだよ。ただたまたまキヨちゃん自身も俺のことを覚えていなかったってだけかも、とも思った。――でもね、もう一つ気になることが分かった」

 

 言いながら颯太は相川の顔を鋭い視線で見る。

 

「今回の事件は『亡国機業』が起こした事件だった。でもね、調べてるうちにこの『亡国機業』と繋がってると思われる団体がいた」

 

「…………」

 

「ところで、キヨちゃんのお母さん、結構大きな会社の重役をしてるよね?」

 

「……うん」

 

「その会社ってさ、大きな団体の傘下の会社だったよね?その団体ってさ……なんて団体だっけ?」

 

「……………」

 

「あれ?わかんない?そんなはずないよね?自分のお母さんの働いてる会社だもんね?それとも――言えないのかな?」

 

「……………」

 

「言えないなら言ってあげようか。君のお母さんの働いてる会社は……『女性権利団体』の傘下だよね」

 

 颯太の言葉に相川が顔を強張らせる。

 

「そして今回俺が調べて、『亡国機業』との繋がりが見えた団体も『女性権利団体』………これって偶然かな?

IS学園に入学して、クラスメイトが元小学校の時の同級生。その同級生の親は『女性権利団体』の傘下の会社の重役で、その『女性権利団体』はこの学園にテロ攻撃を仕掛けたテロリスト集団とのつながりが疑われる。しかもその爆弾に間接的であれ何であれ俺を誘導したのは他でもないその元同級生のクラスメイトだった。これだけのことが揃っていると、もはや偶然とは俺には思えなかった」

 

「…………」

 

 颯太は相川を睨んだまま言う。

 

「でもこれはあくまで一つ一つの事実を俺が無理矢理つなげたに過ぎない。そこに明確な証拠はないし、否定されれば俺はそれを覆す術はなかった……そう、〝なかった〟んだよ」

 

「それって……」

 

「そう……今は違う。君のおかげなんだよ、キヨちゃん!」

 

「私…の……?」

 

「俺の計画ではどうにか君に話を聞くことで君と今回のテロとの繋がりを見つけ、そこから『女性権利団体』が『亡国機業』と繋がっている証拠を見つける足掛かりにするつもりだった――でも!今日君が俺を呼び出し不意打ちで俺の腹にナイフを突き立てたことで、俺に明確な殺意を見せたことで、俺は確信を得たんだよ。君が今回の件に関わっていることを!そしてその先に君にそうするように指示した何かしら誰かしらの思惑が関与していることをね!」

 

「っ!?」

 

 颯太の言葉に相川は自身の失態に気付いたようで顔をしかめる。

 

「ダメじゃないか……ちゃんと息の根を止めないと!君が確認を怠ったことで俺と言う敵にこれ以上ない情報を与えてしまった!」

 

 颯太は口元を歪ませるように笑いながら言う。

 

「で、でも!そのことに証拠はない!今回あなたを刺した犯人が私だって言う証拠が!」

 

「証拠ならある。君が僕を呼び出した手紙だ。あれを調べれば君の指紋が出てくる。筆跡も君の物と一致するはずだよ、キヨちゃん」

 

「その手紙はどこにあるの?それがなければそんなものなんの証拠にもならない!」

 

 軽く笑みを浮かべながら、自信満々の表情で相川が言う。が――

 

「……プッ!アハハハハハハハッ!」

 

 そんな相川の言葉に颯太は心底おかしいという様子で笑う。

 

「な、なにが――!?」

 

「いやぁ、ごめんね。ちょっと昔のことを思い出してね。覚えてるかな、キヨちゃん?君、小学校の時はよく忘れ物をして先生に怒られていたよね。『もっと確認をちゃんとしろ』ってさ?」

 

 言いながら颯太はISスーツのお尻にあるポケットに手を突っ込み

 

「確認不足は……まだ治っていないようだね、キヨちゃん?」

 

「っ!!!」

 

 颯太の取り出したものを見て、相川は息を呑む。

 それは一枚の折りたたまれた便箋だった。

 

「もしもの時のために俺が中身を抜き取ってないって、どうして思ったのかなぁ~?」

 

「くっ!」

 

 颯太の言葉に相川はポケットから封筒を取り出す。

 急いで中を確認するとそこには一枚のルーズリーフが入っており――

 

「は~ずれ~~wwwwww」

 

 颯太は満面の笑みでそのルーズリーフに書かれた内容を口にする。

 

「君のミスを上げるならば大きく分けて三つ。一つ目は俺の生死の確認を怠った事。二つ目は証拠隠滅のために持ち去った封筒の中身をすぐに確認しなかったこと。三つ目は――俺が何の準備もしていないと侮ったことだ」

 

 言いながら颯太はロッカーを開けて

 

「テテテテッテテ~♪監視カメラ~」

 

 颯太の取り出した小さなカメラに相川は呆けた顔をする。

 

「こいつには君が俺を刺すその瞬間、それに加えて今この場の一部始終がすべて記録されている」

 

「そん…な……!」

 

 呆然と膝をつく少女の方にポンと手が置かれる。

 

「ありがとう、キヨちゃん。俺にこんなにもたくさんのプレゼントをくれて。これで俺は、また一歩、師匠の仇に近づいた」

 

 ニヤリと笑った颯太の笑みは恐ろしいほどに冷たいものだった。

 

「今回の君からのプレゼントへのお返し、それに加えて同じ小学校に通っていた昔馴染のよしみだ。この試合の間だけ猶予をあげる。その間に自首をするなり、君の上司に助けを求めるなり、好きに選ぶといい。――でも、君の上司が失敗した君を何もなく保護してくれるような、お優しい人たちかどうかはわからないけど、ね?」

 

 そう言って颯太は相川の肩をポンポンと軽くたたいて、ゆっくりと去って行った。

 あとに残された少女は一人、自身に残された二つの道のその先に待つものに思いを馳せて絶望に顔を歪めるのだった。

 


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