IS~平凡な俺の非日常~   作:大同爽

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第154話 しこり

 

「さて、今日の会議で決めなきゃいけないことはこんなものか……」

 

 会議の資料をトントンと机でそろえながら一夏が言う。

 一夏の一言で生徒会室内の空気がいっきに弛緩する。

 僕もうーんっと大きく伸びをする。

 

「はぁ~、別に生徒会の仕事に不満はないけど、毎回会議の後って肩凝るのよね~」

 

「だらしないですわよ鈴さん」

 

 だらりと机に突っ伏す鈴にセシリアが呆れ顔で注意する。

 

「しょうがないじゃない。あ、そうだセシリア、お茶淹れてよ」

 

「なんでわたくしが……」

 

「いいじゃない、堅いこと言いっこなしよ」

 

「はぁ……他に飲む方は?」

 

「あ、じゃあ俺も」

 

「私ももらう」

 

「じゃあ僕も」

 

「私も……」

 

「わかりましたわ。じゃあ全部で六つですわね」

 

 言いながらセシリアは立ち上がり備え付けのキッチンに向かう。

 

「それじゃあ、私は剣道部に行く用があるので先に出る」

 

「あ、うん。お疲れ様」

 

 席を立った箒に手を振り、箒を見送る。

 

「ふう……そう言えばあれから楯無さんから何か連絡はきたのか?」

 

「ちょうど昨日エアメールが届いた。今北京だって……」

 

「北京ってことは中国か」

 

「先月はシンガポールじゃなかったか?」

 

「マーライオンと重なるようにして自分が水を吐き出してるように見える絵葉書が来たのよね」

 

 一夏の問いに答えた簪の言葉に一夏、ラウラ、鈴が苦笑い気味に言う。

 

「ホントに世界中回って颯太を探してるんだな、楯無さんは」

 

「うん。亡国機業関連のテロの現場とか、紛争のあったもしくは現在進行形で紛争が起きてる地域とか回ってるみたい。颯太ならそういうところを回るだろうからって」

 

 

 

 

 楯無さんが目を覚ましたのは颯太がIS学園を去ってから約二週間ほど経ってからだった。

 目覚めての第一声は

 

「なんだか死ぬほど寝た気がする」

 

だった。冗談としても笑えない。本当にそのまま死んでいてもおかしくなかったのに……。簪なんかはその一言に説教をしていた。

 その後、楯無さんが寝ている間に起こった事を詳しく説明し、颯太が現在行方をくらましている事を話すと

 

「あのバカ弟子!!!!」

 

 と、鬼の形相で暴れ、看護師三人と僕と簪の計五人で数分かけてやっと取り押さえると言うひと悶着があった。

 それから回復状態を見ながらリハビリを開始。医者も驚く勢いでリハビリをこなし、予定の半分の入院期間で、年を越す前に退院した。目を見張る医者や僕たちに対して楯無さんはたった一言、「まさしく愛よ!」なんてドヤ顔していた。

 冬休みに入る前、二学期の終わりごろ、楯無さんはそれまで生徒会長代理を務めた一夏から会長職を返還され、生徒会長の職に復帰――するかと思いきや、生徒会長を引退を宣言し、同時に学園を長期間休学すると言い残して颯太捜索の旅に出てしまった。

 それから今日まで約四か月、世界各国を回り颯太を探し続けている。

 唯一の救いは颯太と違って逐一自身の現在位置をエアメールなどで送って来ることだろうか。おかげで生存確認は取れている。

 

 

 

 

「一月頭のアラスカから始まって、ちょっとした世界一周旅行だね」

 

 苦笑いで僕も言う。

 

「意地でも見つけて引き摺ってでも連れ戻すって言ってる……」

 

「帰ってきたら颯太の首に首輪でも着けてリード引いて帰って来るんじゃない?」

 

 鈴の言葉にみなその様を想像して笑う。

 

「お茶、入りましたよ」

 

「お、ありがとう、セシリア」

 

 お盆に人数分のカップとポットを持ってやってきたセシリアを迎え、六人は話に花を咲かせる。

 

「あいつ、今どこで何してんのかしらね……」

 

「さぁ……でも、あいつのことだからアニメ見てマンガ読んでダラダラしてるんじゃないか?」

 

 ぼんやりとお茶を飲みながら呟いた鈴の言葉にラウラが答える。

 

「日本にいるのか……はたまた海外か……」

 

「もしかしたら変な事件に首つっこんでしっちゃかめっちゃかかもね」

 

「元気にしてるのでしょうかね……」

 

 簪や僕、セシリアも言いながら笑うが、どこかその笑いには一様に元気がない。

 数秒ほど微妙な沈黙が流れる。

 

「………颯太がいたらさ」

 

 と、沈黙を破って一夏が口を開く。

 

「颯太がいたら、今のIS学園をどう思うんだろうな?」

 

「一夏……」

 

 一夏の言葉にみな答えようとし、しかし何と答えていいかわからず黙る。

 

「俺は……颯太の代わりにこの学園を守れているんだろうか……?」

 

 どこか遠い目をして呟くように言う一夏の言葉に誰もが答えを探し、何かを言おうと口を開こうとする。しかし、それよりも先に部屋のドアをノックする音に全員の意識がそちらに向く。

 

「失礼します」

 

 扉を開けて入ってきたのは一人の女生徒だった。ネクタイの色からして二年生だ。

 

「すみません、科学部の者なんですが、以前申請した備品が届いたって聞いたんですけど……?」

 

「あぁ~!はいはい!科学部の備品なら職員室の脇の教材室にいったん置いてたはずだよ」

 

 女生徒の言葉に一夏が先ほどまでの少し影のある表情から一転、笑顔で席を立つ。

 

「あれ、女子一人で運ぶには重いだろうから、案内ついでに手伝うよ」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「いいっていいって!――じゃあ俺ちょっと行ってくる。セシリア、お茶ありがとう。おいしかったぞ」

 

「ええ、お口にあってよかったですわ」

 

 言いながらカップに残っていたお茶を飲み干す一夏にセシリアも笑顔で頷く。

 

「必要なら私たちも行こうか?」

 

「ああ、大丈夫。重いって言ってもそんなに量があるわけじゃないし、俺が行けば十分だろう」

 

 一緒に行こうと腰を上げたラウラを手で制して一夏はドアのほうに歩いて行く。

 

「それじゃあ行ってくるよ。そんなにかからずに戻って来ると思うから。シャルロットと簪さんはゆっくりして行ってくれ」

 

「うん。ありがとう」

 

「お疲れ様……」

 

 笑顔で言う一夏に僕らは頷き、それを見ながら一夏は女生徒ともに生徒会室を後にした。

 

「………前々からなんか引っ掛かってるんだろうとは思ってたけど」

 

「ええ。一夏さんの中には颯太さんが出て行ったことがしこりとなって残っているようですわね」

 

 一夏が出て行って数秒の間を開け、鈴が言い、それに同意するようにセシリアも口を開く。

 

「一夏だけじゃないさ。今ここにいない箒も含め、我々全員が颯太の失踪に思うところがあるはずだ。私自身そのことを少なからず自覚している」

 

 ラウラの言葉にみんなが思い当たる節があるようで言葉なく頷く、もちろん僕も。

 

「はぁ~!やめやめ!今ここにいないやつのこと考えだしたらキリがないわよ!」

 

 と、鈴が大きくため息をつきながら言う。

 

「アイツのことは楯無さんがアイツの首に縄括りつけて引き摺って帰って来た時に考えればいいのよ!帰ってきたらその時はみんなで文句言ってやりましょ!」

 

「……確かにその通りだな。私たちは私たちでやっていくしかない」

 

「ふふ、そうですわね。鈴さんもたまにはいいことを言いますわね」

 

「たまにはは余計よ!」

 

 ラウラが頷き、セシリアも笑いながら言う。

 

「そうだね。今目の前にいないし連絡もつかないんじゃ、文句も言えないね」

 

「帰ってきたら私も言いたいこと山ほどある……」

 

 僕も簪も鈴の言葉に頷く。

 

「あとは、楯無さんが颯太を見つけてくれるのを待つだけだ」

 

 言いながら僕は窓の外に視線を向ける。

 空は青く澄んでいて、とてもきれいだ。

 きっとこの同じ空の下、どこかに颯太はいるはずだ。そしてそんな颯太を探して今は中国にいるであろう楯無さんも。

 あの楯無さんならいつかきっと颯太を見つけてくれるだろう。

 それまで僕らはこの学園を守り、颯太がビックリするくらいの学園にしていこう。そんなふうに僕は決意を新たに固めながら、紅茶を飲み干す。

 

「さて、と。簪、そろそろ僕らも風紀部の方の仕事に戻ろっか」

 

「うん、そうだね……」

 

 僕の言葉に簪は時間を確認して頷く。

 

「それじゃあ、ごちそうさま」

 

「ごちそうさま……」

 

「お疲れ、仕事頑張って」

 

「うん、ありがとう」

 

 手を振りながら言う鈴の言葉に頷き、僕らは席を立つ。

 

「あ、そうですわ。ちょっとお二人ともいいでしょうか?」

 

 と、セシリアが僕らを呼び止める。

 

「どうかしたの?何か仕事のことであった?」

 

「いえ、仕事のことではないんですが、お二人は明後日の日曜日は開いていますか?実はわたくしたち四人で買い物に行こうと話していたのですが、よければお二人もどうかと思いまして」

 

 セシリアの言葉に鈴とラウラも頷く。おそらくセシリアの言う四人とはここにいる三人に加え、箒のことなのだろう。

 

「新学期も始まったし、必要な物を買うっていう名目でぱぁっと女子会でもしようってね」

 

「まあちょっとした息抜きだ」

 

「そっか……」

 

 三人の言葉に頷きながら僕と簪は少し顔を見合わせ、

 

「……ごめん、実は日曜日はふたりで行くところがあるんだ」

 

「あら、そうですの……」

 

「どこに行くの?なんならその後でもいいのよ?」

 

「気持ちは嬉しいけど、今回はやめておく……」

 

「そうか……」

 

 僕らの言葉に三人は少し残念そうな顔をする。

 

「ごめんね、その代り次の機会には行くよ」

 

「また誘って……」

 

「……そうね、別に今回だけってわけでもないし」

 

「またお二人とは改めて行きましょう」

 

 僕らが言うと、鈴とセシリアが頷きながら言う。

 

「みんなで楽しんできて」

 

「ああ、お前たちも、用事が何かはわからんが、気を付けてな」

 

「うん……それじゃあ、お疲れ様……」

 

 ラウラの言葉に簪が答え、僕らは三人に手を振りながら生徒会室を後にした。

 


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