日曜日。俺は寮の玄関に立って待ち合わせをしていた。
俺の今日の服装は下はジーパン、上は赤いTシャツの上に白の半袖カッターを前を留めずに羽織っている。
時刻は九時半。集合時間は十時。実を言うと十五分ほど前、九時十五分ごろには待ち合わせ場所に来ていた。てか、誘われたのは俺の方なので待ち合わせに遅れたら昼食を奢るなどのペナルティが発生しかねない。むしろあの人ならもっとおかしなペナルティだってかしてくるだろう。
しかしそう考えると不思議だ。そんなあの人なら俺が来るより前にここに来ていてもおかしくはない。
待ち合わせ時間の四十五分前に来た俺に、あの人のことを見透かしたイタズラっ子のような笑みを浮かべ、「遅かったわね、待ちくたびれたわ」なんて言いかねない。その姿は容易に想像できる。
「…………」
腕時計を確認すると、現在の時刻は九時四十分。そろそろ来る頃ではないだろうか?
「お、お待たせー!」
と、背後から女性の声が聞こえてくる。見ると少し慌てたように走りながらやってくる楯無師匠だった。今日の俺の待ち合わせ相手だ。
「ごめんね、遅れちゃって」
「いえいえ。まだ待ち合わせの二十分前なんですから、遅れてないですよ」
「でも、颯太君はもう来てるんだから結局は待たせちゃってるよ」
俺が早めに来てただけなのに…。このセリフを俺が言う日が来るとは思っていなかったけど…。
「いえ、俺も今来たところですから」
「フフ、じゃあそういうことにしときましょうか?」
俺に笑顔を見せながら微笑む師匠。そこで俺は改めて師匠の服装に注目する。
全体的には水色を主体としている。袖が短く裾も膝上太もも半ば辺りまでのワンピース。白い肌に対比するような黒のタイツがなんとも男心をそそられる。紺色の丸い帽子も似合っている。もともと美人な師匠がさらにきれいに見える。まるでどこかのモデルのようだ。
「その服、似合ってますよ」
「あら、ありがとう。言われる前に褒めてくれたのはポイント高いわよ」
「この手のことはラブコメで学んでますよ。俺は鈍感で難聴なラブコメ主人公ではないんで」
俺の頭の中にふと一夏の顔が浮かぶ。ラブコメ主人公みたいなやつなんて絶対に現実にはいないと思っていたけど…世界は広いなぁ。
「さて、それじゃあそろそろ行きましょうか」
「あ、はい」
歩き出した師匠の後をついて俺も歩き出す。
「で?今日はどこに行くんですか?俺この辺の土地勘ないんでお任せするしかないんですが」
「うん。駅前に『レゾナンス』っていう大型のショッピングセンターがあるの。そこならいろんな店もあるから色々揃うわよ。今日はいい荷物持ちがいるから色々見て回れるわ」
「そうですか。まあお手柔らかにお願いします」
「フフフ、どうしよっかなー」
笑顔の師匠と苦笑いの俺はとりあえず駅に向けて歩き出した。
○
「……見た?」
「もちろんだよー」
寮の玄関の陰から歩いて行く楯無と颯太を見つめる人物が二人出てくる。
「どうするの、かんちゃん」
「……本音――」
眠たげにのほほんとした少女、本音が隣の眼鏡の少女、簪に訊くと、簪は歩いて行く二人を見ながら口を開く。
「今日の予定は全部キャンセルして。あの二人の後を付けるわ」
「ラジャー」
真剣な表情の簪と、簪の言葉に笑顔でだぼだぼの長い袖の腕で敬礼をする本音。
そのままふたりはこそこそと楯無と颯太の後を付け始めた。
○
「とうちゃーくっ!」
師匠とともに俺は大きな建物、ショッピングモール『レゾナンス』へとやって来た。
「ここですか。確かにでかいですね」
入り口に置かれた簡易的な地図を手に取って開く。
服の店が多い。他にも書店や家具家電、食料品や喫茶店もある。本当に何でもあるようだ、ここは。
と、地図を見ていた俺の目が一か所で止まる。
「こ、これは…!」
「ん?どうかしたの?」
震える手で地図を凝視する俺を不審に思った師匠が首を傾げながら聞く。
「ここ……アニメイトがある!しかもそこそこ規模がでかい!」
地図の中のアニメイトのスペースは他の店のスペースよりも広かった。書店や食料品とスペース的には同じくらいだろう。
「これは行くしかないですね!」
「行ってもいいけど最後にしましょう」
「はい!」
行かないとかじゃないからいいや。しかも今の俺は数か月前の俺ではない!企業所属のIS操縦者として少なからずお給料が出ている。以前は買うことを躊躇った高額なDVDBOXもBDBOXも買うことができる。ありがとう指南コーポレーション。
「じゃあさっそく行きましょうか」
「そうですね。どこから行くんですか?」
「そうね、まずは……」
俺の持つ地図を覗き込みながら師匠が数秒考え込む。
「よし、決めた!ここに行きましょう」
師匠が地図を指さしたところを覗き込む。
「はい、了解です」
「頼んだわよ、荷物持ちさん」
「はいはい。こうなったらどんとこいですよ」
そう言いながら俺たちはショッピングモールの中を進んでいく。
「ところで、なんで来るときにあんなに慌ててたんですか?」
移動しながら俺はふと訊く。
「あ~、それは……」
師匠が苦笑い気味に頬をポリポリとかく。
「実は今日、生徒会の仕事があったんだけど……虚ちゃんに全部押し付けてきちゃった。テヘ♡」
ペロッと舌を出しながら自分の頭にコツンと拳を当てる師匠。
「その仕草かわいいっすよ師匠♪」
「でしょ~?」
グッと親指を突き立てながら笑顔を向ける俺と、同じように親指を突き立てながら笑顔の師匠。
「でも――」
すっと、突き立てていた親指を手とともに下ろしながら師匠をジト目でにらむ。
「かわいい仕草してもダメっすよ。仕事しなくていいんですか?」
「だって……颯太君と買い物行きたかったから……」
「え…?」
しおらしくしょぼんとしながら師匠のつぶやいた言葉に俺は足を止める。
「だって…」
師匠も足を止め、俺の方に顔を向ける。その顔は少し赤く染まっていた。
「だって…颯太君をちょうどいい荷物持ちにして存分に買い物したかったから」
「でっすよねー」
だと思った。一瞬「え?この人俺に気があるんじゃね?」とか思った自分が恥ずかしい。そりゃそうだ。フツメンな俺がこんな美人にモテるわけがない。危なく勘違い野郎になるところだった。
「まあそれはいいですよ。じゃあとっとと買い物して、早めに戻って布仏先輩に謝りに行きますか」
「一緒に謝ってくれるの?」
俺の言葉に師匠が訊く。
「謝りますよそりゃ。俺だって師匠と一緒に買い物するんですから、同罪ですよ」
「……そっか。ありがとう」
「……どういたしまして」
師匠の言葉に頷きつつ俺は目的の店へと歩き始めた。
○
前を歩く颯太君の背中を見ながら私、更識楯無は微笑む。
彼はこういう少年だ。私と簪ちゃんとのことも、今回のことも、本当なら彼には全く関係がないことだ。それに自分から関わるというのは、結局彼は優しいのだろう。それもとことん、不器用なまでに。
そんな彼の言葉だからこそ、私は素直に簪ちゃんに会いに行けたのだろう。
そんな彼だったからこそ、私は大事な生徒会の仕事を虚ちゃんに押し付けてここまで来たのだろう。
そんな彼だからこそ、私は――。
「言えないよ。本当は君と出かけたかったから…デートしたかったから、なんて……」
私の呟きは日曜の人混みの中に紛れ、彼の耳までは届かなかった。
はい、というわけで楯無さんとの買い物デートです。
颯太君はデートとは思わず、自分はただのていのいい荷物持ち、くらいにしか思っていないですけどね。