IS~平凡な俺の非日常~   作:大同爽

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第161話 安木里マユ

「海斗君、パソコンのあるところに移動したよ」

 

 海斗君の言葉に驚く僕らは、海斗君に言われ簪の部屋に移動した。

 

「それでどういうことなの?〝安木里マユ〟が颯太の小説のヒロインって」

 

「私たちが貰った小説に、そんなヒロインはいなかったけど……」

 

 スピーカーにしてあるので隣にいる僕にも電話の声は聞こえてくる。僕と簪は電話の向こうの海斗君に訊く。

 

『さっき簪姉さんのメールに送ったから、それを見てくれればわかるんだけど、実は簪姉さんたちに渡した兄さんの昔描いた小説って全部じゃないんだ。兄さん最初の頃はノートに小説を書いてたんだけど、途中で父さんがパソコンを買い替えて古い方のパソコンをもらってからそっちで書くようになったんだ』

 

 僕らの問いに海斗君が答える。

 

『〝安木里マユ〟が登場するのはそんな中でも特に兄さんが中二病末期だった頃に書いてた小説に登場するんだ。正直思い出したときはもう残ってないと思ってたけど、兄さんも消し忘れてたのかパソコンの奥の奥のそのまた奥のなおかつ奥のさらに奥、くらいのところに隠してあったんだ』

 

「あ、あった」

 

 海斗君の説明を聞きながらパソコンを操作していた簪はメールのページに海斗君からの物を見つける。

 

『タイトルを見てもらえばわかる通りジャンルはコテコテのダークファンタジー。主人公は、夜は祓魔師(エクソシスト)として悪魔と戦いながら昼は普通の学生の二重生活をしてるって設定なんだ』

 

 海斗君の言葉を聞きながら僕らは開いたメールからwordファイルをダウンロードする。

 その小説のタイトルは――

 

「「『ギャルゲー主人公Wが教える模範解答』……?」」

 

 あれ?ダークファンタジー……?

 

『ん?どうかした?』

 

 黙り込む僕らに異変を感じたのか海斗君が訊く。

 

「海斗君。これ送るファイル間違えてない?」

 

『え?そんなはずは……ちゃんと兄さんの小説を送ったはず……タイトルは――』

 

「「ギャルゲー主人公Wが教える模範解答」」『闇夜の祓魔師』

 

「「『…………』」」

 

 僕ら三人は同時にタイトルを言い、その結果に数秒の沈黙が流れる。

 

『………ごめんちょっと待って。今なんて言った?』

 

「だから……」

 

「ギャルゲー主人公Wが教える模範解答……送られてきたwordファイルにはそう書いてあるけど……」

 

『……ごめん、送るやつ間違えた』

 

 海斗君は言いながら電話の向こうからパソコンを操作する音が聞こえてくる。

 

「うん、それはいいけど……」

 

「この小説は?」

 

『まあそれはいいじゃん。それより話の続きだけど――』

 

「もしかして……海斗君の自作小説?」

 

『っ!?なななななん何を言ってるんですか!?そそそそそんなわけないじゃないですか!!』

 

「目に見えて――と言うか聞いててわかるくらい動揺した……ってことは図星!?」

 

「海斗君も小説書いてたんだ……」

 

 電話口から聞こえてくる海斗君の明らかに動揺した声に僕と簪は顔を見合わせて笑う。

 

『っ!そ、そうだよ!悪い!?――そんな事より今は〝安木里マユ〟の話でしょ!?今度こそ小説送ったから!』

 

「ごめんごめん」

 

「別に悪いなんてことはないから……」

 

 不貞腐れたように言う海斗君の言葉に苦笑いを浮かべながら僕らはパソコンに注目する。

 見ると新しくメールが届いており、添付ファイルを開くと今度こそ先ほど海斗君の言っていた『闇夜の祓魔師』だった。

 

『〝安木里マユ〟は主人公の高校のクラスメイトなんだ。夜な夜な悪魔を狩ってる主人公は自分がそれをしていることを秘密にしている。殺伐とした世界で生きる主人公にとって昼間の学生生活は年相応の自分でいられる安らぎの世界、ヒロインの〝安木里マユ〟はそんな生活の象徴みたいに主人公は感じてるんだ』

 

 海斗君の言葉に耳を傾けながら僕らは小説に目を通す。

 

『でも、このヒロインはただのヒロインじゃなかったんだ』

 

「ただのヒロインじゃない?」

 

「それってどういう……?」

 

『この小説、読み進めていくとわかるんだけど、悪魔にも上下関係があって、その悪魔たちを束ね、指示をだしている存在が浮かび上がってきた。言うなれば黒幕だね。――ソイツの名前は……〝アンリマユ〟』

 

「〝アンリマユ〟……?」

 

「確かそれって、ゾロアスター教の中で登場する、〝この世の全ての悪の原因である悪魔〟の名前……アンラ・マンユとかアフリマン、アーリマンとも言われるあの……?」

 

 僕が首を傾げる中、簪が言う。

 

『そう。その〝アンリマユ〟こそがこの兄さんの小説でのラスボスなんだ』

 

「でも、その〝アンリマユ〟が〝安木里マユ〟とどういう関係が……?」

 

『手元に紙か何かある?』

 

「え?あるけど……」

 

『それに、〝安木里マユ〟って書いてみて』

 

「「???」」

 

 海斗君の言葉に首を傾げながら僕らは僕の取り出した手帳に〝安木里マユ〟と書き込む。

 

『……それを見て何か気付くことない?』

 

「「……特には……」」

 

『あっれぇ~!?』

 

 僕らの言葉に海斗君が間の抜けた声で言う。

 

『ちょっと待ってちゃんと書いたんだよね?どう書いた?』

 

「え?言われた通り〝安木里マユ〟って横書きで……」

 

『それだ!』

 

 簪の言葉に海斗君が大きな声を上げる。

 

『兄さん、ノートに書いてる時もwordに書いてる時も横書きにしてるから最初は気付かないんだけどさ、それは横書きじゃなく縦書きにすればわかると思うよ』

 

「「???」」

 

 海斗君の言葉に首を傾げながらも、言われた通り今度は縦書きで

    安

    木

    里

    マ

    ユ

――と、書く。

 

「あぁぁぁっ!」

 

 と、その字を見て簪が声を上げる。

 

「ど、どうしたの!?」

 

『どうやら簪姉さんは気付いたみたいだね』

 

「どういうこと?簪はこれを見て何が分かったって言うの?」

 

「縦書きにしたことで、〝安木里マユ〟って名前がこういう風に見えない?」

 

 言いながら簪は縦に書いた〝安木里マユ〟の名前の横に〝案里マユ〟と書く。

 

「あ、確かに……」

 

「これ、何て読む?」

 

「え?そうだな……えっと、あん…り…まゆ――っ!?まさか!?」

 

『そう、姉さんたちも気付いた通り、ヒロインの〝安木里マユ〟の正体は……』

 

「主人公の倒すべき黒幕……アンリマユそのもの……」

 

 簪の言葉に息を呑む。

 

『……ここまでのことでわかる通り、〝安木里マユ〟って言うのは兄さんの小説のヒロインにしてラスボス。兄さんにとって思い入れの深い名前のはずだ。しかも安木里なんて名前、そうそう被るなんて思えないつまり……』

 

「あの『亡国機業』の〝安木里マユ〟には……」

 

「颯太が関わってる可能性がある……」

 

 海斗君の言葉に続けて簪と僕が言う。

 

「颯太が……颯太が『亡国機業』に利用されてる……!」

 

「簪……」

 

 簪が拳を握りしめて呟く。

 

「颯太を……颯太を助けないと!」

 

 

 

 〇

 

 

 

「これが私たちが辿り着いた真実……どう!?これが私たちが知っているあなたのこと!」

 

『……へぇ~、すごいね。よくそこまで調べられたね』

 

 簪の言葉に安木里マユが言う。

 

「答えて!颯太をどこにやったの!?颯太を……颯太を返して!」

 

「簪……」

 

 叫ぶ簪の様子にみんな一様に黙って見ている。と――

 

『……ふひ、ふひひひひひ、ひひひひひひひひ!ふははははははははっ!ふひひ、ひひひひひひひひひひひひひひひ!ひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひ!!!』

 

 ディスプレイの向こうから安木里マユの狂ったような笑い声が響く。

 

「な、何がおかしいの!?」

 

『ふひっ!ふひひひっ!簪ちゃん、君は確かにすごいよ……でもね、君は感情的になるあまりに真実を見逃した。ねぇ~、シャルロットちゃん?♡』

 

「え……?」

 

「っ!」

 

 安木里マユの言葉に全員の視線が僕に向く。

 簪も呆然と僕を見ている。

 

『簪ちゃんの話だと、井口颯太君は私たちが無理矢理いいように使ってるとでも思ってるのかな~?』

 

「だってそうでしょ!?颯太が、颯太があなたたちなんかに協力するはずが……!」

 

『それだよ。そこが間違ってるんだよ、簪ちゃん♡』

 

「え……?」

 

『井口颯太君は君たちの読み通り確かに『亡国機業』に協力してもらってる。でもね……それは何も無理矢理ってわけじゃない。むしろ彼は自発的に私たちの仲間として戦ってくれてるんだよ?』

 

「そんなはずない!あなたにそんなことわかるはずが――」

 

『わかるよ?他でもない、私だからこそ』

 

 簪の言葉を遮って安木里マユが冷たく言い放つ。

 

『〝安木里マユ〟の名前は確かに君たちが見つけた通り、井口颯太君の小説のヒロインにしてラスボスの名前だよ。でもね、君はなんで私がその名前を名乗ることを選んだかわかるかい?』

 

「それは……」

 

 簪は安木里マユの言葉に口籠る。

 

『――ねぇ、シャルロットちゃん?君なら気付いてるんじゃないかな~?』

 

「……………」

 

 僕はその問いに答えるかどうか逡巡し、しかし、周りの視線が口を閉ざすことを許さないようにジッと僕を見ている。

 

「……〝安木里マユ〟と言う存在が、ラスボスであり、物語の最初から主人公たちのそばにいた存在だから」

 

「「「「「「「「っ!?」」」」」」」」

 

 僕の言葉に簪だけでなく、一夏たちや山田先生まで息を呑む。織斑先生だけは途中で気付いていたのか黙ってその様子を見ている。

 

『ふひひ、ひひひひひひひひひひひひひひひ!さすがだよ、シャルロットちゃん。彼女の言う通り、私はラスボスにして主人公たちを初めからずっとそばで見続けた存在。じゃあ、この場合の〝主人公〟って?女性権利団体?違う!世論?違う!――そう、君たちだよ、IS学園の生徒会及び風紀部委員長副委員長のみんな!』

 

 ディスプレイの向こうからまるで僕らのことが見えているかのように指さす安木里マユ。

 

『私は君たちのことを知っている。だって君たちのそばでずっと見ていたから……そう、すぐそばでね――クロエ、いいぞ』

 

 言いながら安木里マユは画面の外に呼びかける。

 直後、安木里マユの身体にノイズが走る。

 数秒ノイズが走った後、まるで空間に溶けるように安木里マユの姿がぼんやりと消え、あとには一人の人物が立っていた。

 その人物は真っ黒なスーツスタイルに黒いネクタイをしていた。顔には変わらずキツネのお面をし、お面の後ろからは短髪の黒髪が見える。体系からして男性と思われる。

 その男性はゆっくりと先ほどまで安木里マユが腰かけていた椅子に深々と座り、脚を組む。

 

『さて、さっき一夏君は私がお面越しに世界を見ている。自分の行いに目を向けていないと言ったね?』

 

 変わらず画面の向こうから聞こえるのは安木里マユの声、おそらく椅子に座る男がしゃべっているのだろう。

 

『ごめんね。私は――俺はお前以上に世界を見てきたつもりだぜ?』

 

 言いながら安木里マユの声で、しかしその口調をがらりと変えてしゃべる男はお面に手を掛け、ゆっくりとそれ取り去った。

 

『やあみんな、久しぶり』

 

 そう言ってにっこりと笑った顔は見間違えようもなく、()()()()そのものだった。

 




ここでお知らせです。
今回のお話の中で颯太の弟、海斗君が小説を書いていることが判明しましたが
その海斗君が書いている小説を公開しています。
これは私の知り合いが書いてくれているものです。
作者名は「井口海斗」
タイトルは「ギャルゲー主人公Wが教える模範解答」です。
オリジナル小説として投稿していますので、興味があればそちらもぜひどうぞ。

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