残念、まだで~す!
と言うわけで新章です!
第163話 旅立ちの日に
「さて、こんなもんか……」
俺は荷物をまとめ――と言っても今着ている服とパジャマくらいしかないのだが――周りを見渡す。
入院して十日。思ったより早く退院できたのはひとえにこの病院、主治医やナースなどの職員の皆さんのおかげだろう。
コンコンッ
「どうぞ~」
ドアをノックする音に返事をして顔を上げると、ドアを開けて白衣の男性が入ってくる。
「やあ、調子はどうだい?」
にこやかに入ってきた男性は爽やかに俺に訊く。
「お陰様で。違和感もなく、むしろ入院前より元気なくらいですよ」
「ハハッ、それはいくらなんでも大げさだよ」
俺の返事に白衣の男性は笑う。
この人の名前は連坊小路サトミさん。俺の主治医にして現院長の息子さん、要するに次の院長最有力の方だ。
ちなみに名前からわかる通りアキラさんのお兄さんだ。よくよく見ると目元とかそっくりだ。
「すいません、急に飛び込みで連れてこられて、しかも俺のことは内緒だなんて。かなり面倒な患者だったでしょ?」
「あぁ……まあかなり面倒だったけど、重傷人を放り出せるわけにはいかないし。何よりアキラが久しぶりに頼ってくれたからね……」
俺の言葉にお兄さんが少し寂しそうに、しかしどこか嬉しそうに笑う。
「アキラはね、昔いじめられていたんだ。そのせいで今も少し対人恐怖症でね」
「……なんとなく聞いたことがあります」
お兄さんの言葉に俺は小さく頷く。
「私は苦しんでいるアキラを助けられなかった、自分の保身のためにね。そのせいで長く妹との間には溝があったんだ」
「……………」
これまでアキラさんからお兄さんがいるという話を聞いたことが無かった。少し不思議には思っていたが、その理由が分かった気がする。
「そんなアキラが久しぶりに連絡をくれてね。私にしかお願いできないことがあるって。そんなの、全力で応えるしかないだろう、兄として」
「わかる気がします。俺にも弟がいるんで」
嬉しそうに語るお兄さんの言葉に俺も笑いながら頷く。
「君のおかげでアキラと久しぶりに話をできた。まだ少し距離はあるけど、少しづつ歩み寄れている気がするよ」
「そうですか……」
「君のことがきっかけになった。君のおかげでまた昔のようにアキラと仲良くできるかもしれない。ありがとう」
「……俺が怪我したことにもいいことがあったみたいで、こう言っちゃなんですが怪我したかいがありました」
差し出されたお兄さんの手を握り返しながら俺は冗談めかして言う。
「………」
「………」
そのままお互いににこやかに握手を交わす。
「……………」
「……………」
にこやかに……握手を……
「…………………」
「…………………」
握手……にこやかに……握手を……
「………………………」
「…………あ、あの――」
「――ところで君は」
なかなか手を放さないお兄さんに俺は訊こうとすると、そんな俺を遮ってお兄さんが口を開く。
「君は……アキラとどういう関係なんだい?」
「はい?」
にこやかな、爽やかな笑みのまま訊くお兄さんの言葉に俺は首を傾げる。
「アキラが!あのアキラが!高校を卒業してからほとんど連絡もしてこず、大学を出てからは音信不通になっていたあのアキラが私に電話してきて!しかも私に頼みごとをしたんだ!」
首を傾げる俺に捲し立てるように言うお兄さん。
「しかもほぼ毎日のように君の様子を聞いて来るんだぞ!?急に連絡してくるようになったと思ったら今度は毎日!しかも君のことを!しつこく!」
「い、いや……あの……」
近い!顔が近い!てか痛い!握ってくる手に力が徐々に入ってくるせいで手が痛い!
「き、君とアキラは……その……つ、付き合っているのか!?」
「はっ!?付き合って!?」
「あのアキラが!アキラがどうでもいい相手、しかも男のために私に連絡してくるとは思えない!」
驚愕する俺に構わずお兄さんは続ける。
「君の人となりはこの十日間でそれなりに分かったつもりだ。物腰も柔らかく好感の持てる。しかし!だからと言ってアキラの彼氏として認めるかと言えば話は別だ!」
「い、いえ、ですから俺は――」
「アキラとはどうやって出会った!?ど、どこまで二人の仲は進んでいる!?デートとかはしたのか!?手は繋いだのか!?き、キスは!?まさかもっと深い関係に!?」
圧がすっごい!あまりに興奮した様子で、しっかりと整えられていた髪型が乱れているがそんなことお構いなしに俺を問い詰めるお兄さん。
ここまでこうしていると誤解を解くのが大変そうだが、なんとかしないと。てかこのままだと殺されそうだ。
「い、いや、お兄さん、あの……」
「君に『お義兄さん』と呼ばれる筋合いはない!」
ぎゃぁぁぁぁ!火に油注いでしまった!
「さあ答えてもらおう!君とアキラは――ぎゃんっ!?」
お兄さんは言葉の途中に変な声を上げる。
見るとお兄さんの頭が変な角度に曲がり、床には封の開いていないコーラのペットボトルが転がっていた。
どこから飛んできたのかと視線を向けると、ドアのところに物を投げた姿勢のまま顔を真っ赤に染めて荒い息をするアキラさんの姿があった。
「こ、このミジンコお兄ちゃんが!な、なな何を言ってるの!?」
「あ、アキラ!?こ、これは――!?」
「うるさいうるさいうるさい!」
アキラさんの姿を見たお兄さんは慌てた様子で口を開くが叫びながら大股で駆け寄ってきたアキラさんに掴みかかられて無理矢理遮られる。
「こ、こいつは別にそう言うんじゃない!た、ただの……同僚?……そう!同僚だ!」
アキラさんが一瞬俺の顔を見て言葉を詰まらせながら言う。
「で、でもお前、毎日のように私に連絡してきては彼の容態について事細かにしつこく訊いてきたじゃないか!彼はそれほどお前にとって大事ってことじゃ――」
「その口閉じろぉぉぉぉぉ!!!」
「げふっ!」
アキラさん渾身の右ストレートにお兄さん撃沈。
そのままアワアワと顔を真っ赤にしてもはや内容の半分も聞き取れない早口とともにお兄さんの身体を揺さぶるアキラさん。心なしかお兄さん白目むいてる気が……。
とかなんとかやっていると、病室には新たなお客さんが……。
「失礼しま~す!颯太君を引き取りに……って、あれ?先輩!お久しぶりです!先輩の高校卒業以来ですよね~!懐かしいなぁ~!」
「お、おい指南!?この状況を見てもっと他に言うことがあるだろ!?」
元気にやって来た翔子さんは嬉しそうに、楽しそうに駆け寄るがそれどころではないお兄さんは叫ぶ。
この後、俺と翔子さんによって引き剥がされるまでの数分間お兄さんは顔が青白くなるほどアキラさんに振り回された。
〇
「さて、改めて退院おめでとう!」
「はい、ありがとうございます」
振り返りながらの翔子さんの言葉に頷く俺。
サトミさん(結局誤解は解けたような解けてないような状態に落ち着いたのでいまだお兄さんと呼ぶと睨まれる)や、お世話になったナースさんにお礼を言って病院を出た後、駐車場に止められていた軽自動車に乗り込んだ俺たち。車の中には操縦席には春人さん、助手席には翔子さん、後部座席には俺とアキラさんが座る。
現在俺たちはとある場所に向かっていた。
「でも、本当に問題なく治ってよかったね」
「先輩は評判いいからね~」
春人さんと翔子さんの言葉に頷く。
聞くところによると翔子さんと春人さんアキラさんは同じ高校の同級生でサトミさんは一つ上の学年だったようだ。なので翔子さんはいまだに先輩と呼んでいるらしい。
ちなみにほかにもサンダーさん、犬塚さん、野火さんも同じ高校らしい。サンダーさんと野火さんは翔子さん達と同い年、犬塚さんはサトミさんと同い年らしい。
「アキラさん、わざわざ長い間連絡とってなかったお兄さんに連絡まで取ってもらってありがとうございます」
「っ!?べ、別に私は……!」
車に乗ってからずっと窓の外に視線を向けて一向にこちらを向かないアキラさんはビクリと体を震わせてもごもごと答える。
「とか何とか言って、颯太君が刺されたって聞いた時にはいつかの時みたいに顔を真っ青にして――」
「翔子ちゃん!?」
「あっちょっと!?あばれないで!」
翔子さんに掴みかかるように慌てて叫ぶアキラさんとそのせいで少し運転に支障が出たが、その後はアキラさんも大人しく席に座り、入院中のことなど取り留めのない話に花を咲かせ、気付けば
「さぁ、着いたよ」
目的地、空港についていた。
〇
「やあ、待ってたよ」
荷物をもって空港に入った俺たちを迎え入れたのは貴生川さん、ミハエルさん、犬塚さん、サンダーさん、野火さんである。
「手続きは終わらせておいた。これがチケットとお前のパスポートだ」
「ありがとうございます」
ミハエルさんが差し出すそれをお礼を言いながら受け取る。
パスポートを開くとそこには俺の顔写真が映り、名前の蘭には「山田花太郎」と書かれていた。
「すごいですね。よく偽造パスポートなんて作れましたね」
「まあな。昔のコネだ」
どんなコネだよ!と訊きたかったが、なんだか怖かったの俺はミハエルさんに訊くことができなかった。
「てかもうちょっと名前何かなかったんですか?」
「任せると言ったのはお前だろう?」
「だからって〝花太郎〟って……」
「え~?いい名前だと思ったのに~」
「って社長が考えたんかい!?」
不満そうに言う社長の言葉に俺はつっこむ。
「まあ名前はさておき、ここまで色々用意してもらって、本当にありがとうございます」
「構わん。お前の案に乗ったのは俺たちだ」
「俺らにできるのはこのくらいだからな」
ミハエルさんが憮然と言い、犬塚さんが頷く。
「でも、本当に行くの?」
「君一人くらいいくらでも匿うわよ?」
野火さんと翔子さんが訊くが俺は首を振る。
「それだと皆さんにご迷惑をおかけしますし、何より、まだ解決していないんで」
俺は周りの皆さんの顔を見ながら言う。
学園を出るときの手続きはここにいる皆さんに手伝ってもらった。ぶっちゃけ俺が学園を自主退学することは計画に織り込み済みだったので、その後の計画についても相談していた。
IS学園を自主退学した後、つまり今日、俺は海外に出る。いろんな考えもあってのことだが、当面の目的は『亡国機業』への接触だ。
一番の誤算は俺がナイフで刺されたことだ。おかげで計画が十日も遅れた。
「私はこれでも今でも反対よ?何なら今からでも計画を変更すれば――」
「もう!もう決めたことですから……」
翔子さんの言葉を遮って俺は言う。
「そう……。はぁ…颯太君ってホント頑固よね」
「誰に言われてもいいですけど、翔子さんにだけは言われたくないですね」
「そんなことないわよ!私そんなに頑固じゃないわよ!ねぇ、みんな!?」
『…………』
「何か言ってよ!?」
翔子さんに言われてもみんな目を逸らして黙るので翔子さんが困った顔で叫ぶ。
「………それじゃあ、俺そろそろ」
そんな光景を笑いながら見て、俺は一息つき、姿勢を正して言う。
「うん……気を付けてね。これ、預かってた荷物」
「ありがとうございます」
春人さんの差し出してくれた愛用のボストンバックを受け取り、一緒に渡されたカーキのモッズコートに袖を通す。このコートは去年の12月頃に買ってそれ以来愛用しているものだ。結構気に入っている。
「それじゃあ、くれぐれも気を付けろ……」
「なんかあったらすぐに連絡して来い!いくらでも力になってやるからよ!」
「いつでも帰ってくればいいから……」
犬塚さん、サンダーさん、野火さんがそれぞれ言う。
「いい結果が出ることを祈っている」
「無茶はしないでね」
「危ないと思ったらすぐ逃げるのよ!」
ミハエルさん、春人さん、翔子さんも力強く言う。
「はい。本当にありがとうございました」
俺は一歩前に出て皆さんに頭を下げる。
「本当にありがとうございました」
俺の言葉に皆さん笑顔で頷く。
「それじゃあ……「「いってきます」」」
俺はそう言って踵を……ん?
一歩踏み出そうとした俺は二人分多かった言葉に首を傾げる。
見ると、さももともと三人で行くことになっていたかのような顔でしれっとアキラさんと貴生川さんが俺の両隣に立っていた。
「アキラちゃん、くれぐれも颯太君をお願いね」
「貴生川さん、会社のことは俺らに任せてくださいね」
いや、翔子さんも犬塚さんも何を当然のように見送ろうとしてんですか?
「さ、颯太君」
「は、速くいかないと、飛行機の時間」
「いやいやいやいや!何ついてこようとしてんですか!?」
いい加減つっこまずにいられなかった俺は言う。
「は?何言ってんの?わ、私たちも着いて行くんだよ」
「はぁ!?」
「颯太君一人じゃ心配だからね」
アキラさんの言葉に驚愕の声を上げる俺に貴生川さんが答える。
「いやいやいやいや!これは俺の問題であってこれ以上皆さんに迷惑をかけるわけには――」
「じゃあその『火焔』に異常が出た時にはどう対処するんだい?」
「うっ!」
貴生川さんの言葉に俺は痛いところを突かれる。
「颯太、英語喋れるの?」
「そ、それは……」
「颯太君は海外旅行の経験は?」
「颯太を探すいろんな勢力からどうやって逃げるの?」
「そもそも知らない土地でどうやって『亡国機業』の痕跡を探すんだい?」
「……………」
一つも言い返せなかった。てか――
「それだけ反対する理由あるのになんで相談したときにそう言ってくれなかったんですか?」
俺がげんなりとしながら訊く。
「だって颯太君、言っても聞かなかったでしょ?」
「反対したらきっと、それ以上私たちに相談しないどころか、IS学園自主退学した後そのまま姿消してたでしょ?」
春人さんと翔子さんの言葉に俺は黙る。まったくその通りだっただろう。
「それなら颯太君が少しでも危なくないように手を打とうと思って」
「本当なら俺も行きたかったんだけどなぁぁ!」
「山田、英語からっきしだもんな」
「サンダーだ!」
野火さん、サンダーさん、犬塚さんが言う。
「っ!ミハエルさんいいんですか!?」
「……………」
黙っているミハエルさんを見る。
「技術部のツートップの貴生川さんとアキラさんが抜けて会社の運営が!」
「こいつらが俺の言うことを聞くような奴らだと思うか?」
俺の言葉にため息をつきながらミハエルさんが口を開く。
「会社のことなら問題ない。うちの技術部はこいつらが抜けてダメになるほどやわではない。何より――」
ミハエルさんは言いながら俺を真剣な顔で見る。
「お前を黙って見殺しにはできない」
「ミハエルさん……」
「おお……レアだ。デレエルフだ」
「おい待てなんだその呼び名は?お前たち俺の事を陰でそんなふうに呼んでいるのか?」
「とにかく!」
翔子さんの言葉にミハエルさんが詰め寄るが素知らぬ顔で翔子さんは躱す。
「これは社長命令!貴生川さんとアキラちゃんを連れて行かないなら今ここでふんじばってでも颯太君を連れ戻すから!しかも颯太君がこのまま海外に高飛びして『亡国機業』に接触しようとしてたことIS学園の人たちに報告するから!」
翔子さんにズビシッと指さされて俺は少し考え……
「……わかりました」
どうしようもないことを悟って頷くしかなかった。
こうして、俺とアキラさんと貴生川さんによる旅が始まったのである。
「そう言えばよぉ、颯太のやつは最初はどこの国に向かったんだ?」
颯太たちを見送った後、駐車場に止めた車に向かう指南コーポレーションの面々。
そんな中でふと思い出したように山田が訊く。
「ちゃんと話しただろう?お前聞いてなかったのか?」
「んなもん覚えてねぇよ!」
犬塚が呆れながら訊くと悪びれる様子もなく山田は言う。
「はぁ……いいか?『亡国機業』はテロ行為や紛争への介入を行っている」
ため息をつきながらミハエルが口を開く。
「現状こちらが持っている『亡国機業』の情報はその程度。そんな中でやつらと接触するためにはどうするか?――答えは簡単、そのことをもとにやつらがいそうな場所に行けばいい」
ミハエルは言いながら携帯を取り出し操作する。
「テロ行為はどこで起こるかなんて予想することはできない。つまり、予測できるとすれば紛争などの戦争中の場所。いま世界で起きている戦争や紛争なんて片手で数えられる。その中で一番可能性があるのは――」
言いながら携帯の画面に表示させた画像を表示する。
そこにはどこかの大陸の一部分が映っており、真ん中に大きく国名が表示されていた。
その国名は――
「『バルベルデ共和国』だ」