IS~平凡な俺の非日常~   作:大同爽

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はやめに投稿!
もう一話寝るまでに書ければ投稿します



第164話 ネーミングセンス皆無

 冷たかった石畳の床もアタシの体温が移ったせいで生温くなってきている。

 動くのも億劫だけど冷やさないと痛い。かといって他にちょうどよく冷やせるような冷たいものなんてない。

 ゆっくりと体を起こすと左足首に繋がった鎖がカシャリと音を立てる。

 邪魔だけどアタシにはそれをどうしようもないので気にせず体を軽く起こす。

 

「っ!」

 

 少しだけ体をずらそうと動くと左脇腹に鈍い痛みが走る。

 真っ暗で見えないけど、恐らく痛みが走った部分が赤く腫れているんだろう。

 冷やしやすいように捲くっていた服――とも言えないようなぼろキレのようなものを直し、寝転び直す。

 冷たいと言っても微々たるものなので、これに意味があるかはわからないけど、心地良さはある。

 この生活になってそろそろ三年だろうか?

 最初の頃には殴られればその痛みで泣いていたが、泣くと余計に殴られる。

 黙って殴られるままでいると必要以上にはやられないことがわかってからは反応を押し殺すようにしている。

 痛みに泣くのはこうして独房に入れられてからだ。

 いつも殴られた後はここ、地下の暗い独房に放り込まれる。

 だいたいは一晩、その間はご飯ももらえない。まあ貰えたとしてもたいてい痛みのせいで食欲なんてないんだが……。

 最初の頃は痛みに泣いていたが、最近はこうして少しでも痛みを和らげることに専念するようになった。泣いてもどうにもならないし、余計に疲れるだけだ。

 冷たい石畳の床のひんやりとした感触が脇腹に伝わってくる。腫れた部分が熱をもってきているので心地良い。

……少し眠ろう。どうせ他にやることもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれからどれくらい経ったのだろうか。

 暗く光の無い地下では時間の感覚なんてない。体感では二日くらいだろうか?

 いつも最大でも一日がいいところだったのに、これだけ長い間閉じ込められっぱなしと言うのは初めてだ。

 考えられるのは……

 

「アタシがここにいるってことを忘れられた、か……」

 

 私は笑いながら呟く。

 嬲られて死ぬか、いいようにおもちゃにされて死ぬか、とにかくこの生活になってからはいい死に方はしないだろうと思っていたが、まさか餓死させられるとは思わなかった。

 まあ痛い思いして死ぬよりはいいかもしれない。

 

 

 

 ママやパパが死んでからずっと地獄だった。

 この地獄からこれで抜けられると思えば、死ぬのも悪くないかもしれない。

 これでもう殴られることもない。

 しんどい思いして働かされることもない。

 なら、このまま成り行きに身を任せるのもいいかもしれない。

 こんなクソッたれな世界からおさらばできるんだ。万々歳だ。

 

 

 

 そんなことを考えながらアタシは目を閉じる。

 目を閉じてようが開けてようが真っ暗で見えるものなんてない。

 それでもこのままじっとしていればそのうちぽっくり逝けるだろう。

 こんな暗い部屋じゃ何も見えないし鎖に繋がれてちゃ何もできない。

 できるのはこうして死を待つことくらいだろう。

 まあ、一つ誤算があるとすれば、餓死って意外とキツい。

 空っぽの胃袋がよじれそうな空腹感で頭がいっぱいだ。

 あとどれくらいこれを我慢すれば死ねるんだろうか。

 ………まあいい。どうしてもキツくなったら舌でも噛み切りゃいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつの間にか眠ってしまっていたらしい。

 何かの物音にぼんやりと瞼を開ける。

 耳を澄ます。

 幽かにしかし徐々に大きくなってくる音の正体に気付く。

 足音だ。コツコツと石畳の床を踏みしめてゆっくりと近づいてくる音が聞こえる。

 

「……なんだ。結局地獄か」

 

 アタシはため息をつく。

 少し期待したんだが、やっぱりこのクソッたれな世界じゃ希望を持って期待するだけバカを見る。

 短い夢だった。

 足音が徐々に近づいて立ち止まっては他の部屋を開けているようだ。

それを二回繰り返し、とうとうこの部屋の前で足音が止まる。

 

 キィ~

 

 甲高い金属音が聞こえる。

 たぶんこの部屋の重苦しい金属製のドアを開いたのだろう。

 あそこまでいければあのドアで殴られたところを冷やせるんだが、生憎この左足に繋がれた鎖が邪魔でそこまでいけない。

 ドアが開いた瞬間ドアの向こうから懐中電灯か何かの光を向けられる。結構な光源のせいで相手の顔は逆光になっていて見えない。

 少しの間を空けてその人物はゆっくりと入ってくる。

 寝転ぶアタシの真横に立ち、値踏みするようにアタシの頭からつま先までをゆっくりとライトで照らし、左足の足首のところで止まる。

 ゆっくりとそいつはあたしの脚の方に回る。

 そのまま私の脚と壁とを交互に見て――

 

「フッ!」

 

 気合いの声とともに右腕を振るう。

 そいつのライトの光源だけじゃよく見えないが、そいつの腕が一瞬大きくなったように見えた。ライトの加減でうっすらと見えるそいつの影は、確かに右腕が体格の割に大きい気がした。

 大きくなった手と一緒にそいつが握っていた何かが鎖に振り下ろされた。

 甲高い音が聞こえ、ライトに照らされるそいつの影が普通の腕に変わる。

 

「…………」

 

 そいつは黙ってアタシの顔のそばに移動すると、顔にライトを向けたまま目の前に屈む。

 逆光で見えないがアタシの顔を観察でもしているのだろうか。

 

「……言葉わかる?君は病気?それとも大怪我で動けない?」

 

頭の上から声が聞こえる。日本語だった。それも男の声。それはともかく――

 

「……眩しいんだけど」

 

「おっと、こいつは失礼」

 

 男はそう言うと立ち上がりアタシの頭の上あたりに壁に背中を預けて座り込む。

 いまだライトの向きのせいで男の姿はよく見えないが、声の感じからして結構若そうに感じる。

 

「で?ここにいると君、死ぬんだろ?」

 

「ああ……でも、アンタこの部屋に来る前に他の部屋見たんだろ?」

 

「……見たよ」

 

「だったらわかるだろ?ああなるよりマシ……ていうかおんなじ」

 

「ふ~ん……」

 

 男はアタシの答えに相槌を打ち

 

「死んじゃってもいいんだ」

 

 特に声色を変えることなく平然と言った。

 アタシはその言葉を聞き少し考える。

 アタシは……

 

「…………やだな」

 

 アタシの言葉を聞いた時、ライトの加減で見えないはずなのにアタシにはその男が笑った気がした。

 

「じゃあ、第三の選択だな」

 

 そう言った男は立ち上がり――

 

「よっこいしょ」

 

「っ!?な、何するんだよ!?」

 

 突如立ち上がった男はまるで米俵でも担ぐようにアタシを抱え上げる。

 

「死にたくないんだろ?かといってこのままでいるのも違う。だったらここを出て行くしかないだろ?」

 

 男はあたしを抱えたままずんずん歩く。

ドアをくぐり階段を上っていく。

 

「よっ…と」

 

 男は階段を上りきったところで立ち止まり、掛け声と共に暗い階段に光がさす。

 その光の眩しさに一瞬顔をしかめる。

 二日以上も暗いところにいたせいで目が光に慣れるまで少しかかりそうだ。

 男はそんなことお構いなしに歩を進め、気付けばアタシのいた屋敷の外に出ていた。

 やっと目が慣れてきたのでアタシは自分を抱え上げている男の顔を見ようと視線を向け――

 

「えっこらせ」

 

「あてっ!?」

 

 少し雑に下ろされる。

 お尻を金属の床にぶつける。

 見るとおかしな乗り物の上だった。

 バイクの前輪とハンドルに無理矢理キャタピラ付きの荷台をくっつけたようなおかしな見た目のそれ。そこの荷台部分に下ろされたようだ。

 

「てめぇ!もっと優しく――」

 

「はいはい、ごめんなさ~い」

 

 文句を言おうと顔を上げたアタシの視界が再び暗転する。

 慌ててもがくとどうやら上から何か被せられたようで落ち着いてそれをとる。

 それは深緑色のコートだった。

 

「何すんだよ!?」

 

「あれ?いらない?そんなぼろキレみたいな服着たままでいたくないかと思ったけど……。あ、もしかして好きで着てた?だったらごめん」

 

「んなわけあるか!」

 

 男の言葉に叫びながら男の投げ寄越したコートを上から被る。

 

「さてと、それじゃあ……帰るか」

 

 男は言うと操縦席と思われるハンドルのところに乗り込む。

 

「はぁ……結局わざわざ出向いたのに何の収穫もないし……骨折り損のくたびれ――」

 

「おい、ちょっと待て!勝手に決めるな!」

 

 アタシは慌てて男に叫ぶ。

 

「勝手に連れ出して勝手に連れて行くとか……!」

 

「はぁ……腹減った。はよ帰って飯食って寝よ」

 

「聞けよ!」

 

 男はアタシの言葉をスルーし続け、ヘルメットを被って出発の準備

 

「だいたいなんでアタシが見ず知らずのてめぇなんかに――」

 

「あ、そう言えば名前聞いてなかったな」

 

 男はふと思い出したように振り返る。

 

「君、名前は?」

 

「なんでアタシが名乗らなきゃいけないんだよ!?」

 

「名乗らないならテキトーな名前考えて呼ぶぞ?」

 

「好きにしろよ!アタシは絶対にてめぇなんかに――」

 

「じゃあよろしくな、椿平子(ちんぴらこ)

 

「誰がチンピラだ!?」

 

 男の言葉に叫ぶ。

 

「口悪いお前にぴったりだと思ったんだけど……まあ女の子にチンピラってのもアレだな」

 

 男はブツブツ言いながら考え込む。

 

「あ、じゃあ万平子(まんびらこ)

 

「てめぇふざけんな!その名前はあまりにも悪意籠めすぎだろ!?」

 

「じゃあ、茶柱たつ子」

 

「却下!」

 

「ブルマ」

 

「なし!」

 

天使(エンジェル)

 

「なんでそこわざわざ漢字なのに英語読みにした!?」

 

「たっく、アレもダメこれもダメ……お前はダメ人間か?」

 

「お前がな!」

 

 ため息をつきながら肩をすくめる男にアタシは叫ぶ。

 

「………はぁ……クリスだよ、雪音クリス」

 

「ふ~ん、クリスね。いい名前じゃん」

 

「けっ!てめぇに褒められても少しも嬉しくねぇよ!」

 

 ニヤニヤと笑いながら言う男にそっぽを向く。

 男は気にせずニヤニヤ笑みを浮かべながら右手を差し出す。

 

「まあ仲良くやろうぜ、クリス」

 

「お・こ・と・わ・り・だ!」

 

 男の手を払いのけてイーッと歯を見せて言う。

 

「あらら、フラれちゃった」

 

 男はやれやれと肩をすくめるが気にした様子なく正面に向き直りハンドルに手を掛ける。

 

「……おい」

 

「ん?」

 

 エンジンを掛けようとした男に背後から呼びかけると、男が振り返る。

 

「人に名前聞いておいて自分は名乗らねぇのかよ?」

 

「言われてみればそりゃそうだ。俺の名前は――」

 

 言いながら男はエンジンをかけ、ヘルメットにかけていたゴーグルをつける。

 

「俺の名前は井口颯太だ。よろしくな」

 


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