IS~平凡な俺の非日常~   作:大同爽

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第166話 やつらの尻尾

 12月29日。

 俺たちがバルベルデ共和国に来てそろそろ一月半が経つ。その間、拠点とするホテルを何度か変えつつ調査を進めた。

 クリスが仲間に入ったことで情報収集ははかどった。

 現状バルベルデ共和国は各地で紛争・デモ・テロが日常茶飯事。政治は腐敗し、警察は汚職に塗れ、貧富の差は激しく、子どもの死亡率は上がり、盗み・殺人・強姦は当たり前、毎日どこかで誰かが死んでいる。それがバルベルデ共和国の現状だった。

 バルベルデ共和国政府や軍、警察など関係各所へのハッキングや実際に各地に赴いた結果、一つの怪しい情報を見つけた。

 

 

 

 

 

「誰かまではいまだ知れないけど、この紛争に介入してるやつらはこの争いを長期化させたいらしいな」

 

 俺はこれまでに調べた内容をまとめたものに目を通しながらため息をつく。

 この国では数年前から現在政府と反政府との対立による争いが各所で起きている。その中でも争いが激化する状況で正体不明の存在が介入しているようだ。

 

「それってようするに誰かがどちらかに力貸してるってことか?」

 

 俺の言葉に横からのぞき込んでいたクリスが訊く。

 

「ん~、力を貸してるのは正解。でも、どちらか片方じゃない。この紛争に介入してるやつら――仮に〝存在X〟と呼ぶとして、存在Xは政府軍と反政府軍の両方に加担している。パワーバランスが拮抗するように調節しているんだ」

 

「はぁ~?なんでそんなまどろっこしいことを……だいたいそれでなんで紛争が長期化すんだよ?」

 

「それは……クリス、お前は戦争で最も被害が拡大するのはどんなケースだと思う?」

 

「はぁ?そりゃ、国と国との戦力差が開いてる時に決まってんだろ。極端に言えば100対1くらいの時だろ?」

 

「それは最も被害が少ないケースだ」

 

「え?」

 

「正解は戦力が拮抗している状態、50対50の状態だ」

 

「はぁ!?なんで!?」

 

 俺の言葉にクリスが驚きの声を上げる。

 

「ん~……例えば、ドラゴンボールってマンガがあるだろ。あれの登場人物、孫悟空とヤムチャが本気で戦ったらどうなると思う?」

 

「はぁ?そんなもん悟空が圧勝だろ」

 

「だな。じゃあ今度は悟空とベジータが本気で戦ったら?」

 

「それは……どっちだ?なんか盛大にドンパチやって両方が消耗して決着がつかなそうだな」

 

「そう!それが今の状況なんだよ!」

 

 クリスの言葉に俺は頷く。

 

「いいか?悟空とヤムチャの戦いが戦力差100対1、悟空とベジータの戦いが戦力差50対50の戦いだ」

 

「それって……」

 

「戦力が拮抗、同等…つまり勝つも負けるも五分と五分。一気にやられてしまう心配はない、けれど同時に…一気に倒してしまうこともできない。この状況が戦争を長引かせ、ジリジリと被害を広げていく。まさに泥沼――この国みたいにな」

 

 俺は言いながら脇に置いていたカップからコーヒーを飲む。

 

「で、この存在Xはどちらかの戦力が偏らないようにちょこちょことちょっかいかけてるらしい。このやり口、見た覚えがある」

 

 俺はギリリっと歯を噛みしめる。

 

「このやり口、証拠はないが、『亡国機業』がちょっかいかけてる存在Xと見て間違いないだろう」

 

「『亡国機業』の手口なんてよく知ってたね、颯太は……」

 

「『亡国機業』が敵だって見据えてからはこれまで読んでたマンガやラノベをやつらの資料と戦争経験者の手記、犯罪心理学の本に変えて少しでも知識増やそうと勉強したんで、そのおかげですかね」

 

 アキラさんの言葉に俺は肩をすくめながら言う。

 

「ただ、存在X=『亡国機業』として、一つ問題があるとしたら……」

 

「俺が生徒会長代理に就任した辺りからやつらの介入が無くなっていうこと、ですね……」

 

 俺は言いながら資料を机に置く。

 

「あぁ~!くそ!年越す前にやつらの尻尾を掴みたかったのに!」

 

 俺は叫びながらソファーに寝転がる。

 

「なんか…モチベーション下がった……はぁぁぁ~」

 

「んだよ、ダラダラしやがって……シャキッとしろよ!」

 

 大きくため息をつきながらソファーのクッションに顔を埋める俺に呆れたように見下ろすクリス。

 

「はぁ~……いいか、クリス?お前くらいだとわからんかもしれんが、人間長く生きているといろいろと気分が下がるとそのままモチベーションが下がるなんているのはしょっちゅうなんだよ」

 

「おっさん臭いこと言ってんじゃねぇよ!てか、アタシとお前じゃ四つしか離れてねぇじゃねぇか!年上ぶりやがって!」

 

「その四年の差はでかいぞ~!お前も今に人生の諸行無常を………ってちょっと待て、今四年って言った?お前確か十一歳だろ?俺十六なんだから差は五年だろ?」

 

「出会った頃ならな。この間誕生日を迎えて十二歳になったんだよ」

 

「はぁ?何だよ言えよ。言えばちゃんと祝ったのに。で?誕生日っていつだったんだ?」

 

「昨日」

 

「あぁ昨日、昨日ね。昨日かぁー、昨日だったのね――って昨日!?」

 

 俺はガバッと身体を勢いよく起こす。

 その勢いにクリスが怯む。

 

「きききき昨日!?はぁ!?言えよ!!いくらでも言う機会あっただろ!?」

 

「い、いや、だって別に言ったところでそんな大騒ぎすることじゃ――」

 

「大騒ぎすることだろ!?――アキラさん今日のこの後の予定全部キャンセル!俺らちょっと行ってくる!」

 

「あ、うん。いいけど……どこ行くの?」

 

「決まってんでしょ!」

 

「あっ!?ちょっ!?」

 

 アキラさんに言いながら俺は立ちあがる。そのままクリスを小脇に抱え、クリスの文句の声も無視。

 

「誕生日プレゼント買いに行ってきます!」

 

 俺はアキラさんに言って暴れるクリスを小脇に抱えたまま部屋を飛び出した。

 

 

 〇

 

 

 

「あれ?颯太君とクリスちゃんは?」

 

 買い出しから戻った貴生川は持っていた袋を机に置きながら部屋の中を見渡す。

 

「クリスの誕生日が過ぎてるって知って、クリスを無理矢理連れてプレゼント買いにいきました……」

 

「あらら、そうだったんだ。言ってくれればごちそうとかケーキ用意したのに……で?いつだったんだい?」

 

「それが……昨日」

 

「昨日!?……なるほど、颯太君が慌てるわけだね」

 

 納得し、苦笑いで頷く。

 

「クリス曰く、そんな大騒ぎすることでもないからって……」

 

「あぁ……まあここ三年は捕虜として奴隷同然の生活だったんだろうからね。祝ってくれる人なんていなかったんだろうさ」

 

「でしょうね……。颯太もそれがわかってるから無理矢理連れて行ったんでしょう……。わざわざ私に今日の予定を全部キャンセルだって言って。元々手詰まりだからできることなんてなかったのに……」

 

「……そろそろ潮時かもしれないね」

 

 ため息をつくアキラの言葉に貴生川も頷きながら言う。

 

「颯太君が本格的に動き出したあたりから『亡国機業』の足取りは完全に途絶えた。これは多分やつらが意図的に身を隠しているってことだ。もはやこのバルベルデにいても得られる情報はないだろうね。それなら他の場所に移った方が得られる情報があるだろう」

 

「何より、さすがに私たち、一か所に留まりすぎでしょ……」

 

「確かにね」

 

 アキラの言葉に貴生川が頷く。

 

「でも、そうなると……」

 

「クリスちゃんをどうするかが問題になってくる……」

 

 二人は言いながら考え込む。

 

「本当なら日本に帰国させるのが正解なんだろう。けど、その後に彼女に待っているものは幸福ばかりじゃない、むしろ身寄りのない彼女には苦しいことの方が多いだろうね」

 

 貴生川は壁に背中を預けて呟くように言う。

 

「三年という長い捕虜生活のせいか、あの子は危ういところがある。日本に戻っての生活に彼女は耐えられないかも……」

 

「…………」

 

 貴生川の言葉にアキラは黙り込む。

 

「せめて彼女を守ってくれる人でもいればいいんだけど……」

 

「………一つだけアテがある」

 

 貴生川がため息をつきながら言うと、アキラが言う。

 

「あそこなら、あの人たちなら彼女を受け入れて、十二分に愛情を注いでくれると思う……」

 

「へぇ?それは?」

 

 貴生川が興味深そうに訊く。

 その問いに対してアキラは頷き、そのアテを口にする。

 

「クリスのことは……翔子ちゃんたちにお願いしよう」

 


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