IS~平凡な俺の非日常~   作:大同爽

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第169話 チャンス

 

「――あの、俺はもうここまでで大丈夫なんで……」

 

「あら?もう少しお話しましょうヨ」

 

 振り返って言った俺の言葉をニコさんは笑いながらかわす。

 

 

 

 

 

 マリアと合流したセレナたちにお礼を言い、すぐにその場を離れようとした俺だったが、どうせなら最後まで付き合うと言う二人。

 二人の言葉をやんわりと断りながら、しかし、なかなか引き下がってくれない二人にどうしようかと思っていたところに彼、ニコが提案したのだ。

 ――アタシが送っていくから、二人はお出かけを楽しみなさい、と。

 ちなみに彼がマリアと一緒に行動していたのは彼女がニコの所属する部隊の駐留する基地に来た縁だったそうだ。

 なんだってこんな奇跡が重なったのやら……やっぱり俺って呪われているのかもしれない。

 結果これ以上その申し出を断れないと悟った俺は仕方なく彼とのちょっとした散歩をすることとなったわけだが――

 

 

 

 

 

 

「……お話?いったい何についてのでしょうか?」

 

「そんなつれないこと言わないデ」

 

 うふふっと笑いながらニコさんが言う。その眼はすべて見透かされているようで背筋に嫌な汗が伝う。

 

「久しぶりに会ったんだから、もう少しゆっくりと話しましょうヨ」

 

「久しぶり?何のことでしょうか?俺とあなたは初対面だと思いますが?」

 

「あら?そんなふうに言っちゃうの?あんなに激しい夜を共にしたのに……」

 

「そんな事実はない!」

 

 頬を赤く染めてクネクネと気持ち悪く体をよじるニコさんの言葉に思わず叫ぶ。――あっ!

 

「ウフッ、そうね。あなたはあの時もつれなかったものネ?アタシがどれだけアプローチしても素っ気なくするんだもの……」

 

 ため息をつきながら、しかし、欲しい答えは聞こえたと言わんばかりにニヤリと笑いながらニコさんが言う。

 まったくもってこの人は苦手だ。トラウマもあるがこの何を考えているかわからない飄々とした感じ、逆にすべて見透かされている気がしてくる。

 

「……それで、何が聞きたい?」

 

「あら?他人のフリはやめたのね」

 

 ニコさんが笑いながら言う。

 

「どんな言い訳してもアンタはもう俺のことを確信してんだろ?どうしたって覆せないさ」

 

「なるほどね」

 

 俺の言葉にニコさんが納得したように頷く。

 

「改めて久しぶりネ。元気そうで何よりヨ」

 

「ええ、お陰様で」

 

 ニコさんの言葉に肩をすくめる。

 

「まあこんな往来の真ん中じゃなんだから、少し移動しましょうか」

 

 

 

 〇

 

 

 

「さて、何が訊きたいかって話だったわね」

 

 路地裏に移動した俺たち。振り返ったニコさんが口を開く。

 

「まあそうね、アタシはあなたは女性権利団体ともめて殺されないために姿を消したって聞いていたけど、それは合ってるのかしら?」

 

「……まあ概ね」

 

 ニコさんの問いに頷く。まあそれがすべてではないが。

 

「ふ~ん……で?いまの目的は?わざわざアメリカまで来て何をしているのかしら?」

 

「…………」

 

 ニコさんの問いに俺は答えるかどうかを迷う。

 この人は秘密が多そうだ。腹に何を隠しているかわからない。意図的に相手に自分の考えを悟らせないようにしている節がある。この性格だって恐らく演技――

 

「あら?そんなに熱い視線を向けられたらムラムラしちゃうじゃない」

 

 演技なのか?

 考え込みながらニコさんを睨んでいたら気持ち悪く体をくねらせて投げキッスしてくる。

 この人相手に搦め手でどうにかしようなんて無理だ。

 俺は諦めて大きくため息をつく。

 

「俺の今の目的は『亡国機業』と接触を持つことだ」

 

「へ~?」

 

 俺の答えに興味深そうにニコさんが目を細める。

 

「『亡国機業』に接触してどうするの?自分やあなたの師匠を殺そうとした落とし前でも着けようって言うの?」

 

「いいや。詳しいことは接触してから決めるけど、少なくとも俺や師匠が死にかけたのは直接手を下したのはやつらじゃないから落とし前とかは考えてないですよ」

 

「あら?そうなの?」

 

 俺の言葉にニコさんが驚いた様子で俺を見る。

 

「だって、俺や師匠の一件は『亡国機業』の名前を騙って女性権利団体がやったことだと思いますから。やり方が俺を襲ってきた『亡国機業』のやつららしくないってのもあるけど、あの一件で動いていたのが女性権利団体の関係者の相川さんだったってのもあるんで。その辺の事実確認も含めてまずはやつらに接触したいな、と」

 

「ふ~ん」

 

 俺の言葉に何か考えるそぶりを見せるニコさん。

 数秒考え込んだニコさんは口元に笑みを浮かべる。

 

「ねぇ、ソウタくん。そんなに『亡国機業』に会いたいなら――会わせてあげようか?」

 

「………はぁ?」

 

 ニコさんの言葉の意味が分からず俺は首を傾げる。

 

「会えるもんなら会いたいですけど……そんな簡単に会わせてあげよっかって……」

 

「実はアタシね……面識あるのよ、『亡国機業』と」

 

「なっ!?」

 

 ニコさんの言葉に俺は思わず驚きの声が漏れる。

 

「アタシが手伝えばすぐにでもやつらと接触することはたやすいわよ」

 

「………アンタ何者なんだよ?」

 

 誇らしげに言うニコさんに俺は睨みながら訊く。

 

「いい女って言うのは秘密が多いものなのよ」

 

「ゴリゴリのおっさんが何言ってんですか?」

 

「あら、失礼しちゃうわね。これでも心は乙女なのよ?」

 

 俺の言葉にニコさんはため息をつきながら肩をすくめる。

 

「それで、どうするの?会いたいならアポ取ってあげてもいいわよ?」

 

「…………目的は何ですか?」

 

「目的?」

 

 俺の問いにニコさんが首を傾げる。

 

「もし仮に本当にアンタが亡国との繋がりがあったとして、やつらと俺との間を取り持つことに、いったいどんなメリットがアンタにあるんですか?」

 

「……そうね。強いて言うなら、アタシはあなたに期待してるのよ」

 

「期待?」

 

「そう。君を初めて見た時、あなたの瞳の奥に見えた何かがアタシの心を掴んだ。そして今日、もう一度会ってアタシは確信したわ」

 

 言いながらニコさんは素早い動きで俺との距離を詰め、俺の顔を両手で頬を押さえるように掴んで顔を近づけてくる。

 一瞬逃げようと動いたはずなのに気付けば掴まれていた。えも言えぬ恐怖を感じながら俺は身構える。

 

「あなたのその瞳の奥にある何か。あなたならきっと思いもよらないようなとんでもないことをしてくれる。アタシはそれが見たくて仕方がないのよ」

 

 ぺろりと舌なめずりをしてパッとニコさんが手を放す。

 

「まあ急に言われても信用できないと思うから、少し考える時間をあげる。そうね……明日のこの時間に、この場所で。いい知らせを聞けることを楽しみにしてるわ」

 

 言いながらニコさんは去って行った。

 

 

 〇

 

 

 

「私は反対!」

 

 アキラさんが俺を睨みながら叫ぶ。

 あれからホテルに戻って今日の出来事をふたりに話した俺は、ニコさんの提案に乗るべきかどうかを相談した。そして、アキラさんの言葉に戻る。

 

「そのニコラってやつが信用できるとは思えない……」

 

「でも、今のやり方で『亡国機業』に接触を持てるようになるまでどれだけかかるか……。ここは少し危険でも乗ってみるのがいいんじゃないかな」

 

「そんな!?」

 

 貴生川さんの言葉にアキラさんが驚く。

 

「確かに危険はある。でもこんなチャンスはまたとないかもしれない。現状を打開するには多少の危険は承知で挑戦してみる方がいいかも」

 

「でも……」

 

 貴生川さんの言葉にアキラさんが言い淀む。

 アキラさんも分かっているのだろう。今のままではダメだと。現状を打開するためには多少危険を覚悟しなければいけないことを。

 

「颯太君はどう思ってるんだい?」

 

「……………」

 

 貴生川さんに言われ、俺は考え込む。

 貴生川さんとアキラさん、二人分の視線が注がれているのを感じる。

 そして――

 

「………俺は……」

 

 俺は口を開く。

 

「俺は……挑戦すべきだと思ってます」

 

 俺の答えに二人は黙ったまま、しかし続きを促すように視線を向けている。

 

「確かにアキラさんの言う通り、俺もニコさんのことを100%信じることはできません。でも、少しでもやつらに接触する可能性があるなら……それが例え罠だとしてもやりたいんです」

 

 俺の言葉に貴生川さんは頷き、アキラさんは俯く。

 

「心配してもらってありがたいですが、それでも俺は……」

 

「わかってる」

 

 俺の言葉を遮ってアキラさんが頷く。

 

「私だって他に手がないってことくらいわかってる。でも…それでも……」

 

 悔しそうにアキラさんは唇を噛む。

 

「……約束して」

 

 アキラさんが鋭い視線で俺を見つめる。

 

「絶対に……絶対に無茶しないって……危ないと思ったらなにがなんでも逃げるって」

 

 アキラさんの言葉を受け

 

「……はい、わかりました」

 

 俺は力強く頷いた。

 

 

 〇

 

 

 

「約束通りちゃんと来たのね」

 

 昨日と同じ時間、同じ路地裏にやって来た俺を建物の壁に背中を預けていたニコさんがニッと笑いながら迎える。

 

「それで?答えを聞こうかしら?」

 

「…………」

 

 ニコさんの言葉に俺はニコさんを正面からしっかりと見据え、大きく頷く。

 

「正直アンタのことはまだ信用できない。でも、こっちもなりふり構ってられない。アンタの提案に乗る」

 

 俺の答えにニコさんがにやりと笑う。

 

「ソウタくんならそう選択してくれると思ってたわ」

 

 嬉しそうに体をくねらせながら、俺にしなだれてくるニコさん。

 

「そういうのはいいんで!それで?俺は何かしなきゃいけないことはありますか?」

 

 べたべたとくっついて来るニコさんを引っぺがして訊く。

 

「う~ん、そうね~……まずは~……」

 

 言いながらニコさんは脇に置いていたカバンの中に手を突っ込み

 

「ソウタくんは……緊縛プレイって好き?」

 

 言いながらとてもいい笑顔で荒縄を取り出した。

 それを見た瞬間、俺は思った

 

――あ、選択ミスった

 

 と……。

 


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