もしかしたら原作通りではないかもしれませんがよろしくお願いします。
「それでは改めて紹介……と言ってもお互いに既知の間柄でしたね」
長方形のテーブルに向かい合うように座る俺と束博士。俺の隣のスコールが口を開く。
「こちら、篠ノ之束博士。二か月ほど前から協力していただいている方よ。篠ノ之博士、こちらは井口颯太君この度彼からの申し出で我々と共闘することになりましたので、今日はその報告とあいさつでお邪魔しました」
「あっそ」
スコールの紹介に束博士は心底どうでもいいと言った表情で答える。
「……束さま、お茶を淹れてまいりました」
と、先ほどから姿を消していた銀髪の少女がお盆を手に現れる。
と言うか初めて見た時から気になっていたがこの子目を瞑っている気がするんだけど……。
「あ、クーちゃん!もう、そんなのいいのに~」
その少女をにこやかに迎える束博士。その雰囲気は俺やスコールに対するものと違い、箒や織斑先生、一夏に向けるものに似ている気がする。彼女にとってこの少女は『身内』と言うことなのだろう。
「どうぞ」
ぼんやりとそのやり取りを見ながら考えていた俺の前に少女がカップを置く。
「あ、あぁ。ありがとう」
「もう、クーちゃん。そんなやつにお茶を淹れてやらなくてもいいよ。そんな凡人、その辺の泥水で十分なんだから。――ま、せっかく淹れてやったんだからお前はお前で一滴一滴ありがた~く飲めよ」
「自分で淹れたんじゃないくせに偉そうにしてんじゃねぇよ」
少女に向けては優しく、俺に向けては冷ややかに言う束博士に辟易としながら俺はカップに口を付けながら少女にちらりと視線を向ける。
この少女、銀髪と言うのもあるかもしれないが、どことなくラウラに似ている気がする。まあ気のせいだと思うが。
「あの、何か……?」
と、思った以上に少女の顔を見ていたらしい。少女が怪訝そうな顔で訊く。
「あ、ごめんごめん。ちょっと知り合いに雰囲気が似てる気がして。多分気のせいだ」
「そう……ですか……」
少女は納得したように、しかし何か思うところがあるかのように頷く。
「はじめまして、俺は井口颯太。よろしくね」
「クロエ・クロニクルです。縁あって束さまのお世話になっているものです」
「も~、クーちゃんは堅いなぁ~。私のことはママって呼んでくれていいのに~」
少女、クロエの言葉に束博士が不満そうに言う。
「へ~、人を見下してるアンタがそこまで気に入ってるなんて、正直驚きだ」
「クーちゃんはお前ら凡人とは違うからね」
俺の言葉にフンと鼻を鳴らしながら言う。
「それで、今後のお話をさせていただきたいのですが――」
「その前にさ~」
スコールが話を変えようと口を開くが、それを束博士が遮る。
「なんだってよりにもよってこの凡人と手を組んだわけ?」
「それは、彼も女性権利団体を潰すという点において我々と目的が一致していますので、彼の申し出に乗ろうと思いまして」
「それなんだけどさ~、別にその凡人の手を借りる必要ある?私が手を貸すだけで十分でしょ」
「それは……」
スコールは束博士の言葉に言い淀む。
確かにこの人がいればそれほど困難無くあらゆることを行うことは可能だろう。ただ、俺が感じている通りなら、恐らくこの人は――
「ていうかさ~――」
なおも束博士が続ける。
「別にそんな大慌てであいつら潰す必要ってあるの?」
「なっ!?」
束博士の言葉にスコールさんが驚愕する。
俺としてはこの人の性格上この言葉は予想通りだ。
「だってさ~、君らはどうか知らないけど私別に実害ないし~」
「今実害なくても今後はわからないだろ。てかそもそもアンタがISを作ったのもあいつらが調子乗ってる原因の根本なんだから手伝えよ」
「はぁ~?なんで私がそんなよくわかんない理由で手伝わなきゃいけないんだよ?」
「アンタのせいでたくさんの人が迷惑被ってんだから当たり前だろうが」
「それこそ知ったことじゃないね。なんで私が知りもしない相手のために労力を割かなきゃいけないんだよ?」
「……………」
予想通り、予想通りではあるが……
「チッ……アンタみたいな引き籠りの寂しがり屋に期待した俺がバカでしたよ」
俺は舌打ちしながら言う。と――
「今なんつった?」
束博士が鋭い視線で睨みながら言う。
「はぁ?だから、期待した俺がバカだったって……」
「その前!」
「引き籠り?」
「そっちじゃない!」
「寂しがり屋?」
「それだよ!私のどこが――」
「え?アンタって世界一のボッチで世界一の寂しがり屋だろ?」
俺は首を傾げながら訊く。
「アンタは生れた時から天才だった。しかもその天才は世間一般的なものじゃない。いわば化け物とでも称されるレベルでのものだった。織斑先生や箒から聞いたことがある。アンタは頭脳面も肉体面もオーバースペックらしいな」
「まあね。私は細胞レベルでオーバースペックだからね」
「そのせいでアンタは小さい頃から周りからの理解を得られなかったんじゃないか?大人から見れば年不相応の考え方をするクソガキ。同じ子どもから見れば明らかに自分とは違う得体のしれない何か。アンタのことを本当の意味で理解できる人間はいなかったんじゃないか?そして、それはアンタを生んだ両親でさえも」
「…………」
「アンタにできることが他人にしてみれば当り前じゃない。アンタの考えることが他人からしてみれば理解も及ばないほどの高みであること。そのせいでアンタは周りに何度も落胆させられた」
俺は言いながら束博士を見る。束博士は冷たい、何の感情も見えない瞳で俺を見ている。
「アンタに身内はいなかった。アンタに友はいなかった。アンタに理解者はいなかった。なのにアンタの周りのやつらは仲良しこよしでつるんでた。アンタはその輪の中に入れなかった。――アンタはそれが寂しかったんだ。羨ましかったんだ。自分にはいない存在が、身内が、友が、理解者が、互いに理解し合える存在が、自分よりも劣ってるはずのやつらにはいることが。
だからアンタは自分に言い聞かせたんだ。自分は優秀だから誰かの力がなくても、誰かの理解がなくてもなんでもできる。だから身内も友も理解者も自分には必要ない。そんなのが必要なのは劣ってるやつだけ。何かが足りないから、自分の足りないものを他人に補ってもらうためにつるむんだ。自分一人で何でもこなせる完璧な自分にはそんなものは必要ないって……」
俺の言葉に束博士は何も言わない、異論も反論も何も。
「それでも、織斑先生との出会いにアンタは期待したんだ。少なくとも肉体面では自分と並ぶほどのスペックを持つ織斑先生なら自分の友達になってくれるんじゃないかって。
箒の存在に期待したんだ。同じ親から生まれた妹に、自分と同じ高みに来れないまでも、自分のことを理解してくれるんじゃないかって。
一夏の存在に期待したんだ。自分と同じハイスペックな織斑先生を受け入れて共に過ごしている一夏なら、自分も受け入れてくれるんじゃないかって。
この三人がアンタの期待通りだったのかはわからない。でも、それで満足したなら、アンタはISなんて作らなかっただろうから、きっと満たされなかったんだろうな」
「っ!」
俺の言葉に初めて束博士が反応したように見えた。構わず俺は続ける。
「アンタがISを作ったのは、それを発表することで自分を理解してくれる人が現れることを期待したんだ。自分の近くにいなくても、自分と同じ高みにいなくても、自分の作ったもののすごさがわかるなら、少しは自分を理解してくれるって。でも――誰もアンタを理解しなかった。それどころか、アンタの才能を認めなかった。アンタの作ったものは荒唐無稽な子どもの戯言と馬鹿にされた。アンタは期待を裏切られた。最悪の形でな。だから――力尽くで認めさせることにしたんだろ?『白騎士事件』を起こすことでな」
俺の言葉に少しづつ束博士の瞳に感情が見え始めている気がする。それと同時に束博士は俯く。
「楽しかったでしょ?最高だったでしょ?自分を認めなかったやつらが、自分をバカにしたやつらが、その間違いに気付かされている様は。自分の圧倒的な才能にへいこら頭を下げてくる様は。でも、その結果アンタが手にしたものは何だ?アンタの孤独は満たされたのか?家族はバラバラ、妹には嫌われ、友達だった織斑先生ともギクシャクして」
「黙れ……」
「どうですか?満足ですか?ちっぽけな虚栄心は満たされましたか?」
「黙れ!」
叫び声とともに束博士は机に飛び乗り俺に手を伸ばし掴みあげる。
この間ほんの瞬き一回にも満たないスピードだった。
「お前に!お前に何が分かる!?」
俺を掴みあげながら束博士が叫ぶ。なんだろう、こんなやり取りをこの天才の妹ともしたことがあった気がする。
「お前みたいな凡人が知ったような口をきくな!お前に私の何がわかるって言うんだよ!」
掴みあげられているので俺の脚はギリギリソファーにつくくらいだ。正直喉が息苦しいがそんなものに構ってる暇はない。
「わかるわけないだろ。俺はアンタじゃないしアンタも俺じゃないんだ。でもよ、アンタの作ったISで世界がこうなったんだ、アンタにはそれをどうにかする義務があるんじゃないのか!?」
「知るか!私は作っただけだ!私の当初の目的はあれで宇宙に行くことだ!それを戦争の道具にして私利私欲を満たしてるのはあいつらだ!他人の使い方にまで作った私が責任持てるか!」
「それはアンタが白騎士事件を起こしたからだろうが!!」
束博士の言葉に俺は掴みあげられたまま叫ぶ。
「アンタがISの使い方を間違えさせる原因を作ったんだ!白騎士事件なんて馬鹿なやり方でISの有用性を証明したから!だからあれは今の形になったんだ!他人の使い方にまで責任持てない?ふざけるな!その使い方を示したのは他でもないアンタじゃないか!」
「っ!?」
俺の言葉に初めて束博士の目に動揺の色が見えた気がした。
「俺はアンタが嫌いだ!好き勝手世界引っ掻き回して、その結果を見届けず引き籠って、何の責任もはたさないアンタが大っ嫌いだ!反論があるなら言ってみろ!聞いてやる!」
「私は……」
俺の言葉に答えられずに束博士は言い淀む。
「結局アンタのやってることは幼稚なんだよ!」
「黙れ……」
「自分のことを見てほしくて、認めてほしくて、理解してほしくて!他人の迷惑お構いなし!自分だけが仲間外れにされたことが悔しいだけのかまってちゃんなんだよ!」
「黙れよ……」
「そんなもんアンタの見下してる俺たち凡人とやってることは変わらない!細胞レベルで天才だろうがなんだろうが、結局アンタは俺たちや女性権利団体のやつらと同じ!私利私欲で動く一人じゃ生きられない寂しい寂しいウサギちゃんなんだよ!わかったかこの駄兎が!」
「黙れ!!!」
俺の言葉に束博士は叫びながら俺を掴んでいた服から手を放す。
俺が認識できたのはそこまでだった。
「ゲフッ!?」
気付けば俺はお腹にすさまじい衝撃を受けて吹き飛ばされ、直後背中に受けた衝撃に一瞬で意識を持って行かれたのだった。