深いまどろみから意識が浮かび上がる感覚とともに俺は重い瞼をゆっくりと開く。
「んぁっ……ここは……」
俺はベッドに寝たまま視線だけを巡らせる。俺の視線の先にはいつか見た天井があり
「あぁ、またこの天井か……」
「何言ってんだてめぇ。あの天災に蹴り飛ばされて変なところぶつけたか?」
某人型汎用決戦兵器に乗る少年パイロットの如く黄昏ていたらどこからか声が聞こえる。
体を起こすと窓辺の椅子、前はスコールの座っていたそれにオータムが座って机に肩肘を立てて頬杖をついてこちらを見ていた。
「蹴り飛ばされた……あぁ!あれ蹴り飛ばされたのか!あんまり早くて何されたのかわからなかった!」
感覚で言えば「ヤベーイ!ハエーイ!」って感じ?もしくは「ギュインギュイン!のズドドドドド!」かな?とにかく体験してみないとあれわからないと思う。
「スコールの話ではカタカナの『ヒ』の字になって飛んでいったって聞いたぞ。しかもそのまま壁にゴミのように叩きつけられたって。ベシャッと」
「それよく生きてたな俺……」
「とりあえず医療用のナノマシンは打ち込んでおいたから、それでも何か違和感あるようなら速めに言え」
オータムは言いながら椅子から腰を上げる。
「おろ?何それ?なんかやけに優しい?もしかしてオーちゃんツンデ――」
そこまで言ったところでスコンと小気味のいい音と共に俺の顔の脇をかすめて飛んできたナイフが背後の壁に突き刺さる。
「勘違いすんじゃねぇ。共闘するとなった以上は何の役に立たないままてめぇに死なれちゃ困るだけだ」
「あ、そうっすか。残念……」
ナイフを投げた態勢で俺を睨むオータムの言葉に俺は肩をすくめる。
「それと、馴れ馴れしくオーちゃんって呼ぶな」
「へいへい。じゃあ……マーちゃん?」
「似たようなもんじゃねぇか!てかなんでマーちゃんだよ!?」
「いや、初めて会ったとき一夏には〝巻紙礼子〟って名乗ったんだろ?巻紙だからマーちゃん」
「それ偽名だろうが!普通にオータムでいいんだよ!」
「あいよ」
俺はしぶしぶ頷く。
「目が覚めたんならとっとと起きろ。今後の事を話そうとみんな待ってる」
「へいへい」
ベッドわきにやって来て壁に突き刺さったナイフを引き抜いて言うオータムの言葉に頷いてベッドから出る。
「わざわざ教えてくれてありがとう、マーちゃん」
「――っ!」
言った瞬間右頬に冷たい感触が触れる。オータムが俺の右頬にナイフを押し付けていた。
「マーちゃんって呼ぶな。それと――」
ナイフをベルトの鞘に納めながら踵を返すオータム。
「来るんなら服着てから来い」
オータムの言葉に見下ろすと、またもや俺は全裸だった。
俺はこの間と同じくベッドわきのテーブルに畳まれた服を纏ってオータムの後を追いかけたのだった。
〇
「遅かったね。待ちくたびれたよ」
「俺を蹴り飛ばした張本人が何を言うか」
オータムの後を追って部屋に入ると俺を出迎えた束博士が言う。
「あの程度で半日も寝ていたお前の方が軟弱なんじゃない?」
「生憎アンタと違って中身も外身もスペックは平凡なものでね」
ため息をつく束博士に肩をすくめながら答える。
部屋の中には机に椅子が並び、束博士の他にオータム、スコール、エム、束博士の隣にクロエも座っている。
「で?ここにいるってことはアンタも俺と共闘してくれるってことでいいんだな?」
「………」
椅子に座りながら対面に座る束博士の顔を見ながら訊く。
束博士は無言で俺を睨み、口を開く。
「別にお前の言葉に絆された訳じゃない。お前みたいな凡人にこのてんっっっさい篠ノ之束を理解できたと思うなよ。今私がここにいるのはただの気まぐれだ」
「さようで……」
「言っておくけど、お前が自分の行いに疑問を持って迷ったら、その時は私がお前を殺してやる」
「上等だ。アンタも共闘する以上は邪魔はすんなよ?」
「お前こそ余計なことに気を惑わせるんじゃねぇぞ」
「余計なことって何だよ?」
「なんだこのエビフライ頭?」
「エビフライのどこが悪いんだよ?」
「悪くねぇけどソースぶかっけてやろうか?」
「あぁん!?やんのか万年引き籠り?」
「黙れ最終学歴中卒」
「うるせぇ小姑!」
「不良!」
「パソコンオタク!」
「ドブネズミ!」
「ウサミミブサイク!」
「燃えない生ごみ!」
「オートマ限定!」
「冷やし中華!」
「きぃぃぃぃぃぃ!!!」
「あぁあん!?」
「あぁあん!?」
「あぁあん!?」
「あぁあん!?」
「失礼、あの……話が進まないのでその辺でよろしいでしょうか?」
睨み合う俺と束博士にスコールが苦笑い気味に言う。
「それで?女性権利団体を倒すために颯太君、君はどうしようと考えているのかしら?」
咳払いとともにスコールが俺に視線を向けて訊く。
「……まずは女性権利団体の悪事を世間に公表する。できるだけ大々的に、センセーショナルに」
俺は頭を切り替え、周りの面々を見ながら言う。
「都合のいいことに女性権利団体のやつらがデータを消してようがやつらと繋がっていた証拠は『亡国機業』にもある。そうでしょ、スコール?」
「ええ、もちろん」
俺の問いにスコールが頷く。
「やつらが『亡国機業』に悪事を指示していたという情報を公表することでまずはやつらを社会的に殺す。同時に各国にある女性権利団体関連の施設をテロで襲うことで戦力的にも殺す。腐っても世界トップクラスの権力を持ってる団体だ。まずはやつらの力を削がないとね」
「なるほどね。それで?もちろんそれだけじゃないんでしょ?」
俺の言葉に納得したように頷きながら束博士が訊く。
「ああ。やつらを社会的にも戦力的にも殺した後、最後に現トップを殺す。力も地に落ち、そのうえトップも失えばあとは勝手にやつらは崩壊していく。わざわざ全部を潰さなくてもそれで充分やつらには大打撃になるはずだ」
「そんなに上手くいくのか?」
「上手くやるんだよ」
オータムの疑わし気な問いに俺は答える。
「そのためにはいくつか気を付けないといけないけど、まず第一に、〝世論を味方につけること〟を目的としよう」
「世論を味方につける?」
俺の言葉にエムが首を傾げる。
「あくまでも『巨悪=女性権利団体』ということを世間に印象付ける。よりたくさんの人が関心を持ち、女性権利団体の悪逆非道を憎む人が増えればそれだけ俺たちが動きやすくなるはずだ。ことが全部終わった後も女性権利団体が再び力を持つことの抑止力にもなるはずだ。女性権利団体VS俺たち、では世間の人間はいまいち食いついて来ないだろうから、より話題性を作り、より一般人を引き込む」
「どうやって?」
「簡単だ。俺たちが活動の内容を発表すればいいんだ。ネットに特設サイトとか作ってさ。簡単に自分たちで情報が集められれば興味も沸くだろう」
エムの問いに答える。
「そして情報を発表するにあたって注意しなければいけないことがある。
一つは自分たちの行いを正義とは言わないこと。正義をうたって力を振るってもそれはただのテロだ。そこら辺の過激なテロリストが活発にテロをやってると思われたら世論を味方につけることはできない。
二つ目によりイメージを作りやすいように実際に動画とか使って誰かが矢面に立った方がいいと思う。『亡国機業』って名前より、姿の見える誰かの方が話題としては膨らむだろうからな」
「確かにその通りだと思うわ。でも、その矢面に立つって言うのはいったい誰がやるのかしら?」
「問題はそれなんだよね……」
スコールの指摘に俺はため息をつく。
「スコールたちには実動隊として動いてもらうとして、そうなると……」
言いながら俺は束博士を見るが
「はぁ?やらないよ、私」
「言うと思ったし、アンタには期待してない」
「あぁん!?」
俺の言葉に束博士が怒声を上げるが無視する。
「悪くはないけどもっと親しみやすい感じが欲しいしなぁ……アンタじゃ一般人見下しすぎだし……」
「そんなに言うならお前がやればいいじゃないか」
「はぁ?」
束博士の言葉に俺はため息をつく。
「アンタ、バカか?俺が出られるわけねぇだろ。これでも世間的に追われる身だぞこの野郎」
「顔なりなんなり隠せばいいだろこの野郎」
「顔隠してようが男が『亡国機業』の代表として出てたら勘のいい人たち、俺の師匠とか織斑先生たちにバレるだろうが。この計画は邪魔されるとやべぇんだよこの野郎」
「だったら性別も変えればいいだろうがこの野郎」
「そう簡単に性別変えられるかよこの野郎」
「はぁ……クーちゃん、よろしく」
「はい、束さま」
ため息をつきながら束博士は隣のクロエに言う。と、頷いたクロエが今まで閉じていたその瞼を開く。
現れたその瞳に俺は息を呑む。
そこには白目が黒色に、黒目が金色に染められた双眸が――
「ってうおぉ!?」
と、俺の思考を遮ってオータムの驚きの声が響いた。見るとオータムだけでなくスコールも多少驚いた表情を浮かべ、わかりずらいがエムも眉をひそめていた。
「うるさいな、急になんだよ?」
「お、おまっ!それっ!」
「はぁ?なんだよ?」
「鏡見ろ!鏡!」
「鏡?」
慌てるオータムに俺は首を傾げながらドアの隣にかかっている姿見に視線を向け
「はぁ!?」
驚きの声を上げた。
その鏡には当たり前だが鏡向きになった室内が移り、スコール、オータム、エム、束博士、クロエの姿が変わらず映っていた。そして、唯一違うところが一か所、本来俺がいるはずの席には一匹の猿が座っていた。
「なっ、なんじゃこりゃぁ!!?」
俺は叫びながら自身の身体を実際に見まわす。変わらず俺の声のまま姿だけが猿になった俺。ものすごく異様だった。
「なんだよこれ!?」
「驚いた?」
「当たり前だろうが!」
イタズラが成功した子どもの様にニマニマと笑う束博士。
「クーちゃんのIS『黒鍵』の特殊能力でね、大気成分を変質させることで幻影を見せることができるんだよ。しかもこのIS、機械にも干渉できるからビデオカメラとかにも幻影を映し、記録させることができるんだよ」
言いながら携帯を取り出した束博士は俺を撮影、画面を見せてくる。画面の中には猿化した俺の姿が映っている。
「これを使えばいくらでも見た目を変えることができるよ。これで問題解決だね」
ニヤリと笑いながら言う束博士に俺も他の面々も何も言うことができなかった。
こうしてテロなど実際に動くのはスコール、オータム、エムの三人、サイトの作成やハッキングなどは束博士、サイト上で動画に出演するのは俺となった。
ちなみに俺の姿はすぐに元通りに戻してもらえた。