あの会議から数日が経った。
翌日には拠点をホテルから束博士の隠しラボの一つに移し、アキラさんと貴生川さんとも合流。俺の打ち立てた作戦を実行するべく各自で動き始めていた。
スコールとオータムは実際に動くための準備、束博士はアキラさんと貴生川さんとともにサイトの作成とそこへのハッキングされた時の対策を構築している。
さて、じゃあ俺は何をしているかと言うと――
「アハハハハハハハッ!アハハハハハハハッ!おもしれ~な、吉本新喜劇」
テレビを見ていた。
いや、ちょっと待ってほしい。いま、『おいなに一人だけさぼってんだよ。働けよ』と思った方、俺の言い訳も聞いてほしい。
と言うのも、まず俺に頭脳面での働きは期待できない。ここには三人も桁違いな頭脳が揃っている。ISを生み出した束博士はもちろん、束博士ほどとは言わないまでも一般的に見ても天才的であるアキラさんと貴生川さん。そんな中に入って俺ができることがあるだろうか?答えは否である。
じゃあスコールたちの方を手伝えばいいんじゃね?と思った方、そっちはそっちで自身のISは自身で面倒見るため俺にできることはない。
結果俺は手持無沙汰なもので休日のお父さんよろしくソファーに寝転んでテレビを見ることとなっている。
「……すげぇな……ありえねぇよお前……一位から十位までB’zって」
「ジ~………」
「ジ~………」
このラボすごい。衛星放送をハッキングしてるのかわからないけど世界各国のいろんなチャンネルが見れる。
「普通にベストテン番組やったら特集組んじゃってんじゃん」
「ジ~………」
「ジ~………」
俺は言いながらチャンネルをテキトーに変える。
「……おい勿体ねぇな、行けよ宮崎駿よぉ……」
「ジ~………」
「ジ~………」
俺は言いながら再度チャンネルを変えるが時間帯の問題なのか面白い番組は無い。
「ん~……いいの無いな……」
「ジ~………」
「ジ~………」
チャンネルを次々と変えていくが特に目を引くものもない。
「どうするかなぁ……録画でも見るかな……」
「ジ~………」
「ジ~………」
どうするか考えつつもチャンネルを変える手は止めない。
「…………」
「ジ~………」
「ジ~………」
「……………………」
「ジ~………」
「ジ~………」
「………………………………」
「ジ~………」
「ジ~………」
「……あのさ」
俺はいい加減気になるので体を起こす。
俺の寝転ぶソファーの背もたれから頭の上半分、目元のあたりまでを出して俺を見ていたふたりの人物、クロエとエムに言う。
「君ら何してんの?」
二人は一度顔を見合わせ
「「お構いなく」」
「いや、構うわ!」
そのまま元の態勢に戻る二人に俺は叫ぶ。
「このラボに移ってから来る日も来る日も俺の後追って物陰からジロジロジロジロ!一度夜中にトイレに起きて用を足したら廊下の向こうから見てた時もあったよね!?」
俺は目頭を押さえながらため息まじりに言う。
「気にするな。お前はいつも通り過ごしていればいい」
「いや、そんなジロジロ見られてていつも通りなんて――」
「いつも通りで過ごせ」
「あ、はい……」
エムの言葉に俺は素直に頷く。
こいつは相変わらず苦手だ。
このエムがキャノンボールの時に襲撃してきた『サイレント・ゼフィルス』の操縦者だと知ったのはこのラボに移る直前だった。
あの時はこのエムと死闘を繰り広げ、最後には決着はつかなかったものの浅からぬ因縁を残した。と言うか去り際に「次は殺す」とまで言われた。
しかもその時には知らなかったがエムは織斑先生のクローンである。そのせいで少し若いが見た目はそっくりである。
あの織斑先生の鋭い眼光とあの時の殺気のせいでものすごく苦手だ。端的に言って怖い。
でもさすがにこのまま意味も分からず監視されるのは嫌だ。
「でもさ……そんなジロジロと見られていつも通り過ごせって方が無茶だろ」
俺はため息をつきながら言う。
「まあ……それもそうですね」
俺の問いに答えたのはクロエだった。
「端的に言ってしまえば観察です」
「観察?」
クロエの言葉に首を傾げる。
俺を観察してなにか得るものがあると言うのだろうか?
「これまで私はそれなりの時間を束さまと過ごしてきました」
クロエは俺の問いに答えるように口を開く。
「束さまは私を本当の家族のように扱ってくれていました。いつもニコニコと、私の作る失敗した料理も美味しい美味しいと食べてくれます。優しく、いつも笑顔で接してくれる束さま……でも、あなたと話す束さまは私の知るどの束さまとも違いました」
クロエは言いながら瞼を閉じたままの視線を俺に向ける。
「あなたと話す束さまは感情的で、包み隠さず正面からあなたと向き合っている、素の束さまを見せているように思いました。これまで本音を見せない束さまが、私にはとても尊敬できる偉大な方だった束さまが、いい意味で普通の一人の女性のように思えました」
そう語るクロエの言葉はどこか嬉しそうで、しかし、どこか寂し気に感じた。
「なので、そんな束さまを引き出した颯太さんについて知ろうと思ったんです。あなたの何が束さまをそうさせたのか、颯太さんがどういう人なのかを知りたくて、こうして観察させていただいていました」
「あぁ……そう……」
俺はクロエの言葉に少し納得する。
「で?ここ数日俺のことを観察して、何かわかったか?」
「……いえ。今も分からないままです」
クロエは少し視線を下げて俯く。
「そっか……」
「なので」
言いながらクロエは再び顔をあげる。
「もう少しだけ観察を続けさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「…………」
暮れの真剣な表情に俺は少し考え込み
「好きにしなよ」
「っ!ありがとうございます」
俺の言葉にクロエは笑みを浮かべる。
「……それで?お前はなんで俺を観察してたの?」
「ただの気まぐれだ」
視線を変え、クロエの隣に立つエムに訊くがエムは素っ気なく返す。
「お前が気まぐれでそんなことする奴か?ほれ、笑わないから言ってみ?ほれほれ?」
「ただの気まぐれだ」
「あ、はい。すいません」
茶化しながら訊く俺にエムは一層鋭い視線で睨む。その鋭さに俺は気付けば謝っていた。
「私も引き続き観察させてもらう。いいな?」
「あ、はい。どうぞ」
年下の少女の迫力に気圧され、悪くもないのにぺこぺこと頭を下げてしまう俺だった。
それから俺はそこからさらに数日間、すべての準備が整うまで二人に観察され続けるのだった。
〇
「それで?彼の強さについて何かわかったのかしら?」
ラボの中の一室で撮影機材を準備し終えたスコールは同じく準備していたエムに訊く。
「……いや、何もわからずだ」
エムは少しスコールに視線を向けてから答える。
ここのところエムが颯太を観察していたのにはスコールも一枚噛んでいる。と言うのも凡人を名乗る井口颯太が以前戦った時、本気ではなかったにしても自分を圧倒した颯太の強さの秘密に興味を持っていたエム。しかし、実際に会ってみるとそのつかみどころのなさに颯太と言う存在がよくわからなかったので、実際に共闘する決断をしたスコールに訊いたのだ。訊いてみたのだが
『彼について観察してみれば何かわかるんじゃないの?』
と、冗談めかして言われ、それをエムは本当に実行したのだった。
「何もわからないままだった。結局あいつは凡人なのか?天才なのか?」
「あいつはこれ以上ないって程凡人だよ!」
「「っ!?」」
呟くように言ったエムの問いに答えたのは束博士だった。しかし、その数秒前までその部屋の中には確かにエムとスコールだけだったはずだ。突然の束博士の登場に二人は驚く。
「篠ノ之博士、いったいどこから……」
「ここは私のラボなんだから、君たちに教えてない移動通路がいくらでも用意してあるのさ~」
束は誇らしげに言いながらエムに向き直る。
「それで、あの凡人のことだけどね。アイツは確かに凡人だ。成績も肉体的に見ても凡人。正直なんでISを使えるのか、この私でもよくわからないんだよね~」
束は笑いながら言う。
「でも、ならばなぜ私は、私たちはあいつを仕留めることができなかった?」
「あぁ~、それはね、あいつが肉体的にも頭脳的にも凡人でも、あいつは唯一、その発想力と妄想力だけは秀でてたからだよ」
「……どういうことだ?」
束の言葉によくわからずエムは首を傾げる。
「例えば、普通の人なら自分が読んだ漫画に出てきた技とか攻撃をどれだけ実現できそうだったとしてもそれを試してみようとは思わない。あの凡人もそれがフィクション、虚構の中の物だと分かった上でそれを想像の中で思い描いていた。まあ、妄想するだけなら自由だし、みんなするだろう。肉体スペック上じゃ到底できない技も妄想の中ならいくらでも思い描くことはできる」
まあ私なら現実でもできるんだけどね、とその場でアクロバティックにバク転やロンダートなどを連続でキメる束。
「でも、あいつが他の凡人と違ったのはISを動かせたことだ。自分の肉体のスペックじゃできなかった動きもISと言う高性能な肉体を手に入れたことであいつの頭の中だけでとどまっていたものが実現可能になった。でも、それでも普通の人間ならそれを実際にやろうと思わないだろうね。だから、それを実際にやってみて、しかも実践で使おうなんて思ったあいつはそういう意味ではその発想力は天才かもね」
束は皮肉めかして肩をすくめながら言う。
「なるほどな……」
「しかし、なんだかんだ言って博士も彼のことは評価してらっしゃるんですね」
「はぁ?」
納得して頷くエムの横で言ったスコールの言葉に束が顔をしかめる。
「冗談じゃない。今言ったのは評価じゃなくてただの事実だ。勘違いして変な言いがかりいてんじゃねぇよ」
「それは申し訳ございません」
睨む束にスコールは素直に頭を下げる。
そんな事を話していると
「おい、そろそろいいか?」
オータムが部屋にやって来る。
「ええ、お待たせ。準備できてるわよ」
そんなオータムにスコールが頷く。
「おう、わかった。だとよ」
スコールの言葉に頷きながらドアから後ろに呼びかける。
と、オータムの後からクロエ、そして一人の人物が入ってくる。
その人物は和服と洋服を合わせたような不思議な服装をしていた。白いフリルのついたシャツのような、しかし襟の部分は和服のようになっている。下は紫色の袴のようなミニスカート。
足には膝下あたりまである真っ白なニーソックスに黒い下駄。手には指の出ている手袋をつけている。
そんな服の上からピンク地に紫の模様の描かれた着物のようなものを羽織り、その着物についているフードを被っている。
フードから垂れる髪は黒く、膝のあたりまである長い髪。
顔には白いキツネのお面をかぶっているのでわからないが、白いシャツを押し上げるふくよかな胸など体系からして女性だと思われる。
その人物は周りを見渡し
「どもどもお待たせしました」
と、言った、井口颯太の声で。
「何度見てもそのビジュアルでお前の声って言うのは気持ち悪いよな」
「そう?じゃあ――」
言いながらその人物、颯太は手元で何かを操作し、
『マーちゃん的にはこっちの私の方が好み?や~ん、マーちゃんったら~♡』
「うるせえ!そんなこと言ってねぇだろ!てかマーちゃんって呼ぶなって何度も言ってんだろ!」
女性の声に変わった颯太の言葉にオータムが睨みながら叫ぶ。
颯太の声が変わった秘密は颯太の被るキツネのお面に関係している。
これはお面の口元に変声機が仕込まれており、機械で直接、もしくは手元のリモコンで自在に声を変えることができる。
「そう言えば気になってたんだけど、なんでその衣装にしたの?」
と、スコールが颯太に訊く。
「あぁ、それは」
颯太は声を戻しながら答える。
「この衣装、FGOってゲームの登場キャラの刑部姫の衣装なんだが、刑部姫って言うのは伝説上姫路城の天守閣に住み着いたキツネだって言われてるんだ。この刑部姫は城主の前にだけ現れて城の運命を告げていたって言われてるんだ。
俺はこれから世界に女性権利団体の真実を告げ、運命を告げる存在になる。正体を隠して世論を操っていくわけだ。まるでキツネが人を化かすように。だからこの格好でこの衣装にしたんだ」
俺は言いながら歩を進めてカメラの前に立つ。
「さて、そろそろ始めようぜ。世界を相手にした戦争を」