IS~平凡な俺の非日常~   作:大同爽

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第175話 逢いたくていま

 

「なるほど。つまり、私たちは今後、お前たちの行動について静観していればいいわけだな」

 

「ああ。端的に言えばな」

 

 俺は目の前にいる三人の女性、そのうちの真ん中の白に近い金髪の長髪の女性の言葉に頷く。

 

 

 

 俺たちが女性権利団体に向けてのテロを開始してからそろそろ三ヶ月くらいだろうか?

 俺と『亡国機業』、束博士の行っている作戦は着実に成果を上げていた。

 世論は安木里マユ率いる『亡国機業』と女性権利団体との争いの行方に興味津々なようでどの国でもニュースなどはこぞってその様子を取り上げていた。

 この三か月余りの間に計11か所の施設を襲い、それなりの成果を上げてきた。

 欲しい情報も着々と集まってきた。世論もいい感じに注目し、俺たちの行いの正当性を表立って肯定する国は無いものの、邪魔をする者もいない。

 女性権利団体のやつらも世界各国にある自分たちのどの施設が次に襲われるかわからないせいか、対応はすべて後手に回っている。組織が大きくなりすぎると末端まで上手く命令が伝わらないのかもしれない。

 オータムとスコール、加えて束博士お手製のIS『黒騎士』を使うエムの活躍により破壊工作は順調。俺も安木里マユとして大々的に動いている。

 そして、俺たちは女性権利団体を標的とした活動を続けながら最後の目的のために同時進行で動き始めていた。

 女性権利団体現最高責任者、吉良香純の首がもう目前に見え始めていた。

 そのためにいろいろとやることはあるが、そのための一つとして、俺は最近各国のテロ団体やマフィアなどの組織への挨拶廻りを行っていた。

 簡単に言えば「もうすぐ女性権利団体と決着着けるために動くから、間違っても邪魔してくれるなよ」と言うことを有力な団体に釘を刺して回っているのだ。

 これはスコールと手分けをして回っているが、危ない思想やら超特殊な団体を束ねるトップや幹部に会うのだ。ぶっちゃけ超怖い。

 先週会ったロシアンマフィアの幹部とか超怖かった。金髪の美人なのだが顔の半分に広がる大きな爛れたような火傷跡と鋭い眼光が合わさってものすごい迫力だった。下手なことを言えばすぐさま周りに控える屈強な男たちに袋叩きにされそうな、むしろどこか離れたところとかに配置されてるスナイパーとかにハチの巣にされそうな嫌な緊張感だった。

 帰り際はそれなりに俺のことを気に入ってくれたのかそれなりに威圧することなく接してくれたが、正直あまり積極的に会いたくない。確実に俺の人生で出会った中で「地上で最もおっかない上位三人の女性」の一人に数えられるだろう。

 そして今日、ヨーロッパ圏、特にイギリスを中心に活動しているとある団体にアポをとり、相手の指定してきたフランスのとある喫茶店の奥まった席に腰を下ろしているわけだ。

 俺の目の前には三人の女性が座っている。その団体のトップではないらしいが結構な幹部の人たちなんだそうだ。

 なぜにフランス?と思ったが、彼女たちが最近フランスに用があったためらしい。

 真ん中に座るのは長い白金の髪に白いスーツ姿の女性が主に話し、両脇には黒髪眼鏡で三人の中で一番小柄な女性と青みがかった長い髪のミニスカの服に豊満な胸がこぼれんばかりのバックリと開いた服の女性が控えている。

 俺と真ん中の女性が話す間、俺のことを警戒した様子で見る二人分の視線を受けながら俺は要件を話す。

 

 

 

 

「………でも、それであーしたちにどんな得があるのかしら?」

 

 俺の言葉に爆乳な女性が訊く。

 

「俺たちの作戦が成功すれば世界はいい意味でも悪い意味でも変わるだろう。そうなると各国いろいろとゴタゴタして他が疎かになる。アンタたちにとっては動きやすい状態ができるんじゃないか?その隙に自分たちの目的だとかいろいろに動けばいい」

 

「なるほど、それは確かに一理あるワケダ」

 

 黒髪眼鏡の女性が納得したように頷く。

 

「別に動くなと言ってるわけじゃない。むしろ今まで通りにアンタらはアンタらの目的を果たせばいい。ただ、俺たちの邪魔をしなければ俺たちから何か言うことはない。俺たちの味方をしろとか、出資しろとか言ってるんじゃない。ただ静観し、女性権利団体の味方をしないでいてくれればそれでいい」

 

「ふむ……なるほど」

 

 俺の言葉に白金の女性が軽く笑みを浮かべながら頷く。

 

「いいだろう。お前たちの申し出に乗ってやる」

 

「サンジェルマンいいの?」

 

 爆乳な女性が訊く。サンジェルマンと呼ばれた真ん中の女性がその問いに頷く。

 

「ああ。私たちの活動にも邪魔にはならない。加えて彼らの活動にはそれなりに興味がある。その結末、私個人としても見届けてみたい」

 

「だが、この件をあの無能な統制局長が良しとするかが問題なワケダ」

 

「そのあたりも問題はない。今回の件の決定はすべて私に任されている。――そういう訳で、お前たちの活動に我々がどうこうしようとは思わない。好きに動くといい」

 

「そう言ってくれて何よりだよ」

 

 俺は言いながら自分の前にあるコーヒーカップを煽り中身を飲み干す。

 

「それじゃあ、話が決まったところで俺はこの辺で失礼させてもらう」

 

「あら、せっかちね。どうせならもっとゆっくりして行ってもいいんじゃない?」

 

「お言葉はありがたいが、これでもいろいろと事情があってね。あまりゆっくりもできないんだよ。少し行ってみたいところもあるしね」

 

 爆乳の女性の言葉に答えながら脇に置いていたカーキのモッズコートに袖を通した俺は席を立ち伝票をとる。

 

「その事情と言うのは、世界で二人目の男性操縦者である君が『亡国機業』に協力していることと関係あるのかしら?」

 

「…………」

 

 サンジェルマンの問いに俺は足を止め、振り返る。

 

「まあそれなりに、ね」

 

「私の記憶が正しければ、『亡国機業』にあなたは一時期命を狙われていたと思ったのだけれど、そんな相手と行動を共にし、あなたは何をしようと言うのかしら?」

 

「そうですね……まあ端的に言えば、俺は壊したいんですよ、このクソッたれな世の中をね」

 

 サンジェルマンの問いに俺は笑って答えながら、そのまま踵を返してレジへと向かった。

 

 

 〇

 

 

 喫茶店を後にし、途中花屋によって黄色い花を買った俺は大通りでタクシーを拾い目的地を告げる。

 数十分ほどタクシーに揺られた俺は先ほどまでいた栄えた都会的な街並みから徐々に緑が多い牧歌的な風景になっていく。

 目的地に着き、運転手に料金を払った俺は去って行くタクシーを見送りながら歩きはじめる。

 俺の実家ほどではないにしろ、数十分前までいた場所よりも田舎な風景を歩きながら、俺は〝そこ〟に辿り着いた。

 目の前に立ち並ぶ俺の膝ほどの高さの石碑の間を歩きながら目的の物を探す。

 立ち並ぶそれらの中に目的の物を見つけ、俺は歩を止めて向き直る。

 目的のそれ――『カーラ』の名の刻まれた墓石の前に屈みこんだ俺は持ってきていた黄色の花を供え、両手を合わせ、目を閉じながら数秒経ってから目を開け、手を放す。

 墓石の下に眠る女性に向けてゆっくりと語り掛ける。

 

「初めまして、お話はシャルロットから聞いてます。俺の名前は井口颯太、あなたの娘さんの友人です。娘さんにはとてもお世話になりました。とてもいい娘で、きっとお母さんの教育がよかったんでしょうね。何度も彼女の存在に救われました」

 

 俺はこれまでのことに思いを馳せながら言う。

 

「俺なんかには勿体ない……とてもとてもいい友人で、その優しさに甘えてしまって、俺のことを助けてくれながら、間違った時は諭してくれる。本当に俺には勿体ない友人でした」

 

 俺は顔の見えない相手に微笑みかけながらしかし、ずっと思っていたことを口に出す。

 

「でも、俺はそんな彼女を裏切ってしまった。きっと彼女を悲しませてしまったと思います。もしかしたら怒ってるかもしれません。彼女に相談せず、相談すれば協力してくれるだろう彼女を巻き込みたくなくて、俺はこうして今ここにいます。彼女は優しい。きっと俺が悩みを打ち明ければ協力してくれたでしょう。でも、彼女はこれまでにたくさんのものを失ってきた。そんな彼女に俺のために今の居場所を捨ててくれ、なんて言えません。たとえ彼女を悲しませても俺は俺の目的にあなたの娘さんを巻き込むことができませんでした。でも、俺はその事が間違っていたとは思っていません」

 

 俺は懺悔するように言葉を続ける。

 

「あなたの娘さんを俺は友として隣にいることも、守ることもできません。でも、それで彼女を巻き込まずにいられるなら、彼女をこっち側に来させなくて済むのなら、俺の選択は間違っていなかったと思っています」

 

 俺は俯きかけていた顔を上げ、墓石に向けて微笑みかける。

 

「本当ならあなたの娘さんを裏切り、彼女と袂を分かった俺は、こうしてここに立つ資格は無いのかもしれません。でも、それでも、俺はこうしてここに来たかった。あなたにどうしても伝えたかったんです」

 

 俺は言葉を切り、ゆっくりと頭を下げる。

 

「シャルロットを優しい子に育ててくれてありがとうございます。彼女の優しさのおかげで、俺は救われました。あなたの娘さんは誰かを思いやり、誰かのために動けるいい子に育っています。彼女から離れた俺が言えたことではありませんが、これからも彼女が幸せに暮らせることを、俺は祈っています」

 

 

 

 〇

 

 

 語りたいことを語り終えた俺はゆっくりと立ち上がる。

 

「それじゃあ、俺はここで失礼します。これからも彼女のことを見守っていてあげてください。もしかしたら俺はもう彼女に会うことはないかもしれません。それでも、もしもまた会うことが出来たら、また友人として会うことができたなら、またこうして会いに来ます、シャルロットと一緒に」

 

 俺はそう言ってもう一度頭を下げた。

 そして、踵を返し、少し前に歩いてきた道を歩く。

 さてさて、目的も果たしたし、スコールたちに連絡を取って――と、考えていた俺が先ほどタクシーを降りた場所まで戻って来ると、俺がタクシーを降りたのとまったく同じ場所に先ほどとは別のタクシーが止まっていた。

 俺は特に気にせずそのタクシーの隣を歩いて通り過ぎる。背後でタクシーの扉の開く音を聞きながら、しかしそれに特に意識せず、そのまま歩を進め

 

「シャルロットちゃんのお母さんに言いたいことは言えた?」

 

 そう背後から語りかけられた声に俺は思わず足を止めた。

 俺はゆっくりと振り返る。

 そこには開いたタクシーのドアにもたれかかりながら一人の女性がいた。

 

「久しぶりね、颯太君。元気そうね」

 

その女性は言いながら微笑む。

その微笑みはとても見慣れた、まるで悪戯の成功した子どものような、余裕を感じさせる、しかしそれが嫌味ではない、どこか人を落ち着けるような雰囲気のある微笑みだった。

 なんでここに?とか、なんで俺がここにいることを知っている?なんて疑問を感じながら、しかし、心のどこかで納得いしていた。ああ、なんでもありなこの人ならこうして目の前に現れても不思議ではないか、と。

 それと同時に俺はその優しい微笑みにどうしようもない安堵を感じていた。

 彼女が退院したらしいという話は聞いていた。

 しかし、こうして実際に目の前に現れた今、不覚にも泣きだしてしまいそうになった。

 

 

 

 その微笑みを浮かべる女性は見間違えようもなく、俺の師匠、更識楯無その人であった。

 


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