これトータルで200話目ですね(^ω^)
「…………」
「…………」
暗くしかし広い場所、並ぶ椅子の中の一つに腰を下ろし、隣に座る師匠とともに目の前の大きなスクリーンに流れる映像をぼんやりと眺める。
シャルロットのお母さんの墓参りの直後に師匠に遭遇した俺は、そのまま師匠に言われるままにタクシーに乗り込んだ。
師匠が運転手に目的地を告げ、移動を開始した車の揺れに身を預けながら後部座席に並んで座る俺と師匠の間に会話は無かった。
そのままタクシーで移動すること数分、ゆっくりと止まったタクシーの窓から外を見ると、そこは一件の古びた映画館だった。
運転手に料金を、払い車を降りる師匠の後に着いてそのまま映画館に入る。
フランス語が並んでいるのでよくわからないまま師匠の買ったチケットを受け取って会場の一つに入り、立ち並んだ椅子の一つに腰を下ろす。
師匠が選んだのは古いモノクロの無声アニメ映画だった。リバイバル上映なのかかなり古いもののようだった。
俺はその映画をぼんやりと眺めながら師匠の言葉を待つ。
「……改めて、久しぶりね、颯太君」
スクリーンの明かりで照らされる師匠横顔をちらりと見て視線をそのままスクリーンに戻す。
スクリーンの中では主人公からヒロインをさらった悪役が逃げているところだった。
「そうですね。十月中旬以来なんで……」
「半年ぶり、かしらね?」
「ええ」
「退院したとは聞いていましたが、元気そうで何よりです」
「お陰様でね。三途の川に片足突っ込んじゃったけど、今はこうして生きてるわ」
「それは笑えない冗談ですね」
師匠の冗談めかした言葉に言う。
「よく俺が今日フランスにいるってわかりましたね。どこ情報ですか?」
「乙女の勘よ」
俺の問いに師匠が微笑む。
「明日はシャルロットちゃんのお母さんの命日だから。颯太君なら前後一週間くらいの間に訪ねてくるんじゃないかって思ってね。少し前から張ってたのよ」
「なるほど、お見通しってわけですね」
師匠の言葉にため息をつく。
「……さて、本題に入る前に一つ言っておくわ」
一息空けて師匠が口を開く。
「私が今日あなたを訪ねてきたのは、ちゃんと話しておきたかったの。颯太君を無理矢理捕まえる気も危害を加える気もないわ」
「…………」
「目覚めてから簪ちゃんやシャルロットちゃんたちから事情を聞いた時は、そりゃもう怒ったわ。なにがなんでも颯太君を捕まえて無理矢理にでも引き戻して見せるって。……でも、この三ヶ月いろいろと調べてて、怒りよりもまずは颯太君と話さないとって思ったわ。だから、今こうして颯太君に会いに来たのは更識家とか日本とかIS学園とか関係ない。あなたの師匠として、一友人としてやってきたわ」
師匠の言葉に俺は黙ってスクリーンを見続ける。
スクリーンの中では冴えない悪役がヒロインを連れて主人公から逃げ回っている。
「……隠す気も無いから正直に言うけど、今颯太君が何をしているのかはある程度知っているつもりよ」
「へ~?と、言いますと?」
「『亡国機業』と手を組んでいろいろやってるみたいね」
「…………」
俺は思わず息を呑む。
まさかバレているとは、まだ俺が『亡国機業』と繋がっていると言うことがばれてはやりづらい。こっちからばらすならまだしもバレるのはマズイ。こっちにもタイミングってものがある。
なんて、できるだけ表情に出さないように気を付けながら考えていると、そんな俺の考えを読んだように師匠が微笑む。
「安心して、このことはまだ誰にも言ってないわ」
「………それで?俺のやっていることを分かった上で、師匠は俺に何を言いにわざわざフランスまで来たんですか?」
「…………」
俺の問いに師匠は間を空け
「今は颯太君が『亡国機業』に関わっているって情報は私のところで止めてるわ。でも、それも時間の問題よ。秘密って言うのはいつかバレるものよ。そして、バレたら最後、きっとあなたは各国から追われる身となるわ」
「プフフフッ」
「ちょっと、笑ってる場合?」
師匠の言葉に耳を傾けながら俺は笑う。
そんな俺を師匠がため息まじりにたしなめる。
「このままだとアナタ国際犯罪者よ?」
「ひどい映画ですね」
師匠の言葉に答えずに言う。
スクリーンの中では主人公に追い詰められた悪役の車が坂道を転がり落ちていくところだった。
「ねぇ、颯太君……学園に戻っておいでよ。今なら私たちの力でなんとかするわ。だから……」
「落とし前着けずに黙ってるくらいなら家畜になった方がましですよ」
「っ!でも、あなたが気にしているのは私がケガを負わされたことでしょう!?私はこうして元気になったわ!私のためにあなたが自分の居場所を無くす必要なんてない!こうやって私が戻った以上、上手くやつらに責任を追及するわ!そうやって折り合いをつけて行かないといけないのよ!」
「俺は俺のやり方で落とし前着けなきゃ気が済まないんですよ。師匠のやり方じゃ結局やつらを潰しきることなんてできないんですよ。確実に、確実に潰さないと。俺の命と引き換えにしてもね」
スクリーンの中では映画はクライマックスを迎えていた。
主人公と悪役は対峙し、最後の決着をつけるために拳を交わす。
殴り合いの末、悪役は主人公の拳に倒れ伏した。
「あんなやつら、あなたがすべてを賭けてまで潰す価値もないわよ……」
師匠は悔しそうに呟く。
悲しそうな師匠と反面、画面の中ではハッピーエンドを迎えていた。
ヒロインと熱い抱擁をする主人公はそのままヒロインとキスを交わす。
「……いい映画じゃないの」
師匠は少し表情を柔らかくしていう。
「……師匠、ありがとうございました。みんなにもよろしく伝えてください」
俺は言いながら腰を上げる。
画面にはエンドロールが流れている。映画ももう終わりだ。
「………次に会ったときは、きっと敵同士でしょう。その前に、こうして話せてよかったです」
「ええ、そうね」
俺の言葉に師匠は何の感情も感じられない声で答える。
「もしも、次に俺と師匠が出会って、お互いが敵同士だったとき。師匠から見て俺が、どうしようもなく間違っていた時は、その時は、ちゃんと俺の息の根を止めてくださいね……」
「っ!?そんなこと!そんなことできるわけ――」
「師匠」
慌てて立ち上がる師匠に俺は振り返りながら微笑みかける。
「お願いします」
「っ!………わかったわ。もしもそんな時が来たら、その時は、私がアナタを止めるわ」
「……よかった。師匠にならいいです」
俺は師匠の言葉に満足して微笑み、歩き出す。
「さようなら、師匠。今までありがとうございました」
〇
大通りに向かって歩きながら、俺は自身の胸の中に広がるなんとも言えない感情を噛み殺していた。
覚悟していたとはいえ、実際に現実となるとなんともはや、俺の背中に重くのしかかってくる。
俺がこの道を選択した時点で、IS学園を去った時点でいつかは師匠と決別しなければいけなくなることはわかっていた。
しかし、実際にこうして現実のものになったとき、俺はどうしようもない喪失感を覚えていた。
我ながら情けない。なんとも豆腐メンタルだ。
心がささくれ立つ様な、なんとも言えない感情が渦巻いている。
だからだろうか。
少し歩いた酒場で、ガラス窓越しにその人物を見つけた時、俺はいつも以上に苛立ちを覚えた。
いつもの俺ならきっと見てみぬふりをしただろう。
わざわざ目立つ行動をするべきではない。そうわかってはいても、俺は動かずにはいられなかった。
気付けばオレンジ色に染まり始めている空を背に、俺はその酒場に入り、お目当ての人物の下へと歩を進める。
元はそれなりに高級品だったであろうヨレヨレのスーツにぼさぼさの金髪。かなり長いこと呑んでいるのか顔もかなり赤くなっている。あまりいい酒の飲み方をしていないことは目に見えてわかる。
この男のことは少しだけ聞いていた。
俺がした〝交渉〟の後、結局経営不振だった会社を立て直すことはかなわず、最後には社長職を首にされたと聞いている。
この様子だと再就職もできず、自堕落な生活を送っているのだろう。この身なりではあまり金銭的にも余裕があるわけではなさそうだ。
だからどうした?
そんなものは因果応報だ。
こいつは自分が今までにどれほどのものを踏みにじって来たのか知らないのだろうか?
この男に同情する余地などない。
しかも、この男は明日が何の日か知らないのだろうか?
いや、きっと知らないのだろう。
知っていたらこんなのところで呑んだくれていないはずだ。
ゆっくりとした歩みで男の後ろまでやって来た俺は大きく息を吐く。
男は俺に気付いた様子はない。
男に向けて俺は声を掛ける。
「あの……人違いならすみません。もしかしてあなた、アルベール・デュノアさんですか?」
俺の言葉にグラスを煽っていた男が反応する。
「ああん?なんだ、俺に何の用――」
言いながら振り返ろうとする男の言葉は最後まで言われることはなかった。
椅子と机の倒れる音、ガラスの割れる音が店内に響き渡る。
先ほど座っていたところから二メートル近く離れたところで男は自身の左頬を押さえて倒れ伏し悶絶していた。
俺はその様子を拳を振りぬいた姿勢をゆっくりと戻しながら見下ろしていた。
「一度でも愛した女の命日が明日だって言うのにこんなところで呑んだくれて、本当に見下げたクズ野郎だ」
「なん……だと……?」
悶絶しながら俺の言葉に男が言う。
しかし、頬の痛み、体を床に打ち付けた痛みに顔をしかめ、なかなか顔を上げられない。
「フンッ」
俺は踵を返して店を後にする。
背後で男が何事か喚いていたが耳を貸さなかった。というかフランス語で喚き散らしていたので俺には何を言っていたのかわからなかったせいもあるが……。
男を殴ってなんとなく心の片隅に残っていた何かが一つ解消された気がした。
会うことはないだろうが、いつかもしあった時は思いっきりぶんなぐってやろう。なんて、冗談半分で考えていたことが現実にできたからかもしれない。
それから数分後、迎えに来たスコールと合流し、俺は拠点としている秘密のラボに戻った。
そこから夕食もそこそこに早々に自身にあてがわれている部屋に引っ込み、丸一日引き籠った。
なんとなく誰かに会う気にはなれなかったからだ。
しかし、世界とは嫌なもので、こうして人がナイーブになっているのに、それでも好き勝手に物事は起こってしまうものだ。
慌てた様子で俺の部屋のドアを叩くオータムに半ば引き摺られるように連れて行かれたテレビの中で驚きのニュースが報じられていた。。
そこでは、女性権利団体の施設に『亡国機業』の物と思われるミサイルが撃ち込まれた、と報じられていた。
颯太君を説得に着た楯無、しかし、その説得も失敗に終わる。
楯無と完全に袂を分かった颯太。
落ち込む颯太を世界は放っておいてはくれない。
果たして、颯太の運命やいかに……