「ちくしょうぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
テレビで流れる『亡国機業』のミサイルによる攻撃のニュースに俺は思わず目の前のゴミ箱を蹴飛ばす。
「くそっくそっくそっ!クソッたれがぁ!」
それだけでは気が済まず蹴飛ばしたゴミ箱から転がり出たゴミを何度も踏みつけ、ソファーを蹴飛ばし、ソファーに置かれたクッションをテレビに投げつけた。
「お、おい、落ち着けよ!」
「これが落ち着いてられるか!ちくしょう!あいつらやりやがった!」
俺をなだめようと言うオータムの言葉に怒鳴りながら俺は荒い息でソファーに腰を下ろす。
「このニュースどういうことなんでしょうか?こんなの私たちの作戦には――」
「女性権利団体のやつらだよ!」
クロエの問いに俺はテレビの画面を睨みながら言う。
「あいつら、自作自演で被害をでっちあげやがった!」
「「「っ!?」」」
俺の言葉にその場にいたオータム、クロエが驚愕の表情を浮かべる。普段無表情のエムですら若干顔に驚愕の色を見せている。
「やつら、俺たちが人的被害を出さないようにしてることわかってて、あえて被害を出すことで俺たちの世論の心証を悪くなるようにしやがった!くそっ!ざけんな!」
俺は机の上にあったティッシュの箱をテレビに投げつけてなおも収まらない苛立ちをぶつけるがぜんぜん納まらない。
「せっかく、せっかく上手くいってたのに!世論を味方につけて女性権利団体のやつらを悪と印象付けるためにこれまで人に被害が出ないように細心の注意を払ってきたってのに……!」
「だが、たかが一回くらいで、それにまだ死者も出てないし――」
「その一回で大きく変わるのが人の印象なんだよ!」
オータムの言葉に睨みながら叫ぶ。
「昔っからよくあるだろ。普段優等生のやつがたった一回悪さをすれば急にそいつがひどく悪人に見られたり。逆に普段悪いやつがたった一回いいことをしたら善人に見られたり。今回のことでうちはいっきに世間からの目は厳しくなる」
「ですが、それなら今回の件は私たちでないと発表すれば――」
「信じるものか!」
クロエの言葉に俺は首を振る。
「逆に訊くが、クロエ、お前だったら、めった刺しにされた死体の前で血まみれのナイフ握ったやつの『違う、俺じゃない。たまたま通りかかっただけなんだ』って言葉を信じられるか?」
「っ!?そ、それは……」
「今の俺たちはそういう状態なんだよ。ご丁寧に『亡国機業』が前に使ったことのあるミサイルまで使いやがって。繋がってた時の情報をフルで活かしやがった。おかげで俺たちはただのテロ集団だ。これまでの印象操作が全部水の泡だちくしょう!」
俺はテレビ画面を睨みながら左手の親指の爪を噛む。
「オータム、スコールのやつは?」
「た、たぶんまだ他の組織の幹部への挨拶廻りだ。じき帰ってくると思うが……」
「クロエ、束博士は?」
「恐らく奥にいると思います。貴生川さん、連坊小路さんとともにいろいろと準備されている最中かと」
二人の答えを聞きながら俺はゆっくりと立ち上がる。
「どこに行く気だ?」
苛立ちを隠すことなく一歩一歩まるで地面を踏みつけるように歩く俺の背後からエムが問う。
「……少し考える時間が欲しい。ちょっとの間一人にしてくれ」
俺はそう言って三人の返事を聞かずに部屋へと戻った。
〇
部屋に籠ってどれくらいたっただろうか。
ベッドの脇の時計は深夜と言っていい時間を指していた。
全然考えがまとまらない。
いったいどこでこうなったのだろうか?
やつらが何かしてくるかもしれないと言うことは常に考えていた。
しかし、それがまさか自作自演で被害を出すようなことをするとは思わなかった。
あまりにもリスクが高すぎる。下手をすれば自作自演がばれて自分たちの状況をより悪くしかねないと言うのに……。
このままいくと恐らくこれまで傍観してきた各国の政府、果ては国連も動き始めるだろう。そうなったら俺たちの計画は――
俺の思考を遮ったのは扉の開く音だった。
真っ暗な部屋に廊下からの光が入ってくる。
ドアの方に顔を上げると、見慣れた青のエプロンドレスが見えた。
「束博士……」
「いい加減みんな待ってんだよ。さっさと出て来い凡人」
「……………」
俺は束博士の言葉に答えず視線を下に下げる。
「ニュースのことは聞いた。やつらなかなか博打な手に出たね。そして結果として大成功。やつらの思惑通り、私たちは血も涙もないテロ集団だ」
「っ!」
束博士の言葉に俺は唇を噛む。
その通りだ。やつらたった一発のミサイルで状況を自分たちのいい方向に持って行きやがった。
何もかも水の泡。
俺の計画もこれで――
「…………で?次はどうする?」
一瞬束博士の言葉に俺は思考が追い付かなかった。
今こいつはなんと言った?まさかこの状況でこの天災は……
「やつらのこの動きは当初の予定では想定していなかった。だからこれを踏まえて今後の動きを修正しないといけない。だから――次はどうする?」
「……勘弁してくださいよ。俺は――」
「ダメだ」
俺の言葉を遮って束博士が言う。
その言葉はけっして強いものではなかったが、俺を黙らせるには十分の重みをもっていた。
「こんな状況じゃまだ終われなんだよ」
「ちょっと待っててくださいよ」
「どうした?さっさと考えろよ。この状況からどう動く?どうすればいい?」
言いながら束博士が部屋に歩み入る。
「私はどうする?何か作るか?どこかへハッキングか?何がいる?何が足りない?教えろよ凡人」
「待てって言って――グッ!?」
俺は叫ぼうとしたところで胸倉を掴まれる。
目の前に束博士の顔がある。
今までで一番冷たい視線が俺を睨んでいた。
「てめぇ……まさかこれで諦めたんじゃないだろうな?」
「っ!」
ゾクリとした。実際にはないナイフの冷たい感触を喉元に感じるほどの殺気。
「てめぇ、この程度の逆境に迷って、諦めそうになってんじゃないだろうな?ふざけるな」
冷たい視線のまま束博士が言う。
「私言ったよな?お前が自分の行いに疑問を持って迷ったら、その時は私がお前を殺してやるって。余計なことに気を惑わせるんじゃねぇぞって。この程度のことで揺らぐ覚悟なら、宣言通り今ここでてめぇを殺すぞ凡人」
「っ!」
「さあ答えろ。ここがお前の目指していた場所か?この程度でお前の目的は達成されたのか?生憎この程度のところじゃ、私たちは止まらないし止まれないんだよ」
言いながら束博士は俺をさらに顔を俺に寄せる。
「これはてめぇの始めたことなんだよ。だったら最後まで戦えよ。私は何を作ればいい?どこにハッキングすればいい?教えてくれよ颯太、井口颯太!私は次、何をすればいい?」
「っ!放せよこの!」
俺は束博士の視線を睨み返しながら掴まれている胸倉を振りほどく。
ゆっくりと立ち上がりながら俺はずっと束博士を睨み続ける。
「ああ、わかったよ!やってやるよ!どうせ後戻りなんてできないんだ!やればいいんだろ!たとえ途中にどんな地獄があろうと!誰が立ち塞がろうと!どんな犠牲が出ようと!血反吐はいても、例え最後の一人になっても、心臓がその動きを止めたとしても吉良のその喉笛に食らいついてやつの息の根を止めるその時まで!その最後の瞬間まで戦ってやるよ!」
言いながら俺の顔を正面から睨み返す束博士はニヤリと笑っていた。
「さあ考えろ。そして教えろ。次はどうする?何を作ればいい?どこにハッキングすればいい?何を壊せばいい?これに決着をつけるためだったら、この天災がなんだってやってやるよ」
「みんな集まってますね」
俺は室内を見回しながら言う。
束博士とともに移動した俺は普段会議室として使っている一室にやって来た。
そこではオータム、エム、クロエに加えて貴生川さんとアキラさんまで揃っていた。
「みんな知ってると思いますが、女性権利団体のやつらの行ったミサイル騒ぎのせいで俺たちの立ち位置はあまりよろしくない」
俺の言葉にみな何も言わない。
「だから、これまで通りにやっていても意味がない。ここでやり方を変える」
「やり方を……変える……?」
俺の言葉にアキラさんが訊く。
「これから俺たちは最終目的である吉良香澄を追い詰めるために動く。時期尚早かとも思ったが、今動かないともっと動けなくなる。最終目的吉良香澄暗殺を実行に移す」
『っ!』
俺の言葉にみな息を呑む。
息を呑みながら、しかし、反対する者はいなかった。
「っ!私は、反対だ……!」
たった一人を除いて。
「アキラさん……」
「今は動くべきじゃない!今動けば確実に私たちは悪者にされる!世界中から追われることになる!もっと状況を見てこの騒ぎが落ちついてから改めて――」
「無駄ですよ」
アキラさんの言葉に俺は首を振る。
「もう俺たちに道はない。今動かないと、俺たちは絶対に追い詰められる。やつらと事を構えるならもう今しかないんですよ。今やらないと……」
「っ!でも、私はお前を地獄に追いやるために協力してきたんじゃない!」
「……………」
「この状況で戦って、仮に女性権利団体現代表の吉良香澄を殺せたとしても、颯太もただじゃすまない!それでもやるって言うなら、私は力づくででもお前を止める!首に縄かけてでも颯太を!」
アキラさんは言いながら俺に詰め寄り胸倉を掴む。
身長差のある俺とアキラさんでは俺がアキラさんに引き寄せられるような体勢になる。
「アキラさん……あなたの言いたいことはよくわかります……」
俺はそんなアキラさんにいう。。
「ありがとうございます。そこまで言ってくれて嬉しかったです」
「颯太……それじゃあ……」
俺の言葉にアキラさんが言う。
俺はそんなアキラさんに微笑みかけ
バチチチッ!
「っ!?」
電流の流れる鋭い音がする。同時にアキラさんの身体から力が抜けるように俺に倒れ掛かってくる。
「そう…た……何…を……」
「すみません、アキラさん。そこまで心配してくれて嬉しかったです。そして、これまでありがとうございました」
「っ!?そう…た……」
弱々しく俺に手を伸ばし、しかし、その手は何も掴まないままだらりと下ろされた。
「……これでよかったのかい?」
完全に気絶してしまったアキラさんを抱き上げる俺に貴生川さんが訊く。
「ええ。ここから先は俺の問題ですから。これ以上アキラさんにも貴生川さんにも迷惑はかけられません。今まで本当にありがとうございました」
「…………」
気絶するアキラさんを貴生川さん引き渡す。
「これ以上一緒にいればお二人も犯罪者として世界から追われることになります。ここで別れるのが一番なんです。だから……」
「ああ、わかってるよ」
俺の言葉に貴生川さんが微笑む。
「……アキラ君のことは任せて。日本に帰ったらほとぼりが冷めるまで隠れ住むことにするよ」
「よろしくお願いします」
貴生川さんの言葉に俺はお辞儀する。
「颯太君……元気で……」
「ええ。貴生川さんとアキラさんも……」
俺は貴生川さんの姿がドアの向こうに消えるまでずっと頭を下げ続けた。
「………束博士、これ、ありがとう」
「うん。束さん特性のスタンガン、なかなかいいできでしょ?人体を傷つけることなく相手を気絶させられる最高のできだよ!」
俺は持っていたニンジン型のスタンガンを束博士に返す。
「さ、ここからが正念場!みんな頑張っていきましょう!」
俺は咳払いを一つして言う。
「それで、これからどうするつもりなのかしら?」
俺の言葉にスコールが訊く。
「そうですね、まずは……」
俺は言いながらニヤリと笑い
「まずは、宣戦布告からですね」