颯太による宣戦布告の動画の配信が終わり、織斑先生たちは学園長などと今後の方針を話し合うと言うことで僕らは即時解散となった。
会議室を出た僕らは寮の食堂に集まっていた。
『……………』
みんなで机を囲み、各々飲み物を手に椅子に座る僕らの間には重い沈黙が下りていた。
「………これからどうなるんだろな」
そんな沈黙の中、箒が口を開く。
「……まさか、安木里マユの正体が颯太さんだったなんて……」
セシリアも呟く様に言う。
「これで颯太は世界を脅かすテロリストとして追われることになるのかしらね……」
『っ!』
鈴の言葉に全員息を呑む。この場の全員がその可能性に至りながら言葉にできていなかった。しかし、それは目を逸らすことのできない事実である。
「これからどうなるのか……」
「あっれ~?みんな揃ってるね~!」
『っ!?』
神妙な顔でラウラが呟くと、それを遮るように声が聞こえた。
その声に僕らは揃って驚きながらその声の聞こえた方向に視線を向ける。
そこには
「やっ!みんな、お久しぶり!」
「お、お姉ちゃん……!?」
笑みを浮かべて楯無さんが立っていた。
「い、いつ日本に戻ってたんですか!?」
「つい今朝がたよ。『亡国機業』がこれまでと違う動きをしたからね。気になって一度戻ってきたのよ」
僕らを見渡しながら言う楯無さんに僕が訊くと、答えながら楯無さんがあいていた簪の隣に座る。
「何か動きがあるとは思ったけど、まさか宣戦布告するとはね。さすがのお姉さんも予想してなかったわ」
「……楯無さんは」
苦笑いを浮かべながら言う楯無さんに一夏がゆっくりと口を開く。
「楯無さんは、知ってたんですか?颯太が『亡国機業』に関わってるって……女性権利団体を潰そうとしてるってことを……」
「……………」
一夏の問いに楯無さんは一口紅茶を飲み
「ええ、知ってたわ。知ってたと言うか、途中で気付いたってところかしらね」
「いつから?」
「そうね……違和感を感じたのは安木里マユを初めて見た時かしらね。安木里マユの所作の端々に見覚えがある気がしたのよ。初めは気のせいかとも思ったんだけど、何度か動画を見て少しずつ確信していったわ」
「そうですか………」
楯無さんの答えに一夏が頷く。
「楯無さんはこれまでに颯太に会うことはできたんですか?」
僕は楯無さんが颯太を探す旅に出てから四か月近く、ずっと気になっていた質問をする。
「ぶっちゃけて言うと一度だけ会うことはできたわ。その時には颯太君が『亡国機業』に関わってることは確信してたから、どうにか説得したかったんだけどね。全然だめだったわ」
苦笑いを浮かべながら答える。
「やっぱこうなるんだったらボコボコに殴ってでも、首に縄括りつけてでも無理矢理連れ帰るべきだったわね。アハハ――」
「なんで……なんで教えてくれなかったの!?」
冗談めかして笑う楯無さんの言葉を遮って簪が叫びながら立ち上がる。
「颯太の居場所がわかってたなら、なんで私たちに教えてくれなかったの!?」
「簪ちゃん落ち着いて」
「落ち着けるわけないでしょ!」
興奮した様子でなだめようと口を開いた楯無さんを睨んで簪が叫ぶ。
「やっと、やっと見つかったのに!それなのに颯太はテロリストと一緒にいて、全世界に向けて女性権利団体の責任者への暗殺を宣戦布告したんだよ!?しかもお姉ちゃんはそんな颯太の居場所を知ってたのに!それなに私たちには一言も言ってくれなくて!勝手に颯太に会って!なんで私たちに一言でも相談してくれなかったの!?」
「……ごめん」
「ごめんじゃないよ!」
力なく謝る楯無さんに簪は叫ぶ。その眼には涙が溢れていた。
「お姉ちゃんは知ってたのに!お姉ちゃんが教えてくれてたら、私はきっとあの場で『安木里マユ』の正体を指摘しなかったのに!私が、私があそこで言わなければ!私が言わなかったら颯太は素顔を晒してなかったかもしれないのに!私が……私のせいで颯太は!」
「それは違うわよ、簪ちゃん」
「違わないよ!私が……私が颯太を――!」
「違うのよ簪ちゃん!」
ボロボロと涙を流しながら叫ぶ簪に立ち上がった楯無さんは簪を抱きしめる。
「颯太君はきっと、『安木里マユ』について指摘されなくても今日の動画で正体を晒すつもりだったのよ。誰のせいでもない。簪ちゃんのせいでも、ここにいる誰のせいでも、誰かのせいでもない。あれは颯太君自身の選択だったの」
「でも……!」
楯無さんの言葉にそれでも簪は首を振って泣く。そんな簪の頭を撫でながら楯無さんが言う。
「ごめんね、簪ちゃん。私、どうしても颯太君は自分だけで説得したかったの……だって、颯太君を追い詰めたのは私だから……私が爆弾に倒れたから、私が颯太君にIS学園のことを託したから、颯太君はあんな選択を選ばせてしまったの……」
「そんなこと……!楯無さんのせいじゃ……」
僕の言葉に楯無さんは悲しそうな顔で顔を横に振る。
「私なら……止められると思ったのに……絶対みんなのところに颯太君を連れて帰るって思ってたのに……あの日颯太君に会ったとき、颯太君の言葉に、颯太君の覚悟に私は何も言えなくなっちゃった……」
悲しそうな顔で涙をこらえながら楯無さんが呟く。
「もしも、もしも颯太君がああなってしまった責任が誰かにあるのだとしたら、それはきっと、私のせいなのよ……」
「お姉ちゃん……」
泣きながら簪は楯無さんの顔を見る。
「だから、簪ちゃんが責任を感じることはないわ。簪ちゃんたちに相談をしなかった私のせい。説得しきれなかった私のせいなの。本当にごめんなさい」
〇
「それで、今後のことだけど」
泣き止んだ簪とともに椅子に座り直した楯無さんは僕らに視線を巡らせながら言う。
「私の予想通りなら、颯太君なら今後は一週間~二週間は特に大きく動かない、もしくは動いたとしても本気で勝負を仕掛けるのはそのくらい先のことになると思うわ」
楯無さんは確信した様子で言う。
「どうしてそう思うんでしょうか?」
楯無さんの言葉にセシリアが訊く。
「可笑しいと思わない?暗殺しようって言うのにあんなふうに大々的に発表したら警戒レベルだって上がる。明らかに動き合理性に欠けるわ」
「確かに……」
ラウラが頷く。
「だから、今回の宣戦布告の目的は、相手の警戒心を強め、精神的な疲労を誘うこと。そのためにちょっとしたちょっかいはかけるだろうけど、勝負を仕掛けるのはもう少し先になると思うわ」
「なるほど……」
一夏が納得したように頷く。
「だから、この予想通りならこれから一週間~二週間後ってところだと思うわ。もっと言えば長くても短くてもダメだろうから、十日後あたりかしらね」
『十日後………』
楯無さんの言葉に僕らは神妙な顔で呟く。
「まあ、これはあくまでも私の予測だけどね」
言いながら楯無さんが立ち上がる。
「とにかく、今後は私もIS学園に腰を据えて情報を集める予定だから」
「それはいいんですが、今からどこか行くんですか?」
立ち上がった楯無さんに鈴が訊く。
「今朝帰ってきたところだからね。荷物片づけてくるのよ。みんなもこれからどうなるかわからないわ。休めるときに休んだ方がいいわよ」
そう言って楯無さんは去って行った。
それからは僕らも用意していた飲み物を飲み干し、それぞれ自室に帰って行った。
〇
「それで?まだ何かあるんじゃないんですか?」
「何かって?」
みんなが自室に戻ってから、僕と簪は楯無さんを訪ねていた。
楯無さんの部屋はあの爆発事件の後、改装はされたものの、そのまま同じ部屋に、と言うのもあれなので、新しく別に用意されている。
そんな部屋の中で楯無さんはベッドに腰を下ろして首を傾げている。
「確かにさっきみんなにも言ったように、颯太ならちょっかいを掛けつつ相手を精神的に追い詰めるかもしれない……」
「でも、颯太が仮にその戦法をとったとして……なんで、お姉ちゃんはそれが十日後だって予測できるの?」
「………」
僕と簪の言葉に少し黙った楯無さんは笑顔で口を開く。
「それは、さっきも言ったようにあまり先延ばしにもできない。かと言ってそんなにすぐにやると相手があまり疲弊していないかもしれない。だからそれが十日後あたりがちょうどいいと思ったのよ。言うなれば女の勘よ」
「勘…ですか……」
「ええ」
僕の疑惑の目に楯無さんは笑顔で頷く。
「……嘘……お姉ちゃん本当は他に確信できる何かがあるんじゃない?」
「ないわよ。なんでそう思うのかしら?」
「だって……お姉ちゃんのその眼、勘で言ってるんじゃないって言うのはわかるよ……これでも私、お姉ちゃんの妹だよ?」
「簪に比べれば僕は楯無さんと付き合いは長くありません。でも、僕にも楯無さんが何か確信を持って十日後って言ったんだって気はします」
「……………」
簪と僕の言葉に楯無さんは少し考え込み
「……はぁ、二人には敵わないわね」
諦めた様子で楯無さんは苦笑いを浮かべる。
「……誕生日なのよ」
「誕生日?」
「……誰の?」
楯無さんの言葉に僕と簪は首を傾げる。
「……『赤木杏』ちゃんの、よ」
「「っ!」」
楯無さんの口から出た名前に僕らは息を呑む。
颯太が自分を平凡だと断じるようになった原因については楯無さんにも軽く説明してある。
颯太の過去を一度調べている楯無さんはその名前を知っていた。
調べた楯無さんの話では、『赤木杏』さんのことは事故死としか残されていなかったらしい。いじめの事実もなく、ただ、トラックにひかれての死亡、たまたま近くにいた数名の同級生の中に颯太がいたと言うことくらいしか記録上には残っていなかったそうだ。
「偶然なのか、それに合わせたのか知らないけど、十日後は『赤木杏』ちゃんの誕生日なのよ。こういう時、颯太君の性格上、颯太君なら『赤木杏』ちゃんの誕生日にすべてを終わらせようって考えるんじゃないかって思ったのよ」
「それは……」
「確かにありえる……」
楯無さんの言葉に僕と簪は頷く。
「でも、これはあくまでも予想だし、本当に颯太君がそう動くかどうかもわからない。颯太君が性格上そういうことをするんじゃないかって言うのも、あくまでも私の勘みたいなものだから」
「だから、さっきは詳しく話さなかったってことですか?」
「そういうことよ」
僕の問いに楯無さんは頷いた。
「確証はないわ。だから、今聞いた話はここだけの話にしておいてちょうだい」
「はい」
「わかった……」
楯無さんの真剣な顔に僕らもゆっくりと頷いた。
それから次の日のお昼ごろ、僕らの下に女性権利団体の責任者、吉良香澄が視察に行った工場で爆発騒ぎが起きたという連絡が届いた。
その知らせを聞いた時、僕と簪は昨日楯無さんから聞いた話が現実味を帯びてきたことを感じた。