ノイズが走ると同時に画面は切り替わり、ポップな音楽とともに画面には『Y♡Mチャンネル』の文字が躍る。
そのまま画面は切り替わり、画面には一人の少年――井口颯太が胸から上、顔をアップで映し出される。
『やあどうも。見たい番組を楽しんでいた人は少々お時間をいただきますよ。今まで俺の配信していた動画を見ていた人はお久しぶり、初めての方は初めまして、安木里マユこと井口颯太です』
画面の向こうから視聴者へ笑顔で手を振りながら颯太は言う。
『さてさて、前回の放送で最後の放送と言ったのにこうして再び皆さんの前に姿を現したのはいくつか皆さんに報告事ができたからです。まず一つ目、前回の放送で宣言した件、女性権利団体の現代表である吉良香澄の暗殺について。今日この場を持って吉良香澄の暗殺に成功したことを報告します』
言いながら颯太はチラリと横を見て
『証拠を見せたいところですが、殺った俺が言うのもなんですがかなりグロテスクな感じになってるんで、倫理的にアウトなんでそこらへんはご容赦ください』
肩をすくめながら笑って言う颯太。
『まあ詳細は明日にでも全世界のマスコミや政府から発表されるでしょう。うちの仲間が女性権利団体の実態なんかやその証拠をいろんなところに送り付けたんでね』
そこで颯太は再び咳払いする。
『さて、今日こうして放送を行ったのは暗殺成功の報告だけじゃありません。どちらかと言えばこっちの方が本題かもしれませんね』
一瞬颯太は視線を下に向け、すぐに顔を上げる。
『先ほど報告した通り、吉良香澄の暗殺には成功しました。しかし、やつらは卑劣にも保険を掛けていましてね。端的に言いますと、このあとすぐ、この施設からミサイルが放たれます』
颯太はまるで天気の話題でも話すようにさらりと言う。
『ミサイルが放たれる、なんて言われれば次に皆さんはこう思うはずです。〝一体どこが目標地点なのか?〟と。それはですね……ひ・み・つ・です』
ニコリと微笑みながら言う。
『今回の件を他人事としてとらえていた人は世界中にいると思いますが、どうです?これで他人事じゃなくなったでしょう?ミサイルがどこに行くかはわからない。つまり、いまこの瞬間発射されたミサイルがあなたの目の前に落ちるかもしれない。あなたの家族のもとに落ちるのかもしれない。あ、もちろん俺はどこに向けて発射されるか知ってますよ』
肩をすくめながら颯太は言う。
『残念ながら俺は先の吉良香澄暗殺のためにかなり労力を割いたので、そのミサイルをとめる術はありません。しかし、現在織斑一夏率いるIS学園生徒会たち専用機持ちたちがミサイル迎撃に向かっています。せいぜい彼らがミサイルをすべて撃ち落としてくれることを祈っていてください』
そう言って颯太はニッコリと微笑む。
『さて、この辺りで本当に最後の放送を終わりとします。一仕事終えたんで、俺は当分ゆっくりさせてもらいますよ。皆さんの前に俺が姿を現すことはもないでしょう。――でも、再び歪んだ世界になるのなら、俺は再び皆さんの前に姿を現します。せいぜい俺が出張って来ることのない、素晴らしい世界にしてくださいね。それじゃ』
「Ciao」と手を振った颯太の笑顔を最後に画面は暗転した。
〇
『どういうことだよ颯太!?』
放送を終えた直後、ISの『オープン・チャネル』を通して一夏の声が響く。
「おいおいどうした?ミサイルの迎撃の準備はできてんのか?」
『今向かってるよ!それよりもどういうことだよ!?あんな放送して、むやみに世界中の人に不安を与えて!?』
「あぁ……そのことか……」
一夏の言葉に納得した俺は答える。
「さっきも言っただろう?今回の件を他人事として傍観していた世界中の人間も、このミサイルのことで他人事じゃなくなった。この件を良いように揉み消そうとする人間も、もはやこれを秘密裏に終息させることもできなくなった」
『そのためにさっきの放送ですのね!』
俺の言葉にセシリアが納得したように言う。
「そして、世界の危機的状況を救うのはお前ら一夏率いる正義のIS操縦者たち。世界はお前らを英雄視するだろうね。英雄であるお前らと言う存在がいればこそ、俺と言う悪役が生える」
『まさかお前!?』
俺の言葉にラウラが気付いたようで驚愕の声を漏らす。
「そう、俺と言う悪によって追い詰められた女性権利団体の行ったミサイル、それは言ってみれば俺のせいだ。世界中の人々はこう思うはずだ、〝自分たちが危ない目にあったのは井口颯太のせい〟そしてそれを解決するのはお前たちIS学園のIS操縦者たち。しかもそれを率いているのは悪役の井口颯太と同じ男性IS操縦者の織斑一夏。この対比は強力だろう?」
『っ!』
『そんな、ウソでしょ颯太!?』
俺の言葉にみんな息を呑み、そんな中で簪が叫ぶ。
「悪いが嘘じゃない。俺と言う悪を止める正義の味方って言う構図は、この事件の後に待っているであろう混乱した世の中には必要だ。世界は英雄を求めている」
『でも、それじゃあアンタは!!』
「俺はいいんだよ」
俺は鈴の言葉に笑いながら言う。
「俺はもともと吉良香澄を殺した時点でもう後戻りなんてできない。お前らとは圧倒的に歩む道が分かれてしまった。俺は世界を恐怖で震撼させた悪の親玉、井口颯太。お前らはミサイルを止めて世界を救った英雄。今後、俺みたいなやり方は必要ない。お前らがいればな」
『カッコつけるな!だいたい私たちが成功するとなぜわかる!?私たちが失敗すればIS学園も、お前の故郷も!』
「おいおい、やけに消極的だな箒。いつもの自信はどうした?」
箒の言葉に少し笑いながら言う。
「お前らならできるさ。お前らなら安心して任せられる。だから、俺がいなくなってからの世界、任せたぜ」
『っ!?ちょっと待って!?〝俺がいなくなってから〟ってどういうこと!?』
「……………」
簪の問いに俺は答えず
「それじゃあ、そろそろ無駄話は終わりにしよう。いい加減ミサイルの方に集中しろよ」
『おい、待て!話はまだ――!?』
「いいか一夏、みんな。これは俺がお前らにする最後の嫌がらせだ」
一夏の言葉を遮って俺は言う。
「これからお前たちは世界を救うんだ。井口颯太と女性権利団体との争いの果てに飛び火した火種、ミサイルから世界を救った救世主となるんだ」
『っ!』
俺の言葉にみんな息を呑む。
「お前らは俺の思惑も止められず、何が英雄だ、何が救世主だって思うかもしれない。それでも、世界は英雄を求める。お前らが望んでいようとなかろうと、な。俺のなりたかった、なれなかった〝ヒーロー〟に、お前らがなるんだ」
俺は言いながらニヤリと笑う。
「それじゃあ、ここでお別れだみんな。世界を頼んだぜ」
『待って!待ってよ颯太!』
簪が泣きそうな声で叫ぶ。
『待ってよ!私……私まだ颯太に言ってないことがたくさんある!私、颯太に伝えたいことがたくさんある!颯太……!!私は……私は――!!!』
いつもの簪ではありえないほど大きな声が聞こえてくる。
『颯太!私……私、颯太のことが――!』
「ありがとう、簪」
簪が最後まで言う前に俺は口を開く。
「簪の気持ちはすごく嬉しいよ。でも、俺はもう簪の気持ちに答えることはできない。だから、簪。幸せになれよ」
『颯太……!』
俺の言葉に簪は叫ぶ。
「それじゃあ、みんな。バイバイ」
『待って颯太!まだ話を――』
簪の言葉を遮って俺は強引に通信を切る。
「…………ふぅ」
通信を切り、みんなと交わした最後の言葉の余韻に俺はため息をつきながら椅子に深くもたれかかる。
『やぁっ、お疲れ様』
と、目の前のディスプレイに束博士の顔が映る。
『お友達とのお別れは済んだみたいだね』
「ええ、お陰様で」
『それで?そっちに迎えに行った方がいいかな?』
「………いいえ」
束博士の問いに俺はゆっくりと首を振る。
「俺はここで退場です」
『そっか……』
俺の言葉に束博士は一瞬今までに見たことない表情を見せた気がした。それは哀愁とか悲壮感とかそんな感じのそれだった。
「俺が死ぬと寂しいですか?」
『まっさか!清々するね!』
鼻で笑いながら束博士は言う。
『お前の憎まれ口を効かなくてすむかと思うと心が軽やかだね。お前が使って得たリンカーのデータはせいぜい活用させてもらうよ』
「さようで」
ケラケラ笑いながら言う束博士の言葉に俺は肩をすくめる。
『でも――』
と、笑みを消して束博士はそっぽを向きながら続ける。
『……お前と過ごしたこの数か月は……まあ悪くなかったよ』
「………そうですか」
束博士の言葉に俺は笑いながら頷く。
「そうですね、俺もこの数か月は楽しかったです。もうちょっと束博士と、クロエと、エムやオータム、スコールと、『亡国機業』として活動するのも面白かったかもですね」
『かもね』
フフフ、と、お互いに笑い合う。
『スコールから伝言、〝あなたの選択は間違っていなかったわ。まあ……正しくもなかったかもね。でも、あなたのしたことには意味があった。とても重要な意味が〟だってさ』
「そうですか……ありがとう、と伝えてください」
『あいよ』
俺の言葉に束博士は頷く。
『………それじゃあ、そろそろ私たちも脱出するよ』
「ええ。クロエによろしく伝えてください。お疲れ様です」
『伝えとくよ。アンタも、ゆっくり休みな』
最後に束博士は今までで初めて優しい慈しむような笑顔を残し、画面はブラックアウトした。
真っ黒になった画面には俺の顔が映る。
その顔は今にも死にそうなやつれた顔だった。
「はは、我ながらボロボロだ」
と、苦笑いを浮かべていると、遠くで轟音が聞こえ施設が大きく揺れる。
「あいた!」
その揺れで椅子から転がり落ち、床に叩きつけられる。
「なるほど、ミサイルが発射されたかな?」
言いながら立ち上がろうとするが、もはやそんな元気もない。
断続的に感じていた揺れが収まるのを感じながらズルズルと体を起こして壁に背中を預けるように座る。
「あぁ……ここももう終わりだな……で?逃げなくていいんですか、師匠?」
俺は呟く様に言う。と――
「そうね。やることやったら私も脱出させてもらうわ」
さっきまで何もなかった空間に蜃気楼のように揺らめき、師匠が姿を現す。
恐らく師匠のIS『ミステリアス・レイディ』の水ナノマシンの能力だろう。
目の前まで歩み寄ってきた師匠に俺は笑いかける。
「久しぶりですね、師匠」
「久しぶり、バカ弟子」