「僕の正体……か」
クリスの問いにハヤテはフゥッと息を吐き右手で顎を掻くように擦る。
「と言っても、君の欲しい答えを、僕は持ち合わせていないんだよ」
言いながら掻いていた右手をそのまま頬にあてて机に肘をつく。
「僕の名前は朽葉ハヤテ。6月2日生まれの22歳。とある会社の社長をしていて、シャルロット・デュノアの同僚。業種は個人的には探偵だけど……まあやってることは何でも屋か。浮気調査から迷いペットの捜索まで幅広くやっている。シャーロックホームズや名探偵コナンみたいな難事件に出会うことなんてそうそうないね。あとは――」
「そんなことが訊きたいんじゃない!」
ハヤテの言葉を遮ってクリスが叫ぶ。
「あたしが訊きたいのはあんたの正体が本当は――」
「少なくとも、僕は〝僕が朽葉ハヤテである〟こと以外の答えを君に答えることはできない。正体も何も、僕は朽葉ハヤテだ。それ以上でもそれ以下でもなく、ね?」
クリスの言葉を最後まで言わせず、ハヤテは言い、ゆっくりとコーヒーに口を付ける。
「悪いけど僕は君の期待に応えられそうにない。すまないけどね」
「………そうかよ」
コーヒーを啜りながら言うハヤテの言葉にクリスはいまだ納得のいかないと言った顔でイスに深く座り込む。
「僕からも一つ訊いていいかい?」
「……なんだよ?」
ブスっとした顔で睨むクリスの視線を受けながらハヤテが訊く。
「これは仮定の話だが、もし仮に君の予想通りだったとして、僕の正体が君の思った通りの人物だったとして――それを知って君はどうするつもりなんだい?」
「それは………」
ほほ笑みながら訊くハヤテの問いにクリスは口籠る。
「世間に大々的に発表する?朽葉ハヤテなんて名乗ってるけど、実はあいつは!って。それとも友人たちと共有する?あいつ今朽葉ハヤテって名乗って何でも屋やってるんだ、って」
「……………」
ハヤテの問いにクリスは黙り込み
「正直、あんたがもし仮にあいつだったとして、だからどうしようって言うのは考えてなかったんだ。ただ……ただあたしは……」
クリスは真剣な表情でポツリポツリと、自分の胸中の想いを言葉にするように、確かめるように呟く。
「そうだ……あたしはただ一言、あいつに……」
言いながら彼女自身、自分の想いに気付いたように言葉にする。
「あいつに……ただ一言、『ありがとう』って、それだけ言えればよかったんだ……」
「……………」
クリスは今にも泣きそうな、しかし、どこか晴れやかな顔をしていた。
「そっか……そいつはそんなにお前にとって大事に人だったんだな……」
そんなクリスをハヤテはただ微笑んで言う。
「しかし、そいつはさぞかしいいやつだったんだろうな?」
「いや、ぜんぜん」
「おろ?」
冗談めかして言ったハヤテの言葉をクリスは真顔で否定する。
「この際だから言っちまうけど、あたしが探していた相手、あたしがあんたの正体だと疑ってた、ぶっちゃけ今も疑ってる相手、〝井口颯太〟はそりゃ~~~~もう、どうしようもないやつだ!」
大きくため息をつきながらクリスは言う。
「口悪いし、あたしのことをフラットチェストだとか涙が出るほど平坦だとか未来に期待だとか散々言って」
「そ、そう言えばさっきもそんなこと言ってたね?」
クリスの言葉にハヤテが苦笑いを浮かべる。
「あたしのこと、助けてくれたかと思えば、散々連れ回して、あとは知らん顔で翔子さん達に預けるしよ!」
堰を切ったようにその人物――井口颯太への不満を言い始めるクリスにハヤテはなんとも言えない苦笑いを浮かべて聞いている。
「拾ったのはてめぇなんだからあたしのこと最後まで面倒見ろよ!それが義理ってもんだろうが!ホントふざけんじゃねぇよ!」
「あぁ~それは…まあ、うん。そうだねぇー……」
クリスの言葉にテキトーなところでハヤテが相槌を打つ。
ハヤテの相槌を気にもせず、クリスはどんどんこれまでに溜め込んでいたであろう不満を吐き出す。
「――でも……その井口颯太は、君が『ありがとう』と言いたくなるような相手なのかい?申し訳ないけど今の話を聞く限りじゃぜんぜん話が繋がらないんだけど?」
「それは………」
クリスの不満が一区切りついたところでハヤテが訊くと、クリスは少し考えるそぶりを見せてゆっくりと言う。
「それでも、どんだけ不満があっても、あいつだけだったから、あたしを助けてくれたのは。あたしをあのどうしようもない場所から、明日のことも考えられないようなところにいたあたしに手を差し伸べてくれたのは、井口颯太だけだったから……」
そう言って優しく微笑む。
「今こうしてあたしがここにいるのも、あいつのおかげだろうしな。あいつがあの時あたしの前に現れていなかったら、正直今頃どうなってたかわからねぇ。だから、どんだけ不満はあっても、あたしはあいつに感謝してる」
「……そっか」
クリスの言葉にハヤテは納得したように頷く。
「まあ感謝はしてるけど、それはそれ。あいつのことはやっぱりいろいろとどうかと思う部分とかあるけどな。特に海斗の事とか」
「海斗君のこと?」
ハヤテは首を傾げる。
「だって、井口颯太の起こしたことでなんだかんだ被害被ってるぜ、海斗は」
クリスはしゃべり続けて喉が渇いたのかコーヒーで喉を潤しながら言う。
「あいつがIS学園にいるのだって、まあ本人が望んだってのはあるけど、最終的にOKが出たのは、IS学園なら監視も保護もしやすいから、らしいし。まあ海斗をIS学園に入れるのは結構賛否わかれたらしいけど」
「詳しいな」
「本人とか、あと、そのへんの事詳しいやつに訊いたんだよ」
感心したように言うハヤテに何でもないことのようにクリスが頷く。
「海斗はあの井口颯太の弟だからな。IS学園に入れて、もし兄貴以上のことをやらかしたら、って危惧する奴もいたらしいし。まああいつは兄貴と違ってISを動かすことはできねぇし、結局さっき言ったように、IS学園なら監視も保護もしやすいからってことで入学が許されたんだ。学園内の教職員はみんなIS関連の人間ばっかりだし、なんかあっても対処しやすいだろうからな」
「井口颯太の弟だからって、そこまで厳重にしないといけないほどかねぇ~?」
ハヤテはクリスの言葉にため息をつく。
「まああいつは表立ってはそんなに注目されてないけど、裏じゃ結構なキーマンだからな。〝遺産〟の件もあるし」
「〝遺産〟?」
ハヤテが訊く。
「……………」
クリスは一瞬、知ってる癖に、とでも言いたげな目でジトッとハヤテを見て大きくため息をつき
「〝井口颯太の遺産〟だよ。あの男が亡国機業と組んで世界各国の女性権利団体関連の施設を襲ってた時、それを阻止しようと各国やいろんな団体、組織がハッキングしかけて逆にし返されてた時期があったろ?」
クリスは説明し始める。
「〝井口颯太の遺産〟って言うのは、その時に集めた世界各国、世界中の企業なんかの表に出せないヤバいネタを集めたデータだよ。噂じゃヤバすぎてそれが表に出たら世界のパワーバランスがあっという間に狂っちまうって話だ」
「へ~………」
ハヤテはクリスの言葉に興味深そうに頷く。
「そんなお宝、国だろうがテロリストだろうが、悪いこと考えてるやつは必ずと言っていいほど欲しがるに決まってるだろう?まあ海斗自身はそんなもの知らないって言ってるんだが。まあとにかく、そのせいであいつはいろんなところから狙われてるってわけだ」
「なるほどね~……」
「まったく、余計な物残してくれたもんだよ」
「そこで僕を見られても、僕が残したんじゃないし」
「あっそぉ」
苦笑いするハヤテにため息をつきながらクリスがジト目で睨む。
「たく、ここまでくれば認めちまえば楽だろうに……」
「かもね。まあ認めようがないけど――」
ハヤテが笑いながら言ったところで、その言葉を遮るように歌が流れ始める。それは童謡の「うさぎ」だった。
「……あんたのじゃないのか?」
「え?……あ、ホントだ。おかしいな、こんな曲セットした覚えないのに――はぁっ!?」
クリスに言われ、首を傾げながらポケットから携帯電話を取り出したハヤテは、その画面に表示されている名前を見て唖然とする。
「ちょっとごめんね!」
「お、おう……」
慌てた様子でクリスに一言断ったハヤテは席を立ち店の奥、他の客や店員の邪魔にならないところに移動する。
「おい、どういうことだ?僕はお前にこの番号をおしえてないだろ?………はぁ?いるかこんなサプライズ!」
コソコソと話しているのでその内容はクリスにはわからないが、なんとなくハヤテが相当テンパっていることだけは伝わってくる。
「ふざけんなっ。だいたい何の用だよ?今更あんたがおr――僕に電話してきて、ただの世間話ってわけじゃ………はぁ?緊急事態?」
と、電話口の相手の言葉にハヤテが首を傾げる。
「アンタがそこまで言うって、いったいどんな………は?」
ハヤテの両目が呆然と見開かれる。
「……井口海斗が、誘拐される?」
クリスの問いに答えるハヤテ
しかし、結局クリスの求める答えは得られぬまま
かと思えば、ハヤテに届いた電話によってもたらされる新たな事件の影
一体どうなる!?
さてさて、今回の質問コーナーはニックネームは忍者さんからいただきました!
「井口颯太が童話の世界に入るならどの話がいいですか? 」と言うことですが……
そうですねぇ~……
いろいろ候補は考えましたが、日本の童話であれば『浦島太郎』、海外のモノであれば『ピーターパン』でしょうかね?
面白そうなので機会があれば番外編として書くのも面白そうですね。
さて、そんなわけで今回はこの辺で!
また次回もお楽しみに!